浜矩子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ローマ帝国の時代、大航海時代、といままで2つのグローバル化があったが、
現在は第三次グローバル化の時代を迎えている。
ただ、いままでは地球が大きくなるグローバル化であったのが
今回のグローバル化が「地球を小さくする」グローバル化だということである。
最近の日本経済の状況については非常にわかりやすく説明されて
大変勉強になったが、結局のところわれわれはどうすべきかについては
かかれて入るのだが、あまり意味がわからなかったのが残念。
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恐慌前夜の地球経済は本当にスタグフレーションの再来だったのか、さにあらずである。
1970年代が「景気が悪いのに物価が上がる」時代だったとすれば、
グローバル恐慌前夜の地球経済を覆っていたのは、「物価が上がるから景気が悪くなる」だ!
資本主義を変えた「擬似資本家」
経営者という第三の存在(「資本」対「労働」に加え)に加え、第四の存在「擬似資本家」が出現した。
いわゆる投資ファンドたちである。彼らは同時に擬似経営者でもありながらいわば「雇われ者」集団である。
したがって、時として危うさを承知で危険な投資に手を出してしまう。
四分極化する労働者たち
資本主義の構図は「資本」と「労働」を基本骨格としていたが、いまや「労働」と「労働」が対立する
新しい二元構図の世界へと向かいつつある。(「正規労働者」と「非正規労働者」)
さらに加え、「外国人労働者」、「労働難民化する人々」を加えた四元対立の世界となっている。 -
Posted by ブクログ
終始、寒い構成が好みではなかったが、
アベノミクス=大日本帝国の再来説は
興味深く面白い内容であった。
確かにこれらの政策が始まってから、
ブラック企業が淘汰されたり、36協定や残業時間の縮小が促進され、いわゆる「働き化改革」なるものが急スピードで推し進められたのは肌感覚としてあった。
著者の考察だと、働きやすい環境を構築することで、子どもから老人まで、全年齢の生産量を増やしGDPを上昇させるというもの。
その結果として、日本という国家から国民が今よりも搾取される構図が完成する。
個人的には少子高齢化がますます進行しており、人数ではなく一人ひとりの生産性をあげる政策を取るのは仕方がないとも思った。
結論として、生産性や働き方が良い方向に進んだからといって、人間が幸せになれる分ではないし、
そこは切り離して考えるべきだ。
うまく生きるためには、仕事ではなく
どういう生活をすれば幸せになれるか。
そのためには何をする必要があるのかを
今一度考えなければならない。 -
Posted by ブクログ
人は何のために働くのか。
ほとんどの人がお金のために働くと答えるだろうなと言うことは想像できました。
就職活動で自己実現や承認欲求を満たすためと、企業側に沿う意思表示をする。その結果が今の日本の現状に繋がるのかも。
古代の奴隷たちは身分は低いかもしれないが、最低限の生活の保証があったことを考えると、時代の進歩が必ずしも人を幸せにする訳ではないのかもしれません。
筆者は、マルクスの「必要の領域」から「自由に領域」への移行は選択する自由があり、初めて生まれる考え方の気もしました。売り手市場であれば、選択も自由になるかもしれませんが、一握りの人が得る果実ではないでしょうか。
働くことの意味は人それぞれかもしれませんが、古代、中世、近代、現代で常にサバイバルの様な気もします。不労所得者には、憧れますが。 -
Posted by ブクログ
ブロックごと個別の説明をしているので、これはこれで概略理解はできた。
しかしそもそもの「通貨の正体」については、詳細の説明がされていない。
それもそのはずで「説明のしようがない」ということがある。
逆に本質の説明はある。
「すべては人間の妄想。だから通貨こそが本当の『仮想』通貨。人間の信用ありきなのだから『人本位制』である」
説明とはこの一行に尽きるのかもしれない。
個別説明は「ドル」「ユーロ」「仮想通貨ビットコイン」「バンコール」「人民元」「SDR」「日本円」と章ごとに行われている。
確かに「通貨とは何か」という問いは命題が広すぎる。
個人的には仮想通貨の未来に興味があるが、それは今のリアル通貨とも相対的に関わってくる話だ。
リアル通貨が電子マネー化していく中で、益々「仮想」化は加速していく。
中央銀行が発行する電子マネーは、確かに仕組みとしてブロックチェーンは使っていないかもしれないが、ユーザーからはどう受け取られているのだろうか。
街の買い物で決済として使えるので、リアルだろうが仮想の電子だろうが、事実として人々にとって違和感なく受け入れられているのだろう。
年代にもよると思うが、通貨としての信用が継続しているということだ。
利便性を考えても、益々電子化の流れは止まらない。
その中で一方の「仮想(暗号)通貨」の意味合いはどう変化していくのだろうか?
そんな事を考えると益々通貨が不思議なものに思えてしょうがない。
世界中の人々の妄想で成り立っている「通貨」。
実態があるようで、妄想だからその足元はあまりにも脆すぎる。
人類の価値観が大きく変化した瞬間に、「通貨」の概念が大きく変化する可能性もなくはないのだ。
個人的にはそういう日が遠からず訪れる気がしてしようがない。
何らかの通貨のような「ポイント(単位)で判断する数値」はあるかもしれないが、それは所詮ゲームのスコアのような、それぐらいの価値のものになるような気がするのだ。
究極言えば、食料が無限に無料で手に入るようになれば、人々は働くことが不要になる。
つまりお金を稼ぐということに意味がなくなってしまうのだ。
人によっては高級マンションに住みたいとか、いい車に乗りたいとかあるかもしれない。
そういう人はゲームのスコアを上げればいい。
しかしただ生きていくだけならば、スコアゼロでも、そのゲームに参加すらしなくても生きていける。
食料だけでなく、結構なサービスも無料で提供されているので、人生を暇つぶしするには十分過ぎるくらいだ。
テクノロジーの進化を考えると、そんなことが本当に起こるような気がしてしょうがない。
それもそんなに未来の話でなく、数十年の内に訪れるような気がするのだ。
そうした世界が幸せなのか、どうなのかはなってみなければ分からない。
その頃は人類の寿命も延びるだろうから、益々暇つぶしが大変になっていきそうだ。
通貨はどう変化していくのだろうか。それは人類の生活がどう変化していくのかにかかっている。
「お金っていうのが昔あったのよ」
こんな会話がされる日が本当に訪れるかもしれない。
(2021/6/26) -
Posted by ブクログ
通貨の基本は人本位制=人々の信用が大事。
歌舞伎「恋飛脚大和往来」封印切の場面。
1936年三国通貨同盟=24時間金本位制=アメリカだけが金交換に応じる。プレトンウッズ体制と同じ。
国際金本位制の時代は、自由な金融政策を放棄した。
ヨーロッパのERMは東西ドイツ統一で変化せざるを得なくなった。
日本の2017年の改正資金決済法で仮装通貨が通貨になった。
三菱UFJのMUFGコイン。送金可能な電子マネー。
ICO=新規仮装通貨公開。IPOのようなもの。
「水滸伝」
バンコールは金に裏付けされたが金への交換はできない。一定量のバンコールを配って国際決済に使う。2国間の帳尻は問わない。赤字国も黒字国も同様に罰せられる。
人民元の国際化は休止中。通貨としての足の長さと希少性のせめぎあい。人民元は自由な資本移動を犠牲にして為替の安定と金融政策の自由を確保している。
グローバル時代はどんぐりの背比べ。抜きんでることはできない。
SDRは通貨ではない。バスケットで決まる。通貨に交換できる。IMFが配分する。配布以上の分には金利がつく。
リーマンショックのときに配分が行われた。SDRのありがたみが分かったはず。
通貨の流動性ジレンマ=共通通貨は流動性を確保しなければならないが、配りすぎると価値が下がる。SDRが流動性確保の役目を果たすはずだったが、ドルがその役目を担った。
リーマンショックの元は、円の低金利によるキャリートレード。量的緩和が元。
円は隠れ基軸通貨=何かとグローバル社会をかく乱する。