マルクス・シドニウス・ファルクスの作品一覧
「マルクス・シドニウス・ファルクス」の「奴隷のしつけ方」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「マルクス・シドニウス・ファルクス」の「奴隷のしつけ方」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
ローマの奴隷に対する扱いが寛容なり残虐なり違いはあるもののの、奴隷と自由人には大きな隔たりがあり、奴隷は単なる資産扱いしかされない。暴力を振るわれても法律上問題ない。子供を産んでも売られる時もある。真実を話さないから拷問してもよいとされる。高潔な行いをした奴隷は解放されることもあるが、逆に言えば奴隷は道徳的価値をもたないと思われているからこそ民衆は面白がり褒美に解放しろと囃し立てるわけだ。解放奴隷のトルマリキオは著者に語る。「あなたもよくご存じでしょうが、ローマ人はみんな自己顕示のために奴隷を買うんですーわたしら解放奴隷だけじゃありません。誰もができるだけ多くの奴隷を買おうとしますが、それは金儲けのためなんかじゃない。自分がどれほど金持ちで大物かを示すためです」。キリスト教徒も同じく、ローマと人と変わらず奴隷の扱いは同じようなものだったそうだ。イエスは奴隷について述べなかったから、その奴隷文化は異教徒でも特に変わることはなかった。奴隷は自由人に従順で、よく働き、奴隷という立場を弁えて生きる方が扱いやすい。そして、そうした人間に仕立て上げる方法をあたかも著者は善いことかのように語っている。奴隷と自由人の関係はそれが当然で、それが常識だった。五賢帝のような安定したローマの時代でもこの身分制度はあり、その社会の常識の中で、他人の人間性を奪うこと、つまり奴隷制度は正当なものとして受け入れられていた。奴隷制度は必要不可欠でもないのに、奴隷が必要な社会を維持し続けたのは興味深い。