津田大介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトルの予想どおり、ソーシャルメディアがアラブの春に及ぼした影響から。アフリカでいちばんITインフラが進んでるというチュニジアで端を発したなんて、皮肉なことだ。
社会運動で重要なのは1人で飛びだしたときに追随する2人目をどうつくるか。つまりカギになるのは最初のフォロワーだそうだ。確かにソーシャルメディアの特性として、まず情報ありきで、そこに飛びついた人の反応如何でその情報の注目度は大きく振れる。考えてみればソーシャルメディア以前の、ある情報の「最初のフォロワー」って、ほとんどマスコミなんだよね。
2章は要チェック。これまで著者がソーシャルメディアについていろんな媒体を通して語ってきたことの、エッセンスが凝縮。
ニコ動とかUSTはほとんど見ないから、話したり動いたりする著者を見たことあるのは僅かだけど、著書やtwitterとかの文字情報のフォローだけで、精力的に活動を続けているのがよく分かる。アクティビストと名乗るだけのことはある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレメディアジャーナリストと音楽プロデューサーのコラボレーションを通じて、今後の音楽業界のあり方を考えていく試みのようだ。
かつて音楽メジャーは、レコードやCDの売上と、著作権・著作隣接権の管理の仕組みを以って莫大な利益を得ていた。彼らがその仕組みを維持できた理由は、かつて音楽を消費者に届けるためには、レコーディング、プレス、流通、マーケティングなどに対する主にコスト面での参入障壁が高かったためだ。
この仕組みも悪い面ばかりではなく、莫大な利益の一部を使って新人育成や、メジャー内の小レーベルの維持などを行っていた良い面もあり、一概に否定できることではなかった。しかし、バブルが崩壊しCDの売上が落ちていくに従って、この、暗黙の仕組みは崩壊し、利益を優先した音楽作りが業界の主流となってしまった。
そうした中で、音楽メジャーは、CDや音源の販売だけでなく、ライブにおける物販や、コミュニティの運営による利権にその手を延ばしつつあるらしい。その一形態が、360度契約という考え方だ。
これは、ライブ活動のコストを折半する代わりに、その音楽活動から得られる全ての利益も折半するという形態の契約だ。これからのアーティストは、こういった選択肢も含めて自身の音楽活動をデザインしていかなければならない。
こういったやり方に馴染めない場合には、他の方法もある。インターネットの普及と、USTREAM、twitterの開発、収録機材のコモディティ化は、レコーディング、プレス、流通、マーケティングなどに対する参入障壁を格段に低くした。アーティストと周辺の少数で、音楽のための音楽作りをすることが可能な環境は整ってきつつある。
だがこのやり方にも、まだまだ問題も多い。こうしたインターネットにおける音楽利用には、著作権、特に著作隣接権の管理の仕組みが出来上がっていないのが現状だ。このため、原盤権を侵害しかねない音楽利用には慎重にならざるを得ない。音楽を普及させたいという意志があっても、古いタイプの業界慣習がそれを邪魔しているのだ。
著者それぞれの立場から、自身の経験などを交えつつ、今後の音楽業界のあり方を考えていくわけだが、現実はなかなか彼らの考えるように素直には進まないようだ。音楽がオイシイという考え方は廃れるといっても、現実を見れば、CDに付加価値をつけてひとりに何枚も売るというようなやり方が、ひとつの完成を見つつあるのだから。
しかしツールの発達は、音楽を広めたい人間にとっての選択肢を増やしていることは間違いない。これを現実社会の仕組みに落とし込むまでの活動を誰がやっていくのかを、これからは考えていく必要がありそうだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ①マネタイズの変化
かつてのレコード会社は新人育成・レコーディング・CMとのタイアップによる広告などに投資しCDの売り上げにより利潤を得ていた。しかしデジタル化とコンテンツの多様化によりCD売り上げ市場が縮小化してきた現在ではレーベルも新しいビジネスモデルの構想が迫られている。筆者二人はライブ収入と物販収入に価値を見出している。特にTシャツなどは原価率が低く済むので、「高く、狭く」売るようなファンを囲い込むビジネスの行い方が今後優勢となってくるとみている。この閉鎖性とブランディングは相性が良く、どちらも未来型レーベルのキーとなる概念のようだ。またライブやフェスは年々市場規模を拡大している分野である。この状況下でレーベルが打ち出しているアーティスト活動の全てにレーベルが噛んでいくような経営戦略を360度契約という。
しかしいかにライブ産業がこれから興隆していこうと、一定の観客数に満たない場合アーティストに補填させる「ノルマ制」などを採用しているライブハウスは淘汰されていくだろうと予見している。
②アーティストの個人発信
ネット上に様々なプラットホームが生まれたことは間違いなくアーティストの個人発信を容易にした。アーティストは宣伝・販売を個人で行うことが可能になったためである。現在ではMySpaceなどのプラットホームで自身の曲をリスナーにストリーミング再生させ、購入するリスナーにはMP3でアーティストとリスナーが直接取引するといったかたちである。またユーストリームでライブの映像を中継されることも多くなってきた。これも新しいタイプの広告といえよう。このようにアーティストが自ら(あるいはごく小規模の協力者と)宣伝・販売などを手掛ける構想を筆者は「一人1レーベル」と呼んでいる。
③新時代の著作権
DOMMUNEとはUstream上にあるライブ・ストリーミングとDJプレーのストリーミングを中心とする音楽コンテンツである。この番組のようなタイプでは多くの楽曲が番組内で使われえるため、事前に個々の著作権者に許可を得るのが難しい。よって現在DOMMUNEはいつ閉鎖されてもおかしくない状況で運営しているのが現状である。しかしこれがもし電波で放送されるコンテンツだとしたら状況はことなる。というのも電波上の放送には「著作権者に事前に許可をとる必要はなく、著作権者は放送の後に使用料を請求できるのみ」という特権が認められているからである。筆者は新時代の著作権はネット上でもやみくもに排他性を主張するのではなく、ゆるやかに権利を保持し宣伝としていかす必要があると結論づけている。
前に読んだクリスアンダーソンの「フリー」から多くの問題認識のフレームワークを借用しているように感じた。そしてその予想は筆者が後半でロングテールという言葉を用いることで確信に変わった。ただフリーよりも日本の状況というものに寄り添って考察しており、ガラパゴス的な日本に固有の問題というのも多いものだと認識させられた -
Posted by ブクログ
ネタバレ非常に読みやすい。
CDが売れなくなった理由や背景、好調なライヴ・フェス、音楽業界がどう変わったのか等々分かりやすくまとめられてる。
そしてこれからのレーベルの有り方、まだまだ出来ること、しなくちゃいけないことへ導かれてる。
悲観的なことが全く書かれていない。
”これからのミュージシャンは、音楽以外のところから刺激を受けていった方がいい”という言葉はとても共感できる。
Low High Who?(通称LHW?)というレーベルがまさに未来型レーベルなんじゃないかなと思った。
シンガーであるPranellがレーベルを立ち上げて、自身の音源や描いた絵やアニメを直販する。さらにはPVまで作り上げる。
すべてを一人でこなしているかは分からないが、レーベル=音楽にとらわれない活動している。
他にもHaiiro de rossiというラッパーは forte というレーベルを立ち上げたりしている。
本の通り、一人一役じゃなくなっているなと実感した。 -
Posted by ブクログ
音楽ニュースサイト「ナタリー」の代表取締役の津田大介さんと、
音楽プロデューサーなのでしょうか、レーベルをいろいろ作ってこられた牧村憲一さんによる、
これからの音楽の需要と供給についてなどを論じたり、対談したりした本です。
著作権に関するところは難しくてちゃんと理解できないまま読んでしまいましたが、
その他のところ、とくに60年代ころからの音楽史などは、レーベルの名前やミュージシャンの名前を
ちょっと知っているくらいの知識があれば、すんなり読み進められます。
しかし、読んでみると、レコード会社っていうのは、あくどいというか、
弱みに付け込むところもあるし、利益追求しすぎるところもあることがわかります。
僕の個人的な、音楽業界に対するイメージっていうのは、少々浮ついていて、
しっかり戦略を練っているようで、やっぱり扱っているものが、
論理ではどうこうならないような、ハートで判断する手合いであり多様性のある「音楽」ですから、
ふらふらしちゃうっていうものです。
というか、そんなふらふらしちゃうものに対して、なぜか絶対の自信を持って商売しているんだぞっていう、
自負がありすぎるように見受けられるんですよね。
そして、貪欲でありながらスマートであろうとしている様はちょっと滑稽にも見えてしまいます。
97年だったか98年だったかをピークに、CDなどの音楽商品の売り上げは下落していって、
今ではピーク時の半分以下の市場規模だそうです。
カッコつけすぎというか、なんかスノッブな感じのレコード会社には、同情は集まらないんじゃないかと
思う訳です。反面、ライブ特にロックフェスの動員人数が伸びてきているとか。
これはもしかすると、音楽の受容者たちは、レコード会社の商法に嫌気がさしていて、それがCDなどを買う気を
失せさせているんじゃないかと思うのです。心理として。
でも、ミュージシャンも音楽も好きだから、ライブの動員数は伸びているのかな、とも思えました。
まぁ、ライブが伸びているのは違う解釈が主流ですね、生の実感、一回性の贅沢さがいま貴重になっている
ということなのかもしれない。
そんな部分もありながらですが、もっと面白く興味深いテーマも扱われています。
フランスのサラヴァレーベルについては、名前しか知らなかったので、興味深く読みましたし、
このあたりの影響って、もしかすると「ほぼ日」にも当てはまるなぁなんて読み方もしました。
牧村さんは「一人1レーベル」を提唱されています。
僕はこの辺り、なにか、コンテンツを一つ持つ個人でいよう、と言われているような気がしました。
音楽の本ですから、最終的には音楽に繋がることでなのですが、音楽に限らずそうだなぁと。
ツイッターやユーストリームなどの新しいメディアについても触れられています。
津田さんのツイッターへの理解度が高いので、一言でぽんと本質をついておられる
部分もありました。そこはこの本を読んでのお楽しみとしておきましょう。 -
Posted by ブクログ
なるほどと頷く部分よりも共感する部分が多かった。それだけ、新時代の音楽やアーティストと一般市民の関係性が実感として近づいて来てるという事なのかな。
CDアルバムは長くなりすぎた。5曲入りくらいのミニアルバムをより安価で販売していくのが良いという津田さんの話は、僕がまさに思っていた事なので、100%同意。
実際、僕の知っている中では、第一回のCDショップ大賞を取った相対性理論のシフォン主義は5曲入り1000円くらいで売ってるし、→Pia-no-jaC←も7曲程度のミニアルバムを2000円程度で販売して、ある程度成功しているように思う。
こうした流れは、リスナーにとっては喜ばしいものだと思う。
あと、フェスについての考察だが、フェスに出演した無名のバンドがライブによって名をあげるというケースが多く起こっているという点にも言及してほしかったな。
もうちょっと長い頁数の内容に増補したほうが良かったのではと感じた。 -
Posted by ブクログ
ソーシャルメディア時代における音楽のあり方について語った一冊。
著者は津田大介と牧村憲一。そう、70年代にはシティ・ポップの裏方として活躍し、80年代にはノン・スタンダードのディレクター、90年代にはトラットリアのプロデューサーとして活躍した牧村憲一である。
津田大介単体の著書であれば斜め目線で読んでしまったかもしれない内容に、説得力を感じてしまう音楽ファンは僕だけではないはずだ。
まぁタイトルから想像されるとおりの内容であるが、それ故に含まれる真実が明確に浮かび上がる。とりわけ「歴史」を語る2人の言説は音楽ファン必読。
CDがますます売れなくなる時代、しかし決して音楽の未来は暗くはない。特に僕が好んで聴いてるようなタイプの音楽は、むしろ明るい展望が見えてくる。
などと書いたが、同時に自分がいかに時代遅れなリスナーなのか思い知らされた感もあります。CDの議論以前に、まだアナログレコードの魅力にしがみついちゃってるし。