頭木弘樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
私は高校中退後に数年間ひきこもり状態でいたことがあり、その時は本当に最悪だった。
人間不信に加え、大学で何か学びたいわけでもなく、かといって、やりたい仕事もなく、ただ推理ものやファンタジー小説を読んでいただけの日々に、これも生きているということになるのだろうかと、思ったものだ。
そんな事があったもので、もしその時に本書を読んでいれば、果たしてどうなっていたのかということに興味を持ち、本書を読んでみたわけなのだが、まず惹き付けられたのは、カフカの「ひきこもり名言集」と、宇野浩二の「屋根裏の法学士」だった。
ただ、カフカは正直ざっくりし過ぎた表現が響かなかったが、宇野浩二は良かった(両者の共通点は、ひきこもりに正しいも間違いもないということ。まあ本人の責任は伴うが)。
読んでいて、思わず想像してしまう、そのダラダラ感と太々しさ。けれども、おそらくそれは彼自身の虚構と精一杯の見栄であり、本音は切ないものも秘めていたのだろうなと感じさせる、その心情に胸が締め付けられて、大正7年当時に書かれたというのも、とても励みになった。
また、萩原朔太郎の作品が二点収録されていたことも印象的で、「死なない蛸」は、彼自身、周りから謂れのない距離を置かれていたことに対する、存在価値の普遍性を吐露したように感じさせ、「病床生活からの一発見」は、正岡子規の無味平坦な歌への理解にも共感したが、それ以上に、侮辱された一婦人の為に腹を立て、悲しくなって泣いたエピソードに彼の優しい人柄を感じさせ、昔読んだ、鯨統一郎の「月に吠えろ!」を思い出した。
そして、星新一の「凍った時間」は、ムントの無表情な表情の奥に垣間見える、心と涙に胸を打たれ、見た目だけで判断される悲しみは、まるで障がい者に対するそれのようにも思われ、梶尾真治の「フランケンシュタインの方程式」は、一転してコントを観ているような面白さが印象深いが、所々のブラックな味付けで軽い内容にはしておらず、ポーの「赤い死の仮面」(品川亮の新訳)は、自分の事だけ考えていると、こうした報いを受けるといった教訓ものっぽく見えたのが、ポーの作品にしては意外に感じられた。
それから、ハン・ガンの「私の女の実」は、『ここではないどこかへ』ということの、夢と現実の辛さを思い起こさせる一方で、一欠片の自由も感じさせた、私にはとても沁みる内容で、このアンソロジーの為に初訳してくださった、斎藤真理子さんには感謝しないといけない。
最後に、まさかここで初読みできるとは思わなかった、萩尾望都の漫画、「スロー・ダウン」。
そこには極限状況に置かれた者しか分からないような、確かな真実の在処を教えてくれた気もしたが、それとは別に、ここでの『手』の存在には、おそらく当時の私にとっても、誰かに差し伸べて欲しかったと思わずにはいられなかった、確かな真実の訪れのようにも感じられた。 -
Posted by ブクログ
12編のアンソロジー。しかも、内容は、ひきこもり。
館長(編者)のいうことには、自身の引きこもり生活、コロナによる生活の変化など、そういった好む好まざるに関わらず、狭い世界に閉じこもる生活を否定も肯定もせず、その中で起きる心の変化を自分に引き寄せて読んで欲しい、とのこと。
私自身はスポットライトの当たる場に出たこともあるし、良くも悪くも目立つらしい(友人、同期曰く)。
しかし、内向的な性格で、趣味といえば、読書(漫画や雑誌含む)、美術鑑賞で、1人でいる時間が至福。
だからコロナで外に出られないことの何がそんなに苦痛なのかよくわからなかった。
なんだったら今まで、「友達多くてスポーツ大好き」みたいなのがいいみたいな風潮に違和感を覚え、なんでそいつらばっか持て囃されるんだ畜生めざまみろと、隠キャまっしぐらだった。
さて、本書では萩尾望都「スロー・ダウン」、エドガー・アラン・ポーの「赤い死の仮面」、星新一の「凍った時間」シュクリィの「静かな水のほとりで」ハン・ガン「私の女の実」が印象に残る。
最初の三つは言わずもがなの面白さ。
ポーの物語は、迫り来る死の恐怖を描いており、これぞ、といった感じ。
感染症の恐怖というのは、人類が恐れる数少ない恐怖、しかし逃れる術がない恐怖。
まさに、今にふさわしい。
ハン・ガンは、韓国の作家。
韓国文学はこれまで児童書数冊しか読んでこなかったので、新しい世界だ。
「静かな水のほとりで」は、藤子・F・不二雄の短編を思い起こさせる、物悲しい物語だ。 -
Posted by ブクログ
引きこもり経験者の編者が引きこもりをテーマに編んだアンソロ。12編。
普段はなかなか読まないタイプの話が読めるのが楽しいよね。
おもしろかったのは「凍った時間」と「フランケンシュタインの方程式」かな。
星新一先生の「凍った時間」は星新一らしさ全開で好き。ラストの報われない感じもいい。
「フランケンシュタインの方程式」はバカミスならぬバカSF(そんなのないかな)でものすっごく軽くて読みやすい。もうね、酸素ボンベが味噌になっていた時点で笑っちゃった。笑いごとじゃないけど。
でも、印象に残ったのは「私の女の実」この話、すっごい印象に残る。読んでいるときもイライラするし、読後感もよくないんだけど、なんかいつまでも棘が刺さっている感じ。
再読していいなぁっと思ったのは「静かな水のほとりで」かな。自分の生活スペースに名前つけて、ロボットにも名前つけて、三人(?)でのんびり過ごす毎日。うん。なんか、主人公はきっと最後まで幸せだったんじゃないかなぁと思う。 -
Posted by ブクログ
13年間のひきこもり経験のある著者の選ぶ「部屋から出られない人のための」アンソロジー。私はひきこもるタイプではないけど、今までにない視点で物語を読むことができて、とっても満足です。
引き篭もり止めたら、こんな楽しいことがあるよ、というような物語は12のうちひとつもありません。引き篭もるとこんな新しい発見があるよ、という話がほとんどです。ひきこもり部外者には、ひきこもりたちの声にならない声の代弁を聴いた気になります。朔太郎やカフカや星新一やポーや萩尾望都が、代弁をやってくれている。
私としては、岡山在住の日本民話の会会長立石憲利さんが採取した「鬼退治に行かない桃太郎」がお気に入り。完全岡山弁で、みんな意味わからんところもあるじゃろうけど、とっても身近じゃった。
萩尾望都の「スローダウン」(1985.1発表)。一度読んだはずなのに、ひきこもり漫画として紹介されると、おゝそういう見方もあるのか!と発見。その見方から見ても物凄く秀逸な作品なんだとビックリしました。五感全ての感覚を遮断した部屋で暫く過ごさせる実験。それをやると、「現実感覚」が変化していく、と頭木さんは言います。そういう時にふっと現れた「人の手」が特別なものになるという。頭木さんは、「どうしてあの感覚がわかるのか」「天才恐るべし」と書いています。「一度きりの大泉の話」を読んだ今、なんとなくわかる気がするのです。
「小説を読んで、心に残るフレーズがひとつでもあれば、それはもう読む価値はあった」と頭木さんはいいます。大きく肯首します。アンソロジーというものは、それを手助けする格好の方法だろう、と思います。頭木さんが多くのアンソロジーを編んでいるのはそういうことなのでしょう。
本書は、ひきこもりの方も読めるように、本と電子版同時発行だそうです。 -
Posted by ブクログ
失恋した時は失恋ソングが聴きたくなる。絶望した時には絶望の言葉の方が心に染みる。その通りだと思います。15年前に精神的に大変厳しくて、不謹慎ですが死んでしまいたいと思っていたことがありました。会社の同僚からは「元気出して」とか「がんばれ」とか気持ちが明るくなるような本を読んだらとか映画を観たらとか善意のアドバイスを貰いました。ますます凹みました。そんな時、お世話になっていたメンタルクリニックの先生から、ヴィクトルフランクルの「夜と霧」でした。何度も読みました。気持ちが少し救われました。それが正しかったのかなと実感させてくれる作品でした。良い本です。