多和田葉子のレビュー一覧
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多和田作品を読むのはこれで3作品目。ドイツで暮らし日本語で綴る作家らしく、軽やかで不可思議で面白味をたたえた作品集です。4編収録。 ベルリンの日本人マモル、ニューヨークのドイツ人マンフレッド、東京のアメリカ人マイケルが過ごす3人3様のとある一日の様子を切り取り「時差」を描きながら同時に、恋愛に対する温度差、片思いをも含みを持たせて描いているところが興味深い「時差」、視野人物の思考をありのままに忠実に描いて、ヘンといえばヘンだけど、不思議な面白味がある「U.S.+S.R. 極東欧のサウナ」、まさに「海に名前を落としてしまった」私が、名前を取り戻そうとする表題作の“私のポケットに突っ込まれたままのレシートが、名前を忘れてしまった私の唯一のアイデンティティ”で“私がレシートに変換されてしまう哀しみと滑稽さ”が、なんともいえない味わいがあるところが好き。 今年は多和田葉子作品を積極的に読んでいくつもり。
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政治腐敗や環境汚染、高齢化など、行き過ぎた日本への痛烈な風刺。そこに「鎖国」という設定により、他国の情報が得られないことによる不安感も加わる。ディストピア小説である。
あまり楽しんで読める話でもないし、主人公の老人や少年にもあまり感情移入できなかったのだが、言葉遊びから生じる文章のナンセンスな面白さはあった。
表題作『献灯使』がページ数の半分以上を占めているが、他に4本の短編を含む。物語としては独立しているのだが、いずれも同じ世界を(時代をずらして)描いているようにもみえる。さらに言えば、同著者の『地球にちりばめられて』シリーズ3作に登場する「世界から忘れられた国」もそうなのかもしれない。 -
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ネタバレ『研修生』を読んで、異国の地で生活することの難しさと、新しい環境に身を置くことで自分自身が変わっていくことについて考えました。主人公はドイツで研修生として働きながら、仕事や言葉、文化の違いに戸惑い、さまざまな人と出会います。その日常が淡々と描かれているからこそ、異なる文化の中で生活する不安や孤独、そして人とのつながりの大切さが伝わってきました。
特に印象に残ったのは、海外での経験を通して、主人公が少しずつ自分の未来や「自分が本当にやりたいこと」を考えていくところです。大きな出来事が次々に起こる物語ではありませんが、何気ない日常の中にも、自分の生き方を変えるきっかけがあるのだと感じました。
この作品を読んで、知らない環境に飛び込むことは不安なことでもありますが、そこでの経験や人との出会いが、自分の新しい可能性につながるのだと思いました。私もこれから、普段とは違う環境や考え方に触れる機会があれば、怖がらずに挑戦してみたいです。 -
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ネタバレ◼️多和田葉子「太陽諸島」
三部作の完結船旅編。って完結してまう?続編をぜひ〜涙
「地球にちりばめられて」「星に仄めかされて」に続くHiruko主人公もの。前作でついにSusanooが意外な本性を表し、Hirukoらと故郷への船旅に出る、という本編最大の謎へと向かう未来への期待を残した。一緒に旅するのはデンマークに留学中の言語学者の卵クヌート、女性へ性の引越し中のインド人アカッシュ、グリーンランドのエスキモー出身ナヌーク、ナヌークに思いを寄せるドイツ人女性ノラといったにぎやかで出自も言語もさまざまな仲間たち。
途中で、これは行き着かないな、と思った。船はバルト海を突き当たりのサンテトペテルブルクへ向かう。Hirukoは陸路で行こうとするが、ロシアのビザを持っておらず不可能、スエズ運河も通れず、アフリカを回る航路で行こうにも危険がつきまとうという。この世界は留学中に故国が消滅してしまったり、戦争中であることを匂わせたりといった特殊な世界のようだ。
これまでと同じように視点が変わるモノローグの章が連なる。意外な?必然的な?恋の進展もある。けども、歴史や国家間の関係を論じたり、英語、ドイツ語、Hirukoが作ったスカンジナビアの共通語パンスカで噛み合うような合わないような会話が交わされる。
Susanooはその名のごとく傲岸で荒い。Hirukoに対してもなにかと、昭和風オッサン的態度の言葉でつっかかり母語の福井弁と新潟弁でやり合うシーンもあって楽しい。
最近映画「急に具合が悪くなる」を観た。その中でカンヌの最優秀女優賞を取った2人の主演、過去早稲田に留学し日本語が堪能なヴィルジニー・エフィラがフランス語で問い、フランスで活動している演出家の岡本多緒が日本語で答える、というやりとりを思い出した。多言語、言葉そのものへの興味と、国情、自分を作ってきた過去、旅の情景など、ある意味突飛な部分もあり、独特なストーリー展開。
さらに物語の彩りがさまざま、過去の作家や絵のモデルにもなったブレヒトの元恋人、さらには江戸幕府と交渉したアメリカ領事ハリスに仕えミルクなどを調達した女性・唐人お吉まで時空を超えて登場する。
HirukoとSusanooの母国の名前はずっと出てこない。どうも東日本大震災や原発の影響はほの見えるが・・でそんな中、その巻の序盤、
「その時、波がふいにジャパンと音をたてて船体を洗った」
という一文に意表を衝かれ笑わせられる。解説にも「衝撃的かつ笑撃的な一行である」と。その通り。素晴らしい。さすがやるな多和田葉子。ネタバレでごめんなさいm(* _ _)m
それにしても、意味が深そうな遊びにしても、こう連なるとすこうし・・冗長かなと。で、著者的に謎は謎のまま、というのが意図であり、テーマとは違う、ということだと思うが、やっぱり、アジアまで行ってほしいなと。このパーティーそれが目的なんだし。ちょっと物語としていけずすぎる。
粘り強く続編を待つこととしたい。 -
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主人公の父が営む洋書店を媒介としてドイツの書籍取次会社の招きで研修生として冷戦で東西が分断された西ドイツの港町ハンブルグで過ごす半年余りの生活を描く。
1980年代のまだ日本はバブル景気前だが、就職もせず中途半端な身分のままドイツの書籍取次会社の多様なセクションで多様なドイツ人と仕事場でドイツ人の多様なキャラやドイツ特有な文化や生活習慣に触れる様子をスクエアな観察眼で見つめる。
主人公がレズ関係にあったマグダレーナを除いて、多くのドイツ人と交流するがあくまで観察の対象ないし時間つぶしとして付き合う様子を508頁付き合うのは些かしんどい。
それでも高等遊民な主人公がやがて文章を(小説を)書く内的衝動にまで至る道のりに達するまでにはそれだけのエピソードの積み重ねが必要だったのかもしれないなとも思った。
日本や日本人がヨーロッパで深く認知されていないこの時代に、日本女性の目線で多くのドイツ人女性の生活や考え方が描かれることも稀有な記録として面白いとも言えた。
ただ本書は自叙伝のようでもあり、特に事件やイベントに遭遇するわけでもなくメッセージ性があるわけでもない。
1980年代初頭の特に女性にとって閉鎖的な日本社会から脱出したいという一つの機会を将来にかけて生かしたサクセスストーリーと読み替えることもできるだろう。 -
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ネタバレ太陽諸島=日本だと思い
3作目はHirukoたちが日本の現状を知る話なのかと予想していた。
が、結局は曖昧な船旅から始まったように、
旅先さえも定まらないまま、Hirukoたちは世界をつなげる海に揺られて行った。
そもそも作中では日本という固有名詞は一度も出てきておらず、Hirukoたちの会話から推測するしかない。
目的はあるけれど、そこに辿り着けるわけじゃない。
その道程での各々の心境や感じ方を
一緒に楽しむ物語なのだろうと思った。
海外や異文化と聞くと
まるで見えない膜のような隔たりが存在しており、
私たちの日常とは交わらない遠くの話かのように感じられるが、当たり前のように自身の価値観を交換し合う彼らを見ていると他国の人も私も同じ人間、それだけでいいんだと思わせてくれる。
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多和田葉子さん初読です。ドイツに住みながら日本語・独語で小説を執筆し、国内外多くの文学賞を受賞する国際的に評価の高い作家さんです。本作は2014年刊行で、表題作(2018年全米図書賞)の中編+短編4篇を収録。
『献灯使』は、原発事故による環境汚染禍の日本をモチーフにしていることは明らかですが、歪な世界観や設定をはじめ、希望と危うさ・絶望が混在したような終末に困惑しながら、自分の解釈を確定しきれない印象をもちました。一方、多言語に精通する著者ならではの言葉へのこだわりは、国や言語の境界を軽々と越えている感がありました。
原発事故後、鎖国しディストピア化した日本。老人は超長寿、子供は虚弱で死亡率の高い世界に暮らす〈義郎〉とひ孫の〈無名〉。外来語の禁止、ネットも絶たれた閉塞社会から、無名が「遣唐使」ならぬ「献灯使」として国外へ渡る姿が描かれます。
なんとなく、本作が発表された当初以上に国際情勢も気象も少子高齢化も悪化し、とても幻想では済まされない不気味なリアルさが迫ってきます。〈無名〉の姿が犠牲ではなく希望であってほしいし、「献灯使」の命名も希望の表れと受け止めたいです。
他の4編も原発事故後の世界を背景としていますが、言葉遊び?で外国語翻訳は無理では?と思えるもの、『献灯使』の閉塞状況を補足するもの、人間が絶滅した後の動物たちの世界等、様々な視点から不穏な未来が描かれています。
文庫表紙の装画は堀江栞さん作品「凛然」。ダークで迫力あるハシビロコウの眼力に圧倒されます。痛みや悲しみを内包したような姿、じっと動かない辛抱強さが、妙に本作とマッチしている気がします。