小手鞠るいのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「かもめ」がかつて魂を焦がし、自ら終わらせた、2つの恋の物語。
10代後半、身も心も捧げたのは、男らしい人。
20代後半、生きたまま殺されているような愛をくれたのは、優しい人。
何もいらない、欲しいのはあなただけ、その言葉そのままに、ひたすら待って、追いかけて、愛して愛して行き着いたのは、生きたまま死ぬこと。
恋愛小説の楽しみは、どんな風にその恋が終わるのかということです。(暗い…笑)相手や主人公が死ぬとか、そんなのは全然面白くない。
主人公は、自らが死ぬほど愛した相手に、自らサヨナラを告げています。
気が狂うほど愛して、丸裸の心で、プライドなんてはじめからどこにもない。
そんな、果てしなく続くだろうと思っていた恋が、かもめの愛と、男たちの愛が全然違うものであると彼女が気づいとき、終わる。
まるで私がかもめに去られた男たちみたいな気持ちになって泣きたくなったし、
かもめが去っていった後の男たちがどんな人生を送っていったのか知りたくもなった。
きっと男たちはまた別の女性と幸せに暮らしていっていると思う。
身を焦がし、魂を焦がしたかもめは、この先もずっと独りぼっちの不完全な死体として生きていくのだと思う。
川滝かおりさんの詩が過ぎで、彼女が現在は小手鞠るいという名前で小説や児童書を書いていることを知り、はじめて手に取りました。
詩のような優しさとセンチメンタルさを味わわせてくれる1ページ目、1行目。はじめからわたしを虜にする彼女の文章がたまりません。
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Posted by ブクログ
「私のてのひらの中に、一冊の雑誌がある」
この書き出しで本書ははじまる。1976年に発行されたこの雑誌「Searchlight Monthly」には、当時頭角を現しつつあった日本人の報道写真家「鳥飼茉莉江」についての記事が載っていた。「私」はこの写真家の生い立ちから亡くなるまでを調べている。だが、「私」については「美和子」という名前以外、どんな人物で、なぜこの報道写真家にそれほど興味があるのかは、物語の終盤まで明かされない。読者は「私」とともに、報道写真家鳥飼茉莉江の数奇な人生をたどっていく。
1945年、岡山で激しい空襲がある。戦時動員の訓練中だった14才の鳥飼希久男は急いで家へ戻るが、家屋は跡形もなく、家族の生存は絶望的と知らされる。呆然とする希久男にかすかな赤ん坊の声が聞こえてくる。希久男はその声で、家に赤ん坊がいたことを思い出す。父の姉が神経を病んでいたため、その姉の乳飲み子を預かっていたのだ。それがその子の声だと確信した希久男は、慎重に瓦礫をどけながら、火傷を負った赤ん坊を救い出す。それが茉莉江だった。
希久男とともに親戚に預けられた茉莉江は、そこの女の子たちと姉妹のように暮らすが、やがて突然迎えに来た母親に連れられ、アメリカへ渡ることになる。船の中で出会うフルブライトの学生たち、電車の中で茉莉江を「日本鬼子」と罵倒する中国人等、当時の世界の様子を様々取り入れながら物語は進行し、ある写真に魅せられた茉莉江は写真家を志すようになる。
やがて彼女は、新宿駅西口の反戦フォーク集会、浅間山荘事件。三菱重工本社ビル前の爆弾事件、そしてニューヨーク同時多発テロ等を報道写真家として追い、人間について、世界について考えていく。
「私ののてのひらの中に、一枚の写真がある」
「私のてのひらの中に、声がある」
「私のてのひらの中に、一個のカセットテープがある」
茉莉江の人生を追う物語は、カセットテープから流れる彼女の講演で幕を閉じていくのだが、とにかく素晴らしい小説である。私は人より余計に本を読む方だと思うが、この小説は私にとっては別格だった。著者に敬意を表し、この本と出会えたことに感謝したい。是非多くの人に読んでほしい本である。 -
Posted by ブクログ
時代は、軍国少年が戦争の終わりにより価値観を変えなければならなかった、1940年代終盤だろうか。作家たちのぶつ戦争批判に賛同していたころ、生活階級の違いをまざまざと見せつけられた隣の先輩に届いた一通の手紙を開けてしまう。
中にはアメリカからの手紙。勉強していなかった彼だが一生懸命辞書を引きながら訳した。そして、先輩から委託されたことにして返信をした。それがこの物語のはじまりだった。
当時はどんな時代だっただろう、戦争反対、自衛隊反対のうねりの中で、海外からの圧力を受けつつ実質的兵力を持つ決断をした国の国民は、段々と愛想を尽かせやがて何も感じなくなっていった末路がいまの世の中のような気がする。一方この青年はそうした社会情勢をなんとかしたいという運動にのめりこむ。そのあと押しに、アメリカ人のヴァイス女史の手紙が、なっていないとは思えないが。
P111で"きみ"の正体がわかる。本当はもう少し早く気づいてもよかったのかもしれない。しかしここで誰かに話しかけていたことと手紙で海の向こうのあの人に話しかけていたということが明確に認知できるようになる。物語が一気に私たちを引き込んでくるきっかけともいえよう。
自分がこんなやり取りをしていたらどうだろう。その活動に相当な熱量を持っていなければ、主人公のような結末はきっと選ばなかった。逆に言えば、活動や、手紙の主に相当な熱量を注いでいたからこそ、その決断ができた。自分のよりどころにしていた人が、想いを共にしていたとしたら、なおさらだったろう。
戦後日本でのつつましやかな生活だけでなくヴェトナムでの生活もつぶさに語られる点では戦後ルポかと読み間違えるほどだが、太平洋を隔てる二人の愛と行く末を最終的に書ききったという点でこの小説は、やはり小手鞠るい作品ではあるが、決して甘くなくそして切なすぎる作品だった。 -
Posted by ブクログ
国を挙げて移民を奨励していた時代が日本にもあった。
今や難民や移民に冷たい国なのに。
アメリカに渡った3世代の物語。苦労してようやく手に入れたアメリカでの生活も真珠湾攻撃で激変していく。それまでも差別・排斥はあったけれど、それが露骨になっていく。どうして、戦争になると国というものに囚われてしまうのだろう。個人としてつき合ってきて、どういう人かがわかっている場合でさえも、敵対、排斥されていってしまう。本気でスパイだと思うのだろうか。本気で隔離しなくてはいけないと思うのだろうか。人は何のために戦うのだろう。どうして国のために人を殺したり、殺されたりしなくてはならないのだろう。
私たち人間は非常事態に直面すると、集団は排除の論理に呑みこまれてしまいがち。それを乗り越えていくことはできないのだろうか。どんな時も何があっても多様性を尊重し、認め合うことができるようになりたい。
3世代の女性が誰の話なのか、誰が誰に語っているのかが途中混乱してしまい、何度も読み返した。今、人に貸してしまって手元にないけれど、もう一度丁寧に読み返したい。 -
Posted by ブクログ
再読。『二つの祖国』を読み、思い出して再度手に取りました。
アメリカンドリームを夢見た大原幹三郎とその妻佳乃から始まる日系人三世代の家族の話。
語り手は三世に当たるジュンコ。
母ハンナはアメリカ人として生き、子供達にもアメリカン人として生きることを望んでいたが、ジュンコだけは日本を焦がれ、日本人の心を求めていた。
『二つの祖国』ほど、アイデンティティに悩む人達の姿を感じることは無く、史実に基づいた実際にあった人種差別の、そして、母娘の話として読み進めていました。
戦争が生んだ更なる人種差別。
この歴史を知り、今後そんな不幸が起こることのないようにと願います。
二羽の鶴に有刺鉄線が絡まるブロンズ像、思わず画像を検索してしまいました。
こんな簡単なものでは無いはず…、は著者の言葉だと思いました。
教科書で学ぶことのなかった歴史です。
本との出会いで知れて良かった。
まだまだ知らなければならないことは、きっとたくさんあるのだと思っています。
2017.11.02 初読
3代に渡る日系アメリカ人家族の物語。
アメリカンドリームを夢見た日本人達がいた事は、無知の私は知りませんでした。
そして、第二次世界大戦中の、日系人の苦悩もまるで知りませんでした。
敵国の血を持つ者がどんな目に合うかは想像出来るようで、その域はきっと越えていることでしょう。
悲しいことです。
立場が違えば、戦争に対する見方も感じ方も変わります。
でも、誰も幸せではない。
戦争は、今後決して起こしてはいけない悲劇だと思います。
興味深く、とても素晴らしい本でした。
多くの人に読むべきものだと思います。