加藤周一のレビュー一覧
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『日本文学史序説』を執筆したり、大百科事典の編集長を務めたりした知の巨人の回想録。
多くの知識人の自叙伝などを読んで思うことは、幼い頃から本に囲まれて育ち、
世界との距離という意識が根付いていることである。僕は小さい頃はあまり
本を読まなかったから、自分に決定的に損なわれているそのような感覚に
絶望しながらこの本を読んだが、一つだけ嬉しかったのは加藤が僕と同じ夢
を見ていたことである。
それは幼い頃に病床に伏す度に何度も見た夢の話であり、巨大な車輪に押しつぶされる
というものであった。僕も小さな頃から現在に至るまで(最も幼い頃のように
熱狂的に熱病に心酔することもないのだが)同じような夢を -
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『ウズベック・クロアチア・ケララ紀行』(1959年年、岩波新書)のほか、『世界漫遊記』(1977年、講談社)に収録された文章をまとめています。
『ウズベック・クロアチア・ケララ紀行』は、著者が共産主義の国や地域をじっさいにたずねて、そこで見聞した社会のありかたを語った本です。ただし、ソヴィエト連邦を構成する共和国、ティトー以来ソ連から距離を置いて独自路線をあゆんできたユーゴスラヴィアの一国、そして世界ではじめて選挙によって共産主義の地域社会を実現した南インドのケララ州と、それぞれ異なる背景をもっています。
そうした事情の異なる国と地域をめぐることで、共産主義のじっさいのすがたを見ることが著 -
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中国とアメリカの政治や社会について、著者自身が現地で見聞した事実をまじえつつ論じた文章をまとめています。
中国との関係について著者は、アメリカに「一辺倒」の立場にもとづく非友好的な態度を示してきた日本の外交姿勢を批判し、国際情勢を踏まえて中国との友好が日本にとって経済的な利益においても道義的な評価においても望ましいことを主張します。それにもかかわらず日本政府は、頭越しにアメリカが中国と関係を結んだことにとまどうばかりだったことを著者はとりあげて、政府と国民の目を醒まそうと努めています。また、文化大革命についてまだじゅうぶんな情報がもたらされず、また断片的な情報に接してはいても論者の政治的立場 -
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中村真一郎、福永武彦との共著である『1946・文学的考察』に収められた論考や、『言葉と戦車を見すえて―加藤周一が考えつづけてきたこと』(2009年、ちくま学芸文庫)に収録されることになった、同時代の世界情勢に対する批評などを収録しています。
巻頭に置かれている「戦争と文学に関する断想」という論考は、第一高等学校寄宿寮の主催で発行されていた学生新聞に掲載されたもので、林達夫を思わせるイロニーと韜晦による戦争の批判をおこなっています。本巻に収録するにあたって付された「追記」で著者ははこの文章の未熟さを恥じて、「私はこの文章を「著作集」に収めるのに、大いに躊躇した」と述べていますが、それでも著者の -
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『雑種文化』(1956年、講談社)などに収録された論文をまとめています。
著者は、イギリスやフランスの文化が「純粋種」であるのに対して、日本文化を「雑種」と規定し、日本文化から西洋文化を取り除こうとする日本主義も、その反対に日本文化を完全に西洋化しようとする試みもけっして成功しないといいます。そのうえで、このことがはっきりと認識されていないことが、明治以降の日本の歩みに大きな影を落としていると主張します。
近代日本の外の世界に対する関心は、外部「から」学ぶという態度と、外部「に対して」対抗するという態度の二つに分裂しており、こうした分裂が日本の国際的状況の理解を妨げています。外国「に対して -
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近代日本文学にかんする著者の論考を収録しています。著者が深く関心を寄せているのは、森鴎外、永井荷風、木下杢太郎、石川淳です。なかでも鴎外と杢太郎については、医学を修めるとともに文学の世界でも注目される仕事をおこなったという点で著者と共通の背景をもっており、余人をもって代えがたい議論が見られるように思います。また、芥川龍之介と川端康成についても、やや批判的な視点をふくみつつ、ある程度突っ込んだ考察が展開されています。
鴎外にかんして著者は、留学と官僚主義との関係については中野重治から、晩年の史伝三部作を鴎外文学の到達点とする見かたは石川淳から学んだと述べています。前者から著者が受け継いだのは、 -
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『日本文学史序説』の後半部分にあたる、元禄時代から戦後までを収録しています。
著者の議論の中心をなす枠組みは、仏教や儒教などの「外来イデオロギー」が、日本の「土着的世界観」によって変質を被った経緯を分析することであり、「文学」というかたちをとって表現された「思想」を解明することだといってよいでしょう。その意味で、月報の丸山眞男が指摘しているように、津田左右吉の『文学に現はれたる我が国民思想の研究』とかさなる問題をあつかっています。ただし、これも丸山が指摘しているように、津田の書が「文学」を題材として日本の「思想」を解明することをめざしたのに対し、本作は「思想」までそのうちにふくむような日本の -
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著者の日本文学にかんする論考を収録しています。
本巻の「あとがき」で著者は、「『日本文学史序説』を総論とすれば、これは各論である」と述べています。『日本文学史序説』は著者の主著のひとつであり、古代から現代にいたるまでの日本文学史の全貌を解説しつつ、「文学」を通して日本文化のありかたにせまった本ですが、著者は「個別的な作家との出会いが先ずあって、その後に全体の見通しが来る」と語っており、個別的な作家や作品をあつかった本巻のほうが、著者独自の見かたが明瞭に現われているとみなすことができるように思います。
著者は、「日本文学の伝統には、二つの流れがあった」といいます。すなわち、外国から輸入された -
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戦後の西洋文学を紹介するとともに、とくに政治と文学のテーマにかかわる諸問題について考察した文章などが収録されています。
著者は、戦争中に日本の詩人たちが自然を歌うことで「ファシズム」に加担していたのに対して、フランスの詩人たちが詩を通して「ファシズム」と戦っていたことに感銘を受け、そうした詩人たちの仕事を紹介しています。他方、日本の同盟国だったドイツの文学者については、批判的な観点からの考察がおこなわれます。「ゴットフリート・ベンと現代ドイツの「精神」」という論考では、詩人である彼が政治について深い理解をもちあわせていなかったことを認めつつ、自我から出発して民族の運命にたどり着いた彼と、不条 -
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ネタバレ第4巻日本文学史序説上のあとがきにて
下巻のボリュームへの記載があり躊躇して
いたが、あとがきまで含めて582頁、
なんとか読み終えることができた。
それにしても、上下巻の重厚感!
まさしく日本文学史を網羅している。
どこぞで聞いたことがあるけれど
内容は知らない有名人物(および有名なんだ
ろうけれど歴史に疎い私が知らない人物)
が目白押し。たとえば新井白石。
”その文章は、一般に、人物の風態を述べず、
光景を描かず、会話を直接話法で導入せず、
素より心理の内面に立ち入らず、ただ特定の
状況における人物の言動のみを、ほとんど評価を
交えずに記録する。”とある。
伊達政宗の風貌の描写が素晴ら -
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今なぜ文庫化?というのが本書を見ての最初の感想。
もっとも、江戸時代の思想家の本はほとんど読んだことがないので、中公バックス亡きいま、今回簡単に手に取れる形になって読む機会を作ってもらったことには感謝。
なるほど心学というのはこういうことを言っていたのかと、ある意味得心はいった。特に、江戸時代の士農工商の身分制度の下で、「商」の倫理・道徳とはいかに在るべきかを、自らの人生経験を基に、具体の例え話によって説いていくところは興味深かった。
その思想的意義の詳細については、加藤周一の詳しい解説があるので、納得するかどうかは別として、是非参照してもらいたい。 -
- カート
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試し読み
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ネタバレ日本文化を「雑種」と定義づけたことで有名な加藤周一。この本では、日本文化における時間と空間に関して考察がなされていた。西洋との比較・具体的な文献(例えば、古今和歌集の引用)などが多く、説得力があった。
時間論の入門書として手に取るのも良いだろう。
直線上の時間という考え方(キリスト教的)と、円周上を循環する時間(仏教的・輪廻転生)という考え方など勉強になる。
また、日本の伝統としての空間に関する考察も興味深い。宗教的建築物や世俗的建築物に置いて、日本で縦の線を強調する建築ができたのは、第二次世界大戦以降だそうだ。それ以前は、水平の面に沿い地を這うような様式が一般的であった。また、舞台などで -
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日本を知りたい。そのための切り口として文学を選択して昨年末から日本文学者の作品を読み進めてきた。作品数が約15冊に差し掛かったころ、趣向を変え、文学とは何かという切り口で評論を読むことに。
文学とは、筆者の思想や哲学を、登場人物をして文章で表現する芸術であり、ある一風景や光景を切り取り、それを筆者の思想や哲学まで昇華させる文章による芸術でもある。後者は本書を読んで学べた。両者は、落とし込むのと引き出すという点で正反対のアプローチだが、文章による芸術という点では変わらない。彫刻家、書道家、茶道家、芸術家は思想や哲学を何によって表現するかは違えど、表現するための存在という点では変わらない。恥ずか -
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評論家の加藤周一が、みずからの半生を振り返った自伝。上巻では、著者の少年時代から、敗戦を迎えた医学生時代までが語られています。
「あとがき」で著者は、「私の一身のいくらか現代日本人の平均にちかいことに思い到った」と、韜晦していますが、本書に描かれた著者の姿は、西欧の文明の香りを身にまとった祖父や、合理主義を報じる医師の父のもとで生まれ、文学や科学に対する早熟な関心を見せるなど、およそ「現代日本人の平均」とは言い難いものです。
若い早熟な知性が、知の世界への上昇を夢見るとともに、足下の人間関係や軍国主義の日本に対する思いを屈折させていく様子が見事に描かれており、優れた自伝文学になっているので -
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戦前、戦中、戦後と生き、また国内外で教育を受け、生活をしてきた著者の考察であり参考にすべきことを多々見い出すことができる。
1976年出版なので幾つかの考察は時代にマッチしていない感もあるが、その中でも普遍的な事柄に気づきがある。
類まれなる歴史を持ちながらも文化国家としては一流になれない。日本人として何を欲するのか明白ではない、という著者の問題意識は今も変わらないのだろう。
以下引用~
・他国民と比較してみるときに、日本人の特徴は、花鳥風月に事をよせてはその感覚的世界、殊に造型的な面が、鋭敏で洗礼されたものであった。
・芸術は進歩ではなくて、変化、変化を可能にする持続である。
「断絶