頭木弘樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
今までとは少し違った角度から痛む人の状態や気持ちが垣間見れた気がした。
もちろん、私も痛いと感じることには何度も遭遇しているけれど、追い詰められたような限界に近い痛さ・長期にわたる痛さというものは、未経験だと思う。
そういった疲弊する状態、性格が変わったかのようになってしまう状態、考えられなくなってしまう状態というものに、少し思いをはせることができて良かった。
しかし、痛む人を傍で見ているのも切ないものだろうな。
何もしてあげられない。
助けてあげられない。
痛い人の状態を少しでも察しようと努力することが最初の一歩だとしても、そこからどう歩んでいけばいいのか。その回答を見つけることができるのか。そういった戸惑いも感じる。
子供でも身内でも、痛がっている姿を見ると本当に戸惑う。
今回、痛む側の辛さを読んでも、その戸惑いは解消されるとは思えない。
【memo】
喉や口が痛くなって水も飲めない時は、生理食塩水を飲むと痛くないらしい。 -
Posted by ブクログ
まず作者がどんな痛みを経験してきたのかと言う話から始まる。
「潰瘍性大腸炎」と「腸閉塞」
この2つの話が、まず最初に非常に強烈。
私もあちらこちら痛いところがあってひどい片頭痛持ちだが、この人に比べれば、なんと幸せなことよと思わずにはいられない。
痛み仲間として共感を覚える。いや、リスペクト?
作者と一緒に、「ホントやだねえ」と呟きながら読んだ箇所たくさん。
「いろいろ大変だったんですね」とか、「ご両親もきっとつらかったですよね」「あなたももっと肩の力を抜いてできるといいでしょうね」
これらの言葉がトラウマの二次被害だったという「医学書院」の「精神介護」の雑誌に掲載された記事の紹介。
「いろいろ」のたった四文字。「大変だった」という大雑把な表現。これらの発言が「あなたの物語はこの程度のものだ」という断定に感じたという。
あーよくよくわかる!そうなのだ。その大掴みな適当な表現にガッカリするのだ。共感!
痛みとマッチョイズム
痛みには耐えるべきだ。耐える方が偉い。耐えられない奴は情けないと言うマッチョイズムが痛みの周辺にもあるという。
入院していたときの6人部屋の向かいのベッドのおじさんのところに同年輩の男性がお見舞いに来たと言うエピソード。
「どうだ。調子は」などと話しかけて、やおら自分の息子と釣りに行った話を始めた見舞客。息子の顔に自分の竿の釣り針が引っかかってしまったが、その釣り針を取る間息子が1度もいたいと言わなかったことを自慢する。
読んでいる私も実に気分の良くない話だった。
その場にいた6人全員の嫌な気分を共に味わった感じ。
痛みに関してのもやもやを分節して、分析してくれる。
この本読んでよかった。 -
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ネタバレ絶望なんてしない人生のほうがいい。
それはもちろんそのとおり。絶望しないに越したことはない。
しかし、人生いろいろなことがあるものだ。
その中でまったく絶望の経験がないまま天寿を全うするということは非常に稀有な例であるのは間違いない。
ここで考えてみてほしい。
絶望することそれ自体は悪いことなのだろうか?
絶望しないで生きられるのが一番ではあるが、
絶望を経験することで学ぶこともあるし、そこから立ち直ったなら、より強い心で人生を謳歌できるということもあるだろう。
また、絶望している人に対して希望あふれる言葉を投げかけ、励ますこともある。別に悪いことではない。
だけど、希望って本当に救いになるの?
その希望にすがって生き続け、それが打ち砕かれたときにより深い絶望を抱く、ということもあり得ると思うんだ。
希望を語ることが間違いだと言っているわけではなくて、
希望もときには人生を蝕む毒になるかもしれない、ということを知っておいてほしいのだ。
この本を読むとわかることだが、世界の偉人、特に作家や音楽家、画家などの芸術の歴史に名を刻んだ人たちは、
多くの絶望的な状況の中で、それを言葉として残している。
自分が絶望したときにその言葉を思い出してほしい。
ときにはそんな絶望的な言葉が救いになることだってあるかもしれない。根拠はないけど……
最後に非常にデリケートな話題だが、
深い絶望に苛まれ、自ら死を選んでしまう、ということも残念ながら少なからずある。
自殺は絶対にダメだ!と言うのは簡単だが、死が救いになるほどの絶望が存在するのは間違いない。
自殺することはよくないことだとは思うのだが、絶望から自殺を選んでしまった人を否定するようなこともしたくない。
何が正しいことで何が正しくないことなのか。
そもそも正しさとは一体なんなのか。
物事はなんでも白黒つけないといけないのか。
曖昧で揺蕩うように朧気な人生を送っている私には答えを出すことはできない。
でも、それでいいのかもしれない。
そんなことをこの本を読みながら考えてました。
そう考えると他人の絶望に触れることも悪くないじゃん。 -
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三大激痛とされ病気「心筋梗塞」「尿路結石」「群発頭痛」
本を読んでいるとさまざま痛みの表現がでてきます。病気や怪我の痛みから心の痛み。そんな体感でだけでなくさまざまな痛みについて描かれています。失恋に痛みがある。痛みを快感としたり、これも痛みだったのかという気づき。
この著者の特徴としてエピグラフ(書籍や章の冒頭に置かれる、題辞や引用句)が多用されています。
「痛みを一度も感じたことのない者に、痛みという言葉は理解できるのだろうか?」(哲学者ウィトゲンシュタイン)
「オムレツの味をどう教えられたって食べなければ分からない」山田太一・誰かへの手紙のように
こんな感じ。
だからより著者だけでなく、色んな人の視点の痛みに触れらることができ、またしっくりくる引用にであったりする。
その引用元の作品や知らない作家との出会いにもなる。
気がついたらエピグラフだけ読んでいました。エピグラフ、文字数は少なくとも情報や共感などの濃度があるのかも。 -
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萩原朔太郎のものぐさニート具合に共感しつつあまりにもカスでは?と思い調べてみたら親が開業医の実家太し君だった。55歳で生涯を終えるまで殆ど働かずに親からの仕送りで暮らしあまつさえ子供もこさえていたという奔放さ。親からは毎月60円ほどの仕送りを受けていたそうで、現代の貨幣価値でいうと27~45万円ということ。詩の才能は別として、社会的には紛うことなきクズでは…?このことが知れただけでも面白かった。
そして何よりもハン・ガンの短編が圧倒的。根本的な動物としての命を描いているようで、とても美しかった。菜食主義者の元となる作品なんだそう。暴力からの離脱を感じる。
萩尾望都の漫画の感覚遮断実験が今でもJAXAで行われていることに驚き。 -
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発達障害の当事者である横道さんと、潰瘍性大腸炎の当事者である頭木さん。
それぞれの生きづらさについて2人が互いにインタビューをし合ったものをまとめた一冊。
タイトルに「対決」「ケンカ」といった言葉が並ぶが、意見を戦わせるような内容ではない。
むしろ対話をするなかで、自身の生きづらさを再確認し相手の生きづらさを知っていくような内容だった。
それによってお互いの共通点や相違点が見つかっていき、個人の話から社会の話へと広がっていったように感じた。
自分自身読んでいて、共感できるところや、想像しなかった生きづらさについて知れたことがあった。
特に印象的だった話の1つは頭木さんの、ほんとうは対応できるのに、少数の意見で「特別な配慮」はできないと、「ふつうのやり方」を押し切られてしまうという話。
そしてそれは、「ふつう」自体が動くとあっさり変わってしまう、と。
コロナ禍により、生活様式が急速に大きく変わったことに関しての話だった。
自分もコロナ禍により不便さが増えた部分は多かったが、コロナ禍以前より楽になった部分も確かにあったように思う。
例えば、体調が悪いときには無理せず休むことが推奨されるようになったこと、様々な用事や手続きがオンラインで済ませられるようになったこと等だ。
コロナ禍以前より望んでいた人もいたと思うけれど、結局のところ「ふつう」が変わらないとなかなか実現しなかったものもあるのだと思う。
個人の生きづらさに関することのみならず、社会の構造についても考えさせられた一冊だった。
ユーモアも交えていて読みやすく、横道さんと頭木さんそれぞれの他の著書も読んでみたいと感じた。 -
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ネタバレカフカの作品は難しいイメージがあって
手に取りづらかった。
そんなとき、俳句なら…と手に取った。
これが沼にはまった原因だ。
個人的に好きだった句は
【わずかな光が言葉を通して洩れてくる】
言葉にできるのは、わずかな事だけ。
逆も然り、言葉を通して必ず伝わる事もある。
【外にでることをゆるされぬままに
内部を焼きつくす火の不幸】
何かしたい(情熱)が何らかで実行されない時、
外に出られなかったために内部を焼き尽くし、
せっかくの情熱が自分を傷つけてしまう。
(=不幸)
【黒い水をかきわけて泳ぐ】
絶望したまま、どう生きるか。
光を求めて溺れてしまわないように。