伊藤亜紗のレビュー一覧
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ネタバレ薦められて読んだ本。
いちばん影響を受けた本であり、価値観をひっくり返してくれた本、と聞いて読んでみようと。
自分の考えがいかに浅かったか。そりゃそうだよね、と驚きの連続。想像力の欠如に情けなくもなったけど、それよりすごい!おもしろい!の方が強くてポジティブに読ませてもらった。
障害は欠損ではない、というようなニュアンスの言葉はよく聞くけど、その意味を本当には理解してなかったように思う。そう思うべき、そうであるべき、というか教科書的なというか。
4本足の椅子から1本抜いたら倒れるけど、もとから3本足で作られた椅子はバランスの取り方が違うので倒れない、という話がわかりやすかった。
見える人 -
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脳に作用して体の「できる」を研究した例を挙げている。「脳を操る」の領域であり、悪用される危険性に少し言及しつつも、スポーツや学習、リハビリなどに非常に有効な方法を示している。
非常に読みやすい。VR技術を使っての練習で効率よく「わざ」を習得できる話など、根性論だけで間違った方法で練習して身体を壊してしまうことを防げるという話が出てくる。脳は「学習することはできても、身につけてしまったことを忘れられない」習性もあるというのが印象に残った。勉強にしても、ここで紹介されている学者の一人は小学生の頃、「効率よく学習効果を出すために、先生の教えることを感動して聞くように自己暗示をかけていた」とか。
技 -
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【目次】
第1章 体の声を聞く
第2章 体、この不気味なもの
しゃべれるほうが変。
勝手にやってくれてる
ふたつの「ん」
「ん」と「ぶ」のあいだ
体の身になって考える
体のアイデンティティ
第3章 体がエラーを起こす
連発
体が試行錯誤してる
吃音は「あいだ」で起こる
「伝える」と「伝わる」
楽にどもれている
第4章 恥ずかしいのはいやだ
難発
三島由紀夫『金閣寺』
眠る前の孤独
敵でもあり味方でもある
自分をつくる
第5章 自分らしい体
言い換え
固有名詞の壁
本当じゃない自分が出てくる
ずれるから発見する
どもることで自分をとりもどす
体の多様性
第6章 メタファーを味 -
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伊藤亜沙さん著「目の見えない人は世界をどう見ているのか」
久し振りに実用書的な本に手を出した。
なおすさんのレビューを観て自分も読んでみる事に。かなり評価が高い本なので年末に購入し内容に期待していた。
自分の経営する居酒屋に今は亡くなってしまったが先天的に全盲の方が頻繁にいらしていた。その方はただ目が不自由というだけで普通に飲食していたし、ベロベロに酔っぱらって帰る事も多かった。
「右から皮、ネギマ、つくねですよ」とか言ってあげれば手探りで串を触りながら焼鳥を楽しみ、毎日替わる「本日のおすすめ品」や「本日の日替わりメニュー」等の黒板等に書き込んでいるメニューも口頭でお勧めすれば他の健常者の方 -
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数値化すればするほど減っていく利他性。言動が内発的な利他性から、外発的もしくは内発的な利己性になってるから?
人は信頼してる時、他者の自立性を尊重。悩んでる人に対して諭すことなくツンツンして自らの解決を待つ感覚
利他とは聞くことを通じて相手の隠れた可能性を引き出すこと、と同時に自分が変わること
二つそれぞれあるのに、不ニであり、一に似たのも。主語が2人の考えに似てるような気がした
現代では、論理上の矛盾がないことが正しさの証とされるが、現実世界の説明としては非常に脆弱。むしろ矛盾のまま表現できる方がよほど現実的です。
計算された利他は、本質的な意味では利他にはなりえない。
自分がした -
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東京工業大学のなかにある人文社会系の研究拠点「未来の人類研究センター」に集まった研究者のうち、「利他プロジェクト」の5人のメンバーでそれぞれ<「利他」とは何か>について執筆したものをまとめたものが本書です。発刊は2021年。
「利他」といえば、「利己」の反対の行為で、つまり自分の利益を考えて振舞うのではなくて、他者の利益になるように助けてあげること、力になってあげることとすぐにわかるじゃないか、とせっかちにも僕なんかはすぐに答えを出してしまったりするのですが、本書を読んでみると、一言に「利他」といっても、たとえばそこに「利己」が裏面にべったりとひっついていることがわかってきて、かなり難しいの -
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NHK Eテレ 『理想的本箱』で紹介。
「日本語には触覚に関する2つの動詞があります。 ①さわる②ふれる 英語にすると どちらも「 touch」ですが、それぞれ 微妙に ニュアンスが異なっています。 傷口に「さわる」というと、なんだか痛そうな感じがします。 さわってほしくなくて、思わず 患部を引っ込めたくなる。 では「ふれる」だとどうでしょうか。 傷口に「ふれる」というと、 状態をみたり 、薬をつけたり、さすったり、そっと手当をしてもらえそうなイメージを持ちます‥」
こんな、書き出しで始まります。何やら興味を持ちませんか?
「ふれる/さわる」「ふれられる/さわられる」とはどういうことな -
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これまでの筆者の本とは少し様子の違う内容となっています。主に体の学習やできるようになることについて、最近のテクノロジーを通して見えてきたことについて書いている印象です。
紹介されているテクノロジーが興味深いことはもちろん、それを通して身体がどのように学習をしており、できるがどのように作られていくのかを見る視点となっている気がしています。
特に技能向上の行き詰まりに対して自分のこれまでの運動の枠から出た運動の仕方を示すことで枠から出ることなどは興味深かったです。自分だけの理論では自分の枠から出れず、言葉だけだと枠から出難いが、即時性を持ったテクノロジーによる学習がそれを可能にするなどは可能性を大