加藤周一のレビュー一覧
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『日本文学史序説』を執筆したり、大百科事典の編集長を務めたりした知の巨人の回想録。
多くの知識人の自叙伝などを読んで思うことは、幼い頃から本に囲まれて育ち、
世界との距離という意識が根付いていることである。僕は小さい頃はあまり
本を読まなかったから、自分に決定的に損なわれているそのような感覚に
絶望しながらこの本を読んだが、一つだけ嬉しかったのは加藤が僕と同じ夢
を見ていたことである。
それは幼い頃に病床に伏す度に何度も見た夢の話であり、巨大な車輪に押しつぶされる
というものであった。僕も小さな頃から現在に至るまで(最も幼い頃のように
熱狂的に熱病に心酔することもないのだが)同じような夢を見ていた。
その夢の中で、僕は自分の吐いたゲロに押しつぶされそうになる。自分の吐いたゲロが
雪山を転がり落ちる雪玉のように段々と大きくなりながら、僕を追いかけ押しつぶすのだ。
僕はその夢が怖かったが、熱でうなされると何だかその夢が見たくなるものだった。
そのことに自分が自分であることの確認を求めていたのかもしれない。
まあ、今となっては覚えていないけれど。
様々な人と様々なことを話すけれど、このようなことはなかなか話すことは出来ない。
そんなことを知の巨人と語らえたのは、本のなせる凄い業であり、
これからも読書をしたいという気持ちになるのである。 -
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『ウズベック・クロアチア・ケララ紀行』(1959年年、岩波新書)のほか、『世界漫遊記』(1977年、講談社)に収録された文章をまとめています。
『ウズベック・クロアチア・ケララ紀行』は、著者が共産主義の国や地域をじっさいにたずねて、そこで見聞した社会のありかたを語った本です。ただし、ソヴィエト連邦を構成する共和国、ティトー以来ソ連から距離を置いて独自路線をあゆんできたユーゴスラヴィアの一国、そして世界ではじめて選挙によって共産主義の地域社会を実現した南インドのケララ州と、それぞれ異なる背景をもっています。
そうした事情の異なる国と地域をめぐることで、共産主義のじっさいのすがたを見ることが著者のねらいだったのだろうと思われます。ただし、著者は旅先でしばしば社会学的な関心にもとづく問題を提起し、それぞれの国と地域に暮らす人びとに質問を投げかけていますが、あくまで旅人としての印象記の範囲を出ることはなく、実証的な分析がなされているわけではありません。しかし、それだけにかえって、努めて冷徹なまなざしで事実をつかみとろうとする著者の姿勢が強く現われ出ているようにも感じます。
そのほかにとりあげられている国は、フランス、イタリア、オーストリア、ドイツ、メキシコ、インド、イギリスなどです。ヨーロッパの思想や文学、芸術に造詣の深い著者らしい洞察が随所に見られます。 -
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中国とアメリカの政治や社会について、著者自身が現地で見聞した事実をまじえつつ論じた文章をまとめています。
中国との関係について著者は、アメリカに「一辺倒」の立場にもとづく非友好的な態度を示してきた日本の外交姿勢を批判し、国際情勢を踏まえて中国との友好が日本にとって経済的な利益においても道義的な評価においても望ましいことを主張します。それにもかかわらず日本政府は、頭越しにアメリカが中国と関係を結んだことにとまどうばかりだったことを著者はとりあげて、政府と国民の目を醒まそうと努めています。また、文化大革命についてまだじゅうぶんな情報がもたらされず、また断片的な情報に接してはいても論者の政治的立場によって補足される部分が大きく、その全貌が見えてこないなかで、けっして「一辺倒」になることのないように心がけつつ議論を進めていることがうかがえます。
他方アメリカでは、ソヴィエト連邦との冷戦の緩和や、ヴェトナム戦争の終結や黒人差別問題などがとりあげられ、とくに若い世代の人びとの意識に変化が生じつつあることに、著者は注目しています。
著者は丸山眞男とともに、戦後民主主義を代表する思想家と目されており、政治的にはリベラルな立場をとっていたというイメージが強く、またそれが誤っているとは思いませんが、本巻の「あとがき」に「私はどこの国に対しても、むろん私自身の国を含め、殊に政府とその政策に対しては、批判をもつことが多い。またどこの国に対しても、殊にその国の文化を、評価しないということはない」とあるように、バランスのとれた見かたを守ろうと努めていることがうかがえます。ただ率直にいうと、国家のようなきわめて規模の大きな組織では、方針を決定するエージェントが複雑だということへの認識が甘いのではないかと感じるところもあります。 -
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中村真一郎、福永武彦との共著である『1946・文学的考察』に収められた論考や、『言葉と戦車を見すえて―加藤周一が考えつづけてきたこと』(2009年、ちくま学芸文庫)に収録されることになった、同時代の世界情勢に対する批評などを収録しています。
巻頭に置かれている「戦争と文学に関する断想」という論考は、第一高等学校寄宿寮の主催で発行されていた学生新聞に掲載されたもので、林達夫を思わせるイロニーと韜晦による戦争の批判をおこなっています。本巻に収録するにあたって付された「追記」で著者ははこの文章の未熟さを恥じて、「私はこの文章を「著作集」に収めるのに、大いに躊躇した」と述べていますが、それでも著者の早熟ぶりには舌を巻くほかありません。とはいうものの、著者と林ではそもそも資質がちがっており、後年の明晰な文章こそが著者の本領だということが、この文章によって図らずも示されていることもたしかです。
「新しき星菫派に就いて」は、荒正人らとの論争を引き起こしたことで知られる文章で、太平洋戦争中に現実から逃避して文学や芸術の世界に隠遁した人びとを厳しく批判しています。著者は、フランスの詩人たちによる、ナチスの侵攻に対するレジスタンスと引きくらべて、日本の文学者たちの態度を糾弾したものと思われますが、のちの著者が自覚的に標榜することになる「高みの見物」の意義と限界について、いまだじゅうぶんな認識をもちあわせていなかったようにも感じます。
後半に収録されているのは、政治情勢に対する時評的な性格の論考です。「言葉と戦車」は、ソヴィエト連邦がチェコスロヴァキアの民主化運動を弾圧した事件を受けて書かれた文章です。ここには、民衆の立場にたつことを、知識人として自覚的にえらびとった著者の態度がはっきりと示されており、たとえば吉本隆明などの思想家たちと著者の立場のちがいがうかがえるように思います。 -
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『雑種文化』(1956年、講談社)などに収録された論文をまとめています。
著者は、イギリスやフランスの文化が「純粋種」であるのに対して、日本文化を「雑種」と規定し、日本文化から西洋文化を取り除こうとする日本主義も、その反対に日本文化を完全に西洋化しようとする試みもけっして成功しないといいます。そのうえで、このことがはっきりと認識されていないことが、明治以降の日本の歩みに大きな影を落としていると主張します。
近代日本の外の世界に対する関心は、外部「から」学ぶという態度と、外部「に対して」対抗するという態度の二つに分裂しており、こうした分裂が日本の国際的状況の理解を妨げています。外国「に対して」自国を守るという考えは、国家間の関係を武力による権力政治の舞台とみなす考えかたに結びつきます。他方で、こうした貧しい現実主義が、それと対立する理想主義を魅力に乏しいものにしています。内村鑑三が殉教的精神に、夏目漱石が彼のいう「個人主義」に追い込まれていったのもそのせいだと著者はいいます。さらに、こうした観点から著者が一定の評価を与えているのが、大正デモクラシーの中心人物だった吉野作造です。彼は、国際的状況を歴史的に見わたしたうえで、そこに動議の役割の伸張を見いだそうとしました。
このほか、林達夫、森有正、内田義彦、竹内好にかんする解説的な性格の文章や、太平洋戦争への知識人の関与を批判的に考察した「戦争と知識人」という論考などが収録されています。 -
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近代日本文学にかんする著者の論考を収録しています。著者が深く関心を寄せているのは、森鴎外、永井荷風、木下杢太郎、石川淳です。なかでも鴎外と杢太郎については、医学を修めるとともに文学の世界でも注目される仕事をおこなったという点で著者と共通の背景をもっており、余人をもって代えがたい議論が見られるように思います。また、芥川龍之介と川端康成についても、やや批判的な視点をふくみつつ、ある程度突っ込んだ考察が展開されています。
鴎外にかんして著者は、留学と官僚主義との関係については中野重治から、晩年の史伝三部作を鴎外文学の到達点とする見かたは石川淳から学んだと述べています。前者から著者が受け継いだのは、医学はひとつであるという学問の普遍性と、近代国家の建設という明治以降の日本の課題をみずからの人生そのものとして鴎外がその人生を送ったという見かたです。他方、後者を踏まえつつ著者が論じているのは、そのような人生を送った鴎外が、「生き得たかもしれない人生」として自己の人生を語ったのが、史伝三部作にほかならないという理解でした。
荷風については、その「個性」に著者は目を向けています。著者は、アウグスティヌスが浄土真宗をえらばず、親鸞がキリスト教をえらばなかったのは、彼らの生きた時代状況の問題であり、アウグスティヌスがキリスト教をえらび、親鸞が浄土真宗をえらんだのは、彼らの「個性」だったという例をあげて、時代と個性が人間の選択にどのようにかかわるのかということを説明します。そのうえで、荷風が父とその背後に控える近代日本の国家の時代状況に対してみずからの個性を示す方法は、「批評」ではなく「反抗」だったといい、そうした態度が彼の生活を支えていた現実に対するフェティッシュなかかわりかたを可能にしたと論じています。
杢太郎は、東京大学医学部で皮膚科を講じており、著者は学生としてその教えを受けていました。本書では、そのときの思い出を振り返りつつ、杢太郎にとって医学と文学がそれぞれどのような意味をもっていたのかという問題領域を切り開いています。 -
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『日本文学史序説』の後半部分にあたる、元禄時代から戦後までを収録しています。
著者の議論の中心をなす枠組みは、仏教や儒教などの「外来イデオロギー」が、日本の「土着的世界観」によって変質を被った経緯を分析することであり、「文学」というかたちをとって表現された「思想」を解明することだといってよいでしょう。その意味で、月報の丸山眞男が指摘しているように、津田左右吉の『文学に現はれたる我が国民思想の研究』とかさなる問題をあつかっています。ただし、これも丸山が指摘しているように、津田の書が「文学」を題材として日本の「思想」を解明することをめざしたのに対し、本作は「思想」までそのうちにふくむような日本の「文学」の特質を解明することをめざしています。
しかし、おなじ月報において近世文学研究者の中村幸彦が批判しているように、上巻と比較して下巻における著者の考察は、やや散漫な印象をまぬかれがたいようにも感じられます。中村は、近世文学の研究が各ジャンルごとに分断されており、「横切りの名手」である著者をもってしても、そうした状況をくつがえすのは困難だったと見ているようです。まずは各ジャンルの研究において、著者が日本文学史の全体において試みたような「文学」として表現された「思想」を明らかにする努力がなされたうえで、それらを包括的に論じるような視座を築いていくことが求められているように感じます。
他方、近代の文学にかんしては、近世とは逆の問題が生じているように思われます。すなわち、西洋に由来する「思想」とその変容がかなり明確に把握できるがゆえに、かえって個々の作品のふくみもつ多様な魅力に著者の筆がおよんでいないという問題です。この点では、前田愛をはじめ近代文学の研究者たちによって、著者のような見かたを乗り越える研究上の進展がもたらされたことが認められてよいと考えます。 -
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著者の日本文学にかんする論考を収録しています。
本巻の「あとがき」で著者は、「『日本文学史序説』を総論とすれば、これは各論である」と述べています。『日本文学史序説』は著者の主著のひとつであり、古代から現代にいたるまでの日本文学史の全貌を解説しつつ、「文学」を通して日本文化のありかたにせまった本ですが、著者は「個別的な作家との出会いが先ずあって、その後に全体の見通しが来る」と語っており、個別的な作家や作品をあつかった本巻のほうが、著者独自の見かたが明瞭に現われているとみなすことができるように思います。
著者は、「日本文学の伝統には、二つの流れがあった」といいます。すなわち、外国から輸入された世界観もしくは価値の体系にもとづく作品の流れと、それとはまったく交渉のないところでかたちづくられた流れです。そして外国からの影響は、近代以前には中国から、近代以後は西洋からというかたちで、明確に区別されます。しかしそれにもかかわらず、外来のイデオロギーの影響のないところで滔々と流れつづけてきた、大衆の生活感情の表現があると著者は考えており、こうした枠組みのもとで日本文学史上のさまざまな作品や作家についての考察が展開されています。
具体的にとりあげられているのは、親鸞、一休、世阿弥、新井白石、富永仲基、石田梅岩などです。とくに仲基と梅岩をあつかった論考は、もともと海外の読者向けに英語で書かれた文章を日本語にあらためたもので、外来の仏教や儒教にくわえて、神道に対しても距離を置き、その思想史的な発展の法則を見ようとした仲基と、近世における庶民の生活に根ざした道徳を説いた梅岩の二人を、日本文学史における二つの極点に位置づけることで、著者の日本文学史の見かたを規定している大きな枠組みが浮き彫りにされています。新井白石の合理主義的な思考に光をあてた論考も、おなじ枠組みのもとで白石の思索が展開されていたことを明らかにしています。 -
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戦後の西洋文学を紹介するとともに、とくに政治と文学のテーマにかかわる諸問題について考察した文章などが収録されています。
著者は、戦争中に日本の詩人たちが自然を歌うことで「ファシズム」に加担していたのに対して、フランスの詩人たちが詩を通して「ファシズム」と戦っていたことに感銘を受け、そうした詩人たちの仕事を紹介しています。他方、日本の同盟国だったドイツの文学者については、批判的な観点からの考察がおこなわれます。「ゴットフリート・ベンと現代ドイツの「精神」」という論考では、詩人である彼が政治について深い理解をもちあわせていなかったことを認めつつ、自我から出発して民族の運命にたどり着いた彼と、不条理から出発して「反抗的人間」にたどり着いたカミュを対比することで、批判の視座を見いだそうと試みています。そのうえで著者が、「おどろくべき類似が、われわれ自身の思想の内側を示唆しているように思われる……」ということばでこの文章を締めくくっているのは、小林秀雄のような日本の文学者や批評家を念頭に置いているように思われます。
そのほか、サルトルにかんする論考も収録されています。現代の観点からやや引っかかりをおぼえるのは、サルトル=カミュ論争をめぐる著者の議論です。ソヴィエト連邦の強制収容所を批判しないサルトルの態度をカミュが批判したのに対して、著者はまず、マルクス主義への理論的な関心にとぼしいフランスにあって、サルトルがスターリニズムを生み出した基礎的な条件についての考察をおこなったことの意義を指摘します。さらに、ナチスに反対しながらハンガリーの社会主義政府を批判しないカール・バルトと、そうした態度に一貫性が欠けていると批判したブルンナーの対立をかさねて、主体的で行動的な立場にたっていたバルトとサルトルの擁護を試みています。しかし、やはり本巻に収録されているフォースター論において、愛の原理と寛容の原理を区別することの意義を論じていた著者が、なぜ主体的なサルトルの立場が愛の原理と同様に「公的な事柄については役に立たない」のではないかと省みようとしなかったのかという疑問がつきまといます。 -
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ネタバレ第4巻日本文学史序説上のあとがきにて
下巻のボリュームへの記載があり躊躇して
いたが、あとがきまで含めて582頁、
なんとか読み終えることができた。
それにしても、上下巻の重厚感!
まさしく日本文学史を網羅している。
どこぞで聞いたことがあるけれど
内容は知らない有名人物(および有名なんだ
ろうけれど歴史に疎い私が知らない人物)
が目白押し。たとえば新井白石。
”その文章は、一般に、人物の風態を述べず、
光景を描かず、会話を直接話法で導入せず、
素より心理の内面に立ち入らず、ただ特定の
状況における人物の言動のみを、ほとんど評価を
交えずに記録する。”とある。
伊達政宗の風貌の描写が素晴らしかった。
また、歴史の授業の中でなんとなく
聞いたことがあるような無いような話だが
”侍が戦っていた時に、「武士道」はなかった。
侍がもはや戦う必要がなくなってはじめて、
「武士道」は生まれたのである。”
このころは元禄時代であり、一般的に言う
町人文化の時代であるが、武士道に触れた
「葉隠」も心中物の「曾根崎心中」も
元禄文化という背景では根っこが同じというのが
面白い。また、この手の心中物は、いろいろな
バリエーションで多数書かれたものらしいが、
民衆の興味をひく定型を維持して展開して
いるところが、今でいうところの
「転生したら…」的なアニメと一緒なのかも
といぶかってみたりした。
松尾芭蕉についても一人旅をしながら俳句を
詠んだ風流爺さんなイメージだったのに
実はその当時でもそれなりに俳諧人として
成功していて、お弟子さんを伴い、地方のパトロン
宅を転々としながらの旅だったと知りびっくり。
本居宣長は名前くらいしか覚えていなかった
のだが、古事記から漢意を排して、大和心の根源
を突き止めるため復元を試みたそうだ。具体的には
古代日本語に近い仕方で読み下そうとした。
てにをはの用法、カナの清濁、助字の訓などに
検討を加えた、文献学だったとか。
そんな人とは知らなかった。歴史は深く知らないと
だめだね。
同様に福沢諭吉の文章は、彼が少年の時に学んで
意識的に捨てようとした漢学と、青年の時に
採用して意識的に自己同定しようとした洋学とを、
双方踏まえて成りえた文章だという。
そんな背景知らないから、福沢諭吉ー「学問ノススメ」
な発想しかないのが、私の知識の貧相さ。
終始、私にとっては難しい文学論だったけれど
終盤宮沢賢治の項目で、「春と修羅」「山羊の歌」
に掲載された詩が掲載されていた。
馴染みのある文体に少し緊張がほぐれる。
ただ、やはり上巻から一貫して
日本語および日本文学は美しい。
まだまだ私はその1%もシラナイ。
まだまだ読むべき古典がたくさんある。 -
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今なぜ文庫化?というのが本書を見ての最初の感想。
もっとも、江戸時代の思想家の本はほとんど読んだことがないので、中公バックス亡きいま、今回簡単に手に取れる形になって読む機会を作ってもらったことには感謝。
なるほど心学というのはこういうことを言っていたのかと、ある意味得心はいった。特に、江戸時代の士農工商の身分制度の下で、「商」の倫理・道徳とはいかに在るべきかを、自らの人生経験を基に、具体の例え話によって説いていくところは興味深かった。
その思想的意義の詳細については、加藤周一の詳しい解説があるので、納得するかどうかは別として、是非参照してもらいたい。 -
日本文化における時間と空間
- カート
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試し読み
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ネタバレ日本文化を「雑種」と定義づけたことで有名な加藤周一。この本では、日本文化における時間と空間に関して考察がなされていた。西洋との比較・具体的な文献(例えば、古今和歌集の引用)などが多く、説得力があった。
時間論の入門書として手に取るのも良いだろう。
直線上の時間という考え方(キリスト教的)と、円周上を循環する時間(仏教的・輪廻転生)という考え方など勉強になる。
また、日本の伝統としての空間に関する考察も興味深い。宗教的建築物や世俗的建築物に置いて、日本で縦の線を強調する建築ができたのは、第二次世界大戦以降だそうだ。それ以前は、水平の面に沿い地を這うような様式が一般的であった。また、舞台などでも地に沿う考え方があり、例えば日本舞踊は両足が同時に床を離れることはないという。
こんな所にも、知らず知らずのうちに日本人らしさというものが隠れているのだと思うと、興味深い。 -
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うわー。なかなか、頑張った。
1984年から始まる親近感で始めた、この一冊。
国際情勢、政治だけでなく、文学や芸術にも話が及んですごく壮大なことになっている。
ただ、筆者の持っている膨大な知識量にまったく及ばなくて、読み進めるのが大変でした。
でもなー、次の巻で2000年に到達するから、読みたい。。。
「個人の経験のなかには、その人にしかわからぬもの、他人には伝え難いものがあるだろう。同様に一世代の経験には、他の世代に伝え難い要素があり、一国民の経験には、その国民にしかわからぬ一面がある。そんなことは、はじめから明らかで、今さら強調するまでもない。その上で、しかも、個人間に、あるいは集団相互に、敢えて話を通じさせる工夫こそが、文化ではなかろうか。男のためにも、老人のためにも、日本人のためにも、私は書かない。私は、私の話題に関心をもち、日本語を解する老若男女の誰にでも向けて書くのである。」