六人部屋の十三年間
病室で出会った忘れられない人たち
著者:頭木弘樹
発行:2026年5月25日
晶文社
著者の肩書きは「文学紹介者」。何冊も本を出していて、カフカの研究家でもある。同時に指定難病「潰瘍性大腸炎」に長年苦しみ、その生活ぶりを綴った「食べることと出すこと」(医学書院)を6年前に読んだ。また、エッセイ「口の立つやつが勝つってことでいいのか」(青土社)も一昨年読んだが面白かった。読むのは、これで3冊目。
筑波大学3年、20歳のときに発症し、大学病院に入院するのは嫌だったので、近くの中堅規模病院に入った。やがて大学病院に移るのだが、ある種の手術をするまでの13年間、闘病生活を送った。ずっと入院していたわけではないようだが、検査をして結果を見てまた入院。不安との闘いでもあったようである。手術後は普通に近い生活が送れるようになったらしいが、完治したわけではない12年間を過ごしているらしい。
入院生活は個室から始まった。1日に20回ほど血便が出て、熱も高かったため、医師の判断で個室に。病院都合なので差額ベッド料金はなし。少し良くなるとそれが発生するということで、複数人の部屋へ。いきなり6人部屋には抵抗があったため、少し差額ベッド料金が発生する2人部屋に取り敢えず入ることになったが、それが間違いだった。
もう一人がバリバリのやくざだったのだ。上半身を脱げば入れ墨、いつも何故かベッドの上に立って着替える。下っ端が隠し持ってきた一升瓶を渡すと、その時もベッドの上に立ってラッパ呑み。ところが、下っ端が帰ると酒を捨てにいくのである。肝臓が完全にやられていて、酒を受け付けないのであろう。一方で、親分と思われるような人物が来ると、ベッドに正座して話を聞いていた。
そのやくざに代わって入ってきたのが、納豆おじさんだった。納豆だけは絶対に食べてはいけませんよ、と看護師に強く言われている。茨城の方言がきつくて聞き取れない。ある夜、寝ているとカーテンの向こうから黒い液体がこちらに大量に流れてくる。もしかして血?灯りをつけると赤い。慌ててナースコール。どうやら納豆を食べたらしい。納豆を食べたでしょ!と怒られている。しかも、出血したのはこれが初めてではないようだった。
そんなドタバタがあり、差額ベッドが払えないとの口実で六人部屋へ。そこからいろんなドラマが始まる。なにせカーテン1枚、声がまる聞こえで、見舞いに来る家族などとの会話がよく分かるのである。入院患者は、見舞いに来た家族とほとんどが喧嘩をするらしい。6人中の5人は50代と思われる人。著者は20代。そんな著者が何組もの離婚を止めたという。なぜ50代が20代の独身の著者に相談に来るのか。これも面白い話である。同じように、大学の同級生が就職相談にやってくるのだそうである。終活どころか20歳のときから社会に接したことがない著者のところに、どうして相談に来るのか?
いろいろな人間模様を、入院患者独自の視点かもしれないが、著者が観察し、分析していく。この人の論には、いつも納得させられるし、勉強になることが多い。とても面白く価値のある一冊だった。
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廊下にいるお年寄りの患者が「若い物はいいね」と羨ましそうにいう。若いから元気もあるし治りもいいだろうというのだ。これには腹が立った。向こうは年をとって初めて病気になっている、こっちは20歳でなっている。向こうが20歳のころは元気でピンピンしていたのだ。うらやましいなどと言われる覚えはない!
一人、着物のおじいさんが六人部屋に入院してきた。作業着のおじさんもいる部屋。きっと着物の人はお金持ち、作業着の人は貧乏なのだろうと思ったが、実際は逆だった。着物の人は、親友の借金の保証人になって逃げられ、返済に追われる人生を送ってきた。かなりの額だった。見舞いに来た妻から「あなたはいつもそやって、おひとよしなんだから」と涙ながらになじられていたから分かった。
作業着姿は、いつも孫娘が1人だけ着て看病していた。他は誰もこない。この人は同室のみんなに大声で説明した。息子も娘もたくさんいるが、財産はすべてこの孫に譲ることになっている、そのかわり、こいつは大学にも行かず、仕事もせず、結婚もせず、友達づきあいもせず、私の面倒だけを見るんです。
大学の同級生が就職活動の相談に来る理由を分析。大して友人でなかた者までなぜ相談に来る?
1.病人、特に入院患者は、見舞いに行けば必ずそこにいるから
2.重い病気をした人間は人生のレースから脱落していて、ライバルではないから何でも話せる
3.病人に秘密を話しても、他に漏れる心配が少ない
4.重い病気をした人間の言葉には重みが感じられるから(本当にそうかどうかは分からないが聞く方が勝手にそう感じる)
5.病人は弱いから自分も弱みを見せやすい
6.病院は話をじっくり聞いてくれる。なにしろベッドに寝ている。
7.相談する人の多くはアドバイスを求めていない、聞いてもらうだけでいいから
同室の50代夫婦。夫からも、室外で妻からも、相談を受けた。妻は泣きながら。双方の気持ちを聞き、伝えてあげる。結局、離婚は回避された。それぞれからお礼を貰う。妻がくれた高級そうなチョコレートは食べられなかったが。
親子での喧嘩もある。父親はエリート会社員だったが、上り詰める直前で病気のため挫折。息子に託したが、高校生の息子はもっと自由に生きたい。病室で喧嘩になり、以後、息子は来なくなった。
理解は多くの場合に於て、融合を生まずして離反を生むからだ。
種田山頭火「砕けた瓦」
「がんばっているね」と言われると、褒められて嬉しいと思えない。好きで病気になったわけでもなければ、好きで闘病しているわけでもない。それでも、「がんばっているね」だけならまだいい。さらに褒めようとして「私だったらとても無理」と付け加えられると、言い返したくなる。
体にたくさん管がつながっていたり、極端な食事制限の様子を見て、「私だったら、とても耐えられない」「オレだったら、死んだ方がましだな」などと言い出す人もいる。自身の心の中に、そういうことになっていない自分に対する喜びが湧いているのではと思えてしまう。
忙しい人にとって、1日中パジャマでベッドでごろごろしているのは夢。「うらやましい」と感じ、口らかそれがこぼれてしまう。しかし、入院患者からすると、何日か休むのはいいが、長期間になるとだんだん辛くなる。ましてや、大部分の時間をベッドの上で寝ていなければいけないとなると。段々体がいたくなり、不思議なこりが発生し、身の置き所がない感じに。すでに横になって休んでいるのだから、これ以上、休みようがない。本当に辛い。忙しく働いていて横になるから楽なのだ。
田舎の友達が送ってくれた段ボールに入った漫画本。看護師から邪魔だと叱られ、読んでも何の感慨もない。迷惑だったが、その中に、漏らす漫画があった。電車の中で大を漏らす。自分も病気で漏らしてしまい、ひどくショックだったときだから、これには心が動いた。それをきっかけに漫画が読めるようになり、そこから本を読むようになり、本を書くという今の仕事につながった。運命を変えたお見舞いの品と言っていい。
病気をすると宗教の勧誘の人たちが群がる。特に西洋医学ではなかなか治らない病気の人にはかなりしつこくやってくる。著者の病室にも、田舎の同じ高校という男が見舞いに来た。入院中だとたまたま耳にしたからだという。親しくしていた相手で、名前も顔もしらなかった。同じ大学にいることさえ知らなかった。おどろいていると、宗教の勧誘を始めた。「帰ってくれ!」。それに慣れているらしく、次は集団で来るのではと不安だったが、集団で来たのは親戚の方だった。
ようやく外泊許可が出て、一時的に部屋に戻ったとき、親から電話があって東京にいる親戚がお見舞いに行きたいそうだと言われた。遠い親戚で、一度会ったことがある程度の同い年。それがわざわざ東京からつくばまで。断りたかったが断り切れず。すぐその日に来た。ドアを開けてびっくり。その親戚1人ではなく、後ろに住人以上の男女が並んでいる。宗教の勧誘だった。親戚の体を手で押しのけ、なんとかドアを閉めた。チャイムを鳴らし続け、ドアを叩いたり、猫なで声を出したりしたが、やがて帰っていった。
最初に退院した日、いきなり電話が鳴った。「お墓を買いませんか?」という勧誘の電話だった。次の電話は宗教の勧誘だった。まったく知らない人から。どうして電話番号を知っているんですかと聞いても、答えない。相手はこちらが難病だと知っている様子。その日は、お墓や宗教の電話が、いろんなところからかかってきた。どうやら、病院からそういう情報が漏れているらしい。リストを売っている人がいるという。
疑われて怒る医師は、たいがい腕がよくない。著者は大人になってから水疱瘡になったことがあるが、ある大きな病院でただの風邪だと診断された。もう水ぶくれができていたので「こういうのが出来ているのですが・・・」と改めて言うと、医師が怒りだした。あとから看護師に「あの先生はすごい先生なんだから、逆らったらダメよ。診てもらえるのはありがたいことなんだから」とさとされた。すぐに別の大きな病院にいくと、たちまち水疱瘡と診断された。なお、その怒った医師は、その後、何かの大きなミスをしたらしくk、患者から訴えられて新聞記事にもなっていた。
【歯科医での経験】
歯の詰め物がとれて大学病院に行った(大病の際の経験によりそうした)。親知らずが横倒しに生えていて、隣の歯と接しているところが虫歯になっている。ほんの少ししか出ていない親知らずを抜くため、切開手術をすることになった。レントゲンを撮ると近くに神経があり、下手をすると手術で神経に触れてしまうことがあり、麻痺が残る場合がある。口をちゃんと綴じられなくなってよだれが出たり味が分からなくなったりすることも。一生そのままということもある。そう言われた。また、歯を抜く時に使う器具は先が尖っていて、時に顎を突き抜いてしまうことがある。そういう場合も含めて同意書へのサインを求められた。
手術を後日にし、そんな話を出版社の編集者にしていると、神の手と呼ばれる歯科医のメールアドレスを教えてくれた。メールすると、偉そうにすることも一切なく、気軽にやりとりしてくれ、診てもらえることになった。行くとき、レントゲンをもらってきてないので大学病院から、その神の手のいる大学病院に送ってもらえるように手配した。しかし、神の手の先生はレントゲンなんて入らない、外から見たら分かるという。大丈夫です、じゃあ、抜きましょうね。とその場で親知らずを抜いてくれた。切開手術なんてしなくても大丈夫です、と。
なお、「私は虫歯の治療は苦手だから、させないほうがいいですよ」と言い、他の医師を紹介してくれた。