何が起こっているのか、どういうシチュエーションなのか、冒頭に説明がなく、少しずつ明らかにしていくタイプの作品。視点人物である熊沢克也の目から、事実が少しずつ明かされる。
熊沢は、木菟鳴島という島で終身刑務所を訪れる。死刑が廃止された後、完全な終身刑の受刑者を受け入れるために作られた民間経営の刑務所。その刑務所にいる最後の死刑囚、朝倉玲一に、海外でずっと生活していた熊沢が取材をする、という設定だ。
熊沢は裕福で、自分を蔑む父を見返すためにこの仕事を受けた。
朝倉が過去の殺人を告白する展開になる。最初は、鶴田瑞枝という教師の話だ。これは、父が殺人者であると、登場人物である鶴田と読者に誤解させる物語だ。サスペンスと見せかけて、被害者である生徒の兄が犯人だったという意外な結末を迎える、標準的なできではあるが、目新しさはなく、どこかで見たことがあるような短編小説だ。
次に、朝倉が木菟鳴島の地主である長富庄一郎の両親を殺害した話が語られる。これは、中学校の教師をしていた企業の次男・長富昌孝が、長男の急死により家業を継ぐことになる話だ。妻となる人物だけは、昌孝の母の指示に従わず、中学校時代の同僚教師を選ぶ。しかし、その妻・長富優美は不倫をしていた。優美の不倫相手の妻が雇った探偵は、優美が昌孝を毒殺しようとしていることを知り、金に変えるために昌孝に報告する。最終的に、昌孝が優美にその事実を伝え、双方が互いに殺害しようとするが、通り魔的な人物に撲殺されるというオチだ。トリックらしいトリックはなく、筋書きの意外性が特徴的な「世にも奇妙な物語」系の短編だ。
第三章では、長谷部奈緒に焦点が当たり、長谷部の兄が麻倉に殺害されたという話が語られる。長谷部の兄、長谷部岳志は、麻倉に「あなたの名字に『麻』の字が入っているから麻の服が好きなのか?」というくだらない質問をしたことで麻倉に殺されることになる…という話だ。囚人であるB354の死を巡るやり取りが語られる。B354は、幼稚園で園児5人を惨殺した人物で、麻倉は心臓に病を抱えていたB354に対して矛盾を突き、「ことば」でB354を殺害する。そして、長谷部岳志も妹・奈緒へのコンプレックスを突かれて、自身を襲わせ、麻倉を閉じ込めるために仕掛けられているレーザービームを受けて死ぬ。
この話の後、長谷部奈緒は民間刑務所の看守から異動することになる。奈緒は異動前に麻倉を殺害することを決意する。麻倉、奈緒、熊沢をめぐるトラブルが続き、奈緒は麻倉を殺害しようとするが、麻倉につかまり、熊沢は麻倉を刺す。このシーンは映像として残り、後で利用される。
その後、最後の死刑囚である麻倉の死刑が執行される話が描かれる。死刑を執行されたはずの麻倉はよみがえり、関係者を殺害していく。そして、その日の3日後、熊沢は自分の部屋で目を覚ます。
熊沢の父であり、企業の社長である熊沢仁史がコカインの横流しの罪で逮捕される。熊沢は麻倉のこと、最後の死刑囚のことを調べるが、ネットにはそれらの記載がない。最後の死刑囚は10年前に子宮癌で死亡した女性だった。
麻倉から聞いた話によると、3つの短編の被害者はそれぞれコカインの常習者に手にかかり死亡していた。熊沢克也の人生は好転し、ドイツでの経験を綴ったエッセイが出版され、イラストレーターである女性との交際が始まる。そして、熊沢仁史の裁判が始まった時、「麻倉玲一」を名乗る男から連絡があり、種明かしがされる。
エターナル警備保障や民間刑務所の話はすべて嘘で、行われていたのは熊沢克也の誘拐だった。麻倉玲一と名乗った男は、かつて熊沢仁史のもとでコカインの密輸を行っていた。ほかの関係者は全員、コカイン中毒者のせいで身内や大切な人物を失った被害者だった。全ては熊沢仁史への復讐のために行われていた。熊沢克也が殺人を犯したように見える映像を手に入れ、それを元に熊沢仁史を恐喝し、金を奪い、証拠を警察に提供して熊沢仁史の逮捕、勾留、裁判につなげた。
最後の場面で、イラストレーターの彼女に電話をする。その女は、「いいけど、戻って来られるの?」と発言する。島に行ったことを知っているのか?麻倉は、「せっかく掴んだささやかな幸せを逃がさないためにも、手にしたものは大切にするべきだよ」と発言する。彼女のことを知っているのか?
麻倉の最後の一言で、全てを疑う。何が真実で、何が作られた事実か。
「なるほど。最後まで僕は信頼できない語り手ということか。いいだろう。君にすべて委ねよう。僕の今の話が本当か、嘘か。君が決めればいい。」
熊沢克也は、彼女に「麻倉のことを知っているのか」と聞きたいが、聞けない。動けない。そんな場面で終わる。
別のある作品を読んで、この作品のことを思い出した。読んだのは1年程前だが、感想は書いていなかった。民間の刑務所が存在する島で、最後の死刑囚の話を聴き、それを本にする。しかし、それは全て嘘で、実は、資産家でありコカインの密輸をしていた熊沢仁史という男に対する復讐のため、その子どもである視点人物=熊沢克也を誘拐していた。この「実は誘拐でした」という点が大きなトリックになっている作品だ。
この「実は誘拐だった」というオチにひねりを加え、金を出させるために、克也が殺人をしたように見える映像を入手する。その映像の入手のために、大掛かりな仕掛けを用意したという設定だ。
最後の死刑囚、「麻倉玲一」という存在。その存在を成立させるために、ずっと外国にいたという熊沢克也を利用。むしろ、熊沢克也がずっと外国にいたからこそ、その状況を利用して麻倉玲一の話を構築し、誰かを殺害するエピソードを作るために、大掛かりな仕掛けをしたという設定になっている。
全体を通じてみると、一貫性がない。3つの短編と、全体を通じた仕掛けがあるが、取って付けた感じがする。これは、メフィストという雑誌で連載されていたことが原因かもしれない。1つの作品として仕上げられなかった独立した3つの短編を、この作品のために使ったという印象がある。
3つの短編の出来は、そこまで悪くはない。ただ、最後の「実は誘拐でした」というオチに繋がる納得性の高い伏線がない。「実は誘拐でした」というオチが唐突に感じられる。
最後の死刑囚、麻倉玲一の存在、「信頼できない語り手」の存在も、ラストの部分を含め、投げっぱなしになっている。最後に描かれるイラストレーターの彼女の存在や、熊沢克也の部屋で目が覚めたという点など、もっと裏がありそうな含みがあるが、これらの点が宙ぶらりんのまま。物語全体の完成度を落としている。
この作品で初めて「実は誘拐でした」というオチに触れたのであれば、もっと違った感想があったかもしれない。しかし、この系統ではもっと納得のいく作品がある。いくつかの独立した短編を描き、それに一貫性を持たせるため、たいした伏線もないのに「実は誘拐でした」というオチをつけたという印象だ。
個々の短編の出来や読みやすさという点では駄作という印象まではないが、納得感がそれほどなく、そこまでの満足感はなかった。