夕陽妄語1 1984‐1991

夕陽妄語1 1984‐1991

小説・文芸
1,716円 (税込)

8pt

4.0

二十世紀日本を代表する知識人・加藤周一が四半世紀にわたって朝日新聞に連載した時評エッセイ。話題は、絵画文学映画から、故人を惜しみ、国際政治について論じるものまでを含む。豊かな知識と透徹した見識は、同時性を保ちながらも、時代を越え、現代に生きるわれわれが参照する価値がある。本巻は、連載開始の1984年から1991年までを収録する。

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  • 夕陽妄語1 1984‐1991
    1,716円 (税込)
    二十世紀日本を代表する知識人・加藤周一が四半世紀にわたって朝日新聞に連載した時評エッセイ。話題は、絵画文学映画から、故人を惜しみ、国際政治について論じるものまでを含む。豊かな知識と透徹した見識は、同時性を保ちながらも、時代を越え、現代に生きるわれわれが参照する価値がある。本巻は、連載開始の1984年から1991年までを収録する。
  • 夕陽妄語2 1992‐2000
    1,397円 (税込)
    二十世紀日本を代表する知識人・加藤周一が四半世紀にわたって朝日新聞に連載した時評エッセイ。世界の中での日本を考え、過去と未来を見据えながら同時代を読み解き、古典の知恵をよみがえらせ、人生を生きる悦びを讃える数々の言葉は、なおアクチュアルな輝きを失わない。本巻には1992年から二十世紀最後の年2000年まで掲載分を収録する。
  • 夕陽妄語3 2001‐2008
    1,287円 (税込)
    二十世紀日本を代表する知識人・加藤周一が四半世紀にわたって朝日新聞に連載した時評エッセイ。とりあげられる様々な出来事は、より大きな射程と普遍性を持って多様な角度から位置づけられ、それらが、巧みな構成と警抜な比喩でつづられる。最終巻となる本巻には、2001年から加藤の絶筆となった2008年7月掲載分までを収めた。単行本未収録分を含めた完全版。

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夕陽妄語1 1984‐1991 のユーザーレビュー

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    Posted by ブクログ

    加藤周一は、昭和・平成をまたがり「日本を代表する知性」と呼ばれていた。その加藤が、50年代から数えると約50年以上「時評」を描き続け、08年に自らの死亡によって終わるまで延々と書いていたのだから、時評に並々ならぬ情熱を持っていたのは間違い無いだろう。自らを「非専門の専門家」といい、文学評論家の枠に収まらない批評活動をしていた全体像が、このまとまった「夕陽妄語」全3巻(84年ー08年)の中にあるだろう。これはそのうちの一巻目。

    話題は文学はもちろんのこと、文明遺跡、演劇、音楽、映画、国内と国際政治、歴史一般に及ぶ。古今東西の総てのイシューを関連つけて、一つの説得力ある言葉を提示する。実は、私に最も影響を与えている思想家である。それに、加藤周一論をまとめることは私のライフワークなのだ(別の言葉で言えば、約35年間まとめ切れていない)。

    当然「夕陽妄語」は、単行本時点で一度読んでいて、所蔵している。というか、月一度の朝日新聞掲載時点で一読している。今回取り寄せたのは、一覧の便利さということもある(この文庫本 1は朝日新聞社版3冊を合本している)。それ以上に現代に、もう一度読んでおきたかったからである。

    加藤周一不在の、12年間。いったい何度「彼ならば、この混迷の日本と世界に、どうコメントしただろうか」と思ったことか。安倍政権の暴走、トランプの登場、パンデミック、等々。

    加藤周一の文は、元医者らしく、病状を細かにつぶさに観察した後に、文学者らしく物事の本質を表現する言葉を見つけ出す。現代に「夕陽妄語」を読むことは、十分に意味のあることだった。「どうコメントしたか」その回答は、此処にあったからである。

    以下その視点で、マイメモとして感銘受けた部分を載せる。そういう位置付けなので、興味ある部分だけお読みください。

    ・敦煌を見学すると、時間・空間の解放性が特徴である(釈迦涅槃像の過去仏と未来仏、そして国際性)。一方、日本の法隆寺の時空は「今・此処」に向かって収斂する。(84年9月)
    ←加藤の日本文化論の中心をなす「いま・ここ」論の、最も早い時期のまとまった考え。

    ・45年の夏は軍国日本の終わりだった。85年の夏は軍国日本の復活の年として記憶されるかもしれない(GNP1%枠外し、公式参拝、機密保護法案)。(85年9月)
    ←中曽根時代の話だが、思えば新軍国日本の中興の祖として安倍時代は記憶されるのかもしれない(非核三原則外し、第一次内閣時代の教育基本法改悪、共謀罪・安保法制)。加藤のいうように、何れも共通の特徴がある。(1)提案者が政府・与党(2)説明がよく見ても不分明、わるくみればすり代えであること(3)違憲の疑いが強いか、少なくとも憲法の背景にある価値観と矛盾する行動・政策・法案であること。‥‥政府の行動規範は30年経とうとまるきり変わっていない。加藤周一は戦後40年の85年の夏に明確に危機感を覚えていた。その時から、国民が国会を10万人以上で包囲する(15年安保法制)まで30年を経なければならなかったのである。

    ・いかん、ちょっと詳しく解説しないと意を尽くせない。上記の解説も説明不足だろうと思う。書き出せばキリがない。以下は項目だけ載せる。

    ・日本ナショナリズムの可能性(86.3)

    ・いじめの分析(86.5)

    ・南京大虐殺に関して「歴史の見方」(86.8)

    ・白馬は馬にあらず。(87.1)
    ←そう、白馬は馬ではないんですよ。えっ?わからない。でも政治家は、このように誤魔化すんです!

    ・野上弥生子日記の1937年盧溝橋事件について書いたことは、「50年前の世界での常識、日本国内での極めて少数意見であった」(87.5)

    ・日本における「反ユダヤ主義」の生まれる5点の背景(87.6)
    ←これは、そのまま日本の中国・韓国・北朝鮮観と一致する。

    ・「化けて出てくれ」(87.8)
    ←加藤の幽霊論の嚆矢

    ・井の中の蛙論である。歌麿の春画、元号論、貿易摩擦、対中、対ソ政策に関連して述べる。(87.11)
    ←特に、江戸時代の規範は、閨房の中にまで及ばない。という指摘に「おゝ今もだ!」と思った。

    ・宣長について。宣長が晩年写経を繰り返し、墓も神道墓の他に仏式墓を作ったのは何故か?(88.3)
    ←加藤周一の晩年の入信問題とリンクするのではないか?
    ←加藤周一は「歴史の複雑な二面性を問題にする条件」とは「勇気ある理性」と答えている。蓋し至言なり。

    ・「黒い穴」(88.10)
    ←アメリカからの帰国途中の思考。西洋思考と日本思考との比較。悲しいほどに何も変わっていない。

    ・1988年の思い出に加藤は高畑勲「火垂るの墓」を選んだ。(88.12)

    ・天皇の死去を「崩御」とはもちろん書かなかったが、「逝去」とは書いた。ほとんどはタイについて書いて、最後の行でそのことに触れた。(89.1)

    ・激動の89年の終わりに、加藤周一は政権交代を望んでいる。その可能性があったからだろう。それは、90年代型の政権交代ではなく09年型の政権交代ではあったのだが。(89.12)

    ・90年初めの総選挙では、自民党が多数を取った。そのことへの違和感を加藤周一は、3点に分けて解説する。思うに、現在でも充分通じる分析。(90.4)

    ・此処での加藤の「外交の季節」を読めば、この30年間北東アジアでの平和外交(ソ連・中国・朝鮮半島・日本・米国を含む集団的安全保障機関が機能し、地域の非核戦力化と経済的な協力関係が発展すること)が進まなかったのは、日本の責任が非常に大きいとわかる。(90.6)
    ←「ソ連の脅威」がなくなれば「日本の軍備拡大」の理由がなくなる。←しかし、「北朝鮮の脅威」を唱えて無くならなかった。
    ←朝鮮半島に何もできない理由を2つあげている(1)国交を持っていない(2)過去の植民地政策について、韓国側から要求されての「謝罪」ではなく、自発的に、南北朝鮮の人民の大多数が納得しうるような責任の取り方をしていない。
    ←加藤はこれからは「外交の季節」がやってくる。そのための障害の大部分は国際情勢ではなくて、日本側の習性や惰性であり、それを変えることは困難だろう。と喝破する。
    ←ホントその通りになった。「しかしその困難は、決意さえすれば乗り超えられるはずのものだから、あまり悲観的でもない」←加藤さん、30年間決意できていないんですよ。

    ・野間宏追悼文、情と理に溢れて名文。(91.1)

    ・「湾岸戦争」総括。米国の一国超大国化。後半、その下での日本の対米追随について2点の欠点を書く。
    (1)「米国追随」を「国際協力」と呼ぶのは、私にはシニカルな冗談のようにしか聞こえない。「国際的孤立」、特にアジアから、を招くだろう。
    ←加藤周一さん、30年間その言い替えは日本では、通用しているんですよ。悲しいことに。思ったほどには西欧からの国際的孤立は招かなかったけど、アジアへは自ら進んで孤立していきました。
    (2)「反動として反米感情のたかまる可能性」
    ←加藤周一さん、日本人は結局そんなに賢くありませんでした。韓国では2000年代に反米感情が大きく高まったのと対照的です。(91.3)

    ・「湾岸戦争」を「史記」的に表現。知的に咲(わら)うなり。(91.8)

    ・木下順二「巨匠」評。(91.9)

    ・ソ連解体について(91.12)

    0
    2020年12月01日

    Posted by ブクログ

    うわー。なかなか、頑張った。
    1984年から始まる親近感で始めた、この一冊。
    国際情勢、政治だけでなく、文学や芸術にも話が及んですごく壮大なことになっている。
    ただ、筆者の持っている膨大な知識量にまったく及ばなくて、読み進めるのが大変でした。

    でもなー、次の巻で2000年に到達するから、読みたい。。。

    「個人の経験のなかには、その人にしかわからぬもの、他人には伝え難いものがあるだろう。同様に一世代の経験には、他の世代に伝え難い要素があり、一国民の経験には、その国民にしかわからぬ一面がある。そんなことは、はじめから明らかで、今さら強調するまでもない。その上で、しかも、個人間に、あるいは集団相互に、敢えて話を通じさせる工夫こそが、文化ではなかろうか。男のためにも、老人のためにも、日本人のためにも、私は書かない。私は、私の話題に関心をもち、日本語を解する老若男女の誰にでも向けて書くのである。」

    0
    2016年03月21日

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