頭木弘樹のレビュー一覧
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たんたらたらたんたらたらと
雨滴が
痛むあたまにひびくかなしさ
/石川啄木
石川啄木がまたまた登場してくれた。
私の推しのクズ男。
昔の私なら、石川啄木の詩から「痛みの孤独を感じとりました」とか何とか感想を抱きそうだけれど、今は、うっかり「またまた〜、上手に盛ってますね〜」と思ってしまう。
石川啄木の人となりを知ってしまうとね。
大事な時に、共感を得たいなら、普段の自らの行いに気をつけないといけないな。
身体的な痛みも、心の痛みも、共感して欲しいけれど、共感してもらうのって難しいからね。
石川啄木くらい、心に訴えてかける詩が書ければいいのにと思う。その詩を読んだ多くの人は、「さぞかし辛いのだろう」と手を差し伸べるに違いない。
自己表現が上手い人は、あらゆる面で生きやすいのかもしれない。
結局、「痛み」という個人的な現象ですら、人間関係が関わるのか。
文学の中には、自分の言葉にできない感情が表現されていることが多く、今まで、もどかしいと思っていたことを、むしろ自分でも気がついていなかった気持ちを、言語化して代弁してくれていることに感動することがよくある。
『痛いところから見えるもの』では、痛みの辛さが見事に言語化されている。多くの人にとって、この本は救いになるのではないだろうか。
文学は、ときに孤独を引き受けてくれる。 -
Posted by ブクログ
創元社の「あいだで考える」シリーズが大好きで、ほぼ全巻持っています(積読もあり)。そのなかで、創刊の一冊であるこの本はなかなか手に取れていなかったのですが、読めてよかった!
あまり自分が自分でいることに疑問を持たないタイプなので合わないかもなぁと思っていたのですが、この本が扱っているのは「こころ」と「からだ」の間。ロボット操縦を例にしたカラダがこころに与える影響の話などはハッとする視点だったし、シリーズ始めということもあるのか、「あいだ」を考えることをより実感を持たせる内容になっていました。分けない、という視点は今の世の中で結構大事な気がする。グラデーションを意識しながらいろいろなことを考えられると良いなぁと思うなど。 -
Posted by ブクログ
今までとは少し違った角度から痛む人の状態や気持ちが垣間見れた気がした。
もちろん、私も痛いと感じることには何度も遭遇しているけれど、追い詰められたような限界に近い痛さ・長期にわたる痛さというものは、未経験だと思う。
そういった疲弊する状態、性格が変わったかのようになってしまう状態、考えられなくなってしまう状態というものに、少し思いをはせることができて良かった。
しかし、痛む人を傍で見ているのも切ないものだろうな。
何もしてあげられない。
助けてあげられない。
痛い人の状態を少しでも察しようと努力することが最初の一歩だとしても、そこからどう歩んでいけばいいのか。その回答を見つけることができるのか。そういった戸惑いも感じる。
子供でも身内でも、痛がっている姿を見ると本当に戸惑う。
今回、痛む側の辛さを読んでも、その戸惑いは解消されるとは思えない。
【memo】
喉や口が痛くなって水も飲めない時は、生理食塩水を飲むと痛くないらしい。 -
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まず作者がどんな痛みを経験してきたのかと言う話から始まる。
「潰瘍性大腸炎」と「腸閉塞」
この2つの話が、まず最初に非常に強烈。
私もあちらこちら痛いところがあってひどい片頭痛持ちだが、この人に比べれば、なんと幸せなことよと思わずにはいられない。
痛み仲間として共感を覚える。いや、リスペクト?
作者と一緒に、「ホントやだねえ」と呟きながら読んだ箇所たくさん。
「いろいろ大変だったんですね」とか、「ご両親もきっとつらかったですよね」「あなたももっと肩の力を抜いてできるといいでしょうね」
これらの言葉がトラウマの二次被害だったという「医学書院」の「精神介護」の雑誌に掲載された記事の紹介。
「いろいろ」のたった四文字。「大変だった」という大雑把な表現。これらの発言が「あなたの物語はこの程度のものだ」という断定に感じたという。
あーよくよくわかる!そうなのだ。その大掴みな適当な表現にガッカリするのだ。共感!
痛みとマッチョイズム
痛みには耐えるべきだ。耐える方が偉い。耐えられない奴は情けないと言うマッチョイズムが痛みの周辺にもあるという。
入院していたときの6人部屋の向かいのベッドのおじさんのところに同年輩の男性がお見舞いに来たと言うエピソード。
「どうだ。調子は」などと話しかけて、やおら自分の息子と釣りに行った話を始めた見舞客。息子の顔に自分の竿の釣り針が引っかかってしまったが、その釣り針を取る間息子が1度もいたいと言わなかったことを自慢する。
読んでいる私も実に気分の良くない話だった。
その場にいた6人全員の嫌な気分を共に味わった感じ。
痛みに関してのもやもやを分節して、分析してくれる。
この本読んでよかった。 -
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ネタバレ絶望なんてしない人生のほうがいい。
それはもちろんそのとおり。絶望しないに越したことはない。
しかし、人生いろいろなことがあるものだ。
その中でまったく絶望の経験がないまま天寿を全うするということは非常に稀有な例であるのは間違いない。
ここで考えてみてほしい。
絶望することそれ自体は悪いことなのだろうか?
絶望しないで生きられるのが一番ではあるが、
絶望を経験することで学ぶこともあるし、そこから立ち直ったなら、より強い心で人生を謳歌できるということもあるだろう。
また、絶望している人に対して希望あふれる言葉を投げかけ、励ますこともある。別に悪いことではない。
だけど、希望って本当に救いになるの?
その希望にすがって生き続け、それが打ち砕かれたときにより深い絶望を抱く、ということもあり得ると思うんだ。
希望を語ることが間違いだと言っているわけではなくて、
希望もときには人生を蝕む毒になるかもしれない、ということを知っておいてほしいのだ。
この本を読むとわかることだが、世界の偉人、特に作家や音楽家、画家などの芸術の歴史に名を刻んだ人たちは、
多くの絶望的な状況の中で、それを言葉として残している。
自分が絶望したときにその言葉を思い出してほしい。
ときにはそんな絶望的な言葉が救いになることだってあるかもしれない。根拠はないけど……
最後に非常にデリケートな話題だが、
深い絶望に苛まれ、自ら死を選んでしまう、ということも残念ながら少なからずある。
自殺は絶対にダメだ!と言うのは簡単だが、死が救いになるほどの絶望が存在するのは間違いない。
自殺することはよくないことだとは思うのだが、絶望から自殺を選んでしまった人を否定するようなこともしたくない。
何が正しいことで何が正しくないことなのか。
そもそも正しさとは一体なんなのか。
物事はなんでも白黒つけないといけないのか。
曖昧で揺蕩うように朧気な人生を送っている私には答えを出すことはできない。
でも、それでいいのかもしれない。
そんなことをこの本を読みながら考えてました。
そう考えると他人の絶望に触れることも悪くないじゃん。 -
Posted by ブクログ
三大激痛とされ病気「心筋梗塞」「尿路結石」「群発頭痛」
本を読んでいるとさまざま痛みの表現がでてきます。病気や怪我の痛みから心の痛み。そんな体感でだけでなくさまざまな痛みについて描かれています。失恋に痛みがある。痛みを快感としたり、これも痛みだったのかという気づき。
この著者の特徴としてエピグラフ(書籍や章の冒頭に置かれる、題辞や引用句)が多用されています。
「痛みを一度も感じたことのない者に、痛みという言葉は理解できるのだろうか?」(哲学者ウィトゲンシュタイン)
「オムレツの味をどう教えられたって食べなければ分からない」山田太一・誰かへの手紙のように
こんな感じ。
だからより著者だけでなく、色んな人の視点の痛みに触れらることができ、またしっくりくる引用にであったりする。
その引用元の作品や知らない作家との出会いにもなる。
気がついたらエピグラフだけ読んでいました。エピグラフ、文字数は少なくとも情報や共感などの濃度があるのかも。