少年・青年マンガ のおすすめレビュー
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中学3年生の吉木星太(よしき せいた)と、その腐れ縁である葉月光流(はずき ひかる)は、お互いに切磋琢磨しながら「優紀高校」への合格を目指していました。
しかし、合格を確信していた矢先、学校側から光流へある衝撃的な理由で受験を断念するよう通告されます。
身体的なハンデを理由に「分断」されようとする二人。
当たり前だと思っていた「一緒に通う」という未来を取り戻すため、星太は世の中の不条理に真っ向から立ち向かっていきます。
本作は大ヒット作『ヤンキー君と白杖ガール』の、うおやま先生が描く優しくも鋭い視点が光る青春物語です。
物語の序盤、私は大きな衝撃を受けました。
実は光流には車いすというハンディキャップがあるのですが、物語の導入ではあえてそれが描かれません。
しかし、志望校から「校内にエレベーターがないから通えないだろう」と事前に受験を取りやめるよう告げられた際、初めてその事実が明かされます。この構成がすごい!!
「設備がないなら仕方ない」と、無意識に世の中のルールに納得しかけてしまう読者の心理を突いてきます。
しかし、主人公の星太は違います。
彼は世の中の不条理を「仕方ない」の一言で片付けません。
「自分の隣にいるのは光流でしかない。代わりはいない」と言い切る星太の姿に強さを感じます。
私自身、日々の生活で「しょうがない」と多くのことを諦め、妥協して生きている部分があるため、彼の真っ直ぐな姿勢には深く身につまされる思いがしました。
星太の熱意は、光流の心も変えていきます。それまでは周囲に配慮し、一歩引いていた光流が、「フツウとして扱われたい」と自分の願いを口にするようになる変化には、星太の影響が色濃く反映されています。
また、彼らの前に立ちはだかる生徒会副会長・薫まりの存在も欠かせません。
県議会議員の娘であり、一見すると「悪役」のように描かれる彼女ですが、実は彼女自身も「父に愛されていない」という深い孤独を抱えています。
単なる勧善懲悪ではなく、それぞれの置かれた立場、それぞれの正義がぶつかり合う展開には、ページをめくる手が止まらないワクワク感があります。
本作の素晴らしい点は、「助ける/助けられる」という関係が、非常にフラットで対等に描かれていることです。
本当の友達とは何だろうと考えたとき、それは損得勘定抜きに、何気ない瞬間に相手のために動けることではないでしょうか。この作品には、まさにそんな理想の友情が詰まっています。
星太が光流のことを、あえて「友達」ではなく「腐れ縁」と呼ぶのも、彼らしい照れくささが感じられて、思わず顔がほころんでしまいます。
相手を知ろうとすることの大切さを説くうおやま先生だからこそ描ける、綺麗事だけではない人間ドラマ。目標に向かって泥臭く邁進していく星太と光流の姿を、これからもずっと見守り続けたいと心から思わせてくれる作品です。2026年06月29日 -
巨大集合住宅に夜明けを告げる放送が鳴り響きます。
「健全な国民は、健全な国家規律から!!」
“国家” “規律” “労働”を提唱する厳格な管理社会の中、住人たちに手紙を届ける任務を行う逓信所飛脚行代員1871号の目を通して描かれる異質な日常。
一見静かな日々の中に潜む不穏さと、抑圧された世界で交錯する人間性の欠片を描いたSF作品。
「ディストピア」という言葉をご存知でしょうか。
SFの世界で描かれる反理想郷や、徹底的に統制された管理社会のことを指します。本作は、まさにそんな息の詰まるようなディストピアを舞台にした物語です。
読み始めるとまず、その独特な世界観に圧倒されます。
薄暗く、どこか黴臭さすら漂う陰鬱で荒廃した世界。
大きな団地のような建物の中だけで全てが完結しており、住人たちの姿は人間とは大きくかけ離れています。しかし、不思議なことに彼らの行動や感情からは人間臭さが溢れ出ており、「彼らは元からこの姿だったのだろうか」と思わず勘ぐってしまいます。
そもそも異形である彼らと我々は何が違うのでしょう…。
この世界で、住人たちが生きるかすがいとなっているのが「手紙」です。
手紙が届くか否かが、そのまま生きる活力にも絶望にも繋がっているのです。
さらにユニークなのが、手紙に「賞味期限」があるという設定。
手紙に含まれる感情を「はかり」で計測することでその期限が判明する描写からは、まるで感情が質量を持った世界であるかのような不思議さを感じます。
しかし、その手紙にすら検閲が入る描写があり、彼らの感情さえも規制されている事実にゾクゾクさせられます!
他にも、箱根細工のような箱に入った「密粗計」というアイテムや、「9時」になることで移動を強いられるルールなど、私たちの常識とは異なる「時間」や「空間」の謎が散りばめられており、SF好きにはたまらないものがあります。
居住区もランクによって分かれており、工場など単純労働者であるほど劣悪な環境での生活を強いられているようで、労働棟の生活環境はまさに監獄そのものです。
格子戸で区切られた独房のような部屋、過酷な缶詰工場での労働。
1等国民になって専用の居住区へ移るには「人民券」が必要ですが、労働で得られる額はたかが知れています。そのため食事を我慢したり、人民券を得るために売春に手を染める者も現れます。
「望むものを得るためには、やりたくなくても、やらなければいけないのか。それとも自分を守るために拒絶すべきなのか」――どちらが正解なのか、物語は私たちに冷徹に問いかけてきます。
本作の根底にあるのは、「コミュニケーションとは何か」、そして「人は何を大切に生きるべきか」という切実なテーマです。
分かりやすさや展開の早さがもてはやされる昨今、本作はそのトレンドに真っ向から立ち向かっています。
決して消費されるだけのマンガではなく、読者自らが絵の隅々まで目を凝らし、情報を読み取る必要がある作品です。
混沌とした世界観の中に、表現者としての強い信念が感じられる、じっくりと没頭したい至高の傑作です!!
2026年06月25日 -
聴覚障害を持つ大学生の平里は、手話通訳の学生バイト・嶋に誘われ、お笑いの世界に飛び込みます。二人はお笑いコンビ「ローワライ」を結成し、「聾(ろう)にしかできひん笑い」を武器に漫才の頂点を目指すことに。
言葉の音に頼らず、身体表現や間、視線で笑いを届ける二人。日常の不自由さや葛藤すらも笑いへと昇華し、常識を覆す新たな漫才のかたちで舞台へ挑む、熱き青春エンターテインメント開幕!
「漫才」はマンガで表現するには非常に難しい題材です。会話のテンポや間、言葉の強弱といった要素は、本来「音」として耳から伝わるものだからです。
本作はそんな高いハードルに加え、「聾唖者(ろうあしゃ)の漫才」という、さらに挑戦的なテーマに踏み込んでいます。
その挑戦だけでも驚きですが、何より本作は、それを圧倒的な表現力で見事に成立させている点が本当に凄いです!
特に印象的なのが、彼らの初舞台のシーン。 後半にかけて畳み込むように笑いが連鎖していく流れは、まるで実際の劇場で漫才を観ているかのような臨場感があります。「マンガでここまでお笑いを表現できるのか!」と、素直に鳥肌が立ちました。
また、本作は単なるお笑い成功譚ではありません。
普段、私たちが何気なく過ごしている日常が、聾唖者にとってはいかに不自由なものかという現実も丁寧に描かれています。そして、本来なら悲しみや怒りに繋がるはずの不自由さを、「笑い」という形に昇華している点に、お笑いをマンガで描くという作者の凄みを感じます。
音が聞こえない主人公の平里は、一般的な漫才のリズムをそのまま共有することはできません。しかし、本作はそこを「ハンデ」として消費するのではなく、手話、表情、身体の使い方、そして観客の巻き込み方を含めた「新しい笑いの形式」へと昇華させようとします。 「聾にしかできひん笑い」というコンセプトは、単なるキャッチコピーではなく、物語の強固な核として機能しているのです。
登場するキャラクターも非常に魅力的です。
相方の嶋は、思わず「あほちゃうん!?」とツッコミを入れたくなるほど元気いっぱいにボケ倒す存在。しかしその裏には、平里に「笑い」を伝えたいという強い想いがあり、手話で丁寧に通訳する優しさも持ち合わせています。
一方の平里は、鋭い目つきが印象的な青年です。これまでの人生で抱えてきた怒りや葛藤がその表情から伝わってきますが、だからこそ、彼がふと見せる笑顔がとにかくたまらないのです!「嶋はこの一瞬の笑顔のために頑張っているのでは…」とさえ思えてきます。
誰かに笑いを届けること、伝えることの難しさと尊さ。その両方をこれほど熱量高く、エンタメとして描き切った作品は他にありません。「彼らの漫才をリアルで観てみたい!」と心から思わされる、人と人とが分かり合おうとする力に満ちた傑作です。2026年06月25日 -
ブックライブ書店員
バルバロ! は、いま一番面白いマンガであり、いま一番読むべきマンガだ。
好きな相手なのに、「死ね」と思ってしまう。
そして相手もまた、自分がその人を傷つけていることを知っている。
だから、離婚調停中。
でも、まゆみちゃんも孝志君も悪くなくて、原因は育ちや生活環境の違いなんて身もふたもない。でもそういうもん。自分たちがあがいてもどうにもならない部分で彼らはすれ違い続ける。
この作品では、人間の良さと愚かさが、浮かんでは消える。
だから読後感が妙に文学的だ。
内容は全然ポップじゃない。だけど、不思議なくらい読みやすい。
あらすじを説明するのはたぶん野暮で、この面白さは読まないと伝わらない。2026年05月22日 -
ブックライブ書店員
冴えない僕と、世界一可愛い君。
これは――君を殺した犯人への復讐の物語。
ネット上の文章から「誰が書いたか」を特定できる能力を持つ、月村ヒカル。
彼はひょんなことから、売れっ子モデルで同じクラスの一軍ギャル・鳥越ちさと親しくなる。
オカルト好きという共通点から意気投合した2人は、夏休みを一緒に過ごすことに。
それはヒカルにとって、人生で一番楽しい夏休み――
そして彼女にとっては、最期の夏休みとなった……。
誰が彼女を死に追いやったのか。
ヒカルはその能力を使い、復讐へと踏み出していく――。
冴えないオタクと美人ギャルが、ひそかに距離を縮めていく。
そんな王道ラブコメの展開は、一瞬で崩れ去る。
明るく胸が高鳴る日常から一転、物語はハイスピードで闇へと転がり落ちていく。
とくに復讐譚でありながら、爽快感がない点が本作の大きな魅力だ。
復讐を重ねるたび、ヒカル自身もまた、静かに壊れていく。
果たしてヒカルは、この先どうなってしまうのか。
狂気が加速する復讐譚を、ぜひ最後まで見届けてください。2026年04月10日 -
真面目で優秀な生徒会長・梟森未明(ミメイ)の唯一の弱点は「面白いことが言えない」こと。彼の心の拠り所は、深夜ラジオ番組“月ミド”へのネタ投稿でした。
ある日、同じクラスの不思議な少女・水尾くらげが、番組で名を馳せる伝説的リスナー「うなぎポテト」だと知ります。
ラジオを通じて結ばれた二人は、ライバルであり相棒として、真夜中の電波に青春を乗せていく――。
今作は、誰もが一度は抱いたことのある「認められたい」「誰かに届いてほしい」という切実な願いが、驚くほど丁寧に詰め込まれた作品です。
その想いは決して大げさに語られることはなく、深夜ラジオへの投稿や、不採用の悔しさといった日常の積み重ねとして描かれます。だからこそ、読者は自然と主人公たちの隣に座っているような感覚で、彼らの気持ちに寄り添うことができます。
また、主人公二人の「友情以上、恋愛未満」という絶妙な距離感もたまりません。
同じ番組を聴き、同じ話題で笑い、同じ悔しさを共有する。そんな「まだ恋と呼ぶには早い」曖昧な時間を大切に描いている点が、とにかくエモい!
YouTubeやSNSが主流の現代において、あえて「深夜ラジオ」という映像のないメディアを軸に据えている点も印象的です。
派手な展開はありませんが、そこには静かで確かな熱があります。読後、心に心地よい温度が残る一冊です。
「うなぎポテト」と「森にふくろう」。作中番組「月ミド」の大喜利コーナーを制すのはどちらなのか?
そして、ミメイはくらげに「面白い」と言わせることができるのか!?
二人の関係の行方を、ぜひご自身で確かめてみてください。2026年04月03日 -
楽信小学校5年×組、30人の児童たち。
教室という名の小さな社会には、友情や憧れだけでなく、嘘、嫉妬、そして無自覚な残酷さが渦巻いています。誰かは光を浴び、誰かは傷つき、誰かは声を殺して日々をやり過ごす。
これは、子どもたちが確かに生き、悩み、残酷な選択を繰り返した記録――。
「青春」という言葉の裏側に潜む、痛みと熱を描き出す衝撃の群像劇。
本作の最大の特徴は、出席番号ごとに視点を切り替えていく構成にあります。
同じ教室で起きている一つの出来事が、立場によって全く違う色を帯びていく。ある子にとっての「何気ない遊び」が、別の子にとっては「一生癒えない傷」になる。その視点の不均衡さが、読み手の心を容赦なく抉ってきます。
描写はどこまでも淡々としていながら、剥き出しの感情が伝わってくる生々しさは圧巻です。
「正義感」や「自己保身」といった複雑な心理が、説明過多な台詞ではなく、視線の交差や一瞬の「間」によって表現されています。読者は、彼らを安易に裁くことはできません。むしろ「あの時、自分ならどう振る舞ったか」という、かつての自分への問いを突きつけられるはずです。
また、教師や保護者といった「大人」の描き方も非常にシビアです。
彼らは決して全知全能の救済者ではなく、時に無力で、時に決定的な見落としをする。その「大人の不完全さ」が、物語を単なるフィクションに留めず、現実の社会と地続きのリアリティを与えています。
決して、爽やかで心地よい成長譚ではありません。
読み進めるには少しの覚悟が必要ですが、読後には「砂をジャリっと噛んだような」えも言えぬ感覚が残ります。
人間ドラマの深淵をのぞきたい方、そして、かつて「教室」という名の戦場にいたすべての大人に捧げたい作品です。2026年04月02日 -
ブックライブ書店員
事件も追う、かわいいも追う。異色の“キャラ弁刑事”物語。
刑事として日々さまざまな事件を追う男・作田次郎。
そんな彼には、仕事中のちょっとした楽しみがある。
それは、自分で作った“カワイイ”キャラ弁を食べること!
張り込み中でも、サルの捕獲作戦中でも、どんな状況でもお弁当を食べようとするその姿は、本気である。
張り込みといえばアンパンと牛乳、取り調べといえばカツ丼……そんな“刑事の食事”のイメージに、この作品は見事に風穴を開けました。
主人公・作田次郎は、かわいくて完成度の高い弁当を作るのが大の趣味。
そのこだわりと技術力は、一度見たらクセになるほどの魅力です。
さらに、弁当を食べる“シチュエーション”にまでこだわり抜く作田刑事の姿も見どころ。
張り込み中でもどうにかキャラ弁を美味しく味わうため奮闘します。
このマンガを読めば、あなたもきっとキャラ弁を作ってみたくなるはず。
新感覚“キャラ弁刑事”物語、ぜひ味わってみてください!2025年11月17日 -
ブックライブ書店員
「選ばれし者じゃない。それでも、王を目指す。」
彼の物語は、ここから始まる。
百年前、一人の王によって建国された世界初の統一国家――アストリア王国。
この国では代々、国王を選ぶために“王試”と呼ばれる国王選抜試験が行われてきた。
受験資格は全国民に開かれているものの、合格できるのはただ一人。王の座をめぐる過酷な争いが繰り広げられている。
そんな王試に挑む主人公・タルトは、裕福な家に生まれ、幼いころから“王になるためのレッスン”を受けてきたエリート少年。
しかし卒業式の日、挑まれた決闘で敗れた瞬間、彼は自分が“主人公”ではなく、物語を盛り上げるための“かませ犬”側の人間だったと気づく。
現実に打ちのめされたタルト。しかし、彼はあきらめが悪かった。
家を飛び出し、今度は「自分の力」で王を目指すため、新たな一歩を踏み出していくのだった。
タルトは嫌味で、金持ちで、ちょっぴり残念な、まさに“かませ犬”らしい主人公。
一方、彼の周囲には“THE・主人公”と呼ぶにふさわしい強者ばかりが集まってくる。
圧倒的な才能の前でかませ犬感が浮き彫りになっていく中、それでも泥くさく足掻き続けるタルトの姿に引き込まれていきます。
華やかな世界の片隅で、自分の居場所をつかみ取ろうともがくタルト。
その姿はきっとあなたの心をつかむはずです。
新時代の“かませ犬成り上がりファンタジー”、ぜひお楽しみください。2025年11月17日 -
ブックライブ書店員
「死んだら…せいせいする!」
ずっと何かに怒っていた父が、ついに怒らなくなった。
怒鳴る父に怯え、支配されてきたよえ子。うまくいかないのは全部、父のせい。そう思っていた。けれど、父の最期が近づく中で、よえ子の視線も、周囲の人たちの心も、少しずつ変わっていく。
父だから見えなかったこと。父だから見ようともしなかったこと。
父の死を前にして、よえ子は“もう一度、父を怒らせよう”と決意する。
父と娘、そして家族の最期のファンファーレ。
正直、よえ子の父は最悪です。怒鳴る、壁に穴をあける、物を投げるなど……。
でもその裏には、家族に見せなかった過去と苦しみがありました。
父の死という重いテーマを、ポップでコミカルに描きながら、心の奥に温かさが広がる作品です。2025年10月31日 -
「やっぱ普通じゃつまんねぇんだわ。」
主人公の名前はミナミ。高校3年生。
彼女は、ある日突然“超能力”に目覚めます。
中学・高校でのデビューもパッとせず、味気なかった青春。
そんな彼女の毎日は、サイキックの発動によって少しずつ色づき始めるのです。
少しぎこちなくも周囲を巻き込み、時には能力も使いながら、やり残した青春を取り戻していく。
これは、サイキック発動系ヒロインによる“能力無駄遣い微青春譚”!
「何者かに成りたい」──
人生で一度でも、そう思ったことはありませんか?
この問いに、真正面から向き合う少女がいます。
それが今作の主人公ミナミ。
ミナミは、一見どこにでもいるような女子高生。
ワクワクして挑んだ中学・高校でのデビューもパッとせず、人見知り故に新しい友達もできず静かに過ごす日々。
でも、心の奥ではずっと思っていたのです。
「普通じゃつまんねぇんだわ」
「何者かになりたい」
「特別になりたい」
まさに10代の衝動!!
そんな彼女が、ある日突然サイキック能力を発動させます。
それはまるで、現実逃避の延長線上にある“進化”のようなもの。
ミナミはそれを「逃げ」ではなく「可能性」として受け止めるのです。
ミナミの現実逃避能力の高さは、教師や大人からすれば「現実を見ろ」と言いたくなるような危うさを孕んでいます。
しかし、周囲を見て空気を読み、「いい子」であろうとしてきた同級生たちからすれば、そんな穢れなき思想でいられるミナミのピュアさは、むしろ羨ましく映るのではないでしょうか。
彼女は、社会の枠組みにまだ完全には染まっていない。
だからこそ、夢を語れる。
だからこそ、無茶ができる。
そして、だからこそ、読者の心をくすぐるのです。
物語の中で、ミナミは漠然と「NYに行ってみたい」と語ります。
このセリフは、彼女の“何者かになりたい”という願望の象徴でもあります。
「NYに行きたいか」と言えば、思い出すのは『アメリカ横断ウルトラクイズ』。
当時、高校生は出場不可だったこの番組。
そう考えると、現役高校生であるミナミがNYに行きたいと言うことは、叶わない夢を語っているのでは?と勘ぐってしまいます。
そんな彼女は超能力を手に入れ、進化系高校生となります。
でも、ミナミ自身は何も変わっていない。
立場や環境が変化しても、自分の本質は変わらない。
それは、ある種の強さを必要とする生き方です。
「特別な能力があるからといって、特別な人間になれるわけじゃない」
この作品は、そんな逆説を描いているのではないでしょうか。
物語の中盤、ミナミの衝撃の過去が明かされます。
彼女は小学生の頃、一時行方不明になり、戻ってきた時にはすべての記憶を失っていたのです。
過去がないからこそ、未来に夢を見る。
記憶がないからこそ、今を全力で生きる。
ミナミの行動には、そんな切実さが込められているのです。
今作はやり残した青春を取り戻す物語です。
それは、過去の自分との対話であり、未来の自分への挑戦でもあります。
「特別でありたい」と願っても残念ながら平凡で、超能力があっても状況は変わらず…。そんな現実にぶつかりながら少しずつ前に進む。
そんなミナミの姿はどこか気恥ずかしくて、でもエモい。
そんな感情が、ページをめくるたびに胸に広がっていきます。
ミナミを取り巻くキャラクターたちも魅力的です。
彼女の突飛な行動に振り回されながらも、どこかで応援してしまう仲間たち。
彼らとの掛け合いはテンポが良く、笑いと切なさが絶妙に混ざり合っています。
この作品は、ただのSFでも、ただの青春マンガでもありません。
それは、“自分らしく生きる”ことの尊さを描いた、微青春譚なのです。
今後の展開に期待しかありません!!2025年10月30日 -
バレーボールマンガには名作が多く存在します。
それぞれが競技の魅力と共に、青春、葛藤、成長を描いてきました。
そんな中登場した今作『ディグイット』は、
「才能がすべてなのか?」「努力は天才に勝てるのか?」
この永遠の問いに、真正面から挑む物語です。
主人公・獅子谷岳(ししや がく)の父・慧(けい)はバレーボール元日本代表のエース。
そんな父は「生まれ持った才能こそ至高」と信じる男で、息子にもその道を歩ませようとします。
しかし彼が「本物の天才」と認めたのは、ガクではなく、彼の中学時代のチームメイト・ノボル。
慧はノボルに惚れ込み、「彼を日本一の選手にする」と宣言し、彼の進学先である穂高学園高校の外部コーチに就任します。
父から期待のハシゴを外され自身の才能を否定されたガク。
彼は絶大な存在である父と決別し、自身を活かせる可能性のあるリベロの道を選んだのでした。
父親が圧倒的であればあるほど、子供にとってその存在は重圧であり、呪いになります。
しかもその父が自分ではなく他人に才能を見出したら──。
その子供は、解放を喜ぶのでしょうか?それとも対抗心を抱くのか?はたまた絶望するのか…!?
ガクの本当の思いはどれだったのでしょうか…。
この設定だけで、すでに物語はアツい!!
ガクは、父と同じアタッカーの道を捨て、リベロという守備専門のポジションを選びます。
リベロは、どうやっても自分で点を取ることはできない。
スパイクもブロックもできない。
しかしチームの守りを支える“盾”として、試合の流れを左右する存在です。
この選択には父への反抗心もあったでしょう。ただの反抗心だけではただの小さな存在で終わってしまいますが、そこで収まらないのが、ガクの凄いところ。
誰かに才能を見出されるのではなく、自分で自身の才能を掘り出し、磨いたガク。
その姿は、天才よりもよっぽど凄いのではないでしょうか。
高校でガクが出会うのが、アウトサイドヒッター・百田葵(ももた あおい)。
練習を通じてお互いにその実力を認め、やがて信頼を寄せるようになります。
リベロにはどうしてもアタッカーの存在が必要。
点を取ることができないからこそ、攻撃の要と連携することでチームに貢献できる。
アタッカーであることを辞めたガクが、アタッカーである百田と手を組む──。
この展開が、読者の心を大きく揺さぶります。
「絶対的なリベロ」と「最強のヒッター」が組んだらどうなるのか。
そこに生まれる絆と今後の関係性に、注目せずにはいられません。
ガクは進学した静岡 羽海野高校バレー部で個性豊かな仲間たちと出会います。
彼らとの関係がリベロとしての技術だけでなく、人間としての成長に繋がっていき、物語はより深みを増していくのです。
「才能がないからこそ、可能性を伸ばす」
「目立たないからこそ、支える力がある」
そんなメッセージが、読者の心に深く刻まれます。
さらに、
「目立つ道を選ぶのではなく、自分に合った道を選ぶ勇気があるか?」
「才能がないと感じたとき、諦めるのではなく、別の可能性を探す覚悟があるか?」
この問いは、年代問わず深く刺さるはずです。
バレーボールという競技を舞台に、父と息子、天才と凡才、攻撃と守備──あらゆる対立構造を巧みに織り込みながら、読者の心を激しく揺さぶる、今、最も熱いスポーツマンガと言えるでしょう。2025年10月30日 -
海辺の町で祖父・勝臣(かつおみ)と共に銭湯「柿の湯」を営む高校生・柿内遼馬(かきうち りょうま)は、静かで穏やかな日々を過ごしていました。
ある日、銭湯に少年・柴崎玲臣(しばさき れお)が遼馬の父に会いたいと訪ねてきます。玲臣は、蒸発した母から聞いた話を頼りに、父と思われる人物を探してこの町にやってきたのです。
しかし二人の父はすでに亡くなっており、玲臣は迷惑をかけまいとその場を後にします。そんな彼の姿に心を動かされた遼馬は放っておくことができず、共に暮らすことに。
銭湯を舞台に正反対な兄弟が繰り広げられる青春群像劇!
物語の中心となる銭湯は、古き良き時代の面影を残し、地域の人々に愛され続けている場所。湯気の立ちのぼる空間には、窓から見える海の景色と、どこか懐かしく温かな空気が流れており、なんだかほっとできます。
遼馬も玲臣、クラスメイトも、それぞれに複雑な家庭の事情を抱えながらも腐ることなく、まっすぐに生きようとする姿が印象的です。彼らは未成熟ながらも現実に向き合い、少しずつ自分の居場所を見つけていきます。その姿に心がじんわり温かくなるのです。
そして、遼馬の祖父・勝臣の存在がまた素晴らしい。
彼は、厳しさと優しさを併せ持ち、言葉少なくとも深い愛情で孫たちを見守る理想的な大人として描かれています。こんなふうに年を重ねたい、と思わせてくれるような、静かで力強い魅力があります。
今作は「家族」がテーマになっておりますが、「血縁」よりも「関係性」に重きを置いており、玲臣が本当に遼馬の父の子なのかは、物語の核心ではありません。重要なのは、彼らがどう向き合い、どう受け入れ合うかという部分で、「家族とは何か」という問いに対して、作品は「選び取るもの」としての家族像を表現しているのではないでしょうか。
またセリフのひとつひとつが自然で、コマ割りのテンポも絶妙。特に、遼馬と玲臣が銭湯の掃除をするシーンは、言葉がなくとも胸に迫るものがあり、二人の関係の変化を静かに、しかし確かに感じさせてくれます。
人と人との関係性が心地よく、押しつけがましさのない距離感が、読者に安心感を与えてくれる。静かながらも力強い、心に残る物語をご堪能ください。2025年10月30日 -
ブックライブ書店員
付き合うことも結婚することもゴールではないとすると本当のゴールは…?
自立心の強いアラサー女子・椚木泉は、仕事一筋で生きてきた自分に焦りを感じていた。そこで、自分とは真逆の男性にうまく立ち振る舞ってきた同級生・八熊に相談する。だが、恋愛がうまくいかないばかりか男性への嫌悪が募る一方で地獄はさらに深まっていく……
「誰とも付き合ったことがない=誰とも信頼関係を築けなかった人」「誰にも選ばれない人」など、世の中には独りでいることに対する偏見やレッテルがつきまとう。そして、それはいつしか内面化してしまう。けれど、本当に大切なのは“誰かに認められること”ではなく、“自分が自分に納得すること”。
等身大の女性がそれぞれの“呪い”から解放されたとき、爽やかで明るい読後感が残る。2025年10月23日 -
ブックライブ書店員
家族を背負い未来へ漕ぎ出す、青春競輪譚。
4人兄妹の長男・桐生一成は、亡き父に代わり家族を支えるため、高校に通いながら新聞配達のアルバイトに励んでいた。
ところが、ある日母親も交通事故で下半身不随に。
家族の大黒柱になる覚悟を決めた一成は、新聞配達所の店長に社員として雇ってほしいと頼み込む。
しかしそこで提示されたのは、思いもよらない「競輪選手になる」という道だった。
新聞配達で鍛えた強靭な足と「家族を守る」という決意を武器に、一成は競輪の世界へ足を踏み出していく。
本作の見どころのひとつは、それぞれのキャラクターが背負う「覚悟」です。
主人公の一成は家族の思いを一身に背負い、競輪養成所で出会う仲間たちもまた、自らの人生を懸けて選手を目指しています。
そして、もうひとつの魅力は「競輪」という競技そのもの。
馴染みの薄い人も多いかもしれませんが、肉体がぶつかり合う迫力や、戦略的に動くチーム戦の要素など、競輪の奥深さが熱気あふれる描写で楽しめます。
『MOGAKU』は、ただのスポーツマンガにとどまらず、登場人物それぞれの人生を懸けたドラマが織り込まれた作品です。
読めばきっと、あなたもページをめくる手を止められなくなるはずです。2025年10月17日 -
ブックライブ書店員
ヨーロッパの中心都市・ロンドン。
華やかな街の影には、男性を好んで喰らう“魔女”たちが潜んでいた。
主人公・ルビー・ブラッドは、魔女を駆除する秘密組織「RED」の一員として日々戦いに身を投じていた。
しかしクリスマスの夜、魔女によってルビーの父が殺されてしまう。唯一、妹は生き残ったが、その代わりに魔女にされてしまった。
妹を救う唯一の方法は、全ての元凶である“葉巻の魔女”ヴィクトリアを討ち果たすこと――。
ルビーは日本から来た魔女狩りのスペシャリスト・ローズと共に、魔女の謎と恐怖に迫っていく。
本作は、魔女狩りを題材にしたサスペンス・アクション。
霧に包まれたロンドンの街で繰り広げられる血みどろの戦闘は、スリル満点でページをめくる手が止まりません。
そして物語の中心にあるのは“葉巻の魔女”ヴィクトリア。
かつて倒されたはずの彼女は、なぜ復活を遂げたのか。なぜルビーの妹を魔女に変えたのか。
さらにはルビーの両親との因縁までもが浮かび上がり、謎が謎を呼ぶ展開に引き込まれます。
復讐と救済、そして謎が絡み合う本作。
ダークな世界観に惹かれる方には、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。2025年09月11日 -
ブックライブ書店員
大橋ツヨシが贈る、会社員による、会社員のための会社員コメディ。
真面目に働くことが美徳とされる日本のサラリーマン。
でも、毎日同じようなルーティンを繰り返しているだけじゃ息が詰まる…。
でも、本作のサラリーマンたちは、いたずらや小さな遊び心で日常を乗り越えていく。
時には上司をからかい、時には同僚とバカをやり、時には妙に真剣に仕事に挑んでみたり。
本作の魅力は「サラリーマンであること」そのものを楽しんでしまう姿にあります。
大変なはずなのに、なぜか読んでいるうちに笑えてしまう。
そして、気がつけば「明日も頑張るか」と思わせてくれる、不思議な力を持った作品です。
働くすべての人に読んでほしい、まさに“会社員のためのマンガ”。
お仕事の合間にぜひどうぞ。2025年09月11日 -
ブックライブ書店員
数々の迷作を世に送り出してきた天才コンビ、河田雄志と行徒姉妹。
その漫画制作現場に、ある日突然2匹の猫があらわれた!
クセが強すぎるアシスタントたちと共に、彼らが織りなす日常が描かれる――これは猫と人間、両方の備忘録である。
『北斗の拳 イチゴ味』など数々の話題作を生み出してきたタッグが舞台に選んだのは、自身の「職場」。
猫たちの愛らしい様子はもちろんのこと、普段なかなか見ることのできない漫画制作の裏側を覗けるのも本作の魅力です。
さらに忘れてはいけないのが、個性爆発のアシスタントたち。
彼女たちのキャラクターは一度目にしたら忘れられず、むしろ猫以上に読者の印象に残ってしまうほど。
猫好きにも、漫画好きにも、そして個性派キャラ好きにも刺さる一冊。
笑えて、癒されて、ちょっと漫画の舞台裏にも詳しくなれる作品です。2025年09月11日 -
ブックライブ書店員
約10年前、地球に飛来した巨大隕石により、人知を超えた能力を持つ人類が誕生した。
彼らは“スーパーヒーロー”として人々の憧れの的となっていった。
しかし、光あるところに闇あり。
隕石によって両親を失い、”隕石孤児”となった少年・エータ。
彼はヒーローを倒す存在――”悪党”に憧れ、空想の下僕・ゴートと共に孤独な日々を送っていた。
だがある事件をきっかけに超常的な能力を手に入れたことで、彼はついに“悪党”として歩み出すことになる。
本作の魅力は、ヒーローではなく「悪役」が主人公である点。
主人公・エータはヒーローが活躍する世界を壊すために大暴れするのですが、その行動が思わぬ形で人々を救ってしまうことも。
一方で、人々に頼られるはずのヒーローたちの中には裏の顔を持つ者もおり、「正義と悪」の境界を揺るがす展開が待っています。
そしてもう一つの魅力はエータのキャラクター性。
隕石で両親を失った悲しい過去を抱えながらも、中身はやっぱり少年らしく中二病をこじらせたり、力を使って女の子にアピールしようとしたり…。
最強の力を持ちながらも等身大の少年として描かれる姿が、どこか微笑ましくて目が離せません。
ヒーロー全盛の時代に立ち上がった“大悪党”。
正義か悪か――その答えはあなた自身の目で確かめてみてください。2025年09月11日 -
物語の主人公は、貧しい山岳地域から王都へと下りてきた青年・ラジャン。
彼は、“御瞳(みどう)”と呼ばれる占いで国を導く少女・アムリタを、王都での襲撃から救ったことをきっかけに、王宮の陰謀と悪政に巻き込まれていきます。
アムリタは、未来を視る力を持つ少女。
王宮の腐敗に苦しむ民を前に、何もできずにいた彼女は、ラジャンの中に「王の器」を見出します。
しかし同時に、彼の命が残りわずかであることも視てしまうのです。
「余命1年の青年」と「先見の能力を持つ少女」。
ふたりは、王宮の悪政に立ち向かうため、命を懸けた戦いに身を投じていきます。
これは、運命に抗う者たちの物語。
そして、国を救うために選ばれた“バディ”の物語です。
主人公のラジャンは、自分の命が短いことを知りながらも、誰かのためにそれを使おうとします。
毒蛇に噛まれた幼い王子を自身も噛まれながらも救うという、向こう見ずな部分はありますが、身を挺してでも弱き者を守ろうとするその覚悟が、行動が胸を打ちます。
一方腐りゆく国を良くしたいと思いつつも自身は国のシンボルであって決定権はないというジレンマを抱えているアムリタ。
彼女は不老にして不滅の体と未来を視る力を持ちながらも、今を生きることに迷いを抱えています。
ふたりの姿は読者である我々に「自分だったらどうするか?」という問いを投げかけてきます。
アムリタが過ごす国はかつて栄えていたものの、官僚たちが権力を握り我が物顔をするようになっていました。民がいくら嘆き救いを求めても全く意に介さない王宮…。
本作は命の限界を知る青年と、彼に王の器を見出した少女が、“国”という大きなものに立ち向かう物語です。
しかし、読んでいると気づくのです。
この物語が描いているのは、国ではなく「人」なのだと。
誰かを守りたい、誰かに託したい、誰かと生きたい―。
そんな想いが、ページの隅々にまで込められています。
「命をどう使うか」
その問いに、静かに、でも確かに答えてくれる物語です。
2025年08月13日
