橘明美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ヨーロッパ(スペイン)人によるアメリカ大陸発見と侵略の歴史を逆転し、インカ人がヨーロッパを征服するという歴史改変小説で、逆転パロディみたいな話。第一部〜第二部は、前日譚でごく短く、本書のほとんどを第三部の「アタワルパ年代記」が占めている。
おそらく大半はカール五世の事績をアタワルパに置き換えて語っているのだと思うけれど、この時代のヨーロッパ史に通暁しておらず、なんとも言えない。詳しければもっと楽しめたのかも。「年代記」というように、記述もわりと淡々としていて、あまり心躍る感じでもなかった。強いて言えば、セルバンテスがメインで、エル・グレコやモンテーニュもでてくる第四部が一番面白かったかな。
この話のとおりに歴史が進んでいたら、今ごろルーヴルのピラミッドはメキシコ風の太陽神殿だったんですかね(パリはメキシコ人によって陥落)。宗教的・人種的寛容などについて、いろいろと考えさせられる本ではあった。知識を深めてから、再読してみたい(時間ないけど)。
※この版元は校正が甘いのか、誤植がちらほらと。註番号が抜けていたりするのは、さすがにいかがなものかと思いましたわ。
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Posted by ブクログ
ヴェルーヴェン三部作コンプリート。……なんだけど、残念なことに前作たちを凌ぐ衝撃がなかった。
妻イレーヌを殺されて五年、ようやく立ち直ったカミーユに新たな出会いが訪れる。そのアンヌが強盗事件に巻き込まれて重症を負う。愛する人を二度と亡くしたくない想いから、職場にはアンヌのことを隠し、私情に駆られて逸脱した捜査をするカミーユ。その行動がカミーユ自身を危機に追い込んでいく中、アンヌを執拗に狙う犯人の目的とはーー
犯人がアンヌを執拗に襲撃するのは顔を見られたからと思っていたのが、その裏に驚きの目的があって、カミーユはまんまとやつの狙い通り行動することになる。それがわかってきた頃には読むのは止まらなくなるのだが、前作たちのような緻密な伏線はなく(なかったよね?)、特に犯人の正体には後出しジャンケン感が否めない。まあ、でも、全ては作中でカミーユが言うように「おれ自身の問題がこの事件になったんだ」の通りである。そしてカミーユはしっかりと自分でけりをつける。なので一応のカタルシスはあるが、何もかも奪われたカミーユがイレーヌとの想い出の詰まった(しかし死亡場所でもある)アトリエのある家に帰るラストはとても重たかった。もう立ち直れないんじゃないか、この人は。冗談じゃなくルイを養子にして、そばにいてもらえ(笑)。
あいかわらず映像が目に見えるような描写力なので、一度波に乗ってしまえば読み進めるんだけど、面白かったかというと微妙。でも読み終わってみれば重厚なノワールにも思える。ただ、地の文(カミーユ視線)と一人称(犯人視線)が頻繁に交代するのは慣れるまで辛い。編集が字体を変えるとかわかりやすくして欲しかった。海外小説読み慣れた自分でも混乱したので、これを初海外小説に選ぶ(人はいないと思うが)とまず挫折する気がする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレそうよ、あのルメートルよ!と覚悟はできていたはずなのに、またしても絶望の底に叩き落とされました。
プレイステーションを持っていないせいで友達のいない12歳のアントワーヌ。そんな彼に唯一なついていた6歳のレミを故意ではないとはいえ殺してしまった。いつバレるのだろうかと、私たちはアントワーヌと共に緊張を強いられることになります。
しかしバレない。ずっとバレない。その年も、10年以上が経過しても。けれど、バレていなかったわけではないと知ったら。
彼のことは好きになれません。でも、彼がこの先どう生きていくのかは気になる。確かにあの時、あの森で死んだも同然。 -
Posted by ブクログ
第一次大戦時にフランス東部の農地に降り注いだ砲弾の不発弾が、この物語を形作る道具になっている。カミーユ作品の番外編だが、「天国でまた会おう」「炎の色」執筆で得た材料から拾ったという意味でも大戦関連作品番外編でもある小作品。短いから一気読みできる。
パリで爆破事件が発生し、出頭した青年、ジャンはあと7発が次々に爆発するから、その情報とひきかえに自分と母親ロージーを釈放してオーストラリアに逃がせという。ロージーは、以前ジャンの恋人を轢いて収監されていた。
原題はRosy&John。歌のタイトルからつけられたジョンという名前に、息子はジョンと書いてジャンと読む、とこだわる場面がある。母親への抵抗か、フランスらしさか。いずれにせよ、異常に子離れできない母親とそのことに絶望する息子の姿が痛々しい。
2015年のシャルリ・エブドから同時多発テロなど思い出すが、この作品が書かれたのは2013年。ただ、90年代からサン・ミッシェルや凱旋門駅の爆弾テロなど、市民のテロに対する継続的な恐怖や警戒心というのはおそらく表面的には見えてこなくても、心の底にはしっかりと層をなしていて、政治にも宗教にも無関係のテロという筋書きも、一つの可能性として違和感なく感情移入できる。