土屋京子のレビュー一覧
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ビーバーさんが四兄弟を彼の家に案内した時に、庭の主や物語の書き手のように誇らしい様子で客に見せていたとビーバーさんの様子が描写されていた。プロの庭師のような完成度に至らなくても、私なら最後まで自力で仕上げたい。だから、ビーバーさんがサンタクロースにダムを完成してもらって、嬉しがっていることを変だと思った。
でも実際の所は、ダムを完璧に完成させるというサンタクロースの贈り物は、大空襲後のロンドンで、壊れた家々を一瞬で直してもらったとか、そういうこととの対比が適切なようだ。 東京大空襲後の東京でバラックを立てて、身を寄せ合いながら暮らしていた人たちがこんな贈り物をしてもらったらと考えると、ビーバーさんの喜びも理解できる。
ナルニア国シリーズで一番最初に書かれたこの本は、第二次世界大戦中から、まだ食料の配給制も終わらない時期に書かれたものだったので、サンタクロースのやや実用的すぎて夢のないように感じられる贈り物は、まさに当時のイギリスの人々からしたら夢のような贈り物だったんだろう。
詳しいレビューは岩波少年文庫のオーディブルを聴いた時に書いて、この話で一番気になることはそっちで書いたが、今回はビーバーさんのダムの件と、魔女のことが少し気になった。
ナルニア創世記で、魔女はリンゴの木の香りが漂うナルニア国には入れないというラストだった。それなのにどうしてナルニア国を支配できたのだろうと思ったが、ナルニア創世記が語られた『魔術師のおい』では、教授のリンゴの木はナルニアのリンゴの木と不思議なつながりがあるという話だったので、教授のりんごがだめになった時に、ナルニアのリンゴの木も寿命を迎えたのかも。
ルイスは細かい戦闘描写を書くことには興味がなかったようで、彼女の最期はあっさりしたものだったが、とにかく、雪の女王と白雪姫の后と北方神話のヘルを混ぜたような白い魔女は死んだ。
つい最近読んだばかりだけど、光文社がシリーズ丸ごとオーディブルにしているので、その並び順で一応聞くことにした。続きもあの四兄弟が主役なの?ナルニアに戻った時、あの馬鹿みたいなもったいぶった話し方を続けさせるの?それだけちょっと気になる。 -
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ネタバレ子供のころに読んだ本を、最近読み返すと感じ方がまったく違うことがある。
『あしながおじさん』もその一冊だった。
あしながおじさんって、こんな人物だっただろうか。嫉妬からジュディを夏休みに友達の家へ行かせなかったり、贈り物を過剰に与えたりする姿は、今の感覚ではどうしても受け入れがたかった。年の差は14歳。気が合えば問題ないのかもしれないが、大学を出たばかりの若い女の子を手に入れたようにも見えてしまう。
一方で、ジュディは奨学金を得られるほど優秀な成績を収め、孤児院から救い出してくれたあしながおじさんに対して、常に感謝を忘れない。その健気さと誠実さは、読んでいて立派だと感じた。 -
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続きましては〜
アメリカ文学の金字塔、マーク・トゥエインの『ハックルベリー・フィンの冒険』ですよ!
飲んだくれの暴力親父から逃げ出したハックと逃亡の黒人奴隷ジムの二人が筏に乗ってミシシッピ川を下る物語
小さい頃読んでたはずなんだけどな〜
全く覚えてないや
そもそもハックの独白形式で書かれてたんやね
ちょっとびっくり
うん、そうやね〜
トゥエイン自身がどこまで意図してこの物語を書いたんだろうな?って思いました
そのへんは下巻の解説が楽しみ
普段はわい様に解説などいらんのじゃボケ〜とか強かっておりますが、今回は早くも解説プリーズ状態です
もちろん人種差別のこと、子どもは親の所有物なのかとか良い子ってどういうことや、家柄に固執す人々や、その他あれやこれやっていう社会問題を無垢な子どもの視点で、ちょっとユーモアも交えながら皮肉的に描いています
子どもたちよ!ここから無様な世界のあり様を感じとってほしい!そんなこと思いながら書いたのかな?それとも単なる愉快なホラ話として書いたのかな?
トゥエインおじさんよ!そこんとこどうなの?
そんなことを思った上巻でした -
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ナルニア最終巻。
全体として、正しくないことをした者がアスランの導きによって善い者となるという構成をとる。白い魔女を復活させたディゴリー、兄弟を裏切ろうとしたエドマンド、頑なに自分以外の価値観を受け入れないユースティスなど、「正しくない」者たちがそれぞれの物語において登場する。アスランは違う選択をした未来については決して語らず、あくまで目の前にある選択肢を提示し、選ばれたことに関してのみ言及する。これは善悪を自ら選び取る行為であり、アスランは人々を救ったり、正しい方向へ導いてくれる存在ではない。あくまで正しい選択をした者だけを選択した道へと導く役割である。
神を信じる者は救われるというキリスト教的な考え方が充満している作品だが、あくまで児童文学らしく、易しい世界観で描かれている。終始、「筆者にも分からない」「ナルニアに行ってみれば分かるだろう」といったように、ナルニアの様子については抽象的にぼかすことで、読者の想像に委ね、またその想像以上の世界がナルニアなのだということを強調している。
アスランという絶対的な存在に従う者だけが「正しい」とされる点や、アスランの正しさを信じる者だけが救われ、真のナルニアにいることを許される点など、キリスト教に馴染みのない私にとってはあまり納得のいかないものであった。アスランの言う「正しさ」は果たして善なのか、アスランの善に従うことが良いことだとされるならば、あらゆる選択肢の中から正解を選び続けることが善なのか。アスラン(神)が全ての基準となることにあまり理解ができないが、ファンタジー作品としては手軽に読むことのできる作品だと感じた。
物語のラストでスーザンが真のナルニアに歓迎されないことについても、「ストッキングや口紅やパーティの招待状」に興味を持つことの何がいけないのか、ナルニアを忘れてしまっていることが悪なのか、鉄道事故が現実に起こったことならば、それだけの理由でスーザンは事故から救われなかったのか、アスランの選択に疑問が残る。スーザンは『ライオンと魔女』でルーシーがナルニアに行ったと主張したときも、エドマンドのように馬鹿にはしなかったし、常に兄弟の中の年長者として、4人の中で保守的な考えを持っていた人物と言える。むしろ、善悪の選択を迫られる必要がなかったために、アスランを信じる・信じないの土俵に立つ機会がなかったとも言えるのではないだろうか。そんなスーザンが年齢とともに成長し、ナルニアのことを忘れてしまったからといって、鉄道事故に巻き込まれるのは少しやりすぎな気もする。大人になってもナルニアを忘れなかったディゴリーは、大人になるにつれてナルニアを忘れてしまったスーザンを冷ややかに批判するが、「俗っぽい」成長を遂げたスーザンを愚かだとするその語りは、悪意すら感じられる。終始善悪を選び取り、善を選んだものがアスランにたどり着くという構図をとる本作品だが、スーザンがアスランを選ばなかったからといって「善でない」とは言い切れない。善を選んだ先にアスランがあるのか、アスランを選ぶ者が善なのか……いずれにせよ、アスランの持つ善悪観に共感することは難しかった。
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ネタバレナルニアの終焉と、もうひとつの始まり。
時はティリアン王の時代、大ザルによる偽アスランの出現は、大国カロールメンの侵攻を招き、ドワーフの不信も加えて、ティリアンを勝ち目のない最後の戦いへと導く。呼ばれたジルとユースティス、夢の中に現れた7名の王と女王、そして厩の中にあったものとは——。
読んだことはなくとも、ナルニア国は最終巻で崩壊し、呼ばれた子どもたちが現実世界としては死ぬのだと知っていた。それは有名な作品であるためにネタバレは避けられなかっただけで、今回読んでみて、やはりネタバレを知っているだけでは意味がなかった。
『銀の椅子』でもわかっていたようにアスランの国とは死後の世界である。ティリアンたちはナルニア国での戦いにおいて、ピーターたちはイギリスでの鉄道事故において、亡くなったのでアスランの国に集まり、再会する。ナルニア国の最後の戦いはまるで聖書の最後の審判であり、世の終わりにやってくる神の国がアスランの国と重なる。先にナルニア物語に現れるキリスト教的なモチーフの話を聞いてしまっている身として、そのような理解は仕方ないかもしれない。
しかし愛すべきリーピチープをはじめ、今までの登場人物の名前が次々と並ぶくだりは嬉しいものだ。もう一度皆に会える感動的な大団円である。現実世界において死んでしまっているけど。でもいつか自分も影の国を離れて本物の世界へ行ける、そこでは皆に会えると思ったら。それは幸せだと言えるだろう。死への恐怖がすべて拭いさられるわけではないけど。
ところで解説でも触れられていたが、現実世界としては1人残されてしまったスーザンはその後どうしたのだろう。ストッキングや口紅に夢中になっている、なんと年頃の女の子なのかと。願うなら自分では忘れていたとしてもかつての女王のように強く生きていってほしいし、いつか年老いてからでもナルニアのことを思い出して、アスランの国に来て、皆と再会してほしい。 -
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ネタバレ行方不明の王子を探せ!
いじめっ子に追い詰められたジルとユースティスは、向こうの世界でアスランに出会う。2人が託されたのは行方がわからなくなっているリリアン王子を見つけること。
〈ヌマヒョロリ〉のパドルグラムという個性的で親しみのわくサブキャラクターが登場したことに嬉しくなる。悲観的なことばかり言うが勇気のあるパドルグラムは、まだナルニアでの冒険に慣れていないジルを時に優しく時に厳しくフォローしてくれる。ドーン・トレッダー号の冒険を経てすっかり頼もしくなったユースティスも素敵。
ラストでリリアン王子と再会した直後に亡くなってしまうカスピアン。しかしアスランの国に現れたカスピアンは王位への戦いの時やドーン・トレッダー号の頃のようないきいきとした姿で現れる。それが懐かしくて嬉しいのと同時に、亡くなった後ということで悲しくもある。
あと1巻しかなく、しかもそこでナルニアに終焉が訪れることを知っている身としては次を読むのが少し怖い。しかし解説にあったように次は刊行順に読んでみて2周目を楽しみたいとも思う。