斎藤美奈子のレビュー一覧
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それほど気にしていなかったオマケに思っていた、文庫本の解説コーナー。
でも、オマケだからいいやとはならなくて、しっかり読んでしまう本好きのサガでもあった。
その文庫本の解説に光を当てて、解説・分析・批評のおかしくもほろ苦い本。
当然、文庫本の著者と「解説」者は別人だ。
そこが肝心なところね。
ただしこの本によると、著者は解説者を選べるらしい。
ちなみに
あの解説って稿料もらえるんだろうか?もちろんもらえるだろう。
だけどね、この文庫がふたたびブレイクして売れ、著者の印税が増えたとして、
「解説」者は恩恵を受けるのかなあ?というはしたない疑問がわく。
そういうわけなら、「解説」者はあまり力が入らないのでは・・・。
なんてことは、いっさい分析してない、よ。
さて、「斎藤美奈子節」満載、おかしみの中に厳しいご指摘がある。
曰く、解説とはその作品について述べることなり。
当たり前だ。
けれども、
著者の友人としてお付き合いのあるひとは、その成り行きをとうとうと書き綴る例。
作品に関係ない持論を述べるパターン。
難解な解説でその解説に解説がいりそうな例。
あるある。
「本当の解説とは?」この本文を読んでください、わかります(笑)
わたし、途中まで読んできて
「はて、こんな厳しいこと言っちゃって、斎藤さん、解説お書きになってるよね」
と、このご本に「解説」は無いから(笑)著者の「あとがき」に走った。
おう!
「なんだけど、もしかして私、自分で自分の首絞めてない?」
とあった。
100は超えないけどそれなりにお書きになって、しかもお得意だとか。
この本の雑誌に連載中にも「解説」の仕事ありで「冷や汗タラー」だったそう。
30篇以上、ベストセラー・名作など本の「解説」部分を比較検討、展開する批評は斬新。
現代文学史でもあり、読書指南でもあった。 -
Posted by ブクログ
毒舌書評で知られる斎藤美奈子が古典文学から現代まであれやこれやの「解説」をメッタ斬り。文庫のオマケと考えられがちな末尾の「解説」に注目しただけでもかなりの変わり種だが、さらにその解説をどう読むか、解説はどうあるべきかを例の歯に衣着せぬ論調でまくしたてるのだから、これは必読だ。
三島由紀夫(『伊豆の踊子』)を「チンプンカンプン」と斬って落とし、井伏鱒二(『富嶽百景・走れメロス他八篇』)を「ふざけてんの?」とこき下ろす。反戦小説『少年H』(妹尾河童)に寄せられた著名人の書評を「翼賛的な絶賛体制」と揶揄すれば、返す刀で児玉清(百田尚樹『永遠の0』)の零戦賛美を「作品を相対化する視点がまったくない」と一刀両断。
そういう読者にわたしもなりたい。 -
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各党が多数のトピックで対立している現在、選挙で一体どこに投票したらいいのかよく分からないという人が多いでしょう。そんな人たちに、本書をおすすめします。
著者は「党派性をもたずに政治参加は無理である」と述べています。自分の考えを明確にし、政治参加の第一歩であるひいきの党派をつくるための地図を示したのが本書です。特徴的なのは、各章で二つの選択肢を示して「あなたはどっち?」と問いかけているところです。体制派vs.反体制派、右翼vs.左翼、保守vs.リベラルなど誰もがニュースで聞いたことがあるもののいまいち釈然としないであろうテーマについて歴史も交えつつ平易な話し言葉で分かりやすく解説しています。もちろん、クリアカットには分類できない事項もあるとは思いますが、学び始めにおいてこのような分類的思考は補助輪として役に立つことでしょう。厳密性は概観を掴んだあとに追求すればいいのです。
2016年に選挙権年齢が18歳に引き下げられ、これからは若い世代の積極的な政治参加が期待されます。本書は若い世代が「言われたからなんとなく」ではなく、自分の意見をもって投票するための一助となってくれることでしょう。 -
戦下のレシピ 太平洋戦争下の食を知る
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試し読み
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ネタバレ戦争の話をするたび、「ものがなくて悲惨だった」「食べるものがなくて常に飢えていた」等の話を聞くたび、そんな話じゃなくて戦争の本質について話を聞きたいと思っていましたが、戦争時の食糧難の話は私の想像を絶していた。
この本では戦前の食事情から始まって日中戦争がはじまったころの節米食、太平洋戦争に発展してからの食、空襲が始まってからの食、敗戦後の食についてを当時の体験談や婦人雑誌のレシピなどから食事情をあぶりだした本です。
読みはじめは楽しかったです。洋食が庶民に浸透し、当時の雑誌にもおいしそうなレシピがいろいろと掲載されていたようで、興味を惹かれるものもありました。
日中戦争下の節米食もまだまだ楽勝レベルというか、節米食として食べていたのがうどんにそば、炊き込みご飯にお好み焼きって・・・このメニュー、家族が喜ぶよなんて思って読みました。
ところが戦況が悪化すると食事情が悪くなったというのはすでに知っている話ですが、敗戦前後の食事となるとドラマでよくあるすいとんや雑炊でさえごちそうに思えるほどひどく、私の想像を超えていました。
食材がなくてその辺の雑草でさえ貴重な食糧だったというのはよく聞きますが、少ない食材を増量するために粉にしたり、すりつぶしてドロドロにしたりして調理して食べていたというのはレシピを細かくみないとわからなかったこと。そして調味料も少ないのでケチって使うことになります。当時の人たちは食感も味もないものをひたすら生きるために食べ続けていたということなのですね。
本の最後のほうに「戦争はなぜ食糧難を招くのか」について書かれていました。もううなずくことばかり。当時の日本政府も日本軍も食料の調達について完全にナメていたということなんですね。とどめに書かれていたのが「食糧がなくなることが戦争だ」
そうかもしれない。
「食べ物がない」「飢え」総力戦だった戦争の本質とはこれだったのか。
ちなみに「当時の婦人雑誌なんて金持ちしか読んでないのに、そんな資料が参考になるのか」という話が出てきますが、筆者いわく、「当時の食生活をそのまま反映しているわけではない。その時々の条件で、最も気の利いたレシピを提示するのが婦人雑誌の役目。なので、ここに掲載されているレシピが悲惨さを帯びていると、当時の人々はもっと悲惨な食生活を送っていることになる。精いっぱい頑張った上限が「これ」。これで全体のレベルが推し量れる」
納得。
頭でっかちに戦争を考えていた私はこの本で考え方が変わりそうです。 -
戦下のレシピ 太平洋戦争下の食を知る
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試し読み
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Posted by ブクログ
この840円の本を書くため、斎藤さんがどれほどたくさんの本を精読したか考えると、本当にすごいと思う。そして、本当に面白かった!
わかりやすいところでは、例えば、「走れメロス」の解説。角川文庫のカバーの紹介文みたいに、「メロスがんばれ!」と、私は一度も思ったことはないが、太宰治を知らない純粋な小中学生なら思うのだろうか、そしてそういう「読み」が正しいのか、とずっと疑問に思ってきたが、それを否定するような解説もなく、太宰作品の中では最も嫌いな一つとなっていたのだが、
「<メロスは激怒した>ではじまり<勇者はひどく赤面した>で終わるテキストは、心身ともに「裸」だった若者が「見られている自分」に気づいて最後に「衣」を手に入れる物語である。この瞬間、メロスはコドモ(赤子)からオトナ(赤面を知る)に変わるわけで、『走れメロス』は「裸の王様」ならぬ「裸の勇者」の物語とも言えるのだ。」(p35~36)
という斎藤さんの「読み」に初めて納得できる「メロス」の解説を読んだ気持ちになった。心から納得した。
難解と言われる小林秀雄については
「小林秀雄はかつて「試験に出る評論文」の代表選手だったのだ。試験に出る評論文の条件は名文であることではない。「論旨がわかりにくいこと」だ。」(p148)
で、また納得。そして
「そうだった、思い出したよ。コバヒデの脳内では、よく何かが「突然、降りてくる」のである。こういった箇所を読むと(少なくとも私は)鼻白む。しかし、小林にとってはこの「突然、降りてくる」が重要で、こうした一種の神秘体験を共有できるかどうかで、コバヒデを理解できるか否かが決まるといっても過言ではない。」(p150)
でさらに納得。
『少年H』については
「もしかして、妹尾河童も「こうありたかった少年像」を描いたのではないか。戦争の欺瞞を鋭く見抜き、母を雄々しく守り、敗戦の日に天皇の戦争責任に思いを致すような少年を。このような物語は読者に歓迎される。「日本人はみな本当はHのように戦争に反対したかったのだ」という気分を共有することで、庶民の戦争責任は免責されるからである。」(p234~235)
当時を生きた人でないとわかりにくい安保闘争やバブルの頃のベストセラーの読み解きも面白いし、もちろん渡辺淳一の部分は笑える。
納得しないまま読んできた作品やその解説を、この本で初めて納得できた。
こんなに面白くて中身が濃くて840円か。30分で読めて中身スカスカで、他の文献を当たったのか大いに疑問の本が倍の値段することもあるんだから、大いにお買い得の本。
今度は翻訳読み比べをやってほしいなあ。
ついでに言うと、この本のあとがきに引用されている、著者の恩師、浅井良夫の文章がまたわかりやすくて面白く、この師にしてこの弟子ありってことだなと深く感心したのであった。 -
Posted by ブクログ
今回は買ってから早めに読みました。
“いったいこの国は、どうなってるのよ。権力はしたい放題、メディアのチェック機能は減退、有権者はやる気を放棄では、もはや民主主義の国とは言えないじゃんよっ!”
という気分が、タイトルに「沈没」という言葉を使ったそうです。
転覆しそうになった船=ニッポン
・激震前夜
・原発震災
・安倍復活
・言論沈没
大きくこの4つの章に分かれています。
その中で、一つのトピックについて3冊の関連本を読み、右から左から上から下から読み解いたのがこの本。
“不穏な空気に包まれていたこの国を、さらに大きな二つの「人災」が襲った。ひとつは東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故。もうひとつは3年半で頓挫した民主党政権に代わる、第二次安倍晋三政権の誕生である。”
このふたつの人災に対する怒りは激しく、しかしあくまで冷静に、否定派肯定派の意見をきちんと読んで、突っ込むところには突っ込み、納得するところは謙虚に受け入れるのである。
そして毎回3冊の本を読んで紹介。
彼女の本を読むとわたしはいつも自分の不勉強を痛感させられる。
もっと本を読まなきゃだめだ。
もっと世の中を知らなきゃだめだ。
自分に発破をかけるために、私は彼女の本を読むのかもしれない。
いや、単純に好きなんですがね。
ものごとを断じる潔さが。 -
Posted by ブクログ
そうか、妊娠小説であって妊娠日記ではないのね。
なんかへんな私小説を想像して読むのが遅れていた自分のばか…
デビュー作は渾身の一撃であるというのが私の主張のはずなのに。
ま、ともあれ読めて良かった!
病気小説、貧乏小説がすたれてなお、日本には「望まない妊娠」をテーマとする、妊娠小説というジャンルが存在する。鴎外の舞姫からムラカミハルキの風の歌を聴けまでを、料理に例え、あるいは図表化して分析し、切り刻む。この鋭い舌鋒と切れある論理。ミナコ節はもう、ここからすでに確立していたのですね。
これはもう、書評ではなく、すでに確立したエンターテイメントなのだと思う。 -
Posted by ブクログ
ふだん本を読まない人が読むからベストセラーになる。
だからいわゆる「本読み」はベストセラーを読まずに批判する。
が、それでいいのか?(ちょっと裏カバーから文章拝借。)
そう思った著者が49冊を取り上げて批評した本。
最初はいろんなタイプの「読書人」の解説。
「読書依存症」「読書原理主義者」「偏食型の読者」「善良な読者」。
鋭い分析に基づいた分類だけど、まるで占いか心理テストの結果みたいだ。
私は「読書依存症」かな。
新刊情報はチェックしてるし、自分のためだけど読書日記もついに
ネット公開してしまったし、実際、本の置き場所がなくて困っている。
私の本好きはもう趣味なんてカワイイもんじゃなくて、ほとんど中毒だ。
ごはんと同じ。
そのわりには近現代の名作だけ見事に避けて読んできてるので読み込む力が甘い。
本題に戻って。
最初の§は「人生訓本」を集めたもの。
『大河の一滴』とか『老いてこそ人生』とか。
その中でも、『頭がいい人、悪い人の話し方』は、出版当時、私自身タイトルからしてくだらないと思いつつも手に取ってみた本だ。
売れてるんだから何かあるのかもしれない(私がベストセラーを読むときはたいがいこういう理由)と思って、とりあえず目次をチェック。
そしてぱらぱら拾い読みし、1,2ページで見切りをつけた。
今更説く必要もないような、ありふれたこと、当たり前のことばかり書いてあって、新発見が何もなさそうだったのだ。
斎藤さんもおもしろいところは皆無だったと書いているし、時間を無駄にしなくて良かったと思う。
次。
『「みにくいあひるの子」だった私』梅宮アンナ
出版されたときからタイトルが嫌でめくってみる気すらなかった。
だから『趣味は読書。』であらすじと解説が読めるってラッキーだと思ったんだけれど、梅宮アンナ、甘えすぎなんじゃないの?
元JJモデル、勉強嫌いが高じて高校進学拒否ってあんた・・・。
それじゃただのわがまま娘だ。
いくらハーフで外人と言われようが、親が厳しかろうが、人それぞれ悩みはあるのが当たり前。
悩みのない人生って、どんだけお気楽やねん。
斎藤さんは、アンナこそパラサイトシングルの見本だ、と言っている。
彼女のファンもそんな女の子が多いし、でなければその予備軍なのだそうだ。
何だか長くなってきたので急ぎ足で。
『市販本 新しい歴史教科書』。
けっこう面白いらしい。読んでみたい。
ものすごく売れる本は、ユルイ、との章で。
『五体不満足』『世界がもし百人の村だったら』『ハリーポッター』など。
『世界は~』は、存在は知っていたけれど、タイトルから胡散臭いものを感じたので読んでなかった。
『趣味は読書。』を読んで、内容を知り、そのアイディアには感心したものの、本当に世界が100人だったら、こんな本ができることもなかっただろうと思う。
『ハリーポッター』は、悪いけど、『趣味は読書。』にとりあげる意味がない。
斎藤さんも書いていたし、私も読んで感じたがまるきり現実逃避のためだけの本なのだ。
取り入れてもいいけれど、ファンタジーに問題意識なんか要らない。
必要なのは、想像をよりリアルにしてくれるディティールと、ダラダラにならない展開だけだ。
その展開すらも、後半のハリーポッターには欠けている。
炎のゴブレットからちょっとおかしくなってきて、収拾がつかなくなった気がする。
1巻を出した直後に、7巻の最終章はもう書き終わっていると宣言していたにもかかわらず、最後が近づくにつれ書き直さざるをえなくなったと言っているのを読んで、ますますその感が強まった。
『だからあなたも生き抜いて』大平光代 について。
極妻から弁護士になった人、と言えば誰でも知ってる本だ。
私が読んだのは中学生のときで、著者のプロフィールに惹かれて買った。
ミーハーなもんで。
確かにその凄まじい過去には驚いたけど、それだけだった。
あとは、人間やればできるもんやな(でも私には無理)、
というきわめてシンプルな感想を抱くのみ。
斎藤さんと私の共通の突っ込みどころは「極妻になった」部分のあまりのサラっとぶり。
一番濃い時代だったはずなのに、たった1章しか割り当てられてなくて、
「気付いたときには極妻になっていた」との記述には本当にあっけにとられた。
斎藤さん曰く、「気付いたときには、って、それはないんじゃないでしょうか。」
そうやんねー。そうやんねー。
いろいろあるでしょうに、いろいろ。
そこを教えてよ。
強引にまとめてしまうと『趣味は読書。』は、いろんな視点でベストセラーを見られて面白い本だ。
この先本を読む姿勢が少し変わるかもしれない。
ただし、冒頭に述べてある「善良な読者」さんは読まないほうがいい。
今まで抱いてた感想を斜め目線で、スパッと切り落とされる。
その切れ味は小気味良いほど。
恐れ入りました。
これからも、こういう本を出してくれればいいのにと思う。
読む気になれない、でも一般常識的ベストセラーを読む手間が省けるんだけど。