浜矩子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ミステリー仕立てで解き明かしていく世界経済、という本書は、その七つ道具として「ドラマ」「人」「数字」「座標軸」「反対」「歴史」「言葉」というキーワードを使っていきます。お時間があればどうぞ。
のっけからこういうこと言うのは何ですけれど、彼女は作家の岩井志麻子さんに似ていませんか?それはさておき、本書は経済の動向をミステリー仕立てで解説したものでございます。その謎解きのための七つ道具として紹介されているキーワードが、「ドラマ」「人」「数字」「座標軸」「反対」「歴史」「言葉」です。これを基にして世界経済を解説していくと面白いように型にはまっていくんですね。
僕が面白いなと思ったのはエリートの弁論術で『うそを言わずに本当のことを言わない』という高等テクニックを紹介しているところで、これを最初に見たのはマイケル・サンデル教授の出演している番組でしたが、その実際の用法について実例を用いて説明されていたので『あ、こういう風にして使っていくんだ』という新鮮な発見があって実際にこれを使おうとは思いませんが、参考にはなりました。
目次をざっとここにあげると
第1章
【道具1】初めに「ドラマ」ありき~経済は人間のリアルな営みそのもの
◆しょせんは二日酔い男の物語
◆シェークスピア劇にみる「貿易と金融入門」
第2章
【道具2】「人」をして語らしむる~そのまま受け止めるとともに裏を読め
◆“達人”は嘘をつかずに本当のことをいわない
◆ノワイエ発言後の信用不安と財政危機
◆「ファンダメンタルズは健全」は崩壊の予兆
第3章
【道具3】「数字」をして語らしむる~数字が語りかける言葉を読み取れ
◆数字の中に浮かび上がる様々な人間ドラマ
◆変装道具としてのGDPとGNP
◆物価と失業率のシンプルな関係/ リアルな関係
◆エコノミストの予測では前提条件を要チェック
第4章
【道具4】「座標軸」を考える~問題点の在りかを整理する
◆縦軸と横軸を設けて状況を整理する
◆「グローバル・ジャングル」を座標軸で謎解く
アメリカ/ イギリス/ 日本/ 中国/ ドイツ/ フランス
第5章
【道具5】これまでと「反対」を考える~推理が行き詰まったときの突破法
【例題1】日本の「これから」を考える
◆思考ステップ1:日本の「これまで」~それは集権的管理の世界
◆思考ステップ2:日本の「これから」への第一次接近~答えは競争的分権?
◆思考ステップ3:日本の「これから」への第二次接近~答えは協調的分権!
【例題2】通貨の未来を考える
◆思考ステップ1:まずは歴史認識から
◆思考ステップ2:そして次に来るものは?~集約から分散へ
第6章
【道具6】「歴史」を振り返る~遠い未来を見通すためには遠い過去を振り返る
◆過去との違いからみたリーマン・ショック
◆出発点からみたリーマン・ショック
◆歴史が教えてくれる「次に起こること」
第7章
【道具7】終わりに「言葉」ありき~独り歩きする用語に注意
◆言葉は初めであり、終わりでもある
◆言葉の魔力に注意せよ
第2章の『ファンダメンタルズという言葉に気をつけろ』と筆者が言うのは言葉のレトリックで思考停止にならないようにですとか、第7章の『終わりに「言葉」ありき』というあまりにも有名なヨハネ黙示録を引き合いに出して本来、光にもなる言葉によって闇の世界にも引きずり込まれることがある、というくだりには空恐ろしさも感じました。これを読んでいれば日々のニュースにも見ていて面白いな、とは感じますが、お時間のあればどうぞ、という表現にとどめておこうと、今回は思っております。 -
Posted by ブクログ
この本をどうレビューしようか、と思いあぐねているうちに時間が経ってしまった。そこで、同志社大ビジネス研究科のHPを覗いてみると・・・
「経済の世界は謎解きの世界です。極上のミステリーのように筋書きが展開し、鋭利な知性による探求が真相をつきとめるのです。(以下略)」
浜さんは経済学をこういう風に捉えていたのか、と知ってこの本にも合点がいった。経済学に答えはない。通説に依っていては浜さんのような主張は理解できない。真理かどうかはともかく、経済の森羅万象を考えるネタとしては面白い。
今から1年以上前、震災より前に上梓された本だから、1年経って浜さんの主張を検証できる時期にきている。ドルは75円までの円高が進行し、ユーロは最悪の1年を過ごした。「50円」というのは比喩であって予想値ではないということだから、この点で筆者のストーリーはある程度的を射ていたと言える。円高でなくドル安、と捉えた慧眼にも一目置きたい。
しかし、地域通貨とか共生とかいう今後の日本の政治経済への提言の方はどうだろう。一時ユーロに話を戻すと、ギリシャ=大阪府という比喩を設定するとわかりやすい。ギリシャは普通ならデフォルト⇒通貨下落⇒輸出振興という道筋で復活するところだが、通貨統合してしまっているので機能しない。これは首都圏に比べ地盤沈下している関西圏にも言えることで、たとえば関西とか北海道とかが独自通貨を持てるなら、東京円対比で通貨が下落し、人件費の安さと相まって工場立地が進み、現在よりも景気が良くなるかもしれない。しかし、こんなことは思考実験に過ぎず、現実的な政策解にはならない。
浜さんは統合こそ素晴らしい、競争こそ未来を拓く、という考え方に異を唱える。対極があることは選択肢があることにつながり、資本主義の未来のためにもなる。しかし、この本はまだ政策提言にはなっていない。競争至上主義の対抗軸をどう形成するのか、政権交代してもなかなか姿を現さないことへのもどかしさが、この本の読後感と同じであることに気付いた。 -
Posted by ブクログ
浜矩子・著。
2011年12月初版、142ページ。
EUとユーロのこれまでの歴史と、今後の展望について述べた本。
とりあえず、142ページしかないので、すぐに読める。
そして、相変わらず文章が平易でたとえ話が多いので、読みやすい。
ただ、内容も薄い。
特に、EU・ユーロの歴史や背景の部分への理解が深い人には、
正直読みごたえがない本だと思われる。
最後に提示されている、今後のユーロの在り方についても、
(未来予測なので仕方ない部分はあるが)量が少ない。
また、具体性も乏しい。
ただ、世間的に、ユーロへの絶望感が強い中で、
一応、EU・ユーロの将来的な方向性を提示できていることは評価できるのではないかと。
個人的には、P.117~118の引用で、
「飛翔する自由があるからこそ、その場所に愛着がわき、帰属意識が醸成される。」
「統合欧州という・・・ここに問題がある。統一ルール、単一通貨、共同債券。いずれも、収斂の論理の強要だ。この窮屈感が統合欧州の中を折に触れて非常に居心地の悪い場所にする。自分に最もマッチした動き方が出来ない。・・・」
という部分。
結局、収斂と拡散のバランス、自由と束縛のバランスが、このような統合の際には一番重要なのだろうと思う。
勿論、世界的にも歴史的にも、このような地域統合の試みと言うのは初めてのことなので、すぐにうまくいかなくても当たり前なのだと思うが、改めて考えてみると、このバランスの大切さに気付かされる。
しかし、相変わらず、歴史・背景に関する言及の部分が多い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「自分だけよければ病」、まさに今の経済状況を表す言葉であるように思う。また、「フラット化する世界」を引き合いに出し、横並びが発生すると同時にそれに耐えられなくなったものが、今度は縦並びになっていく。これにより、格差がより広がるという。
賃金だけが下方硬直性を維持せず、下方柔軟性に陥っていくことで、「モノの値段は上がるが、ヒトの値段は下がる」という最悪な状況になってしまう。そしてこの状況を続けていると、市場にカネが回らなくなる。
グローバル化の悪い面が顕在化した状況である。
そして、次世代を担うヒーロー像として、スーパーマンではなく、ドン・キホーテをあげていた。
偶然にも、何冊後かに読む予定なので驚いてしまった。 -
Posted by ブクログ
●読書録未記入
★p.111 【「4分極化する労働者たち 」:1.正規 2.非正規 3.外国人 4.労働難民(ネットカフェ難民など。住所不定ゆえ雇用機会を得られない)〜「グローバル化した新・資本主義のやっかいな構造」】↓
★p.119 【「経済の蟹工船化」・「豊かさのなかの貧困」】
《グローバル化の中で出現した新・資本主義は奴隷商人スタイルのビジネスまで生み出した。もはやこれは資本守護と言うべきものではないのかもしれない。グローバル・ジャングルに放り出されたお陰で、我々は資本主義以前の世界に逆戻りしてしまったのだろうか。グローバル化は人類史を後退させる力学なのか。
*「豊かさのなかの貧困」:本来であれば職に就いているべき人々が、労働難民化する。そのような状況が何時までも続いていいはずは無い。地球経済は、ヒト・モノ・カネの新しい関わり方を、新しい調和の構図を発見する事が、求められているのだと考えられる。
新しい時代には新しい知恵の体系が必要だ。新・資本主義の出現も、そのような知恵を生み出す事を我々に催促する天の誘いであるかも知れない。それにどう応えていくか。》
★p.160〜161 【「互恵主義」(ごけい主義)⇔「相互主義」】
両者は似ているようで大いに違う。
*「相互主義」は「互いに相手が譲歩したらそれと同じ程度にだけは譲歩する」→『相手が譲歩した以上の譲歩はしない』。
*「互恵主義」は『互いに最大限の恩恵を施しあう』。相手が施してくれた恩恵に、同じ程度の恩恵をもって報いると言う事となる。貿易の世界にこの発想を持込む事で、互いにより豊かな恩恵を享受できると考え、それを目指し、『皆で市場を開放し合おう』となる。
《「私が率先して市場を開放しましょう」という発想も。》
★p.173 【「グローバル時代が求めるヒーロー」:スーパーマンではなくドンキホーテでは?】
《ドンキホーテに若狭は無い。筋力も無い。《中略》だが、彼の勇気は優しさに満ちている。彼の知性は理想の高さにおいてとどまるところを知らない。この若武者ならぬ老雄の魂は、謙虚な騎士道精神で一杯だ。無謀にも、純真にも、風車に向かって命知らずの闘いを挑む。この人物ならば、統制経済への誘いや「自分さえよければ病」を乗り越えられるはずだ。》
p.46 【「インフレ」タイプ×3】
《1.「引っ張り上げ型」(ディマンド・プル):需要が供給を上回る。
2.「押上げ型」(コスト・プッシュ):生産コスト(原材料費・賃金など)上昇に上押しされて価格が上昇する。
3.「カネ余り型」(過剰流動性型):「カネ」が世の中に出回りすぎることで起こる。
(「カネ」が出回りすぎる原因)
?中央銀行が意図的に金融を緩和して通貨を増発
?海外から大量に資金が流入
?経済がバブル化して投機的な取引のなかで人々の資産規模が膨張
?政府がばら撒き政治を展開して財政資金を世の中に大盤振る舞いしている場合
p. 50【「二つのインフレが世界を切り刻む」】
《「育ち盛り経済」(中国などの経済発展)による「二つのインフレ」(1.「引き上げ型」・2.「押上げ型」)で〈材料費コスト〉が上昇しても、製品価格にそのまま反映させては売れなくなってしまう為、企業は「自力でコントロールできるコスト」として徹底的に押さえ込んだのが〈人件費コスト〉であったが、非正規・派遣と言う「ワーキングプア」の増加は格差社会の深化・「豊かさの中の貧困問題」を生み出した。→「製品」を買える収入を持つ人の減少が不況からの立ち直りを困難にすると言うデス・スパイラルに。
p.66 【◎「フラット化する世界」(上)・(下)(トーマス・フリードマン/日本経済新聞社(2006-05-25)】
《「フラット化」:「IT技術の発展などにより、中国やインドがグローバルな競争力を強め、先進国の労働者から職を奪っていく現象」を著者フリードマンが「フラット化」と名づけた。
*経済が地球化し、競争の土俵が広がるほど、人々は丸い地球の向こう側にいる競争相手と競い合わなければならなくなり、『人々の「賃金」は国境を越えて「平準化」する。』
*ヒト(賃金の安い外国人労働者)は外から入ってくるが、仕事は外に出て行ってしまう。(コールセンターやソフトウェア開発会社が英語が準公用語で賃金の安いインドに設置されるなど)】
p.72 【「貧困の仲の貧困」】
◎「最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?」(ポール・コリアー/日経BP社(2008-06-26)
〜アフリカの最貧困諸国に焦点を当てた著作。
*「アフリカ詣で」:先進国がアフリカに都合の良い『資源供給基地』の役割を果たして貰い続ける為、
「支援」の名の下に彼らを囲い込み、自分たちの都合に合わない発展経路に踏み込む事を阻もうとする。》
p.76 【「なぜワーキングプアが必要なのか」】
《p. 50の《人件費コスト》削減(原料コスト上昇対策)のほかの要因:
*金融がグローバル化し、投資機会を求めるカネが国境を越えて飛び交う中では、企業は常に買収対象となる可能性を意識していなければならない。収益力が落ちれば株価も落ち、買収されてしまう。
*「豊かさの中の貧困」:ワーキングプアの『蟹工船』状態は経済の先細りにつながることは企業にも分かっているが、当面の自己防衛のためにはコスト削減の手を緩められない。こうして恐慌前夜に現れていた格差と貧困の風景はますます荒涼化していく。》
p. 98【「ミッション・ドリフト」:「ミッション」(本来的使命)から「ドリフト」(遊離・遠ざかる)し、本末転倒となること。】
p.106 【「擬似資本家」・「擬似経営者」=「投資ファンド」。結果が全ての為、当面の収益確保の為、ハイリスクに目を瞑ってでもハイリターンを目指し、資金の引き上げを防ごうとする→「ファンド資本主義」。(投資ファンドは資本化の資金をあずかり、投資や経営を代わりに請け負うが、収益が上がらなければ「クビ」になる「雇われ」のため将来への影響を考慮した行動をとることは難しい。】↓
p.108〜109 【目先の収益責任重視の擬似資本家たちの行動が恐慌をもってしなければ調整不能な経済的ゆがみの深化に一役かった。
一方で、本源的な資本家(オーナー)の考え方も擬似資本家の出現によって変質した。
本源的な資本家だけで生産手段を独占するやり方は、次第に限界が見えてきた。しかも、グローバルなスケールでビジネスを展開しようとすれば、オーナー経営ではとても目が行き届かない。
そこに生まれたのが、苦労して一喜一憂するよりは『人に任せた方が楽』と言う発想だ。
自力での会社経営ではリスクが大きいし、資本の回収までに時間が必要だ。ところが投資ファンドを使えば、お任せで、しかも直ちに収益が上がる。かくして、かつての資本家たちは、間接投資家としての味を覚えてしまうことになったのである。
擬似資本化郡の出現によって、いわゆる機関投資家たちの行動も変わった。年金基金の場合がその典型である。《中略》ファンドの行動を監視する彼らの目は厳しく、収益責任だけでなく倫理面でも無茶をしないように見守っているが、それでも資産管理はやはり間接的にならざるを得ない。】
その限りではやはり危うさが伴う。
*効した資本のいわば二重構造化は、結局のところ経営の集団無責任かにつながっていく。経営に関する最終責任を負うのは、本当のところ誰なのか。それがどんどん曖昧になって来ている。
労働組合は、一体誰を相手に賃金交渉をすればいいのか。擬似経営者でもある擬似資本家なのか。彼らに操られる既存の経営者達なのか。はたまた、投資ファンドに資金をつぎ込んでいる投資家達なのか。
*資本家であって資本家でなく、経営者であって経営者で無い人々が、それぞれ勝手な論理で自分にとって最適な解を追い求めていく。
そのような状況の中では、結局のところ、誰にとても最適ではない結果に立ち至ってしまうかもしれない。最適どころか、最悪の事態に知らず知らずのうちに陥っていく事もあるだろう。集団無責任化した経営の怖さである。】
p.122【SWF:「政府系ファンド」(p.126 ソブリン・ウェルス・ファンド:Sovreign Wealth Fund:SWF)】
《UAE:「アラブ首長国連邦」
ADIA:「アブダビ投資庁」
DIC:「ドバイ・インターナショナル・キャピタル」
CIC:「中国投資有限責任公司」
RNWF:「ロシア国富ファンド」(p.144)
他の投資庁:サウジアラビア投資庁・カタール投資庁・クウェート投資庁など。2009年現在で世界に40を超える政府系ファンドが存在すると見られている。政府系ファンドの存在そのものが目新しいわけでは無いが、それが注目されるようになった一因は中国(外貨準備高(世界一)1兆ドル)がファンドの設定に乗り出したからである。》
p.124 【「外貨準備」:為替危機などの有事に備えて、現金に近い形にしておくのが普通。多くの国々がアメリカの財務省証券の形で持っている。(すぐに換金できる為)だが、中国の様に外貨準備高が1兆ドル分もあれば、この様に膨大な金額を、何も全額、準現金スタイルで持っていることは無い為、中国も政府系ファンド(CIC:中国投資有限責任公司)を作る事にした。
*1990年代においては、ヘッジファンドが『世紀末の妖怪」と呼ばれ恐れられていた。そのヘッジファンドの現在の預かり資産は、全世界で1兆6000億ドルだと言われる。それに対して、世界の政府系ファンドの総資産は2010年までに5兆ドルを超え、2015年までには、12兆ドルにまで膨れ上がるだろうと言う推計がある。「国家版のハゲタカ」とも呼ばれる世界の政府系ファンドが銀行や大手小売業の株主化し、しかもその中で最も金持ちなのが、共産党一党独裁体制化の中国(「赤いハゲタカ」)なのである。(ロシアについても、資源大国として蓄積した富を駆使して世界制覇を狙ってくるのではないか?)】
p.129〜131 【「SWFはハゲタカか救世主か」】
《2007年12月には、アラブ首長国連邦のアブダビ通貨庁が、アメリカのシティグループに対して約75億ドルを出資し『救世主』役を演じた。
その理由は、〈中東湾岸の産油国たちは、『湾岸協力会議』(GCC:Gulf Cooperation Council=「ペルシャ湾岸産油国の金持ちクラブ」)を構成して、ドル建てで膨大な石油収入を保有している。
また、クウェート以外(バーレン、オマーン、カタール、サウジ、アラブ首長国連邦)は自国通貨をドルに連動させている為いずれの観点からもドルの暴落は避けなければならない。従って、アメリカで金融異変が生じれば(大手金融機関が窮地に陥るなど)救済に乗り出さない訳には行かない。
中国もまた大部分の外貨準備高をドル建てで保有している為、同様に救済に乗り出す必要があった。→つながり過ぎていて潰せない。》
p.132〜135 【「日本に政府系ファンドは必要か」〜そうではないのでは?】
**政府系ファンドによる資産運用というやり方は、基本的に特殊事情を抱たえ国々による国富形成の為の、いわば苦肉の策である。
(日本には『特殊事情』が無い国なのではないか?)**
《政府系ファンドというものは、極めて特殊な事情や環境条件の下に置かれた国々によって、その中で自国の富を保全し、拡充する為に作り出されてきたやり方である。
大手の政府系ファンドを持つ国々の顔ぶれを見れば、それは明らかである。
中東の産油国には膨大な石油資金がある。だが、厳しくて特異な自然環境の下で、なかなか生産的な投資機会を十分には作り出せない。
北海の国、ノルウェー、小さな金融大国、シンガポールも同様である。
いずれも、国内だけで資金を回していたのでは、国富の蓄積におのずと限界がある。政府系ファンドは、そのような国々が生み出した、国家基盤形成の為の特殊な手法である。》
*政府系ファンドによる資産運用というやり方は、基本的に特殊事情を抱たえ国々による国富形成の為の、いわば苦肉の策である。
日本は自国の政府系ファンド設定に乗り出さず、他国の政府系ファンドの呼び込みに積極的になっている。(2009年、日本政府は海外政府系ファンドの対日投資について、国債や預金に関する利子所得を非課税扱いとする方針を打ち出した。特に中東産油国からの資金取り込みを狙っての措置であるらしい。日本にとって、書亜外国の政府系ファンドたちは、どうもハゲタカから転じて、確実に救世主の色彩を濃くしつつある模様であり、自前の政府系ファンドを作ると言った状況では無さそうである。
p.145〜148 【「誰もいなくなる」世界の恐怖】
《『我欲3点セット』:「独り占め」・「早い者勝ち」・「弱肉強食」
2008年7月の「洞爺湖サミット」。形骸化・年中行事化したサミット(「またやるの?なぜやるの?」)の度に、『精神に戻ろう』式のことが言われる。(1975年第1回ランブイエ(フランス)サミット。世界不況会費に向けて主要六カ国(当時)の首脳が一堂に会した)
とうやこさみっとは、「グローバル時代の早すぎる終焉を以下に回避するか」をテーマにすべきだった。
*《『我欲3点セット』:「独り占め」・「早い者勝ち」・「弱肉強食」において勝者になる事を各自が追求すると、結局は誰もサバイバルできなくなり、『誰もいなくなる』事になってしまう。
p.149 【◎「資本主義と自由 」(日経BPクラシックス)(ミルトン・フリードマン/日経BP社(2008-04-10)】
《著者フリードマンはノーベル賞経済学者。1962初版。「資本主義こそ、社会的不平等解消の特効薬」と主張する内容。世界が社会主義化することへの恐れと焦りが、著者を極端な資本主義礼賛論へと追いやったが現在(2009年)では、まさにその逆の方向に力が働きそうになっているように見える。「社会主義と自由」と言う本をそのうち誰かが書くかもしれない。まさか「全体主義と自由」(全体主義〜統制・監視)はないだろうが、そうならないように努力しないと、さみっとは「またやるの」どころか、「もうやれない」分断と統制の世界の到来となってしまう。
*最悪の事態がきても、それが恐ろしいあまりに統制経済化と『自分さえよければ』主義による囲い込み、そして「引きこもり」の方向に向かう事の内容、意識の共有を図っておくべきである。》
p.151 【「籠城に向かう地球経済」】
《2008年の「電気」・「おコメ」・「おカネ」を巡る「引きこもり」経済〜「外貨導入」といいつつ、肝心なところでは国益優先の「引きこもり」。
「電気」:「J-POWER」(1952年に特殊法人として設立・現在は完全な民営企業の日本の『電源開発』。この「電気屋さん」に対し外資(投資ファンドの「TCI」(ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド)が「J-POWER」株を買い増そうとしたが、日本政府が外為法に基づく買い増し中止勧告を出した。
日本も欧州諸国も、お互いに相手のエネルギー事業にのっとり攻勢をかけながら、相手の参入は総力で跳ね除けようとするのが実態。》
p.153 【「暴走する分断と排除の論理」】
《「おコメ」:2008年の深刻な穀物市場パニック(中国などの経済発展による穀物消費増大・バイオエネルギーによる穀物高騰・投資資金の大流入)
→農産物輸出諸国(ベトナム、インド、中国、エジプトなど)が「コメ」の輸出に規制。国々は、自給体制に引きこもるためのにわかごしらえに余念がなくなり、『外貨は要らない。米の方が大事』と言う心理に輸出国がなってしまい、世界中がパニックに陥って、可能な限りの食料を抱え込んで引きこもろうとする。そのような展開になれば、地球経済は完全に分断の世界に踏み込んでしまう。》
p.155 【「小さくなっていく地球」】
《グローバル化(IT・金融の国際化〜タイムラグの消失)により、カネ・モノ・ヒトの順に動くスピードが早くなり、国境・地平線は「消失」。
地球は「瞬時に何処とでもコミュニケーションが取れる」ようになったことにより、「広がった」のではなく、「狭く」なってしまった。地球がどんどん小さくなっていく時代においては、地平線が玄関先にまで迫り、『自分さえよければ』の論理では、誰も生き残れなくなってしまう。
これからの時代を生きる人間は、地平線を分かち合わなければいけない。そして、今ほど人間の善意、寛容さや視線の高さという物が、試されているときは無い。》
p.158 【「ドーハ・ラウンドの決裂の真相とは」】
《2008年7月「ドーハ・ラウンド」(WTO:世界貿易機関)〜正式名称「ドーハ開発アジェンダ」。「ラウンド」は「交渉」の意味合いを持つが、「アジェンダ」は「計画」や「検討課題」の意味を持つ。ドーハ・ラウンドの主要テーマは、脳三部卯や工業製品に関する関税の引き下げ、またサービス貿易の自由化などとなる。しかし貿易自由化交渉を進めるに当たっても、発展途上国の利害を特別に考慮するのが前提となっており、そのために『交渉』では無く『計画』や『検討課題』となる。
ドーハ・ラウンド決裂の表面上の理由は、インドとアメリカ《共に農業輸出こく》の意見が折り合わなかったことにあるとされているが、問題の本質は別のところにある。対立の図式はインド対アメリカでは無く、インドを代表とする新興国集団と、アメリカがその一部をなす成熟諸国集団と言うもで、要は、世代間で衝突が起きているのである。表向きは『途上国の為に」等といいいながらも、成熟諸国の本音は自国の利益を守ることでしかない。それが、共に農業国であるがために利害が衝突し、そこにスポットが当たったがゆえに、アメリカとインドの対決の如く見えている。
しかし、もう一歩踏み込んで考えると、問題の本質が見えてくる。それはWTO(世界貿易機関)の理念の喪失であり、WTOが「紛争処理機関」に成り下がってしまったところに、最大の問題がある。
本来、WTOは「多角的な貿易自由化」「多角的で互恵的(ごけいてき)な貿易の守り手」と言う、ある意味、素晴しい役割を担っていた。WTOの前身GATT(関税貿易一般協定)の基本理念は「互恵主義」であり、この理念は、そのままWTOに引き継がれてしかるべきである。また、GATTからWTOに変わったときの一つの大きな側面として、紛争処理手続きが確立され、そこで紛争を仲介・裁定し、しかるべき理由があれば改善措置を命令出来る事になった。それ自体は悪い事では無いが、これによってWTOは「切った張った」の世界、勝敗を決する世界と化したのである。↓
p.162 【WTOはなまじ紛争処理能力を持ってしまったために、紛争を前提にした交渉の対処に多忙となってしまった。
こうして】「調停に持ち込まなければ損」と言った状況に陥り、互恵主義でお互いに豊かになれる市場を提供しようと言う理念は置き去りにされ、「ゴネ得」で訴えた者が勝ちと言う、本末転倒の姿となってしまった。もちろん『言うべき事を言う』ことは決して悪いことではない。しかし通商政策の担い手たちが『自由・無差別・互恵」という、「貿易の三原則」を見失い、最も忌避すべき「自分さえ良ければ」と言う病に冒されていることに、問題は内包されているのではないだろうか。】
p.176 【「わずかに残された希望」】
《オバマ大統領の就任演説のメッセージ:
1.「いまや、我々は子どもだった頃の振る舞いを捨てなければならない。」(聖書:「聖パウロのコリント人への手紙」よりの引用)
2.「今や、富が一握りの人々の手に集中する時代は終わった。豊かさはより多くの人々によって共有されなければならない。」
〜「一人勝ちの論理」から「共存の論理」へ。