あなたは、『ソロキャンプ』という言葉を知っているでしょうか?
言葉のニュアンスからどことなくイメージが浮かびますが、念の為にAIさんに聞いてみましょう。
“『ソロキャンプ』って何ですか?”
ChatGPTさん: “「ソロキャンプ」とは、ひとりで行うキャンプのことです。仲間や家族と一緒に行う通常のキャンプとは異なり、自分ひとりで自然の中で過ごすスタイルが特徴です”。
なるほど。やはりイメージした通りです。”自分ひとりで”というところがポイントですね。でも、キャンプってみんなでワイワイガヤガヤするところに魅力がありそうにも思います。
”自分ひとりで”行く『ソロキャンプ』にはどんな魅力があるのでしょうか?3つ挙げてください。短文でお願いします”
ChatGPTさん:
“1.自分だけの時間をゆったり楽しめる。
2.自然とじっくり向き合える。
3.自立心や達成感を味わえる。”
なるほど、ごもっともな回答をいただきました。でもキャンプをほとんどしたことのない私にはちょっとハードルが高いと感じてしまいます。その魅力とするところを小説で読んでみたいですね。何か良い本はないでしょうか?
さてここに、そんなあなたにおすすめな作品があります。『ソロキャンプ』の魅力をたっぷり描くこの作品。秋川滝美さんの作品らしく”食”の魅力もたっぷりなこの作品。そしてそれは、『やったー!とうとうキャンプに行ける!』と日常の理不尽さから自分を取り戻していく一人の女性が『焚き火』に抱く思いを見る物語です。
『おはようございます!』、『オフィスのドアを開けながら、声を張る』と、『はい、おはよう。榊原さんは今日も元気だね』と、『柔和な笑顔で』『商品開発部デリカ食品課課長の鷹野瑞樹』に迎えられたのは主人公の榊原千晶(さかきばら ちあき)、二十九歳。『総合スーパー「ITSUKI」を軸とするグループ会社「五木ホールディングス」に勤め』る千晶は『食品の新製品開発に携わってい』ます。『あのプチサイズのグラタン、調子いいみたいだよ』、『女性やお年寄りを中心に数字が伸びてる』と鷹野に言われ『じゃあ、ほかの「女性やお年寄り向けシリーズ」もいけそうですかね?』、『美味しいものをちょっとだけ作戦は大成功ですね!』と喜ぶ千晶。『鷹野が見せてくれた』、『途中で何度も投げ出しそうにな』る中、『一年近くかけて開発した』『件のグラタン』の『売上数字は、千晶の予想を大きく超えてい』ました。『自分たちが考えた商品が店に並び、人気が出る。それを目当てに来店する客が増える。商品開発部冥利に尽きるとはこのことだ』と思う千晶。『気分は上々の月曜日、いい一週間になりそうだ』という時『新着欄に表示されたメールの差出人を見て』『うわ、面倒くさ…』と『顔をしかめ』る千晶は、『天敵としか言いようのない』『商品本部次長』の比嘉則子という名前を見ます。『どうした?』という鷹野の問いに『この間の試作品の感想だそうです』と、比嘉のメールのことを話す千晶は、『わざわざうちで商品化する意味がない』等メールに記された内容を伝えます。しかし、『諸刃の剣』のような点を突いてきた内容もあって『次長がその調子じゃ難しいな』と鷹野に言われ千晶が落ち込むと、『ま、週末はぱーっと憂さ晴らしでもして、また頑張ってくれよ』と言う鷹野。そんな鷹野が『榊原さんって前はキャンパーだったんたって?』と訊くのに『ええ。大学のときまでは。そのあとはすっかりご無沙汰ですけど』と返す千晶。『じゃあまた始めてみるってのはどう?』、『ビギナーじゃないなら、ちょっと出かけて一焚きしてくるってのは楽しいと思うよ』と続ける鷹野の『一焚き…』という言葉に苦笑する千晶は『確かに「焚き火」というのは究極の癒しだ』と思います。『私の場合は、キャンプっていうより焚き火そのものですね』、『焚き火がしたくてキャンプに行ってたようなものですから。焚き火を見てると、嫌なことを全部忘れられる気がします』と説明する千晶に、『それならよけいにまたキャンプに行くべきだな』と返す鷹野。
場面は変わり、一日の仕事が終わり、帰途についた千晶は、『過去に思いを馳せ』ます。『中学生のときから高校にかけて、自分がキャンプを楽しむ傍ら子どもたちのアウトドア活動にも携わっていた』という千晶。『あのころは本当に大変だった。我ながら、よくぞ何年も続けていたものだと感心』する千晶は、『今にして思えばあの大変さを支えていたのは炎、つまり焚き火への憧れだったような気がする』と思います。『キャンプは焚き火に始まり焚き火に終わると』思う千晶は、『なんにも考えずにぼーっと火を見ていたい。ひとりで行けば子どもたちの面倒なんて抜きで、焚き火を眺め放題にできる』という中にハッとします。『ひとりカラオケ同様に、最近はソロキャンプの認知度もかなり上がっている』、『今や「おひとり様の時代」と言っていいのではないか』と思う千晶は『やっぱりキャンプに行こう。前はあんなに好きだったんだから、今でもきっと楽しめるはず!』と考えます。『思い立ったが吉日というよりも、正直待ちきれない』と思う千晶は、『その足でスポーツ用品店に向かうことにし』ました。『やっぱり好きだわー、キャンプ!ギアを見てるだけで気分が上がる!』と、『スポーツ用品店に』足を踏み入れて気分が盛り上がる千晶。そんな千晶が仕事で疲れた心と体をキャンプで癒していく姿が描かれていきます。
“仕事のストレスが日々溜まっていく千晶。子供の頃から頻繁にキャンプを楽しんできたが、近年はめっきり足が遠のいていた。ストレス解消と癒しを求めて久々にキャンプを始めることにしたが…。絶品料理とひとりの時間を存分に楽しむ、本格ソロキャンプ小説”と内容紹介にうたわれるこの作品。「居酒屋ぼったくり」シリーズや「ひとり旅日和」シリーズなど数々の人気シリーズを発表されていらっしゃる秋川滝美さん。そんな秋川さんが2022年8月5日刊行のこの作品からスタートさせたのが「ソロキャン!」シリーズです。このレビュー執筆時点までに第4作まで刊行されているといいますからその多作ぶりに驚愕します。
さて、そんなこの作品は『なるほどソロキャンプか。今、流行ってるらしいな』という言葉にある通り、昨今のなんでも『おひとり様』流行りの中に生まれた『ソロキャンプ』という言葉を実践していく主人公・千晶の物語となっています。そもそも表紙のイラストからしてそんな雰囲気感が伝わってもきますが、その内容もキャンプに関するあれやこれやが盛りだくさんに語られています。それは、へえーなるほど!という『耐火マット』のなるほど!からスタートします。
『地面に耐火マットを広げる。これが焚き火への第一歩だ。昨今は、ずさんな後始末による延焼やあとから来た人が知らずに上を歩いた際の火傷などを防ぐ目的から、地面の上で直接火を焚くことを禁じているところが多い』。
私はキャンプには全く縁のない人間ですが、それでも小学生時代に幾度か経験はあります。キャンプファイヤーをした記憶がありますが、なんと、今では『地面の上で直接火を焚くことを禁じているところが多い』、そうなんですね。これは全く知識がありませんでした。そのために『耐火マット』なるものが存在する…なるほどなるほど。では、そもそもキャンプに行くには何が必要なのでしょうか?
『キャンプをするにあたって最低限必要なのはテント、寝袋、寝袋の下に敷くマット、ランタン、焚き火グリルだ』。
この作品の主人公である千晶は、かつて幾度もキャンプを経験した人間です。しかし、一旦はそんな日々に区切りをつけ、冒頭に記した通り、上司の鷹野からアドバイスを受けたことをきっかけに再びキャンプの日々を送るようになります。そんなリスタートに合わせて必要なものを買い揃えていく様子が描かれるのは、キャンプをこれから始めたいという方にも参考になると思います。しかし、この作品難点があります。そのように初心者がすーっと入っていけるようにという設定の一方でこんな記述が続きます。
・『テントと一緒に自転車の荷台にくくりつけられたのは、コンパクトなマミー型の寝袋だったからこそ。嵩張る封筒型では難しかったに違いない』
・『メスティンと違って、シェラカップは正真正銘百円だった。使えなくなったら買い換えればいいのではないか…』
・『テントはセパレートタイプで、そのペグにはメインポールを支えるロープが繫がれている』
う〜ん、『マミー型の寝袋』、『メスティン』、そして『ペグ』といった言葉が当たり前のように、次から次へと登場します。恐らくはキャンプが好きな方には、だから何?という感じなのだと思いますが、キャンプのキの字も知らない人間には全くもって意味不明です。一方で本文はこんな言葉を当たり前のものとしてテンポよく進んでいく中で、自分の気持ちがどんどん作品から離れていくのを感じます。この辺り、せめて巻末、欄外に補足が欲しかったです。もしくは、そんなものは不要、ということであれば、この作品はキャンプ慣れした人向けの一冊、キャンプを知らない人には少しハードルのある一冊だと思いました。一方で、秋川滝美さんらしく”食”の魅力で魅せてくださるところは読みどころです。
『溶けたバターに砂糖を振り入れ、一口大に切ったバナナを転がしながら焼く。とろりとしたところでシナモンパウダーをパラパラ振ればホットバナナの出来上がりだった』。
小腹が空く中に『おやつにしますか!」と『焚き火』で調理をする千晶。
『フーフー吹いて冷まし、そーっと口の中へ…… 「はい、絶品!」 思わず声が出た』。
上手いですねえ。シンプルな表現が故に余計にリアルさが伝わります。
『バターで焼くだけでこんなに美味しくなるなんて侮れない。四本九十八円の特売だったくせに、大出世じゃない、ってか、あやかりたーい! バナナにあやかってどうする、と苦笑しつつ、手が止まらない』。
このあたりのまとめ方含め、秋川滝美さんという方は、本当に”食”を魅力的に小説に落とし込まれる方だと改めて感じました。千晶の楽しそうな雰囲気がストレートに伝わってきますし、読んでいてたまらないものを感じます。これから読まれる方には、”食”の魅力は間違いないと思いますのでこの点には是非ご期待ください。
さて、そんなこの作品は、『総合スーパー「ITSUKI」を軸とするグループ会社「五木ホールディングス」に勤め』て5年という商品開発部の榊原千晶が主人公となる物語です。〈第一話 そのはじまり〉からスタートする物語は〈第五話 焚き火呑みの夜〉まで5つの章から構成されています。冒頭では千晶が試作した商品に対するマイナス意見が『天敵としか言いようのない』『商品本部次長』の比嘉則子からメールで届き、落胆する千晶の姿が描かれます。他の章含め、この作品のもう一つの側面は千晶の”お仕事小説”であり、仕事をしていく中で同僚や顧客との関係性の中でさまざまな感情に翻弄される千晶の姿が描かれていきます。
『世の中どうにもならないことはたくさんある。とりわけ会社では、理不尽きわまりないことが起こるものだ』。
これは会社に勤めていらっしゃる方には、強く頷くことだと思います。どう考えてもおかしい、どうしてそうなるんだということが当たり前の中にあるのが会社だと思います。私だってもう、理不尽、あまりに理不尽極まりない日常の中に毎日を送っていますが、そんな中ではストレスが尋常なく積み重なってもいきます。この作品の主人公である千晶は、そんな日常の中で上司の鷹野の一言をきっかけにキャンプに救いを求めていきます。
『やっぱりキャンプに行こう。前はあんなに好きだったんだから、今でもきっと楽しめるはず!』
かつて『子どもたちのアウトドア活動』にも携わっていたという千晶が今回挑むのは『ソロキャンプ』です。
『あらゆる意味でソロキャンプは楽だ。誰の顔色も窺わずに好き放題できる気楽さは言うまでもないが、なにより荷物が少なくて済む』。
世の中の『おひとり様』流行りに乗って思いのままにキャンプへと出かけていく千晶の姿が描かれていく物語は、キャンプに出かけ『焚き火』を静かに見つめる中に千晶の心持ちに変化が訪れる様が描かれてもいきます。
『熱湯で消毒するように、炎は心を浄化してくれた。実際に身を焼くことなく、ただ見ているだけで気持ちを落ち着かせ、困難に立ち向かう力をくれたのだ』。
そんな思いの先に、また会社員としての日常へと戻っていく千晶。誰にだって一息つく瞬間というのは大切なものです。緊張感の中に、理不尽さと背中合わせな日々を送るだけでは心も体も疲弊してしまいます。私はこの作品を手にするまで『ソロキャンプ』という言葉があること全く知りませんでした。一度は試してみたい!千晶の気持ちがほぐれていく瞬間を見る中に、そんなことを強く感じる物語がここには描かれていました。
『やったー!とうとうキャンプに行ける!』
『さて、また明日から頑張りますか!』
そんな言葉の繰り返しの毎日にキャンプに出かけることでオンとオフを切り替えていく主人公の千晶。この作品では、千晶のキャンプへの『焚き火』へと思いを通して、キャンプの魅力、特に『ソロキャンプ』の存在に光が当たる物語が描かれていました。『ソロキャンプ』にとても興味がわくこの作品。相変わらずの美味しそうな”食”の描写がとにかく魅力的なこの作品。
キャンプ初心者にもう少し配慮をしてくださっていたら…それだけがとても惜しいと感じた、そんな作品でした。