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Posted by ブクログ
NHKラジオの語学講座(ドイツ語)で『多和田葉子を読む』というプログラ厶で多和田葉子さんに触れる。それまで作品のあらすじを読む限り、得意なジャンルじゃないかも…と読んでこなかった。
そんな時、自伝的な本書の存在を知り、読むことに。
登場する作者と思しき「わたし」は、名前が出てこない。ただ、世間に知られている範囲での著者プロフィールに合致するエピソードで進んでいく。
事実でも事実でなくても、80年代に想いを馳せました。ドイツには行ったこともないのに。
そして、みなさまの感想にもあるように、起伏なし、ドラマチックな展開なし、なのに、とてもページターナーな1冊でした。
バー「たまねぎ(ツヴィーベル)」のマスター、ウルリッヒ
奈良(!)のユースホステルで知り合ったマグダレーナ(かなりな長い友人になったと思われる)
この二人が、将来食道がんで亡くなることが、わりとはっきり示唆されている。
「わたし」も、当時喫煙者。今はどうなんだろう。
それから「わたし」の男女にこだわりのない視線が良かったです。人とつきあうのにこだわりがないというか。
職場では、ドイツとはいえ、いろいろありそうでしたが。
それから、ドイツに私立学校がなく、さらにお金持ちはいる…(たぶん家柄とがもある…)ということにも、なんとなくひっかかったり。
レーサーになりたかった社長が、魅力的でしたが(勝手にサイモン・ベイカーのイメージ)、実際にはどうだったのか…ビジュアルはともかく、実業家としては超一流で、猛スピードで運転しながらこなす仕事…ただの人ではない…
『わたし』のお父様も登場。そこは丸ごと事実かなー、と読みました。
80年代初め、生意気にも新聞で国際記事を読んでいました。とにかく外国に関わりたかった。そして、何か書く人にもなりたかった。その頃の気もちを思い出しました。
以来40年以上経つわけですが、外国にも、書く人にも、かすりもしないで生きてしまった…
そんな中、読むことだけは続けられていて、まだまだあきらめてしまわない…と思い直したりしました。
これから多和田さんの作品を読むかは、正直わかりません。でも、読書する多和田さん、言葉に独特の感性を持つ多和田さんには、触れていくように思います。
Posted by ブクログ
著者自身と思われる若い日本人女性が、西ドイツのハンブルクにある書籍取次会社で「研修生」として働く日常が淡々と描かれている。
大きな起伏も、回収すべき伏線も、ましてや劇的な結末もない滞在記(しかも500ページ超)なのに、なぜページを捲る手が止まらず、読み終わってしまうことをこんなに惜しむのか、よく理解できない。
ひとつあるとすれば、1980年代というインターネットもSNSもなかった時代に異国に身を置き、異なる言語、異なる文化にどっぷり浸かる体感や、それが及ぼす心身の変化がリアルに感じられるからかもしれない。
著者が病的に「小説を書きたい」と思い立つ場面はグッとくる。
Posted by ブクログ
500ページを越えるぶ厚い本を手に取り表紙をめくる。2段組みでないことに少し安堵の気持ちをおぼえ読み始めた。文章は平易な表現で、読みやすいリズム感がある。比喩の巧みさも含め、若いころに読んでいた開高健さんを思い出した。
主人公はドイツの出版取次会社に研修生として働き、公私を含めた日常を淡々と書き綴っていく。我々の生活に時間の区切りがないことと同様に、全編章立てもなく書き綴られる。淡々と、連綿と。
研修生として転々と業務が変わる様子、職場ごとの人間関係、帰宅すると現れる友人たちや家主さんたちとの関係。人間の内側を伺いながら同じような日常が繰り返し描写されていく。同じような日常の中で気づく小さな変化や感じたことが、言葉に置き換えられて表現され、読み手の心に共感が拡がる。改めて優れた表現とは優れた比喩であると感じさせられる。
著者は1960年生まれで、本作品の舞台は1980年代だ。時々物語の中で “当時は”と表現され、現在の著者の目線が入る。それは、『当時タバコとアルコールを摂りすぎると長じて食道がんになる可能性が高いことを、誰も教えてくれなかった』と60代を迎えた当時の友人らとの関係性が持続していることが表現されている。もちろん研修生として一時滞在の予定だった著者が、そのままドイツに住み続けている事実の隠喩でもある。
1964年生まれである読み手の僕は、本作と同年代の日本の空気感を知っており、著者が彼の地で感じたギャップを、多少なりとも理解しやすい年代だと思っている。終盤、労働組合の集会の描写もまた印象的だった。新鮮な異文化体験の中にいろいろな気づきがあり、良い読書体験だったと思う。
Posted by ブクログ
主人公の父が営む洋書店を媒介としてドイツの書籍取次会社の招きで研修生として冷戦で東西が分断された西ドイツの港町ハンブルグで過ごす半年余りの生活を描く。
1980年代のまだ日本はバブル景気前だが、就職もせず中途半端な身分のままドイツの書籍取次会社の多様なセクションで多様なドイツ人と仕事場でドイツ人の多様なキャラやドイツ特有な文化や生活習慣に触れる様子をスクエアな観察眼で見つめる。
主人公がレズ関係にあったマグダレーナを除いて、多くのドイツ人と交流するがあくまで観察の対象ないし時間つぶしとして付き合う様子を508頁付き合うのは些かしんどい。
それでも高等遊民な主人公がやがて文章を(小説を)書く内的衝動にまで至る道のりに達するまでにはそれだけのエピソードの積み重ねが必要だったのかもしれないなとも思った。
日本や日本人がヨーロッパで深く認知されていないこの時代に、日本女性の目線で多くのドイツ人女性の生活や考え方が描かれることも稀有な記録として面白いとも言えた。
ただ本書は自叙伝のようでもあり、特に事件やイベントに遭遇するわけでもなくメッセージ性があるわけでもない。
1980年代初頭の特に女性にとって閉鎖的な日本社会から脱出したいという一つの機会を将来にかけて生かしたサクセスストーリーと読み替えることもできるだろう。
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