三辺律子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
約150年前に書かれた本なので、今のウェルメイドな小説に慣れている人にとっては、小説の作りとしては古い感じもするが、読む価値はある。
これが社会に与えた影響はとてつもなく大きいものだったろうし、この本があって本当に良かったと思う。
動物福祉なんて言葉がない時代、人間ですら労働者階級はボロボロになるまで働いて死んでいた時代(この本に出てくる「おんぼろサム」のように)、動物の苦しみに思いを馳せるなんてことは、ほとんどなかっただろう。そこに、馬が語り手となって、いかに苦しんでいるかをわかりやすく語った本書がでた。馬も苦しむことに初めて気づいた人がたくさんいただろうし、本の力が今よりずっとあった時代には今のSNSでバズる以上の衝撃をもたらしただろうと思う。
馬は今の自動車、バイク、自転車であり、なくてはならない交通や流通の手段であり、上流階級にとってはキツネ狩りやウサギ狩りなどの娯楽にも欠かせないものだった。
ドリトル先生にマシュー・マグという「猫肉屋」(猫が食べる肉を売る商売)が出てきたが、ロンドンのような大都市にはたくさんの馬がいて、当然たくさん死ぬわけだから、死んだ馬をどう処理するかという問題の解決策の一つとして猫肉屋もあったわけである。ロンドンにいかにたくさんの馬がいたかはこれを読むとリアルに感じることができる。
この本にある通り、人間の言うことをよくきき、能力も高く、見た目が美しい馬も、怪我をしたり、年を取ったりすると、転売されてどんどん安くなり、(また安い馬のニーズもあった)ろくでもない持ち主に鞭打たれて死ぬまで働かされるというのがごく普通だったわけだ。ジンジャーの死が一番哀れだった。
これを読んで、自動車の発明は本当に良かったと思った。環境破壊の原因にはなってるだろうけど、動物を苦しめずに済んだんだから。
児童文学として読まれたのは、最後にハッピーエンドだということも大きい。しかし実際には、こんな幸せな老境を送れた馬はほとんどいなかったのではないか。
ハミや蹄鉄、目隠しなどをつける苦痛についても語られており、馬にはもう乗らず、野に放して保護してあげたらいいんじゃないかとさえ思った。乗る必要も今はないんだし。
19世紀イギリスの作品なので、語り手は馬でもキリスト教徒だし、苦しむ動物は銃で撃って殺してあげるのが一番だという表現も何度か出てくる。あと、(血統書がつかないような)犬猫の仔は目が開く前に溺死させた方がいいという表現もあり、人間でさえ避妊ができなかった時代、仕方なかったのだろうが、読むと辛い。
黒馬は黒人の暗喩であるとか、たくさんの馬具をつけられて自由を奪われている馬は当時の女性の象徴であるといった読み方もあるらしいが、シューウェル自身がそれを意識して書いたとは思えない。馬がこんなにひどい扱いを受けていた時代があったということを知り、人間が動物を苦しめないようにする方法を考えるのに良い本だと思う。
しかし、今時の子どもはエピソードの連続に退屈するかもなあ。それを考えるとモーパーゴの『戦火の馬』はよくできていた。もちろんこの作品があったから『戦火の馬』ができたことは言うまでもないが。 -
Posted by ブクログ
赤ん坊の頃にジャングルに迷い込んだ人間が獣たちとともに獣たちの世界で育ち生き抜くという物語。
であると同時に、インドで生まれ幼少期を過ごしたイギリス人がインドのジャングルを舞台に1894年頃に出版した小説である。
これだけでもいろいろ対比が感じられて興味深い。
と言いつつ、物語からはインドとイギリスとか帝国主義みたいな香りはほとんど感じられない。(もしかしたらこの岩波少年文庫版がたまたまそういうエピソードだけになっているのかもしれない。)
獣たちの種ごとの個性とか獣社会の規範とか、その中で人間の子モウグリが獣(狼やヒグマや黒豹など)に育てられ徐々に師を超える存在感を身につける様子、モウグリ自身のアイデンティティに関する葛藤などが印象に残る読み応えのある小説だった。
これを読まない限り普段の日常生活を送る中ではほぼ確実に考えないようなことにたくさん出会えて、想像力の幅が少し広がった気がする。
あたりまえと言えばあたりまえだけど、人間は特別ではない、他の動物ともジャングルの植物とも対等な存在だよな、と思った。
日本の山森にもこのような生き物の社会があるのかな?、もしこの物語の日本版があるとしたらどんなかな?、と考えたとき、もののけ姫が思い浮かんだ。 -
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「人間たちはなんのために戦うんです?」
「わしは知らんよ。馬にはわからないことさ。だが、敵というのはよほど悪い連中なんだろうな。わざわざ海を渡ってはるばる殺しにいくくらいなんだから」
はい、ヴィクトリア朝時代の動物文学の名作『黒馬物語』です
なんと、黒馬ブラックビューティーの視点で書かれた馬の自叙伝です
すげーなヴィクトリア朝!
なんでもあるやんヴィクトリア朝!
人間のために働いてくれているお馬さんたちをもっと大切に扱わないといかん!と思いました
人間のために働いてくれているお馬さんたちをもっと大切に扱わないといかん!と思って書かれた小説ということなので100点の感想です
100点しかとらんな
いやでもね大切なことは馬にも感情があるってことなのよ!辛い!苦しい!痛い!疲れた!嫌い!嫁怖い!とか思うってことよ!
そりゃあそうよ!人間だろうと馬だろうと嫁は怖いのよ!って逸れたー!話逸れたー!ブラックビューティー生涯独身ー!
いや話元に戻しますけどね
動物にも感情があってさ、好きな人のためだったら一生懸命働きもするんじゃね?って話よ
そして本作は当時大ベストセラーとなり、馬の扱いを見直すきっかけになったというんだから、やっぱ本の持つ力ってすごわよね
本好きにはたまらない逸話よね
(なぜ最後おネエ) -
Posted by ブクログ
やったことがないからあくまで想像だけど、各国の背景のみならず、時代や宗教などまで絡んでくるだけに、ただ右から左へ訳せばよいというものではなく、目に見える遥か上の労力が必要となるに違いない翻訳という作業。基本的には自分が気に入った作品を訳するとはいえ、並々ならぬ決意的なものが裏には存するはず。となると、その翻訳者自身が評する場合、批判的なものにはなり得ない。知る限り、書評はポジティブなものが大半だし、本書の趣旨に何ら反対はなく、本作も前作同様、楽しく味わわせてもらったんだけど。そして読みたい本もまたたくさん見つかり、列挙するのも大変な量だったから、本書の中に直接チェックを入れました。
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Posted by ブクログ
近未来のイギリス。ロボットが人間社会を支えているが、世界は水不足で長く戦争状態が続いている。11歳のオーデンの父親も戦場ヘ行っており、母親と二人で暮らしている。研究者である母親の兄が突然亡くなり、住んでいた家がオーデンに残される。荒れ果てた家の庭の地中にロボットが隠されていた。
夏休み、生まれつ色を認識できないオーデンは、友達のヴィヴィとおじさんがロボットに託したものを解明する。
舞台の近未来は技術は進んでいるものの、車や居住空間は今と変わらず、逆にかなり荒れている。それが不安感を増す。ヴィヴィとオーデンのコンビと残されたロボットのパラゴンが、いいチームワークで、テンポよく読み進められるの。ユートピアではないけれど、ディストピアでもないSFだ。 -
Posted by ブクログ
父と二人で暮らす12歳のエイブリーのもとに、ある日ベットという知らない女の子(らしい)からメールが届いた。二人の父親同士が付き合っていて一緒に旅行を計画しているので、そのためにふたりを同じサマーキャンプに入れようとしているのだ、と。旅行もキャンプ(エイブリーだけは行きたかった)も再婚も阻止したい彼女たちは、メールでやり取りしながら対策を練るが、残念ながら父親たちは中国バイク旅行にでかけ、娘たちはキャンプに行かされる。性格も好みも正反対のふたりだったが、メールのやりとりとキャンプでの出来事等から次第に仲良くなっていく。しかし父親たちの仲は、アクシデント続きの旅行から険悪になり、ついに離別することになってしまった。義姉妹となることを期待していた彼女たちは、復縁をさせようと目論むが……。
父親の恋愛に翻弄されつつも、自分たちの力で未来を変えようとする少女たちの姿を、周りの大人たちの姿とともに、メールと手紙だけで描いた物語。
******* ここからはネタバレ
「ふたりのロッテ」の逆バージョン、ゲイのおとうさん版ってところでしょうか?
エイブリーにはお母さんがいて、彼女が生まれたあとに両親は別れているので、お父さんは最初はストレートだったようですね。
ベットにはふたりお父さんがいましたが、1人のお父さんとは死別しています。
その、娘たちと暮らしているお父さんどうしが恋に落ちて、娘たちをキャンプに突っ込んでいる間に旅行に行って、反発していた娘たちは仲良くなったけど、お父さんたちは破談になってしまった、という話です。
メールのやりとりで話が進んでいくというところが現代的なんでしょうね(今の日本ならLINEのやり取りだとも思いますけど)。
いいんですけど、ちょっと演出のために無理矢理感を感じた点も多かったです。
最初にベットから来たメールに対して、エイブリーがちゃんと相手にしていること。そして、少しずつですが、お互いに自己開示していること。
これ、ちゃんとあとがきででも注意しておかないと危ないですよ。なりすましだったらどうするんだろうって心配になります。
父親たちが恋に落ちたから、と、娘たちに仲良くなることを薦めたのに、自分たちは不仲になって帰ってくるなんて、とっても無責任。双方の家族に紹介するときは、それなりの覚悟を持ってからしないと、周りが振り回されますよね。
キャンプの医師が参加者のことを番号で呼び、その文章をそのままベットの父親に送っている。実際にアメリカのキャンプではあることなのかも知れませんが、失礼ですよね!!!
ベットが「家族の日」に、10年以上会っていなかったエイブリーの母クリスティナをサプライズで呼ぶのもおかしい。人の家の事情なのに。
それに、有名劇作家が来るからといって、それを他の参加者にまで伝えるのはプライバシーの侵害ではないの???
さらに、クリスティナは、キャンプから出たあとまたそこに戻って娘たちを夜中に連れ出し、結果的に娘たちはキャンプから追い出されてしまった。その時も、ただ血がつながってるからと言う理由で、親権者でもないのにエイブリーの引き取り手になっている!!!こんないい加減なこと許していたら、熾烈な子どもの奪い合いが起きてしまいますよ。
それに、今回のことがきっかけになって、また母親と会えるようになったエイブリーが家に訪ねてきたとき、一緒に見た映画が「クレイマー・クレイマー」だったなんて!!!思いやりなさすぎでしょう???
また、ベットを引き取りに来た祖母が、そこで行われていた練習で偶然いない役者の代わりをして演技力を認められ、オフ・ブロードウェイの舞台に立つことになるなんて。うまく行き過ぎも行きすぎでしょう?
湖に落ちたベットを助けに、水が怖いエイブリーが飛び込んでいますが、これも危険。すぐにすべきことは、笛を吹いて危機を知らせることでした。おかげで3人も救急車に乗る羽目になったんですから。これについても、主催者側が、「見えなかった」と主張していること、ライフジャケットを着ていない子がいたこと、どれも責任を問われておかしくないことですよね。
ふたりが入院している病院のそばのモーテルが1室しか空いていなかったからと、親たちがみんなで泊まったとき、エイブリーの両親は同じベットで寝ました。いやぁ、普通別れた夫婦はそんなことできんでしょ?と思いました。それに加えて、ベットの祖母は、元夫の体に腕を回す元妻の写真をこっそり撮っているんです。これって、エイブリーにはほっこりな出来事かも知れませんが、けっこうなプライバシーの侵害ですよね。
そしてラスト、いろいろあったけどめでたく結婚式を迎えましたーって言っていたら、それは父親たちではなく、ベットの祖母とマンションのドアマンとの結婚だった、とか。
いやぁ、あの状態(ふたりとも新しい相手ができた)で復縁したらすごいなとは思っていたんですが、ここまで来るとなんか騙されたように感じて勝手に不快になりました。
なるぼどと思うところもありました。
一番は、違いすぎるから、と父親たちが別れてしまったのに対して、エイブリーとベットは、ケンカしながらも仲良くなっていったころ。本当に大切な人とはケンカするのも悪くないし、その方が相手に対して誠実になるというのはいいですよね。
きっとこれが、この物語で一番言いたかったことではないかと思います。
ベットの父親が、「キャンプにほかに同性両親の子はいるか?」と聞いていましたが、気になるんですね。アメリカでも、まだまだ同性愛者に対する”特別な目”はあるんだなと思いました。
主人公は12歳ですが、読みやすいので中学年からでも読めます。ただ、メール形式なので、差出人と宛名にちょっと気をつけて読まないとわかんなくなるかも知れません。 -
Posted by ブクログ
ボツワナを始めとしたアフリカ各国で今尚発生している「儀礼殺人」(富や地位をもたらすと信じられている儀式に必要な人体の一部を得る目的で犯される殺人)を題材としたサスペンス小説。アフリカ発のサスペンス?!儀礼殺人?!しかも現職の女性外務大臣が執筆、っておいおいおい情報量多過ぎるだろ!と興奮しながら手に取った一冊。そもそも儀礼殺人や呪術は一般的な日本人からして見ればだいぶ縁遠い話だが(かつてアフリカで働いていた援助業界の同僚曰く呪殺/毒殺は割と日常茶飯だったらしいけども)、権力者の欲の犠牲となる平民の姿は普遍そのもの。巨大な悪に闘いを挑む主人公、終始どちらが勝つかハラハラ、サスペンスとしてしっかりと成功している作品だった。ラストでは「うわあああああ」と叫ぶ事必至。また、複数の女性キャラが力強く描かれているのも良い。結局、権力者VS一般市民の対立が生じる時、男VS女の構図も生まれるのが現代社会では必然なんだろう。
呪術を畏れの対象としてはいない我々だけれども、警察を、政府を、権力を、心から信じられる国に果たして住んでいるだろうか。我々の社会もやはり、欺瞞で満ちているのではないか。足下が一瞬揺らぐような作品だった。