●=引用
●全力で走っているプレーヤーBに対してパスを出す際、(略)当然のことながら、プレーヤーBにパスを送ろうと思えば、プレーヤーAはBの動きを「先に読んで」、いまBがいないどこかにパスを出す必要があります。このような「小学生にもわかること」が、実際に理解されていないように見えるのが実際の社会やビジネスの世界です。(略)「いま売れているもの」から直接的に発想する人がほとんどと言ってよいのではないでしょうか。(略)しかしながら、同じ発想を新規事業やイノベーションのように、長期的なスパンで考えるものに当てはめるには無理があることに気づいている人は、意外に少数派です。近距離に見えるものから判断することは、「過去のデータを論理的に分析して予想する」ことです。それは、過去と現在を反映するものではあっても、その後どうなるかはいくら過去のデータを分析したところで完全に予想することは不可能です。
●先の「言うことがコロコロ変わる」を例にとって説明しましょう。(略)ところがこのような「個別具体の話」には、必ずその「背景や意図」となることがあります。先に解説した手段と目的の関係を思い出してもらえばわかると思いますが、ここでの「個々の発言」とその「背景や意図」との関係は、まさに先の「手段と目的」の関係とほとんど同じ構図であると言ってもよいでしょう。例えば「言うことがコロコロ変わるように見える人」の仕事に対するポリシーが、「常にその時点での最新情報に基づいてベストの判断をすること」だったとしたらどうでしょう。まさにポリシー(という抽象度の高い方針)に1ミリのブレがないがゆえに、具体的な指示がコロコロ変わってくることになるのです。つまり、具体レベルと抽象レベルというのは矛盾することがあり、それがコミュニケーションギャップの根本的な発生理由になっているというわけです。
●人は往々にして自分が見えている範囲が全体だと勝手に思い込み、それを無意識的に相手と同じ前提条件のもとに考えているのだと誤解しています。これが部分を全体だと思ってしまうバイアスです。いかに頻繁に起こり、私たちの争いの根本的な要因になっているかがおわかりいただけたのではないかと思います。
●つまり、無知の知というのは、自分に対して客観的視点をもって気づきを得ているという状態です。(略)「見えないもの」を意識するために本書で目指すのは、まさにそのような人を見て批判したり笑ったりすることではなく(これがまさに「無知の無知」の状態なので)、ここから「人の振り見て我が振り直せ」と、自らの気づきに変えることで「無知の知」の境地にいたることです(このために、第6章でお話しした自分と他人の非対称バイアスを自覚する必要が出てきます)。
●そして第3の輪というのが「心の声」です。よく「潜在ニーズ」と言われるものがこれです。要は、顧客が口にして言っていないが、潜在的に思っていることです。新聞発のヒット商品や新たなイノベーションと言われるような製品というのは、このような潜在的な顧客ニーズに応えたものが多いのです。例えばスマートフォンが出てくる前の「ガラケーの時代」に「スマホが欲しい」と言った顧客はいないし、ポケモンGOが出てくる前にポケモンGOが欲しいと言った人はいないのです(これらの事例はまさに製品やサービスにおける新しい次元=変数を見出した例と言ってよいでしょう)。ところが、世の多くの人は第2の輪までしか見えていないために、顧客が直接口に出して言っていることやクレームに対応するだけという形で顧客の声に踊らされ、改善型の商品や「いまある変数の最適値」しか思いつかない人がほとんどなのです。ここでも「無知の知」を実践している人は、「実際には顧客が口にしていないが、『あったら便利だ』と思えるものが必ずその外側にあるはずだ」という認識を常に持っているために、目に見える(耳で聞こえる)顧客の声というのは顧客の要望の「ほんの一部である」ことがわかっているのです。
●ところが実際には、顧客になることを想定していなかった顧客というのだってありうるはずです。例えば女性用の化粧品を実は男性が買っているかもしれないとか、子供向けのやさしい解説書を実は大人が読むかもしれないといったことです。(略)そもそもこのような「顧客」は最初から想定することはできないのですが、それでも「想定外の顧客がいるかもしれない」と③の領域を頭に入れながら商品開発をしたり売上データを分析することで、新たなニーズをつかまえることが可能になるというのが「無知の知」的な発想です。
●正誤の価値観を使いたくなった時(自分は正しくて他の人は間違っていると言いたくなった時)は徹底的にその価値観を疑ってみること、そこに上位の次元への道が広がっているのではないかということです。
「遅いインターネット」、「メタ認知」参照。