多和田葉子のレビュー一覧
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ネタバレプロ向けの小説という印象の作品。
視点は面白いし、価値観を揺さぶってくる感じも悪くないが、読み終わった後の満足感はあまりない。
読んでも読まなくてもよかったなという感じ。
ペルソナ
ペルソナとは能面のことらしい。
人種や国民性についてステレオタイプな価値観を持つ人々がたくさん登場する。日本人は能面のように表情がなく感情が読めないと言われる。
道子が混乱して街を歩き回るところはカフカを想起させた。
犬婿入り
犬がお姫様の尻をなめるという「犬婿入り」という民話は本当にあるのかどうか。その話をした北村みつこの家に、何やら犬っぽい太郎という男が住み着いて犬っぽいことをする。 -
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これはかなり読み手を選びそうな感じがした。各章は主人公の生活と女優カトリーヌ・ドヌーブが出演している映画の話が出てくるが、最終章はそういった描写はなく、映画の登場人物の名前(ダンサー・イン・ザ・ダーク)から始まるから、現実のお話なのか映画のお話なのか全くわからない(知っている人だけが気づける?)。おそらくそれを狙って書いているんだろうけども。
じゃあ予備知識なしだと何も楽しめないのかというとそうでもないと思う。それは『旅する裸の眼』は社会主義国家のベトナムからドイツやパリを移動し、時代の移り変わりによって変わった価値観(ベルリンの壁崩壊やパスポートなしで移動できるようになった欧州など)を主人 -
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芥川賞受賞作『犬婿入り』と芥川賞候補作「ペルソナ」の2篇。
「ペルソナ」の方が個人的には好きです。作者が体験したかもしれない様々な出来事・観点みたいなものが出てくるのだけど、ドイツから見たアジアというくくりだったり、そのアジアの中でも日本が他のアジアの国々の人をどう思っているかだったり。同じアジア、もっと広く見れば同じ人間であるのに境界があるかのような(いわゆる差別的なもの)お話が興味深かった。最後は主人公が仮面(ペルソナ?)をかぶり街を練り歩くときドイツの誰も彼もが主人公を日本人として捉えなかったというのは分かりやすいオチっぽく感じるけど、好き。 -
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『ペルソナ(能面)』
ドイツに住む日本人である姉弟の物語。日本人である主人公は、東アジア人と一括りにされ、ドイツ人に偏見の目で見られる。いくら活躍しても日本人というだけで、婉曲的にであるが、侮蔑的な屈辱を味わったイチロー選手やダルビッシュ選手を思い出す。主人公は他者が日本人に期待する能面を被って街へ出る。その時やっと自分自身が自由な感覚を取り戻す。強い言葉を持った一人の人間として。
『犬婿入り』
「異類婚姻譚」(人間以外の存在と 人間とが結婚する説話の総称)をベースに書かれている。ありえない話なのに、あれ?これ、もしかしたら犬が入ってる人間?それが信じられないくらいリアリティをもって物語が -
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「ペルソナ」
日本に生まれて日本で生活し、日本語で育ち日本語で生活していては感じることが難しい感覚を味あわせてくれます。ドイツの都市で留学生として生活する主人公の道子の視点で、ドイツでの文化的差異における差別や、日本を離れて自国の文化や言葉とのつながりが途絶えている状態の内面が描かれていると思いました。
不安感や焦燥感を感じながら落ち着かない気持ちで読んでいました。
「犬婿入り」
犬婿入りの話は昔話として日本だけではなく、アジアのいろいろな地域でいろいろな形で広がっているそうで、そういった話をモチーフに作者独自の話が紡がれていきます。
多摩川べりの町の学習塾の先生みつこと犬男との奇妙な生活は -
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純文学作家の発想
ひとつづつ評していく。
川上弘美。未来SF。
発想が陳腐だと思ふ。書きたいことを意識的に書いてはゐるが、予定調和的で凡庸から突き抜けない。
人間由来の人間を工場で作らず、多様な動物由来の人間どうしが結婚し合ふ未来観(近親交配によるホモ接合型を減らすためだらう)。そこでの恋愛。
厳密にいへば、人間と他種ではゲノムの相補性が少ないからありえない。遺伝子組換かもしれない。まあそこは目をつむることにしても妙だ。
未来でも入籍といふ制度は残ってゐる。人間に本能の性欲が残ってゐるんだらうけど。結婚しない人や、核家族がどうなったかも書いてない。
妙にSFが現実路線のわりには -
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「男の顔には、怒りの予兆のエラが立っている。プラットホームで化粧するな、とその顔に書いてある。」
冒頭のこのセリフは「令和」の「若い男性」である私には2重の意味で新鮮である。ナンパ、キャッチ、ぶつかり、これらは私に無縁のものだ。何なら、ティッシュ配りのバイトさんや道に迷った人もなかなか私をターゲットにはしない。少なくとも私なら、私は選ばないだろう。そんな人生を歩んできたので、女性のこういう体験は新鮮に映る。それに加えて、本小説は2002年に出版されている。まだ物心ついて間もない、私が知らない時代の話である。この頃はまだ、都会の他人同士が少なくとも今よりは関わり合っていた時代、というと大袈裟なの