土屋京子のレビュー一覧
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子どもの頃大好きで何回も読んだ作品。大人になって読むと子どもの頃ワクワクした場面がよみがえる。
それと共にメアリもコリンも親に打ち捨てられた子どもだったことが2人の可愛げのない性格を形成していたのだとわかる。
その2人が出会って、鏡のようにお互いを見てわがままであることに気がつく。母の愛情たっぷりに育ったマーサとディコンから母の愛情がなんたるものかを感じとる。その母スーザン・サワビーがメアリとコリン2人の2番目の母となって2人が母とはどのようなものかを感じる。それは涙が出るような場面。
子どもの頃は秘密の花園の中で繰り広げられる子どもたちの秘密とハッピーエンドにワクワクしたけれど、大人になって読むと2人が複雑な心の中で自我を獲得していく物語とも読み取れた。 -
Posted by ブクログ
「いいや、おいら、地獄に行く」
注釈によると、物語の舞台は1830〜40年代のアメリカ南部
当時のアメリカには逃亡奴隷法という法律があり、逃亡奴隷を助けた者には重い罰則が課せられていました
犯罪だったんですね
罰則は最高で500ドルの罰金(後に最高6ヶ月の懲役刑も加えらます)
当時の500ドルは一般的な労働者の年収2〜4年分というのだから、大変な額です
加えて、罪を犯した者は神の教えに背いたものとして地獄に行くことになります
当時の宗教観では、地獄の存在は現在とは比べものにならないほど強く信じられていたと思いますので、十分に重い罰金刑よりもさらにさらに重い刑が死後に科されるということになります
逃亡奴隷ジムと旅するハックは、体をガタガタを震わせて、良心に背き”悪いこと”をする決意をします
「いいや、おいら、地獄に行く」 -
Posted by ブクログ
子どもの頃にトムソーヤーの冒険は読んだことがあったが、ハックルベリーフィンの冒険は読んだことがなく。本屋に平積みされていたハックルベリーフィンの冒険を読んでみたいと思い立ち、そのためにはトムソーヤーの冒険を読み返そう!と思って、手に取った。
子どもの頃に読んだときとは、受け取る情報量がまったく違った。いたずらばかりだけど根はやさしい、わんぱく小僧の冒険物語。トム筆頭とする子どもたちの想像力、主体性、行動力には、大人になった今読むからこそ感服する。と同時に、「嘘つかないニガーなんか見たことない」と言ったセリフや、トムが憧れる海賊や酋長や盗賊の物語を説明する中で、「男はこうで、女はこうなんだ」といった表現が出てくることから、当時のアメリカの価値観がナチュラルに子どもに受け継がれていく様子にはっとする。トムたちの村セントピーターズバーグは、子どもがいなくなったら村人総動員で探すような、人のつながりのある平和でやさしい村にも見えるけれど、マフ・ポッターの裁判や、インジャン・ジョーの最期での、村人たちの騒ぎようを見ると、殺人のような残酷な事件が、平和で退屈な村の娯楽になっているようにも見えて恐ろしくも思える。冒険を終えたトムのことを、ベッキー父が高く評価して、「将来偉大なる法律家あるいは偉大なる軍人になってほしいと考えた」というのも…小学生くらいの子どもに対して安易な判断すぎでは?と今の感覚では思うが…。きっと当時はそんな判断がされることがよくあったんだろうなと思う。
子どもの頃は、ある意味同じ目線で「トムすごいな」と思っていたのが、大人になってまた違った読み方ができて、個人的にはおもしろかった。
アメリカの歴史と照らし合わせてもう一度読みたいと思った。 -
Posted by ブクログ
小学4年生の時 夏休みの宿題の読書感想文を書いた本。
物語の内容も どんな感想を書いたかもすっかり忘れてしまった…が書いた文章を親に手直しされ賞状をもらったことだけは覚えている ちょっと苦い記憶の中の一冊。
「秘密の花園」ちょっとへそ曲がりの女の子が主人公 濃い目のグレーの物語が女の子が「秘密の花園」を見つけるところから ほんのりピンク色が混ざりだす。
どんどん どんどん 色が加わり… 緑・ピンク・オレンジ・黄色…光が差し込む
花園に存在している魔法 女の子男の子が魔法によってどんどん変化していく。
普段はなかなか感じられないけれど きっと「この魔法」はどんなところにも いつでもあって あとは感じるだけなんだろうな…
読み終えて ほっこり幸せな気持ちに包まれている