齋藤孝のレビュー一覧
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現代語訳なので、とても読みやすい。若くして長崎、大阪で学んだことが礎になったことがわかるが、理解力が高く、勉強熱心であったことが伝わってくる。さらに、横浜に行ってオランダ語が通じないことを知って英語を学び始めたり、自らアメリカ渡航を志願したり、ウェブストル辞書を買ってくるといった積極的な行動が、その後の活躍につながったのだろうと想像できる。
1854年、21歳の時、窮屈な中津を出ることを目的に、兄の共で長崎に行き、蘭学を学び始める。翌年、中津に返す計略を受けて江戸を目指すが、大阪の兄の助言で緒方の下で学び始める。23歳の時に兄が死亡したため家を継いだが、母親の許しを得て大阪に戻る。1858年、25歳で江戸の蘭学塾に呼ばれる。翌年、開港した横浜を見物に行き、オランダ語が役に立たないことを知って英語を学び始める。
1860年、27歳で咸臨丸への乗船を志願してアメリカへ渡航する。帰国後、幕府の外国方に雇われて英語力を磨き、英語と中国語の大役単語短文集「華英通語」を出版した。1862年、29歳の時、幕府から遣欧使節を命じられてヨーロッパを巡遊する。
33歳で「西洋事情」、39歳で「学問のすすめ」、42歳で「文明論之概略」を発表。49歳で時事新報を創刊。65歳で「福翁自伝」脱稿後、脳溢血を起こし、明治34年、68歳で死去。 -
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明治大学文学部教授の齋藤孝さんが書いた、言葉の選び方や使い方、相手によって使うべきではない言葉や、よく間違われる慣用句などを集めた実践本。
言葉はよく、自分の頭の中で思っていることを相手に共有してもらうための便利なツールと言われているが、使い方を間違ってしまうと、思っていることが伝わらないどころか、逆の意味になったり、気を使っているつもりなのに相手を怒らせたりしてしまうこともある。
特に日本語は『尊敬語』『謙譲語』『丁寧語』など、紛らわしく難しい言葉があるうえに、二重敬語や丁寧になりすぎると、まどろっこしい文になったり逆に相手に伝わらなくなってしまう。
本著は内容や例文からして、社会人一年生や敬語が苦手と言われている『若者』にむけて書かれているように感じた。
しかし、相手の気持ちを考えずに発する言葉や、間違った言葉を使うのは、何も『若者』だけではなく、世の中には、そういった言葉の使い方が習慣になってしまった中堅世代や年配の方々も多く見受けられる。
ちょっとした言葉の使い方や、表現を変えるだけで、相手からの印象が良くなったり、伝えたいことがそのまま伝わるようになるのなら、自分の言葉の使い方をもっと意識していこうと思った。
そして、自分は普段からこんなに言葉を選んで使っているのに、他人の言葉の使い方、言い方ばかりが気になってしまうという人でも、何千もある人の欠点を見つけて文句を言うより、自分のたったひとつの欠点を見つけて修正するほうが有益だと心に思い、まずは簡単に変えられる自分の欠点を修正すると、人間関係はよくなり、自分の成長にもつながるだろう。 -
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野中英次『魁‼︎クロマティ高校』「何とかだろ、それ」鋭い突っ込み 今風の会話方式を踏襲 TPOに応じて的確なコメントを言えるかどうか コメントを求められているときは、自分の見識やオリジナリティの深さを問われているということを肝に銘じる必要がある。 私が敢えて「コメント力」という言葉を作ったのは、その力を意識的にとらえることによって、鍛えていけると考えたからだ。欧米人がコメントが上手いのは、常にそれを言おうと意識し、覚悟しているからだ。一言で「なるほど」と思わせるような、見方が鋭い、本質を突いた言葉を発する必要がある。急なタイミングで聞かれたときに、当意即妙に答えるというそのレスポンスがコメントにとっては生命線だ。コメントとは流れに杭を打つようなもの たとえ自分の名前は忘れられてもコメントだけは生き残っていく。この人と会って何か得たという印象を、コメントによっていつまでも相手の記憶の中に刻んでおくことができるのだ。 「コメント力」は人間的な魅力の大きな部分を占めると言ってよい。 コメントは比較して違いを言うことが一番簡単である。それは言葉の力によって私の認識力が高まったという何よりの証拠だ。つまりコメントというのは、言語に対してだけでなく、非言語的なことに対する目さえも開く効用があるということだ。 微妙なニュアンスを表現できる高度な「コメント力」を有する人は、人の認識力や感性を高める素晴らしい力があるために、人々を惹きつけ、異性からもモテるのである。 ソムリエの田崎真也さんはワインの微妙な味の違いを言葉で記憶するそうだ。言葉というラベルをつけて、味を整理しておく。言葉とはそういう微妙な感覚を整理するためには、非常に精緻な機能をもっている。 「コメント力」は言語と感覚の連動性をはっきりさせるコンセプトだ。言葉のほうからアプローチすることによって、感覚自体が研ぎ澄まされていくのである。 立川談志 ゴン中山 優れたコメントの基本は的外れでないこと その中心を理解してから発言するという習慣づけ 聞いているほうもコメントにランクがあることを意識すべきだ 注意深く聞いていると、裏に自己顕示欲が見え隠れしていたり、嫉妬心が隠れている例などが少なくない。 例えばそのものに対してのコメントはほんの僅かで、あとはコメント者がどれだけ知識があるかを滔々とひけらかすコメントがけっこう多い。本来コメントとはそれを聞いた人が、そのものについての認識が高まるようなものを言う。ところがコメント者自身の話が延々となされしまうと、当の対象に対する認識が高まらないことになるので、それは自慢話で終ってしまう。だからコメントの基本である、「対象についての話からは離れない」というルールを常に頭に入れておくべきである。 何を聞いても「ああ…」しか言えないはっきりしない人と、一緒に居たいと思う異性もいないはずだ。 「凄い」とか「面白かった」という漠然とした抽象的な感想を言われても、少しも興味をひかない。聞いている人にとって、情報量が少ないからだ。「お得感」を持たせるには、具体的な引用をするのがコツである。 島田紳助 思いついたことをすぐに口に出さずに、一回、心の中で濾過する作業が必要になるだろう。 日常的にコメントを出し、文字化する 文字化してあると忘れずにコメントできる。 アーノルド・シュワルツェネッガー 「奴にはベーコンの貸しだ」石塚英彦「まいうー」淀川長治「さよなら、さよなら、さよなら」水野晴郎「いやー、映画って本当にいいものですね」自分はどの立場から言っているのか 「去るも地獄、残るも地獄」「天使のように大胆に、悪魔のように細心に」「蝶のように舞い、蜂のように刺す」秋吉久美子「卵で産みたい」「純愛とは記憶だ」岩崎恭子「今まで生きてきた中で一番幸せです」有森裕子「はじめて自分で自分をほめたい」篠原信一「弱いから負けた」「AそれでいながらB」の基本文型 「一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ」''Don’t think,feel'' その点、自分がそれをできたのかという観点でコメントすると謙虚になれて、しかもそのものならではの性質が見えてきやすいというメリットがある。『ライフ・イズ・ビューティフル』は「人生を賭して嘘を突き通す熱いホロコースト=ラブ=コメディ」「冥利につきる」 「感極まる、感に堪えない」 「骨身にしみる」 「肝に銘じる」 「断腸の思い」 「貫禄がある、威厳がある」「コメント力」は単なる言葉に過ぎないが、体に火をつける力がある。 「逃げてどうなる。さあ、コートに入れ」。そして更に続ける。「コートでは誰でも一人だ。今迄の練習だけがお前を支える」言葉は受け取ってから、何回も心の中で反復しているうちに気持ちが整ってくるという作用がある。 言葉は非常に賞味期限が長い 「一球入魂」相手の意見を受け入れた上で、ずらしていくのが「添いつつずらす技」だ。私は「ファンタスティック!」という言葉で対応している。「エクセレント」も似た言葉だが、優れたもののときしか使えない。 汎用性のある決め台詞である スナフキンの生き方は「ヒット・アンド・アウェイスタイル」 ところで今回、コメント力という獲物を追いかけていったら、「恋愛力はコメント力である」という認識に達してしまった。これについては別の機会にご紹介したい。 生きてきた経験知
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求めていたモチベーションアップ本とは少し違った内容だったけれど、
特訓という方法で最初は無理やりにでも、行動をスタートさせることが必要だということがわかった。
覚えておきたいメモは以下の部分。
☆これをやって何になるんだ、と思える仕事でも、やらなければいけないことがある。
その時、その仕事のもつ意味は何かといった抽象的なことを考えない。意味とか意義に関して考えることを一旦保留して、そこに没入してこなす。技術を高めることで余計なストレスを減らす。
☆その人の持っている技術を学ぶためだ、と思えば、その人がいい人かどうか、優しいかどうかなどは関係ない。人間が相手でなく、技術だけが相手と思えばいい。どんな上司も、自分にはできないような技量を何か必ず持っている。その技術に対して頭を下げるのだと思えばいい。
☆不快なことも、意のままにならぬことも、一旦、自分の中に引き受けて、否定的回路を経て肯定にもっていく。
些細なことに一喜一憂して動揺するのではなく、穏やかな心を保つことが大事。 -
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フォーマルな場では笑いを取るというリスクは絶対冒すべきではない。素人の毒舌は極めて危険。笑いを取ろうなどという暴挙は余計な一言の元凶。型どおりで面白くなかったと評されることを恐れず挨拶するのが大事。有吉は長い低迷の末、毒の絶妙な調合による挿入ができるようになった。毒舌はプロだけのものと肝に銘じなければならない。
「で」と「が」では大違い。「だって」「でも」「ただ」は人間関係を逆説にするだけ。二重否定の罠。羨望や嫉妬心は無意識に余計な一言を生んでしまう。・・・・ちょっとした言葉の使い誤りが大きな誤解を生み感情の阻隔をつくる。ん~テリブル。テリブル。
終章には言葉の菓子折りによるリカバリー方法も紹介されている。転ばぬ先の杖も併せて活用したい。 -
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この本は、読書や勉強における「理解」を再定義した本だ。
理解とはあるひとつの理屈を知ることでも、知識の集まりでもない。問題を川に例えるなら、知識は飛び石であり、理解は飛び石を結ぶ橋である。知識は実用を目的にまとめ上げられはじめて値打ちを持つし、強く記憶される。
アウトプットを意識した勉強・読書の方法とは、本などの情報群を「川」に見たてることではじまる。
問題意識を持ち(川の向こう岸を定義する)、川を渡る橋をつくる。
前提として、本などのメディアの情報には重要なものとそうでないものがある。
それを見極めることでストーリーとしてシンプルになり、重要な知識もそうでないものも記憶として定着できる。
それは必ずしも著者の提示した道筋に限らず、自分の持つ知識や哲学と絡めて解釈したものでもよい。