三辺律子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ロビン・フッドといえば、数々のイケメン俳優が演じてきた義賊である。弱きを助け、強きを挫く。しかし原作を読んでみると、少し異なっていた。金を持っている者からは奪わず、たんまり持っている貴族や聖職者を“ご招待”してシャーウッドの森で宴会を開く。そして最後に宴会代を払ってください、と法外な金を要求。ある種のぼったくりのようだ。
ロビンが人並み外れた弓の名手という点は同じだが、かっとなって自分をからかった森林官を殺してしまってお尋ね者の道にはまる。それまでは弓大会に出て恋人マリアンと幸せな家庭を夢想していたが、王の家臣である森林官を殺したために、その夢は絶たれる。ついでにロビンの甥であるウィル・スカーレットも、父の執事が気に入らなくて張り倒したら死んでしまい、お尋ね者に。外見いわゆる伊達男のウィル・スカーレットだが、スリムな体に似合わずとんだ怪力男である。
そういえば、こちらも映画で登場していたマリアンだが、本編では、言葉でしか登場しない。ロビンはもっぱら男たちと飲み、歌い、踊り、襲撃に出かける。
ノッティンガム長官は、最初王の鹿を食べる奴がいる!と訴え出るが、ヘンリー二世に「そんなもんお前がなんとかしろ、俺にいちいち言ってくんな」と言われて逆に追い込まれる。あれこれと策を講じ、一時は仲間の一人を捕えるところまでいくのだが、やってきたロビンフッド一味が奪還。もう二度とロビンたちに関わるもんかとおとなしくなるあたりが映画との違いである。
映画ではリチャード獅子心王との絡みが登場するが、本編でもお忍びで出かけたリチャードとロビン・フッドが出会っている。その母親エレノア王妃は、エリアノール・ダキテーヌといい、あの時代には珍しく二人の夫を持った女性だ。本編のエレノア王妃はたおやかで優雅で、王との仲も良いが、映画『冬のライオン』でキャサリン・ヘプバーンが演じていた女性の方が実際に近い。広大な領地という持参金をもって嫁いできたため、夫にもずけずけ物を言う。リチャード獅子心王がお気に入りだ。
国王の定めの外に暮らすことを選んだロビンだったが、リチャードに頼まれ十字軍に遠征。爵位まで授かるが、今回初めて知った彼の最期を読むと、王の世界と関わったことが彼にとって幸福だったとは思えない。 -
Posted by ブクログ
原題はBrack Beauty ,1877
名作。
読む手が止まらない一冊だった。
現時点で今年のNo. 1かもしれない。
児童文学のガイドブックで見て気になっていた作品。
訳もいろんなバージョンがあるようだが、この光文社古典新訳シリーズの本作り思想が私には合っていることが多いので、今回はこれのバージョンを選んだ。
結果、大正解だったと思う。
訳者さんの日本語が素晴らしくて、ストレス低くガンガン読めた。
今後も翻訳で三辺律子さんのお名前を見かけたら読んでみたいと思います。
馬が語る、繁栄の陰にあるロンドンの物語。
馬の視点の自伝ものなんて、(マキバオー以外では)はじめて読んだので新鮮だった。
ロンドンの都市文化の円熟期に、馬車や乗馬に使われた馬たちの、教育や愛され方、しつけ、世話全てにおいてリアリティのある細かな話が続く。
馬同士の交流や、愛のある主人馬丁とそうでないときの差など。
当時の馬は悲しき使役動物・奴隷ではあるが、時には家族同様に愛の注がれる存在でもある。
解説にもあるとおり、乗合馬車の御者たちのブラックな職場環境に対する筆がなかなか読み応えがある。
日曜日返上で働かないと子沢山の家では家族を支えられない、または顧客が離れてしまう一方で、そんな働き方では寿命を縮める、という話は現代と全く同じだ。
解説に言うように、物を届けるにも馬(と人)を酷使するしかなく、早く早く、という社会の要求に生身で応えることに様々な問題をはらむ、現代の流通業(当然ながら、馬は運輸も流通も支えていた涙)も思わせる。
解説はさらに言う。
人間から見た、見た目の美しさを追求され、尻尾を短く刈り込まれる、心身に悪影響をもたらす馬具をつけられてきた馬たちが、ケガなどで見た目を損なうと価値が暴落する、というあたりには現代では若い女性にかけられる視線にも通じるものがある、と。
なるほど、それは気づかなかった。
作者は足を痛めてからは生涯を馬と共に生きてきた人で、馬の扱いに心を痛めて本書を書いた。
実際にこの本が社会に大きく影響を及ぼして、働く馬の環境改善をもたらしたそうだ。
作中、間接的に語られる、軍馬のエピソードも読み応えがあった。
本作は動物モノだからこそ、ここまで読者を獲得したのは間違いない。
翻って、本作がもし労働者や女性差別を正面から扱っていたら、これほどの読者を得られただろうか。
(現実にプロレタリア文学が苦手な私には胸の痛い事実である)
作者はクエーカー教徒だったそうで、酒は駄目なものの代表として描かれているし、キリスト教の匂いはなかなか強い。
でもまあ、良き人としての目指すところは、それなりに世界共通のようにも思う。
ちょうど、ときの首相候補が「馬車馬のように働く」と宣言したことが、様々な意見を喚んだところだ。
なにを言っても、馬もヒトもしょせん生き物である。
愛情のある環境での適度な生活、すなわちワークライフバランスの整った人生が、適切な心身を作り、良い仕事を生み、生き物としての根っことなるのは間違いないと思いますよ。
もとは大人向けの小説として作られるも、長らく動物ジャンルの児童文学として愛されてきた黒馬物語。
何度も映画化されてきたのも、その人気の高さを示す。
(その映画撮影で使われた馬さんたちの環境はホワイトだったんでしょうな?)
波乱万丈の人生(馬生)は、まるで大河ドラマか朝ドラのよう。
この光文社古典新訳文庫の一冊としても、振り仮名多め+細密な挿絵もふんだん+章立ても細かいので、子供にも飽きずに楽しめる作品に仕上がっている。
今後も、子供にも大人にも愛されてほしい一冊である。 -
Posted by ブクログ
『月のケーキ』より大人向けの印象。子どもが楽しめそうなのは「ハンブルパピー」。あとは「キンバルス・グリーン」くらいか。「葉でいっぱいの部屋」もいいかもしれない。ちょっと怖いけど。
「上の階が怖い女の子」は救いはあるがかなり怖い。
しかし「希望(ホープ)」や「聴くこと」はちょっと子どもには無理じゃないかと思う。「変身の夜」もシェイクスピアのセリフしか喋らない狼憑きの紳士というのが、子どもにはイメージしにくいかも。
じゃあこの本はあまり良くないかというと、そんなことはなく、私は「希望」と「聴くこと」はかなり好きだ。特に「希望」。
辛辣で愛想が悪く、人から好かれないオールドミスのハープの先生、ミス・レストレンジ。彼女は昔の恋人との別れから、ずっとそのことを抱えて生きている。彼女が迷い込む町の様子は幻想的で目に見えるよう。そこで出会う悪魔のような男と彼の飼い猫ホープは彼女の人生にどんな意味があるのか、考えさせられる。
「ハンブルパピー」の幽霊犬も可愛いが、この本ではたくさんの猫が出てくる。気の毒な扱われ方をされている猫もいるけれど、「ハンブルパピー」のタフィーや「希望」のホープはすごく猫らしくて、つまり気まぐれだけど人懐っこく、好奇心旺盛で、気に食わないときは牙を剥き、自分の価値観を人に左右されない生き方をしているので、この2作と「キンバルス・グリーン」は猫好きにおすすめしたい。 -
Posted by ブクログ
ツリーホーンは、おこづかいで新しいマンガを買いたい。
おとうさんにおこづかいをもらいたいと言うが、その間もおかあさんとしゃべっている。
おとうさんは、金というのは、貯めるためにあるんだと使うためじゃないと言う。
ツリーホーンは、庭の木のはっぱが、1ドル札になっているのを見つける。
それをペンキぬりの人にも言うが、話にならない。
おかあさんも、バーサおばさんも話を聞いてくれない。
少しだけの1ドル札が、木にいっぱい1ドル札になっている。
取りに行かなくちゃと思って、はしごを持って行きのぼるとそれはもう…。
エドワード・ゴーリーのイラストが癖になるのは、奇妙なんだか小気味良いのか、なんだかとても気になるのは相変わらずで、ツリーホーンのことをお構いなしに話を続ける両親やバーサおばさんにペンキぬりが面白い。
この突き離した感というか、無視してるわけでもないのにかまっていることもないけど愛情がないわけでもないというわからなさが妙に具合がいいと感じる。
小学校中学年向けだが、子どもたちはどんな感想を言うのだろうか興味がある。
-
Posted by ブクログ
横書きの散文詩を繋げ一つのストーリーにした興味深い作品です。
作者はアイルランドのダブリン生まれ。2015年に発表した『わたしの全てのわたしたち』でカーネギー賞を受賞しました。
主人公は、虐待を繰り返す父親の元から逃げ出した16歳の少女アリソン。表紙に描かれた彼女の眼差しと赤くただれた左頬を何度も見返す読書となりました。
母親は産後すぐに亡くなった。
父親の恋人のケリーアンが出て行くと、アリソンへの暴力はさらに加速する…
彼女の嫌な記憶が蘇るたびに、読む手が止まり息が苦しくなりました。
認知症を患うマーラから「タフィー」と呼ばれ同居生活を始めたアリソン。
父親にいつ見つかってしまうか、他人の家に嘘をついて潜り込んだのがばれやしないか…と不安になるアリソンは、この家に居られるようにマーラの病気について調べ始めた。
冷静にならないといけない
微笑まないといけない
説明しないといけない
話すときは、マーラの名前を呼ばなきゃいけない
そして
手を止めて
マーラに集中してあげなきゃいけない
病気のことを理解しなきゃいけない
マーラのことを。
マーラのことがわかるにつれ、彼女を助けてあげたいと心から思い始めたアリソンがいじらしい。
体罰は勿論のこと言葉の暴力がいかに心を傷つけてしまうか!
おまえのせいで!
と繰り返す父親が時折見せる笑顔に
でも、愛されているのでは
と思ってしまうアリソン。
悪いのはわたし、わたしのせい!だと思っていた。
「あなたはなにも悪くない」と言ってくれたマーラも息子ドナルの前では凍りつく。その姿は父親の前で消えてしまった わ・た・し と同じ!
マーラとの大切な思い出を重ねていく。
マーラと 庭しごと
マーラと お出かけ
マーラと ダンスを踊る
マーラと トチの実を拾う
雨の中で砂の城を作る
母親のようなケリーアン。
てっきり見捨てられたと思っていたけれどそれは間違いだった。
赤ちゃんが生まれる!
やってくる別れ、それでも前を向いて歩き始めるラストに感動を覚えました。
揺れ動く16歳の少女の内面を詩情豊かに描いた良書です。 ☆4.5
-
Posted by ブクログ
ネタバレ散文詩形式で書かれた作品。読むのは難しくないのだが、読むのが辛かった。胸が苦しくなる内容。
アリソンは支配的な父親の暴力から逃れるため、家を出るしかなかった。少し前に家を出た、父親の恋人を探したが、会えずに、古い家の納屋に潜り込む。家主は認知症のマーラ。マーラはアリソンの事をタフィーと呼び、部屋に招き入れた。
アリソンの現在と父親との暮らしが交互に描かれ、マーラの過去も入り混じり、幻想的ですらある。しかし、次第に家族に問題を抱えている事がわかってくる。
アリソンもマーラも言いたい事を我慢していた。孤独な二人は少しずつ歩み寄っていく。
ギリギリの生活なのに、アリソンは悪い方へは流れないし、病んでしまう前にマーラと出会ってよかった。