野地秩嘉のレビュー一覧
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購入した本。業界研究のため購入。
岡藤新社長になって、初めて行った改革が地下鉄出口と会社入り口の間に屋根を設置することだった。細かいことの積み重ねが社員を前向きにし、業績を飛躍的に高めた。
伊藤忠発祥の近江地方では識字率が高かった。結果として、偉大な商人を生んだ。
伊藤忠兵衛の座右の銘は「商売は菩薩の業」
倫理的かつ内省的に商売をすることを従業員員に求めた。
戦後、公職追放で政治家や経営者から明治時代生まれがいなくなり、30代、40代が中心になった。それが戦後日本の躍進につながった。
人生は運、根、鈍というが、「運と横着」が経営者にとっては必要。人格者では務まらない。
伊藤忠パーソンに必要なのは、「イニシアチブを取れる商品を見つける能力」イニシアチブとは同業他社が踏み込んでこない領域に陣地を築くこと。
経営とは「社員が自発的に考えること、自発的に動くこと。そのために環境を整えることが大事」
戦地から戻って来た人の特徴として、ビジネスを通して日本を復興させ、世界一の国にするという気概があること。
日本アクセスは伊藤忠の関連会社。
商社の仕事は組み合わせでマーケットインが求められる。 -
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ネタバレ映画があるとは知らなかった。
柳井さん、孫さんの対話が面白かったので
メモ。
社長の指示した通りに社員が実行するような会社は間違いなく潰れる。
現場社員は本質的になにを指示しているのか理解しておく。それを現場判断で組み替える。
何度でも孫正義の人生を歩みたい
こんなこと言えるだろうか。
be daring be first
勇気を持って、誰よりも先に。
幸せを手に入れるためには、失敗やリスクを越えていかなければならない。机の上に置かれたロープの親はたっても、それは決して得られない。リスクのない所には成功をなくしたがって幸福もないのだ。我々が進歩するためには、個人でもチームでもパイオニア、精神で全身するしかない企業システムの中にあるリスクを取らなければ、これが経済的自由への唯一の道の他に道は無い。
働くこと、働かされることを楽しまなければならない。
24時間仕事を考えて暮らしているのが経営者の実情じゃないかな。
店は、客のために有天気、共に栄える天使と共に滅ぶ店は、曲のためにあると言う部分はよく知られている。しかし、それだけじゃ足りない客を大切にして、咽頭心を合わせれば店大きくなる。しかし、私が英語を持ち出して店を私物化した途端に滅びてしまう。家族役員に入れたり、社員を見子近いのように使って友達と一緒に働いたり。
ガッツとそれを持続させる力が、我々のレストラン成功するために必要な常識を持ち、目標に向かっていくつよい信念とハードワークを愛する人物なら誰でもできるのだ、
本質を見抜く力や親の経営能力はどうやって身に付けるか。経営に携わっていない時点から経営者の意識を持って仕事をすることそれだけです。経営とは自分の仕事や会社の事業が顧客に何をもたらしているのかを考えることです。傾斜の視点で自分なりの判断を下していくことが訓練になります。 -
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■井上準之助の二代忠兵衛への言葉
「君の人物評定は大体正しい。その半面、感情が非常にきつい。感激性が強いのと、正義を愛する精神から少しでも曲がったやつを排し、人格者を重用したがる性格がよく見える。しかし、それはどうかな。能力と人格が並行する人もあるが、そうでない場合もままある。ことに君のような古い家では老番頭のなかには『命をかけて』などという人もいるはずだ。それはまことに迷惑な話だ。一方的な見方で物事を処理してはいけない。俺が君に言いたいのは、人格者ばかり使ってはいけないということだ」
■三代社長越後の座右の銘
面白いことに彼の座右の銘もまた、二代忠兵衛が感心した井上準之助の言葉だった。
「翁には、若い頃からいろいろと教えられたが、事業経営の話の中に、経営にとって、人格者ほど危ないものはないというのがあった。これは翁がまだ若い時、のちに蔵相になって金解禁をやった井上準之助氏から、在米中に教えてもらった言葉だと聞いたが、聖人君子というだけでは経営は難しい。信用はできても、経営の才能は別だから、それを混同しないようにということだが、大変味のある教訓だと思う。事実私の知る限りでも、どうかと思う行き方で、うまく成功している人が多くある。それなりの手腕と努力はわかるが、そこに厚かましさというか、並々ならぬ神経の太さがある。人生は運、根、鈍というが、あるいは運と横着だといえるのではなかろうか」(前掲「私の履歴書」)
すべての油田から石油が出るわけではないが、成功したら、石油を輸入するだけのトレーディングよも収入は増える。資源における事業投資が他のジャンルにも移っていったと考えるのが順当ではないか。
■CTC元社長佐武の言葉
「秘訣はある。3つだ。わたしはビジネスにおいて、3つ順番通りに大切にしてきた。グッドカスタマー。グッドプロダクト。グッドセールス」
■岡藤の改革
社長に就任した人物が新たな施策をぶち上げるとすれば、まずは営業計画だろう。そして業績を上げるための督励だ。開発中の商品を発表したり、新興国への進出をアナウンスしたりするのが通例だ。
ところが、岡藤は「売り上げを倍にしよう」とか「新商品を探してこい」と言ったわけではなかった。「会議と資料を減らそう」「朝早く来よう」「遅くまで酒を飲むな」といった地味な社内改革からスタートした。社員のモチベーションを上げることを最優先にしたのである。
続いて手掛けた施策も社員のモチベーションアップに関わることだった。給与制度を改革して、社員の給料を上げた。
それまで伊藤忠の給与制度は「個人の成果」と所属する「組織の単年度の業績」に基づいていた。だが、岡藤が詳しく分析してみると、個人の成果よりも組織の業績に比重がかかっていたのである。
たとえば資源エネルギー分野では、個人の努力ではなく、資源価格の変動によって給与が決定してし まうことになる。
そして、資源エネルギーの場合、組織の業績は、必ずしも単年度の成果とはいえない。過去に先輩たちがガス田に投資していたのが、ある年になってから一気に業績に反映されるといったケースもあるからだ。
「過度に組織の業績を重んじるのはフェアな考課ではない」
岡藤はそう考えた。業績の良い部門の人間だけがモチベーションや愛社精神を持つのではなく、社員全員が機嫌よく毎日、働こうとする会社にしなければならない。人事制度、給与制度を変えるに当たっては綿密に調べて、新しく規定し直した。
伊藤忠は「か・け・ふ」について、「稼ぐ」は商人の本能、「削る」は商人の基本、「防ぐ」は商人の肝と説明している。
「稼ぐ」は誰でもわかる。営業してもうけるけることだ。
では、「削る」「防ぐ」とは何だろうか。そして、「削る」と「防ぐ」の違いはどこにあるのだろうか。
前出の鉢村は二つの違いをこう説明する。
「『削る』は無駄を省くこと、『防ぐ』は不測の事態になっても大丈夫なように日頃から仕事をチェックすること。当社は削るよりも防ぐことに力を入れています」 -
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職人や作家、芸術家などは歴史に名を残すが、サービス業におけるプロフェッショナルは中々に少ない。
しかし、人間が存在する限り、サービスの職人とも呼べる達人たちが存在する。
そんな斯界に名を馳せる九人の達人たちのノンフィクション。
明治や大正期から続く生業もあれば、時代の隆盛と共に消えたものもある。
2023年現在では、多くの仕事がAIに取って代わられている。また、かつては安い労働力をアジア諸国に求めていたが、今では日本の労働力が安くなり買われてる状態。
本作に登場する達人たちは替えが効かない存在だ。
それでも、どこか殿上人ではなく、彼らの存在が庶民の延長に感じられるのは人との繋がりを持つサービス業ゆえなのだろうか。 -
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太平洋クラブという一世を風靡したゴルフクラブは、バブル崩壊後の財務状況の悪化や、経営努力の不足により会社更生法の適用を受け、パチンコで有名なマルハンのスポンサーにより再建の道を目指した。
これまでゴルフクラブの再生といえば、アコーディアのように低価格、高稼働なゴルフ場にすることであったが、太平洋クラブでは高級路線のまま再生を図り、見事成功した。
そこにはパチンコ業界にありながら、施設型アミューズメント事業と自らを位置づけ、マルハンイズムを作り出すことでパチンコ業界のトップにのしあがったマルハンの経営手法に秘密があった。
こうした今まであまり描かれることのなかった世界がまとまっており、内容としてはとても面白かった。惜しむらくは、リクルートの会長やYouTuberなど、あまり本編とは関係のないインタビューが末尾にあり、蛇足感があった。 -
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【298冊目】きっと警察庁長官の思い出なんて面白いことはたくさんあるんだろうけど、どうにも消化不良は否めない。職責上、詳細に語ることはできないということなのだろうか。筆者が書きたいことに、警察庁長官経験者の語りをくっつけただけのように思えて、宝の持ち腐れ感。
筆者が、公安調査庁、出入国在留管理庁、厚労省麻薬取締部を警察と一緒にしてしまえという議論を展開するのも、雑な印象を拭えない。結論においては完全同意だけれど、その議論の道筋があまりにも粗く、オヤジの居酒屋談義の域を出ない。新書の限界か。
以前読んだ本との関係では、田中節夫長官(当時)が最も辛かった出来事として、カンボジアPKOに派遣された髙田警視の殉職をあげておられることが、マッチョな巨大組織を統率するトップとしての情を感じさせるインタビューとして印象に残った。 -
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「私は52歳だった。ビジネスに身体を酷使し、糖尿病と関節炎を患い、胆嚢のすべてと甲状腺の大半を失っていた。だが、生涯で最高のビジネスが私の行く先に待ち受けていると信じて疑わなかった。私は未熟で、成長の途中にあり、空を飛行しているような心持ちで人生を歩んでいた。」
このフレーズを読んだだけでも、ゾクゾクする。ミルクセーキのマルチミキサーのセールスだった52歳の男が、地方にある得意先のハンバーガーショップを訪れた時に、その将来性を見出して、飲食業の経験もないくせに、自分がチェーン展開すると決断したときの心境を、そう語っているのだ。頭、おかしい。でも、彼こそがマクドナルドの創業者なのだ。