加藤周一のレビュー一覧
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この春、突然「日本の名著」シリーズに入っていた加藤周一訳・解説の「富永仲基・石田梅岩」(1984)の半分が文庫本になった。何故今なのか?何故本来加藤が好きだった富永仲基ではなく、こちらの方を復刊したのか。
帯を読めば、編集者は本気で現代に石田梅岩を再評価させたいと思っているようだ。もしかしたら、渋沢栄一ブームを見越してのことかもしれない。
曰く
「ウェーバー、ドラッカーよりも200年早い経営哲学」
「起業家必読」
「生産と流通の社会的役割を評価、利益追求の正当性を説いた商人道の名著」
とのことである。
石田梅岩1744年没。中百姓次男として生まれる。11歳で丁稚奉公、商家としては成功しなかったが、「心学」を唱え(1738「都鄙問答」)、死んでその教えは隆盛し、商家のみならず大名家老が修行するに至り、19世紀から幕末にかけてあらゆる階層に浸透した。
確かに、「心学」の全面的な現代語訳は少ないだろうし、親切丁寧な加藤周一の解説も現代に貴重だろう。確かに、私も加藤周一の隠れていた名論考がリーズナブルにポケットに入るようになったのは貴重だと思う。しかし、編集者は気がついていただろうか?本書は、かなり厳しい「石田梅岩批判」なのである。心学の特徴を全面的に紹介することは、同時に心学の持つ理論的な矛盾を突くことになるのだ。
加藤周一の論理展開は、少し専門的でかなり緻密なので出来うるならば手に取って読んで欲しい。申し訳ないけど、私は関心部分のみ感想を述べたい。因みに、加藤解説→翻訳本文の順番に読むことをお薦めする。
⚫︎梅岩は儒教の古典の章句を引いて、商家の日常の具体的な例に即して語った。それが今までの儒家とは違った。
⚫︎梅岩は問答を行った。本書で学者が(私流の解釈です→)「真理は不可知なのだから、孟子が性善説を言うのは、善でもあり悪でもあるということと同じことじゃないですか?つまり孟子のいう天(真理)は何とでも解釈できるのではないか」と質問すると、梅岩は「キチンと古典を読め」「天はある。それは修業しなくては得られない」と答えて一蹴している(106p)。なかなか突っ込んだ質問が多くて面白い。←もっとも、加藤は「だから大事な部分は全て悟りに集約されて、論理の飛躍、矛盾は無視されている」と根本的な批判をしている。つまりトンデモ宗教(学問)なのだが、問題はこれが幕末の保守層に多大な影響を与えていることだろう。
⚫︎「神儒仏トモニ、悟ル心ハ一ナリ」は、梅岩においては三教一致の主張ではなく、「悟ル心」から見れば、神・儒・仏の一致、不一致などは、二次的な問題に過ぎないという意味の感慨ではなかったか。この典型的な日本人は、天地自然と自己との一致という経験を支えとしながら、現世において、与えられた集団の中で、いかに生くべきかという問題に専念したのであり、その経験から出発して概念的な建築をつくり、そうすることで現世を、または自己の所属する集団を、超越しようとはしなかった。
⚫︎現実の中で義理と人情が対立するときは、義理の方が優先させれることが多かった。(略)日本人が自己の内部と外部の世界との緊張関係に究極的な解決を望むときには、梅岩流の解決に近づくことが多いようである。(←義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい渡世の掟)
←それでも解決しない時には、加藤周一はマルクス主義の教条主義、あるいは本居宣長の「神ながらの道」を選択するだろうという。どちらも、結局大きな失敗をした。とくに、超国家主義は本居宣長流を継承したが、説明つかなくて破綻した。現代、「日本会議」や靖国派などの超国家主義がこれと同じ概念構造を持っているように思えるのは、私の穿ちすぎだろうか?政府閣僚の圧倒的多数が「日本会議」の信者になっているのは偶然だろうか?
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作者の幼少期〜医学部卒業後すぐくらいまでを描いている。どこまでが事実でそうでないものがどれくらいあるのかは(まだ調べていないので)わからないが・・
開戦の日、他に誰もいない文楽の劇場に一人赴く筆者や、開戦後も仏文研究室で教授、友人たちと文学について論じ合う箇所は、一見すると無責任な高等遊民たちのようにも思えるが、筆者やその仲間たちは、何かと比較した結果あえて他のものを無視しあるいは軽視し、芸術至上主義的に振舞っていたのではない。戦時中であれ平時であれ、彼らは好きなものに忠実に、ただ淡々と没頭しているように感じた。こうした態度こそが、作者の文学ないし芸術への純粋な愛を示しているのではないか。
しかし、文学に没頭できるというのは、そうでなくとも優秀な東京大学の教授、学生と対等に議論し、文学を楽しめるということは、並みの人間にはできない。なんでもないように書いているが、相当の実力を伴わないと仲間に入れてもらうことはできない。それは、私自身が体験したことだから。私自身の劣等感と今でも強く結びついていることだから、わかる。ただ、当時の大学生はそもそも今と違い、作家横光利一に議論をふっかけたり、今日でも著名な教授たちに自分たちの意見を伝えることも難なくできたのかもしれない。少なくとも自分には、そんなことはできなかった。
幼少期の記述も、いかにも良家の子息という感じの所感で、田舎育ちの私には、決して作者がいうように「平均的な」人間を描いているとは言えないのではないかと感じた。一方で、自分自身が「世間知らず」であることに作者は最初から自覚的であり、あくまで冷静に、できるだけ中立的な視点で筆を進めようとしていることはわかったし、戦死した旧友を思う気持ちや、自分に全く関係のないはずのベトナム戦争の話を知りたがる(知っていたい)という態度も、冷徹そうに思える作者の、人としての真摯さ、人間らしさの伝わる箇所ではないかと思った。
福永武彦、渡辺一夫先生、小林秀雄など、人物との交流が同時代人として具体的なエピソードで語られているのがたいへん興味深かった。 -
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終戦までの半生をつづった加藤周一さんの回顧録。
"旅行者は土地の人々と別の風景を見るのではなく、
同じ風景に別の意味を見出すのであり、またその故
にしばしば土地の人々を苛立たせるのである。"
加藤さんはこう書いているが、まさにここでいう旅行者
のような視点を常に持っていたのが、ほかでもない
加藤さん本人だったんだろう。
だからこそ、大本営発表に沿ったことしか書かない
当時の新聞からでも、その微妙な書き方の変化を
嗅ぎ取って、終戦を予測することもできた。
今の世界的な不況(と言われている状況)や、舵を
失った日本の政治は、こういう視点で見るとどう
見えるのか。
ぜひ聞いてみたかった、と思わせる説得力が著者の
言葉から感じられる。
昨年の岩波新書創刊70周年記念フェアでこの本を
購入し、その少し後に加藤さんの訃報を聞いた。 -
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この書物は、帝国主義、世界大戦など困難な時代を背景に、旧制高校や帝国大学などで学びながら、教師、友人や家族とのつながりのなかで、また医師という自らの職業の実践を通して、時代に流されることなく「人の生命こそもっとも重いもの」との考えを育み、反戦を訴えてきた筆者の大叙事詩である。
筆者は、能や歌舞伎など、日本の伝統芸能にも若いころから親しんでいるが、とくに灯火管制の敷かれた1941年12月8日の新橋演舞場で、まったく観客がいない中で自身が観客として体験した文楽の場面など興味深いエピソードがたくさんあった。
ショパンの音楽とのかかわりも興味深い。ロマン主義の中でもショパンの音楽は独特な位置を占めていて、深い内省が美しい音楽の至るところに秘められている。蓄音機や演奏会の体験を通じ、ショパンの音楽は筆者を惹きつけてやまなかった。
一つひとつのエピソードが、困難さを背景にしながらも、ロマン主義的なストーリーを形作っており、読んでいるだけで例えばラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を聴いているような気さえする書物だった。 -
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下巻も500ページ以上で読み応えがあった。読み終えるまで日にちがかかったが、著者も書き終えるまで7年余りをかけているので、じっくり時間をかけて読まないと著者に失礼だろう。下巻は江戸時代の町人社会から生まれた文人から始まる。富永仲基、安藤昌益への考察から始まり、江戸時代から明治時代への流れを経る。戦後の記述は少ない。著者が同時代人であり、客観性が保てないのと、先が見えないからである。著書に一貫して流れているのは、長い歴史の中で基本は変わらず、主に周囲との関係、昔は中国、今は欧米との関係で、積み重なってきた部分はあるが、それを取り込むわが国の雑種文化を文学史として述べられているものと理解した。
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下巻では、太平洋戦争の終結から、三年にわたるフランスへの留学を経て、日本に帰国するまでが語られています。
京都にひとりの女性をのこしてヨーロッパに留学した著者は、フランスで華々しく活躍する芸術家や詩人たちとの交流を通じて、あたらしく精神の洗礼を受けます。やがて帰国を決意したとき、著者はもはや、京都の女性と生活をともにすることはできないと悟っていました。
やや私小説的な展開があり、また著者のヨーロッパ体験についての叙述も読みごたえがあって、たのしめました。福沢諭吉の『福翁自伝』にはおよばないかもしれませんが、我が国の自伝文学の傑作のひとつに数え入れられるのではないでしょうか。 -
日本文化における時間と空間
- カート
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試し読み
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何も心弾む真夏に好んでこんなタイトルの本を読まなくてもいいようなもんですが、まあ、行きがかり上読むことになったわけです。
洋の東西を問わず古代から中世、そして現代までの文学書を渉猟して、まあ、加藤先生はホントあきれるくらい博識です。
その理路も時に複雑に入り組んで難解で、そもそも文学の素養のない私はついていくのがやっとでした(なら、なんで読むねん)。
しかし、でも、私は次の行に最も心を惹かれました。
「文学とは、一ぱいのマドレーヌの味にふくまれる無限の意味について語るものです。しかし、またわれわれの生涯を決定する重大な瞬間について、もっとも深い意味でのいかに生くべきかという問題について語るものです。その問題は、われわれの人格の問題であって、科学的知識の問題でも、習慣に支配された日常的経験の問題でもありません。しかし、われわれの人生を支えるものです」
文学なんて実生活にまるで役に立たない無用の長物、なんて身も蓋もないことを言う方がいます。
そんなことはありません。
文学は、たしかに私たちの人生を支えるものです。
この言葉に出合い、勇気づけられる思いがしました。
「特殊なものを、その特殊性に即して追求しながら、普遍的なものにまで高めること―それこそ文学の方法であり、文学に固有の方法です」
「人物の内的独白を通じて社会的歴史的問題を描くのが、小説に固有の方法ではないでしょうか」
など、文学を志す人にはずしりと響く言葉が随所にあります。
そうかと思えば、日本と西洋の「庭」の話が出てきて、両者の違いを次のように説明します。
「西洋では、反自然的であることを目標として、自然にはみられない幾何学的構造(たとえば左右対称や円)を、自然にはけっしてない材料(たとえば磨かれた大理石や花壇)によってつくりますが、ここ(日本=引用者註)では、自然に従うことを目的として、自然の不規則な構造(たとえば簡単な方程式にあらわすことのできない池の形)を、人工の跡をとどめない材料(たとえば苔や、岩、あるいは極端な場合に、自然のままの山)によってつくっています」
なるほど、納得しますよね。
それ以外にも、文化と文明の話であるとか、散文と詩の話とか文学史とは何であるかとか、大変に勉強になりました。
本書の旧版「文学とは何か」(角川新書)が成ったのは、1950年です。
なんと、加藤先生がまだ、さ、ささ、31歳の時です。
これを知って40歳の私は戦慄しました。
池澤夏樹さんの文庫化(2014年7月25日初版発行)に当たっての「解説」も読みどころ満載です。
最後の部分は読み飛ばすわけにはいきません。
「この本が刊行された時、日本はまだ敗戦の空気の中にあった。それを終戦と言い換えて済ませるわけにはいかないと加藤は考えた。それが『日本近代文学の不幸』という部分に表れている。そして、戦争が敗北に終わってから六十九年後の今、この本が書かれてから六十四年後の今、加藤がこの本に盛ったと同じ批判を日本の社会に向けねばならない。『孤立しないためには、個人主義が個人的にではなく、社会的に徹底させられる必要がありましょう』というのはそういう意味である」 -
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下巻は江戸の町人文学(開国直前の)、蘭学や朱子学から戦後の小説や批評(大江健三郎まで)。
歴史の流れの中で人々の心がどのような本(大衆小説:吉川英治、中里介山、大仏次郎、菊池寛、司馬遼太郎など)に寄り添っていたか、文学の中では何が起こっていたかなどが記されている。
浩瀚な作品なので概要をまとめたり感想を書いたりするのがなかなかしんどいんですが、マルクス主義がある種日本文学の文体の重要な一部を作った(中野重治)というあたりの箇所と太宰治の「人間失格」は実は共産党員失格という意味であるという読み方はとても興味深い。三島に関してはまぁ今まで私が描いていた三島像と変わらなかった。
横光はめたくそに言われてたw
あと、斉藤茂吉は別に戦争賛美というわけではなく、接点がなかったために反対する要素を持ち得なかったという解釈。関連書物を読んでみようと思います。しかしだらだら読んでしまった。
索引が便利です。 -
日本文化における時間と空間
- カート
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試し読み
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ネタバレ日本文化の特質を時間と空間の二軸から「今 = ここ」の強調と捉えて論じています。「今 = ここ」は、部分が全体に先行するものの見方、すなわち眼前の、私が今居る場所への集中することであり、それは大勢順応主義と共同集団主義へと向かう傾向が強くなることを導き出しています。日本人の宗教観・文学・建築・絵画など様々な分野を例証として説明している箇所は納得できるところが多いです。最終章で「今 = ここ」からの脱出について書いていますが、文字通り「今 = ここ」という時空間からの脱出について述べるのに留まっていたのが残念でした。日本文化の特質としての「今 = ここ」から、心理的に脱却するためにはどういうことが考えられるかについても筆者の考えを論じてほしかったです。