頭木弘樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
NHKラジオ深夜便、「絶望名言」その他の著書でもやたら絶望・・・が多い。
詳しくは知らなかったけど、こんな事情があったのね。
二十歳の時に潰瘍性大腸炎を患い、以来約13年間入退院を繰り返してきた。
そんな13年間の病院生活が綴られている。
ふたり部屋より6人部屋、6人部屋ならベッドの位置はどこがいい?
同室の患者との付き合い方、見舞客に対する希望
はたまた医師や看護師に対する接し方等々・・・
それらはまさに一つのドラマ。
今入院中の人、これから入院する予定の人、家族が入院している人、幸いにも全く関係がない人、
読んでおいて損はないだろう。
身を削って、必死の思いで記してくれた著者に寄り添う気持ちよりも、はーんと感心することばかりだった。 -
Posted by ブクログ
表現にまごつく、痛みというもの。
著者の難病の体験、そこから学んだものが真摯に謙虚に語られている痛みについての本。
痛みという個人的な体験、けれども大なり小なり皆が共通する経験の孤独さと厳しさを、世界に向けてわかりやすく読みやすく、人間の分かち難くもそれでも分かち合いたいものとして、果敢に広く届けようとする良書であり、味わい深い人間性の文章だと思った。
身体的な痛みだけではなく、精神的な傷跡についてもこの本は参考になる。
身体の痛みも精神的な痛みも、生きていれば人は皆、経験する。
その痛みには固有性と共通性が縦軸と横軸のように複雑にまごついて絡み合い、わかってほしいのにわからないという感覚を痛む者もそれを見つめる者も、それぞれに孤独にギリギリと締めつけられることが現状で多々あることかと思う。
著者はその複雑さに自身の体験と文学で分け入る。
痛みとは痛む者にとっては明瞭に言い表せず、見つめる者にとっては簡単にあるがままの痛みとして聞き取ることができない性質があることは本書を読めばすっと胸に入ってくるだろうと思われる。
著者もおっしゃっているが、この本は痛い人(痛むご本人)と痛い人のそばにいる人を繋ぐ本だ。
痛みとは、改めてわたしたち人にとって、なんなんだろうってヒントになる本でもある。
わたしはこの本を読み終わった後、痛い人と痛い人のそばにいる人は、現実的には実は重なるのではないか、そして皆それぞれ(身体的にも精神的にもトラウマ的にも将来的な不安という意味合いでも)痛みに怯えているのが人間なのではないかと、思った。
痛みを真正面から、患者の立場、一般市民の立場から等身大としてスタートし考察した本書はめずらしくも多くの共感を呼ぶと個人的に感じる。
医療従事者や介護職についている人にも特におすすめだけれど、著者の願い通りに、全て痛い人、痛い人のそばにいる人におすすめ。
ご一読ください。
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Posted by ブクログ
なんの共通点もない人たちと、いきなり共同生活が始まる、それが「入院」
病院でのちょっとしたエピソードを小耳にはさむことはあるが、この本はその「集大成」レベルである。
若い時に発病し、さまざまな「人」、患者、その家族、医師、看護師、見舞客などを見てきて、考えさせられた著者は、さながら「病院哲学」を極めた人のように思える。
その中でたどり着いた答えは、「人はもともと不平等なのが当たり前なのだ」ということ。
自分の人生や境遇を人のそれと比べないこと。
何かを話すときに「〜と比べて」という余計な一言を付け加えないこと。
と言っても難しい本ではなく、入った人でなければ分からない長期入院の実情がとても興味深かった。
皆さんも知りたいだろうと思うから、という時に、病院を監獄と並べていたので、!!と思った。監獄の中を知りたいと思って別の本を読んだばかりだったからである。
一番恐ろしかったエピソードは、しつこい宗教の勧誘だった。宗教以外でも、怪しいサプリや健康法などを、「あなたを救ってあげたい」と優しげな言葉で近づいては、弱っている心をぐいぐいと引き摺り込むのだ。
普通に生活しているように見える人たちの中にも、病気を抱えている人は意外に多い。病人同士だけが打ち明けあうような慣習になっている。
元気な人に対しては正体を隠して接している。まるで吸血鬼仲間、などという表現が面白い。
隠し事もオープンにして、人は元々違っているということを理解し合えたらもっと生きやすいのに、難しいのでしょうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「食べることと出すこと」と同様たくさんの本の引用を使いながら痛いということ、痛みというものについて書いた本。
本当に面白かった。心に沁みた。頭木さん自身の体験談もさることながら、経験したことがない痛みがあるということを理解しながら相手の痛みを理解しようすること、痛みをどのように伝えるか、いろんな人の痛みとの付き合い方など、とにかく健康健常じゃない人、ことへの優しさと想像力が詰まったいい本だった。
頭木さんの提案する、痛みがこうならいいのにというのは本当にその通りだと思う。本当に悪いところだけが痛み、それは限界を超えるような痛みではなく、痛みの強さで悪さの深刻度がわかる、みたいになればいいのにというのは本当にその通りだと思う。人間の体不便すぎ!
また、痛みを抱えている人への心無い言葉は読んでていて胸が痛かった。本当にそんなこと言う人いるの!?と思うんだけど、どうにもいるらしい。
痛みを表現したり伝えたりするのに、「心で語る」か「体で語る」かには、なるほどと思った。「心で語る」(涙が出るほどとか)と相手に反発されるが、「体で語る」(血管をガラスの欠片が通るようなとか)と大変だねと労ってもらえるというのはわかる気がした。
私は個人的には頭木さんの実体験の話が参考になったというかすごく励まされた。
腸閉塞が悪化しそうな時はひたすら歩くこと(1時間でも2時間でも)、外を歩けないなら踏み台昇降をすること。口の痛みで水すら飲めないときには生理食塩水を飲むと痛みなく水を飲むことができる、などはすごい参考になった。昔末期がんの漫画家が歩くことはすごく腸にいいと書いていたけどその通りだったんだな。
とにかく全部余すことなく面白い。健康健常から外れてしまった人間に優しく寄り添ってくれる本当に素晴らしい本だと思う。 -
Posted by ブクログ
かなり面白かった。
身体は元気だが頭が特性あり(ADHD)と、頭は元気だが身体は大変(難病)の筆者2人による人間のここがおかしい!みたいなテーマでの対談形式で話が進む物語。
1番面白いと思ったのは、産まれてから老いて死んでいくまでの流れが反対のほうがよいのでは?という話。人間誰しも、小さくて無条件に可愛がられることや若く健康な時期の有難みに老いてはじめて気づくものである。だからこそ、人生のスタートこそヨボヨボのシニアがよくて、次第に健康に、若くなり、最期は赤ちゃんとして可愛がられながら旅立つ。こっちのほうがいいだろ!っていうテーマが面白かった。 -
Posted by ブクログ
はじめ、一人称的な視点多めで書かれた文章が、ちょっとパーソナルすぎて入っていきにくいかなと思ったけれど、4人4様の書きぶりであることがわかって、そのバラバラさがかえっていいのだろうということも伝わってきた。
これまでもオープンダイアローグの本は何冊か読んだのだけど、一対一でないよさ(圧がかからない)とか、リフレクティングの効用(直接話しかけられるわけではないから、「そうですね」といいながら聞かなくてすむ、取捨選択してよさそうなものだけ採用すればいい)、時間できっぱり終わり結論を出そうとしないことのよさ、そしてダイアローグとダイアローグのあいだにそれぞれの心のなかで起こることなどがとても具体的に手に取るように伝わってきて、なるほどオープンダイアローグによって、もつれた糸がほぐれはじめることはあるのだろうなということが感じ取れた。
また必要を感じたとき読み返したい1冊。 -
Posted by ブクログ
理解できた作品と
あまりできなかった作品があったので
もう一度はじめから読み始めました。
「判決」を読んで。
一度目は正直よくわからなかったので
二度目読んだ後の感想を。
私の考えすぎなのかもしれませんが
主人公ゲオルクの父親は
息子を愛していたのかもしれないけれど
その愛し方は息子を
精神的に支配する愛し方だったのではないかと。
そういう愛し方を受けた子供が大人になり
親よりも力も強くなっても傍から見れば
「なぜ言われたままなんだろう。
自分の思うようにすればいいのに」と
思うかも知れない。
でも支配し続けられた子供は
成長して体は大人になっても
自分ではどうすることもできない
親のその目に見えない力に支配され続け
縛られてしまう。
ゲオルクは父親に対して
至らないところもあっただろうが
父親との会話の中で愛情は父親に向いている。
だが 父親は常に自分自身に愛情が向いている。
父親はゲオルクに対して
傲慢でいかに不実であるかを罵り終えた後
「だからお前によく言って聞かせるが
わたしはお前に対して、溺死の刑を宣告する!」
冷酷に息子に告げた。
そう告げられた後のゲオルクが
目に見えぬ
自分ではどうしようも抗えない力によって
自ら川に飛び降りた。
傍から見れば自ら飛び降りたとしか見えない。
でもそれはずっと心を
父親の目には見えない強い支配力が
そうさせたのだと。
ゲオルクは確かに
傲慢で不実なところもあったのだろうけれども
父親の前で心のなかで気づきはじめている。
そんなゲオルクを許してくれたら
その支配を止めてゲオルクを愛してくれたら
ゲオルクは本当に幸せになれたのかもしれない。
そう強く感じました。
皆さんはこの作品を読んで
どのようにお感じになられましたか。
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Posted by ブクログ
自分は痛くなくても、痛い人は必ず身近にもいる。
だから、「痛くない人」は、「痛い人のそばにいる人」でもある。
そばにいる人が、痛い人のことをわかってあげられたら……。
痛みというのは曖昧で、痛いといくら訴えても、同じ痛みを経験しない人には伝わらず、それどころか離れていってしまう。
痛みがあることで孤独になってしまうこと、痛みの伝わらなさ共感のできなさ、痛みを言葉で表すことの難しさ、どうやったら言葉で的確に痛みの感覚を表現できるのか、痛みを分類できないか、痛みについてのエトセトラエトセトラ…
本書を読みながら、痛み自分史を脳内で振り返って、うんうんと頷き共感する。
相変わらず著者の文学の紹介の仕方は自然で柔らかくていいなと思いつつ。気になる本が増えてしまった。
それにしても痛みに関わらず、他人や自分の経験を過小過大評価してはならないなと思った。
人には人の地獄、人には人の痛み、人には人の乳酸菌。
本当に多方面から痛みについて語ってくれている。まさに痛いところから見える景色だ。
定期的に読み返したいし、読んだうえで語りたいことがたくさんある。様々な痛みを抱えるすべての人に、痛みを知らない人にも、寄り添ってくれる良書だ。