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Posted by ブクログ
"p29 視覚を遮れば見えない人の体験をできるわけではない。欠如という概念ではなく、視覚がなくともバランスを取るというイメージ。欠如という概念ではない
p37 なんでも助ければいいということではない。福祉をしすぎるとよそよそしい感じになってショックになる
p66 見えない人はものを三次元で見る。見える人は二次元でものを見る。絵を書くときに大体見える人は二次元で書いてしまう
p68 見えない人でも色の概念を理解している。でも色が混ざる感覚は理解できないらしい
p73 見えない人に死角はない。すべてが表であり裏である。ツボの工作をするときも見えない人は内側に細工を施したそう。見える人はそんなことはしない
p87 ぶつかりかけている見えない人を見ても止めない。あえてぶつかりに行って把握することもある
p88 点字はむずい。もし読めたとしても、書く場合は裏側から点を打つため、逆にして考えないといけない。
p92 触って把握することをネガティブと捉える見えない人もいるため、触れるようにしてあげようとするのはすれ違いが起きてしまう
p107 見えない人は卓に6人以上いて話すと聞き分けるのが困難になる
p127 見えない人が電車が揺れても耐えられるのは、用意しているから。
p157 見えない人でも美術鑑賞するソーシャルビューがある。見える人が絵の説明とどう感じるかを話す。見えている人でも誤った解釈をするため、別に見えなくてもいいんだというのがきっかけ
☆障害者というのは足が不自由だから、というのではなく足が不自由で就きたい職につけないだったり、好きだった旅行に行けないことに対して使うべきである"
Posted by ブクログ
目の見えない人に出会ったら、自然と「大丈夫かな」「手を貸した方がいいかな」と思ってしまう。実はそれって「いらぬお節介!」だったのかも?
目の見えない人の見ている世界を「空間」「感覚」「運動」「言葉」「ユーモア」から解説。
想像するには限界がある世界を、とにかくわかりやすく説明してもらえて目からウロコでした。
見える私たちも実はいろいろな器官を使っているらしい。でも視覚による情報はとにかく強烈。そうなると視覚に頼りがちになり、だからこそ見えない事に対する不便さも強く感じるんでしょうね。
見えない人たちは視覚にとらわれず、あらゆる器官を使って軽やかに生活している。
見える人よりむしろ視野は広く、なんなら「死角」もないから、かなりダイナミックな世界を見ているようです。
夜停電したって平気だし…「目明きとは不便なものよ」うー、確かに!
特に「ユーモア」の章はグッときました。これは視覚だけでなく、あらゆる不自由さをヒラリとかわしていく術ですよね。
目が見える見えないに関わらず、困っていたら助ける・助けてもらう。お互い過剰に気を使わず、補い合って仲良くできたら…。読んでよかったです。
Posted by ブクログ
「見えない」は欠如ではなく、もう一つの豊かな世界の形。
介護の現場に関わってきましたが、本書を読んで、
自分がどれほど「健常者の尺度」で相手を推し量っていたかに気づかされ、
ハッとしました。
「目が見えない」という状態を、光を失った不自由な状態と捉えるのではなく、
視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた、全く別の「体の使い方の流儀」として描き出す著者の視点。
そこには、同情ではない、他者への真の敬意が流れています。
特に印象的なのは、見えない人が空間を「点」や「線」ではなく、
独自の感覚で立体的に捉えているというエピソードです。
私たちはつい「助けてあげなければ」という一方的な思いに駆られがちですが、
彼らの体の内側にある論理を知ることで、
真の意味での「寄り添い」とは何かを考えさせられます。
専門職としてのスキルの前に、
まず「人間としての想像力」を豊かにしてくれる一冊です。
ケアに携わる人はもちろん、自分とは異なる世界を生きる他者を、
より深く、温かく理解したいと願うすべての人におすすめしたい名著です。
Posted by ブクログ
この本は面白いです。
目の見えない人が、健常者と同じようなことができたり、目の見える人には感知できないような能力を発揮する姿を見ると、「すごい!」という言葉が出てしまいます。しかし、「すごい!」という驚嘆の背後には、見えない人を劣った存在と見なす蔑みの目線がある。「すごい」は単なる「すごい」ではなくて、実は「見えないのにすごい」ということなのです。
この本は「すごい!」ではなく「面白い!」、「へえ、そんなやり方もあるのか!」というヒラメキを得たような感触を提示してくれます。
私はこの本を見つけた時、見える人が使っているものを使わず、見える人が使っていないものを知ることで、体の潜在的な可能性を示唆してくれるのではないかと思い、手に取りました。
読んでみると、体の使い方の可能性だけではなくて、見えない世界をどのように構築して、世の中を渡っているのか、見えている自分にはスルーしていた柔軟な世界があるのだと思いました。
健常者と障害者が、「面白い」の立場にたつことで、今よりもっと見えない人に寄り添って、お互いの違いについて、理解を深めあって、対等な立場になれるような気がします。
Posted by ブクログ
生物学から美学に転向した東工大准教授が、視覚障害者と関わって得た、見ることや障害ということについての考察
とてもわかりやすい日本語で書かれているが、その内容は今までにない概念のものが多くく、多分野にまたがる
著者がご自身の略歴から書かれているが、珍しく興味深い視点である
3本脚の椅子は4本脚の椅子の脚が1つ無いものではないといった椅子の例えや、
「違いをなくそうとするのではなく、違いを生かしたり楽しんだりする知恵の方が大切である場合も」という考え方は、障害者に対する考え方を改めさせてくれる
早速、ソーシャルビューイングを探して申し込んでみた
「『思い通りにならなくてはダメだ』『コントロールしよう』という気持ちさえなければ、楽しめるんじゃないかな」と、情報の欠如を、だからこそ生まれる意味によってひっくり返すとは凄まじい
Posted by ブクログ
・見えないことは、欠陥ではなく、脳の内部に新しい扉が開かれること。
・「意味」とは「情報」が具体的な文脈に置かれたときに生じる。
・見える人が見えない人にとる態度は、情報ベースになり勝ち。
そこに意味ベースの関わりも追加していきたい。
・人は、物理的な空間を歩きながら、実は脳内に作り上げたイメージの中を歩いている。
・私が情報を使っているのか、情報が私を使っているのか。
・人は世界を捉えるように、世界を創る。
・3次元を2次元化するのは視覚の特徴。
・平面性は文化的イメージによって補強される。
木星と、月。
・人は「過去のもの」を使って目の前の対象を見る。
・見えない人は空間を空間として認識している。
・視覚がないから死覚がない。
・見えない人は、物事のあり方を「自分にとってどう見えるか」でなく「諸部分の関係が客観的にどうなっているか」で把握する。すなわち、この客観性が、見えない人特有の3次元的理解のもと。
・表と裏、内と外も等価に見る。
・「面白い」の立場に立つことで、お互いの違いについて対等に語り合える。
・想像できると、それをもとにお互いを比較できるようになる。
・鑑賞とは自分で作品を作り直すということ。
・自分の体に合わないデザインやサービスをナナメに見てみる。
・マゾヒズムとユーモアは密接な関係がある。
・自分という存在から距離を取るのがユーモアの基本。
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