野地秩嘉のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
日本にはありあとあらゆるサービスで溢れている。意識されることはないけれど、そうしたサービス業に従事する人たちの働きで私たちの生活は豊かなものになっている。飲食業だけでなく、医者、弁護士、政治家もサービス業だ。大学の先生、洋服屋さん、タクシーの運転手さん、新聞、映画、遊園地、演劇、音楽ライブ、周りを見渡せばサービスだらけだ。そしてサービスにかかわる人間は己の技術を日々精進し向上させなければならない。そうしないと生き残っていけないからだ。そうした中で、人々から圧倒的な支持を受ける達人たちが存在する。彼もしくは彼女達は、人がやらないところにも、気づかないようなところまでも気を配る。昔からの箴言にあるように神は細部に宿るのだ。そして、ポイントを突いた、ただの努力ではない圧倒的な努力の末にその基盤が築かれているのだ。
-
Posted by ブクログ
ネタバレプロフェッショナルとは素人以上の知識・技術を持ち、その知識・技術を活かしてお金をいただく。
それがプロフェッショナルだと思っていた。
もちろん高い知識・技術を持つこともプロフェッショナルであるが、それ以外にもう一つ大事なモノがあることをこの本は教えてくれた。
この本では冒頭でサービスを2のタイプにわけている
”
Aタイプ:
外資系高級ホテルのスタッフ。レストランで客が薬の袋を出したら何も言わずに水を持ってくる。マスコミにも取り上げられやすいホスピタリティの効いたサービス
Bタイプ:
小さなラーメンやでお母さんの手伝いをしている女の子。お母さんが作ったラーメンを一生懸命こぼすまいと運んでいる
Aの人間が持っているのは圧倒的な接客技術だ。
Bの女の子が持っているのは、一生懸命さ、健気さという情緒的なサービスである。
”
Bタイプを疎かにしていないだろうか?
内容は各業界のプロフェッショナル7人を取材したものである。
ホテルのドアマン、カレー屋ココイチの秘書、似顔絵捜査官、ご当地ヒーローの興行をしている人、クリーニング屋、焼き鳥屋、置き薬の販売員が登場してくる
本の内容としては、各プロフェッショナルに対し、淡々と取材したもの。
人によって、共感できるプロフェッショナルは変わってくるだろうが、どのプロフェッショナルも共通していえるのが、AもBも持っているということ。
プロフェッショナルの意識を再確認させてくれた本でした。 -
Posted by ブクログ
基本的に著者は15人の一流人達に苦しかった修業時代、そしてその修業時代を脱したと自覚したのはいつだったのかを明らかにするという前提でインタビューを進めたのであろうが、あとがきにもあるように一流の人たちにとって「修業時代はある意味終わらない。終わったと思った時点で成長が止まる。」と思っている人がほとんどだという結論になった。
とはいうものの、クレージーケンバンド横山剣氏いうところの若さゆえの「妄想と勘違いの日々」における修行と、仕事が円熟味を増し世間からも評価されるポジションになってからの修行とは、やはり別物だ。本書は主に前者の若い時代の苦労について多く書かれているが、いくつか琴線に触れたフレーズを挙げる。
日本画家 千住博氏
「世に出るとは,打たれても打たれても舞台に立ち続けること。厳しい批評にさらされても、描くことを放棄せず、じっと耐えて、また絵に向かい合う。」
クレイジーケンバンド 横山剣氏
「結局、僕の修業時代っていうのは妄想と勘違いの日々だと思うんです。」
「人間、どうせいつかは死にます。どんどん妄想して、勘違いして、やれるうちに何でもやった方がいい。」
エルメス役員 斉藤峰明氏
「アイデンティティとは自分一人の頭の中で見つけようとしても難しいところがあります。社会との結びつきの中でだんだんわかってくるのではないでしょうか。そして、それをつかみかけた頃が私にとって,修業時代の終わりだったと思います。」
思うに、今オレって修行時代だな。と自覚できるのは真の修行ではないのだと思う。振り返ってみて,自己の現在地を確認した上で、思うにあのときのあれは修行だったんではないかと振り返るものなのだと思う。
それにしても振り返ってみて自分の修行が足りないなぁ。やはり一流にならないとあれが修行だったっていえないからだろうなぁ。一生修行時代を語れない可能性もなくもない。うーん、なんとかせねば。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
できる限り短く。
本当にやりたいことを書く。
その一点に思いを込める。
[ 目次 ]
第1章 現場から生まれた一行
第2章 ヒット商品の一行
第3章 組織を動かす一行
第4章 人生を書いた一行
第5章 ブランドを創る一行
終章 映像が浮かぶ一行
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ニューヨークの旅行に行った時、MOMAやメトロポリタン美術館などの本場の芸術に感動して、美術に関する知識が欲しくて思わず手に取った一冊。ピカソの絵があんなにたくさんあったのは、生涯に3万点もの作品を残したからなんだね。すごい情熱。良い美術館は照明や壁の色が違う。ゴッホは生活費を削って最高の絵の具を使ったから、今でもその色彩は色褪せていない。中世の作品に細部までこだわったものが多いのは、絵画は絶対普遍の「神との対話」だったから。モネにとっては、絵画は五感で感じるもので、印象派というものは、記者が「実体も存在感も何も書いていないじゃないか。あんなものはただの印象だ。」と皮肉をこめて投げつけた言葉だった。ルノアールは、大戦の影が差し込む当時のヨーロッパをまるで飲み込むような、豊かで甘い絵を書く、偉大な画家である。耳を見れば、1流かどうかがわかる。ポップアートは、コミックや広告のようにマスメディアによって大量生産された商品を自然の一部として扱うことが特徴である。アンディ・ウォーホルは、メディアのように繰り返し伝えられればそれがいつの間にか当たり前の風景になっていく、そして麻痺感覚が生まれる、意味を失った虚像だけが溢れていく、それが情報社会の欠点だと伝えているようだ。ポロックはドリップという手法で絵の具を「垂らした」のではなく、「描いた」のだ。ポロックは画面にのめりこんでいるうちに、筆の制限、限界、リミット苛立ち始めていた。インディアン美術から影響を受けた彼にとって絵は崇高なもので、重力との共同作業としての大地と対話をしていたのだろう。