土屋政雄のレビュー一覧
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ネタバレ面白かった。主人公の仕事一筋という精神に感銘を受けた。やはり、そのような人間は、ある意味女性的な繊細な感情というのを排除することが得意なのかもしれない。主人公の父親が、黙々と階段の上り下りの練習をするシーンが感動した。心と体が一致しない老いの残酷さを悲壮感たっぷりに演出されていて、それでも死ぬまで仕事を全うするという、果てしない一流の召使いとしての意地のようなものも感じた。主人公の父親の生き様そのものを表していて涙が出た。「かつての主人は、自分の意思で選択をして間違われた、それに対して自分は選択すらしていない」というのは印象に残るフレーズだった。主人に対する深い尊敬と謙遜をここまで客観的に捉え
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英ガーディアン紙「史上最高の小説100選」より、ヘンリー・ジェイムズ/ねじの回転。
屋敷で亡霊を目撃した家庭教師が教え子を守ろうと奮闘するが、次第に彼女自身が…。
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すべては主観で語られ、亡霊なのか幻覚なのか曖昧さが増してゆく。孤立した状況の中、「子供を救う」という使命感が次第に独善的な狂気のようになる。
人間の強固な思い込みがいかに他者を無自覚に侵蝕していくか。
ガーディアン紙の100選は、文筆のプロたちにより選ばれたランキングとのこと。
幽霊を外敵ではなく人間の狂気・内面として描く、という心理サスペンス要素が当時画期的だったり、「主観の暴走」という現代にも通じるテーマ性によって、長 -
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ネタバレ父親の臨終に立ち会わず、道を過つ元主人ダーリントン卿を止めず、ハウスキーパー(家政婦長)だったミス・ケントンの想いに一切気付かず……。
常に「品格」を意識して「偉大な執事」たらんと長年努めてきたスティーヴンス。そうして得たのは冷淡、無関心、傲慢、空虚——傍から見ればおよそ人間的な温もりを感じられない立ち居振る舞いと半生だった。終盤にようやく少し認識できた彼のこれから先や如何に。
己の領分に留まり、そこで全うする。——程よければまっとうだが、過ぎれば世界に対して無自覚・無関心・無批判で空っぽになる恐ろしさ。世界情勢はおろか目の前のミス・ケントンの気持ちにすら暗すぎるスティーヴンスが、彼の上品 -
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ネタバレ救いようもない話だが、彼らは「不幸」だったのか?
子供時代からヘールシャム(施設)を出るまではクローンである事を除けば普通の学生達のような穏やかな青春群像だった。
時は過ぎ当時の仲間とも関係は希薄になっていきやがて「提供者」としてどんどん消えていく。
ラストで有刺鉄線を見つめる主人公が想像した世界とはどんなものだったろう。
クローンをモノとして扱う華やかな外の世界の残酷さとクローンである事も自分の運命も淡々と受け入れている彼らの対比が切ない。それでも彼らの人生には間違いなく感情という「彩り」は存在していた。「かわいそうな子たち」と切り捨てられてはたまらない。何が正解だったのか。重たい問いだけが -
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「読む人を選ぶ作品」というものに私は大体選ばれない読者なんですが、やはり選ばれなかったよう思います。
誰が誰の話をしてるのかわからない、現実の話なのか空想なのかつかめない。筋が追えない、そもそも筋が無いかもしれない。読むのに難儀しました。読み終わっても一度頭から読んでいたら少し楽になったので、何度も読める本かもしれません。
映画もみましたが、映画は小説とは別になっていてアルマーシ伯爵とキャサリンの不倫物語が大筋です。アルマーシ(レイフ・ファインズ)の執着を露わにした目が怖かったです。これでアカデミー賞を複数部門獲得した90年代はいくら恋愛至上主義時代だったとはいえ野蛮だったなと感じました -
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ノーベル文学賞受賞記念講演を文庫化したもの。
イシグロ作品、2020年くらいまでに日本語で出版されたものについては全て読んでいるので、作品に関するちょっとした解説のようなものもご本人の口から聴くことができてとてもありがたかった。私なりの作品に対する解釈が大きく外れていないことも嬉しかった。
イシグロ作品はどれも、語り手である主人公が根本的な部分で嘘をついていて、それ分かるとき深淵が顔を出す…という内容なのだけれども、どうしてこのスタイルで小説を描こうと考えたか、ヒントを得た別の作品(音楽や映画など)についても紹介しながら解説されていてとても面白かった。
彼の中での『日本』という国についても言及 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最初の方は読みやすくすらすら読めましたが、途中気が滅入ってしまいました。
特に、リックとヘレン、その昔の恋人とのやり取りは、この物語の中でも特に醜悪なやり取りだったと思います。
クララが純真で愛情深く謙虚なAFであるからこそ、そのやり取りがより醜く見えてしまい、そこから読み進めるのが億劫になってしまいました。
また、その反面、クララのお日さまに対するあまりにも真っすぐな感情には、「そんなことで病気が治るわけがないのに……」という苛立ちのようなものを覚えてしまいました。
なので、最後にジョジーの病気が治ったことにはとても驚きました。ご都合主義的というか、ファンタジーなシーンだと思いましたが、その