佐藤優のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
本書の内容と関係無いことを書きます。
片山杜秀先生については、「英雄たちの選択」(NHK BSプレミアムの教養番組)で、コメンテータとして出演した時の片山先生を見て好感を持ったのが最初です。その時の片山先生が紳士然として足を組み、穏やかな笑みを湛えて話している様子に、好感を持ちました。
『歴史は予言する』(新潮新書、2023)の帯の写真でも、片山先生はとても柔和なオジさんです。笑顔の目はほとんど開いていません。
それが、この度、本書のカバー写真での片山先生は従来とは異次元の表情をしておられる。これもなかなかよいと思います。凛々しく眉を吊り上げて、カッと見開いた双眼は一体どこを睨んでいるのだろうか?と少し気に掛かりますが、大丈夫、とても誠実な人という印象を受けます。佐藤 優 ・片山 杜秀『平成史』(小学館、2018)のカバー写真でも、よく見ると、片山先生は同傾向の表情をしておられる。
いやはや、どのような表情であれ、片山先生は面白そうな方とお見受けします。もちろん片山先生の友人になることは難しいので、ご著書の易しいものを選んで讀もうと思います。
よろしくお願いします。 -
Posted by ブクログ
数年の積読。
発売当時は難しくて読めなかったが、今読むととても面白い。
こんな学識厚く、かつ熱心なキリスト教信者二人が揃い、宗教と美術の歴史について語る企画、と言うのは二度とはないだろう。
さらにカラヴァッジョをはじめカラーページも多く、充実した内容だ。
全編にわたって、カトリック・プロテスタント・東方正教の比較が随所に出てくるの
で、個人的には、
少なくともマックス・ヴェーバー著『プロ倫(プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神)』は読み終えて、
カトリックとプロテスタントの違いが頭に入った状態で読んだ方が、理解が早いと思う。
後半になるにつれて、佐藤優氏からプロテスタントに批判的ととれる発言が見られた。
彼自身がプロテスタントの信徒らしいので、自省の意味なのだろうか。
キリスト教史と美術史がすんなり頭に入ってくるので、興味のある方には是非おすすめしたい一冊です。 -
Posted by ブクログ
「わからない」と言える勇気が、自分を戦地に送らないための最後の砦になる
■読み始めた動機
朝井リョウさんが「一冊だけ挙げるなら」と紹介していたことがきっかけ。
また、ウクライナ侵攻のニュースに触れた際、平和主義を標榜していたはずの自分の中に仮にウクライナ人だったら「義憤に駆られて志願したくなる自分」がいることに驚き、その感情の正体を知りたいと思った。
■「正しさ」に流されないための読書体験
本書で扱われる田辺元の「悪魔の講義(学生を死地へ送るための論理)」は、正直に言って難解だ。しかし、著者の佐藤優氏がゼミ形式で解釈の道筋を立ててくれるため、「どこがわからないのか」を明確にしながら読み進めることができた。
読んで感じたのは、世論や「正しそうな論理」に飲み込まれないためには、自分の中の小さな違和感を無視しないことがいかに重要か、ということだ。
■「恥をかく勇気」が命を救う
当時の京大生たちは、あまりに賢すぎたがゆえに、論理の飛躍や違和感に対して「わからない」と言えず、無知を晒す恥を回避してしまったのではないか。その「恥」をかけなかったことが、結果として戦地で死ぬことにつながったのではないか――。そう思うと、わからないことを自覚し、それを表明する「恥をかく勇気」こそが、自分の命を守る知性なのだと痛感した。
今、もし私が当時のウクライナ人だったら、やはり義憤から兵役を選ぼうとするかもしれない。しかし、この本を読んだ後は、その決断が「社会の流れ」や「高揚感」に流されたものではないか、一度立ち止まって判断を保留する粘り強さを持てる気がする。
■まとめ:
この本を読み終えて、私は以下の4つを大切に持ち続けたいと思った。
1. わからないことを認識できる「賢さ」
2. わからないことを「わからない」と言える「勇気」
3. 立ち止まって考え続けるための「知性と根性」
4. 扇動的な思想が溢れる中で、最後に立ち戻るべき「個人的信念」
「死」を美化する論理に絡め取られないようにしたい
-
Posted by ブクログ
ネタバレ曖昧になっていた世界の紛争や日中関係への知識を分かりやすい図と文章で理解することが出来た。
そうだったのかと初めて知る内容も沢山あり、非常に勉強になった。最近のニュースの内容も掲載されており、今読んでいて良かったと思った。
新帝国主義という、覇権国家の多極化。
これからはアメリカ、ロシア、中国の三国が世界を経済的・軍事的に支配していくことだろう。
イラン・イスラエルの紛争も改めてどうしてここは仲が悪いのか、誰が援助しているのかなどを分かりやすく理解できた。アメリカの援助の背景にはイランに高度な核を保有して欲しくないという意見がイスラエルと一致していることが主要な理由であったこと。宗教やテロ組織による関わりが非常に大きいこと。イランとイスラエルでは人口に10倍ほどの大きな差があること(イランが多い)。以上のことなどを学べた。
ロシア・ウクライナ戦争に関しても、ロシアが戦争をしかけた大きな理由のひとつとして、西側諸国との緩衝地帯(バッファゾーン)になっているウクライナがNATOに加盟し、西側諸国と仲間になることで、ロシアにとって西側諸国との実質、緩衝地帯がなくなってしまうことへの阻止、つまり国家の生存政策だったことが分かり、とても腑に落ちた。
台湾有事に関しては、高市首相の発言が前政権らのあいまいな言葉を使う路線とは違い、はっきりとした言葉で明確な立場を取ってしまったこと。これがどの程度の悪手であったかどうかは判断できないことであるが、今後の外交に、必ずしも日本ファーストを掲げることが正解ではないことは理解できた。
核保有国の難しさについては全く知らなかったので、非常に勉強になった。理由として、まず開発する場所がないこと、条約により海中でも開発ができないこと、世界の反日感情が高まること、日本社会の秘密保持能力の低さなどが挙げられており、保有しないのではなく、できないに近いのだなと学べた。
面白いなと思ったのは、認知戦への進化である。かつては陸、海、空と場所を変えて戦争していた人々は、宇宙(GPS、偵察衛星)、サイバー空間へと場所を変え、遂には第6の戦場として「認知空間」(アルゴリズムの改変)に手を出していることである。ターゲットは人間の脳であり、偽情報やフェイクニュースを大規模に拡散し、印象操作することで、人間の判断能力を鈍らせ、不信感や分断を生むことで社会や国家を混乱させるというなんとも現代的な手法へと移り変わっており、とても興味深い内容であった。
現代の社会問題を分かりやすく学べる非常に勉強になる本であった。 -
Posted by ブクログ
インフォーマティヴな対談であり、大いに参考になる。
まだよく理解していないが、ファシズムとナチズムは違うものらしい。
このことは、山口 定(著)『ファシズム』(有斐閣選書71、1980)にも書いてあったと思う(カン違いかもしれない)。
正直言って、ご先祖様に申し訳ないが、日本のことは、何だか悲惨過ぎてあまり読む気がしない。
次のような箇所が目にとまった(引用文は編集した)。
~~~~~~~~~~
佐藤(S):経済が良いときは隠されてきたヨーロッパの地が見え始めてきた。日本ではアメリカとヨーロッパが同じイメージで語られがちだが、文化や習慣はまったく違う。第二次世界大戦後、物流の発達でアメリカの商品がヨーロッパ各国に輸入されるのと同時に、アメリカ型の自由と民主主義も浸透していった。この自由と民主主義は、ヨーロッパ各国の文化に根ざしたものではない。
片山(K):第二次世界大戦まで自分が食つなぐために互いに侵略を繰り返した国々だから。そして世界中に植民地を広げていった。メッキが剥がれ落ちると、そんな野蛮な地が露わになっても不思議ではない。
S:1975年に東欧を旅したとき、私はヨーロッパの地を見た気がした。陸路でルーマニア、ハンガリー、チェコ、ポーランドと移動していくと、国境の管理が西側とは比べものにならないくらい厳格である。しかも、ハンガリー人はルーマニアをバカにしているし、ルーマニア人はロシア嫌い。隣国を互いに見下している。
また、イギリスや東欧では、自分の一族がどんな階級に属していたか大へん気にして、家系図を大切にしている。中産階級の家でも調度品や銀の食器などを代々受け継いでいる。
ふだんは見えにくいが、階級社会が脈々と根付いている。そこがヨーロッパの本質なのではないかと思った。だから、いまだに差別的な構造が残り、下の階級の人は上昇志向を持ちにくい。
K:第二次世界大戦の敗戦を受け、深い反省をしたはずのドイツですら、極右政党「ドイツのための選択肢」が野党第一党に躍進した。経済が低迷して国内がおかしくなると、一定数が排外主義的な極右を選択する。『我が闘争』を読んで影響を受けたから排外主義に走るのではなく、経済が行き詰ると、自分の暮らしを守るために自然にそうなってしまう。その延長線上にあるのが侵略だ。フランスもイギリスも、そこは変らない。切羽詰まったら隣国を支配して生き延びようとしてきた歴史があるし、今その地が顕わになりつつある。高邁な近代的政治思想がいかに無力か、その証左だ。
S:今のご指摘に関係するのがイタリアの作家ウンベルト・エーコが書いた『永遠のファシズム』だ。人間が動物である以上、ファシズムを求めるのは生き物だからどうしようもない。だとしたらマイナスのミニマム化をしていくしかない、とエーコは言う。
K:人間も縄張り争いをする動物と同じということだ。人文主義の終焉と言えるかもしれない。
S:そう。私なりにエーコを乱暴に解釈するとこうなる。ファシズムを阻止するのはムリだ。なぜなら人間は、ライオンが肉を食うように、不寛容で、他者を排除する動物だから。あとは教育によってどこまで抑制できるかだ、と。
K:18世紀くらいまでなら人間には「真善美」があるというカントの言説も成り立った。しかし動物の段階まで退化したら、人間は何をしでかすか分からないということになる。そうすると最低限の秩序を守るためには何をすべきかかんがえなければいけない。虐殺はしない、暴力的な革命は起さない、強制収容所は作らない・・・。
S:その前提に立ち返っていくしかないのかもしれない。
~~~~~~~~~~
今、TACOが中心になって弱いイランを攻撃し、それをサポートしているEUの、経済が良いときは隠されてきた地(本当の顔)が見え始めてきた。
あのエプスタイン問題に関係する約800人の中に、日本人ですら60人もいるから、EU上層部はもっといるだろう。
みんな暴露を恐れて、日々戦々恐々としているだろう。
他人事ながら、その気持ちはよくわかるつもりだ。
「ソエジマ」なる自称「狂人」のご説によると、エプスタインの背後にネタ国がいるらしい。
それが正しければ、TACOもEUもネタ国に弱みを握られている、と勘ぐるのが普通であろう。
もしそうであるならば、TACO&EUがほとんどネタ国を批判しないのは納得できる。
こういうバカ話は、1000回テレビを観たって、想像できないだろう――報道するわけがないから。
いよいよ世界はディストピアに入りつつあるのかもしれない。
人間が「動物の段階まで退化したら、人間は何をしでかすか分からない」、「経済が行き詰ると、自分の暮らしを守るために自然に極右になってしまう。その延長線上にあるのが侵略」、「ファシズムを阻止するのはムリ」とは、まさにTACOが大暴れしている今のことではないか。
大々的にTACOがファシズムに突入してしまったようである。
ウクライナに殴り込んだ「ロシア無頼」プーチンどころの話ではなく、TACO&ネタ国にEUが加わって、「武力による現状変更」つまり「侵略」を始めているではないか。
「あとは教育によってどこまで抑制できるか」にかかっていると言うが、今更どれだけの効力があるだろうか。
「大ネタ国」構想から推測すると、イランの次はサウジアラビア、トルコだろうか。
今後、TACOは何をするだろうのか。
出たとこ勝負のTACO自身がわかっていないようだから、世界にわかるわけがない。
TACOが暴走を止めないと、世界は一気にカタストロフィへ突き進み、やがて焼けただれて静かになるかも。
Herr Wolf(ちょびヒゲ、絨毯嚙み)やDuce(ドゥーチェ)の末路も酷かった。
杞憂に終われば結構。
お終い