伊藤亜紗のレビュー一覧
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NHK Eテレ 『理想的本箱』で紹介。
「日本語には触覚に関する2つの動詞があります。 ①さわる②ふれる 英語にすると どちらも「 touch」ですが、それぞれ 微妙に ニュアンスが異なっています。 傷口に「さわる」というと、なんだか痛そうな感じがします。 さわってほしくなくて、思わず 患部を引っ込めたくなる。 では「ふれる」だとどうでしょうか。 傷口に「ふれる」というと、 状態をみたり 、薬をつけたり、さすったり、そっと手当をしてもらえそうなイメージを持ちます‥」
こんな、書き出しで始まります。何やら興味を持ちませんか?
「ふれる/さわる」「ふれられる/さわられる」とはどういうことな -
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これまでの筆者の本とは少し様子の違う内容となっています。主に体の学習やできるようになることについて、最近のテクノロジーを通して見えてきたことについて書いている印象です。
紹介されているテクノロジーが興味深いことはもちろん、それを通して身体がどのように学習をしており、できるがどのように作られていくのかを見る視点となっている気がしています。
特に技能向上の行き詰まりに対して自分のこれまでの運動の枠から出た運動の仕方を示すことで枠から出ることなどは興味深かったです。自分だけの理論では自分の枠から出れず、言葉だけだと枠から出難いが、即時性を持ったテクノロジーによる学習がそれを可能にするなどは可能性を大 -
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大塚国際美術館に行くにあたり、今まで全く縁のなかった西洋美術について色々勉強していた時に出会った本。
ギリシャ神話や聖書、画家たちの経歴などを知ることで鑑賞に厚みが出てはきたけれど、この本に書かれてあるような視点こそ、美術鑑賞には必要不可欠な要素だと思う。世界史が好きで、それと結び付けて鑑賞出来たらいいなと思っていた。
「美術って、その時代を生きた人の感じ方が真空パックされているタイムカプセルみたいなもの」
史実だけでなく、その時代の人の感性までも感じ取ることができたら、こんな素敵なことはない。次回に美術館に行った時は、前回とは全く違う見方ができそうだ。 -
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「できる」ということはどういうことなのか、科学的な視点から論じている本。
五人の科学者へのインタビューをもとに、著者が考える「できる」論が書かれていて、興味深い話が盛りだくさんでした。
ピアニストの脳と指と「できる」ということ、桑田真澄の投球コントロールから得られること、リアルタイムにコーチングする技術、(ついていないはずの)尻尾をコントロールできるようになる不思議、声を出さなくてもアレクサに指示を出せる?…。
昔なら、ドラえもんがポケットから出してくれたようなテクノロジーが、今は現実のものとなっていて、脳と体の関係が少しずつわかっていく。そして、その技術が、障害のある人への助けになった -
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「はじめに」からグイグイ引き込まれる内容だ
バーチャルリアリティを使ってけん玉の技をトレーニングする
球の動く速度はかなり遅い
このトレーニングにより、96.4%が技を習得したという
(TVでもこういうの見たぞ!ご高齢の方のリハビリだ
負荷をかけたトレーニングをさせたいが、故障してしまう可能性も高い
よって編み出された方法とは…
負荷の少ない器具を使うのだが、バーチャルでは実際より負荷の高い器具を使っているという設定にし、
そのバーチャル映像を見ながらリハビリトレーニングするのだ
これにより身体を痛めることはなくなり、かつ効果があったという)
「自分の体を完全にコントロールでき -
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中3生の模試の国語で、伊藤亜紗さんの『「うつわ」的利他』の一部が題材として出題されていて、興味をもったので読んでみました。
「利他」は「偽善」「自己満足」「押しつけ」と紙一重で、特にネットではそんな言葉で全く関係のない赤の他人から揶揄されたり非難されたりする可能性もあって、最近はうっかり親切な行動もとれないような雰囲気があったりもします。だいたい、「偽善」「自己満足」「押しつけ」をすり抜ける「利他」ってどんなものなんだろう。そんな思いがありました。
伊藤亜紗さんの章は読みやすく分かりやすかったですが、いちばん面白く興味深く読めたのは中島岳志さんの『利他はどこからやってくるのか』でした。志賀直哉