鈴木恵のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
翻訳ミステリの多国籍化がすっかり歓迎ムードになっている昨今。英米の小説よりももしかしたら売れ行きがいいのではないか、とさえ思わせる北欧ミステリの世界的な台頭はやはり目立つ。
その中でも異色の作家ジョー・ネスボ。主人公の個性を大切にする傾向が強い北欧作家の中でも、強烈なオリジナリティを持たせるジョー・ネスボ。本作はネスボらしからぬ薄い一冊で、中編と呼んでも過言ではないほどの<ポケミス>ぶりだ。
そして数多くのパルプノワールが傑作を生み出してきたように、作品の長さではなく、詩のように語られ、詩のように生き、詩のように死んでゆく薄手の作品は、今日も、いつの世でも、どこの地でも好まれる傾向にあると思う。
抒情溢れるクリスマス・ストーリー。救いようのない人生の中で、主人公の殺し屋家業の青年が夢見、恋をした。一瞬の出会いとさえ呼べない出会いが、人生を決定づける。
悲しくも美しいラブストーリー。行き場のないメルヘン。苦しく不器用の連続であった人生に手向けられた花束のような一篇。素敵で胸の衝かれるこの作品に、是非とも酔い痴れて頂きたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[監督,脚本,主演,大統領]先日のアメリカ大統領選で革命的とも言える勝利を収めたドナルド・トランプ次期大統領。その生い立ちから,共和党全国大会における大統領選候補の指名受諾までを追ったワシントン・ポスト取材班による力作です。計20人以上の記者を投入し,謎とブランドによるヴェールに包まれた次期米国大統領の生涯と世界観を明らかにしていきます。訳者は,野中香方子,池村千秋ら5名の翻訳家。原題は,『Trump Revealed: An American Journey of Ambition, Ego, Money and Power』。
2016年を飾る人物を評した2016年を飾る1冊。「不動産王」と紹介されることの多いトランプ氏ですが,本書を読むとそれは一側面に過ぎず,捉えきれないほど多様な顔を有することがわかります。語弊を恐れずに本書から浮かび上がってくるトランプ氏を簡潔に表現しようとすれば,「自ら暴風を起こすことのできる目利き風見白頭鷲」といったところでしょうか。
〜自分の職業について,彼はぶっきらぼうにこう述べている。「俺はドナルド・トランプをやっている」〜
トランプ氏自身は本書を「退屈だ」と(高く?)評価したようです☆5つ -
Posted by ブクログ
「特捜部Q」シリーズが人気のデンマークの作家、オールスン。
じつはこれがデビュー作とは。
重厚でスリルあふれる作品です。
第二次大戦中。
英国軍パイロットのブライアンとジェイムズは、ドイツに不時着。
必死で逃げ延びて列車に飛び乗り、重症のナチス将校になりすますことに。
搬送先は「アルファベット・ハウス」と呼ばれる精神病院で、戦争神経症の患者が集まっていた。
そこに実は悪徳将校の4人組も病気のふりをして紛れ込んでいて、互いに見張り疑う息詰まるような生活が始まる。
やがてブライアンだけが命がけで脱走しましたが‥
ブライアンはジェイムズを捜しますが、行方は知れないまま。
医師として成功し、オリンピックでドイツに行くことになったブライアンは、かっての悪徳将校が町の名士になっていることを知って驚く。
病院の看護婦で献身的なペトラや、ブライアンの妻も、すれ違いつつ果敢に役割を果たします。
戦争物というよりは冒険物、それよりも特殊な状況下での友情物というべきか。
切ない幕切れ。
これほど長い間‥
と思うと胸が詰まるものがありますが、苦いようでも、先に希望はないでもない終わり方。
デンマークの作家だけど~ドイツでも大人気とか。
ルメートルの「天国でまた会おう」はやはりフランス的だったかな‥と。
戦後へと続く友情物という共通項がありつつ、何となくですが~お国振りの違いを思いました。 -
Posted by ブクログ
冒頭の1ページからラスト1行まで痺れる小説など滅多にあるものではない。冒険小説の名作として散々語り継がれてきた「深夜プラス1」だが、読者が年齢を重ねる程に味わい方も深くなる大人のためのエンターテイメント小説であり、陶酔感でいえば当代随一であろう。優れた作家のみが成し得る唯一無二の世界へとどっぷりと嵌り、惜しくも最終ページへと辿り着いたあとは、軽い恍惚感と心地良い余韻にしばし浸る。他の作品では今ひとつ精彩が無いギャビン・ライアルが遺した奇跡のような「深夜プラス1」。発表は1965年。新訳を機に再読する。
第二次大戦終結から二十年後。元レジスタンスの闘士ルイス・ケインは、無実の罪で警察に追われる実業家をフランスからリヒテンシュタインまで護送する依頼を引き受ける。護衛役となる相棒には、元シークレットサービスで欧州3位の腕を持つガンマン/ハーヴィー・ラヴェル。大西洋岸のブルターニュに到着した実業家と秘書を乗せ、目的地に向けてシトロエンDSは闇の中を疾走する。その先に待ち受けるのは、正体不明の人物に雇われた殺し屋たちの罠。予測不能の強襲に対し、ケインらは培った経験と技術で応酬する。
物語の構成は極めてシンプルで、黒幕となる人物も意外性としては低い。だが、複雑なプロットを排した故に、展開するストーリーの密度が濃くなっている。一瞬の判断で危険を察知/回避し、敵を如何に欺いて翻弄するか。プロの仕事に徹するケインとラヴェルの伎倆が燻し銀の輝きを放つ。
成熟しながらも過去への感傷を捨てきれない男のロマンティシズムが横溢し、独自の世界観を創り出す。主人公や脇役、端役に至るまで、その場/その状況に応じてぴたりとはまる言動をとるのだが、これが実にクールでスタイリッシュなのである。登場人物の信条やレトリック、銃器や自動車へのこだわりなど、本筋よりも細部を味わうことに喜びを見出す〝欲深い〟冒険小説ファンにとっては、読めば読むほど味が出るに違いない。殺し屋を「ガンマン」と呼称するところなど、懐古的でありながらも、舞台をヨーロッパに移した「ウエスタン」としても捉えることでき、新鮮な印象を残す。
キャラクターとして人気の高いラヴェルだが、ドライなケインに比してウエットな性格であり、中途からは殆ど役に立たない。硬い殻の中に弱さ/ナイーブな一面を持つラヴェルは、或る種の女々しさも併せ持つハードボイルドの世界を象徴する人物ともいえる。ハードに生きる男の理想像を描きつつ、ラヴェルのような鬱屈した人物を配置したライアルの巧さが光る。再び暴力の世界へと戻り、己を律することで仕事を成し遂げたケインの自信と誇り。ラストシーンにおいて、対極的に収束する二人のアイデンティティー。その対峙は一層際立っている。
名前から女性によく間違えられるらしいが、翻訳家・鈴木恵は男性である。翻訳の良し悪しを評価できる素養を私は持たないが、硬質ながらも単調な言い回しが気になる菊池光に比べ、よりしなやかでスマートな文章に仕上がっており、一人称であるからこその魅力を伝えている。
ソフィスティケートの極みともいうべき「深夜プラス1」。終幕をそのままに表したものだが、名作に相応しいタイトルを付けたライアルは、この時まさに神懸かっていたのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦争に赴く若き兵士たちと、戦地での悪夢のような体験。戦争を挟んで、30年後出会った幼な馴染みは、地獄のような体験により狂気という犠牲を払って待っていた。
ひどく簡単に本書の概要を記すとこうなるが、こうしてみると1970年代に劇場で観た強烈なベトナム映画『ディア・ハンター』を思い出す。主役のロバート・デ・ニーロとその周りを固める同郷の戦友たちの物語であって、ベトナムという地獄がもたらした人間性破壊の悲劇でもあった故に、若かった魂を心底揺すぶられた作品である。
本書は、あのディア・ハンターが持つ細密で長大な描写に近いディテール力を持つ。映画『ディア・ハンター』は、徴兵前夜の若者たちの一日を執拗なまでに描き、それに代わる唐突な戦場の描写は中盤にエピソードのように挟まり、しかし強いインパクトを観客に与える。映画は、戦争によって変わってしまった人間模様の戦後・後半部へと様相をがらりと変えてゆく。そこで友情や男女の愛を溶鉱炉のように変化させてしまった戦争の影響が陰影深く辿られ最大の悲劇に向かってゆく。
本書は、戦前部分よりも戦時部分のある特殊な悪夢体験を執拗に描くことでスタートする。第二次大戦末期、出撃した爆撃機の墜落により、パラシュートで脱出した二人の英国軍兵士が、ドイツの奥深くに逃げ延びる。追い詰められた彼らは病院列車に飛び乗り、死んでゆく親衛隊将校らに成り代わって生き延びるが、彼らはそのまま精神を病んだ者として、<アルファベット・ハウス>と呼ばれる過酷な施設での日々を余儀なくされる。さらに命を狙う四人組、脱走、死闘、空爆による施設の壊滅……と、これだけで第一部は終了する。
作者はしかし、「これは戦争小説ではない」と書いている。その通り、第二部は、生き別れた友のことを人生の十字架として感じている兵士が30年後のドイツへ赴くことで展開する新たなストーリーである。日々、死を意識させられて心まで病んでいたアルファベット・ハウスの記憶を軸に、あの四人組の残党と、置き去りにしてきた友との罪と贖いと許しの物語である。
人間の心を弄ぶ病院施設というと映画『カッコーの巣の上で』を思い出す。何と、作者は父が精神科医だったため幼少の10年間を精神病院で育ったそうである。そこでは患者が本当に精神を病んでいるのではなく、ふりをしているかもしれないという疑惑を常に感じていたそうである。それゆえ仮病が可能な病気としての精神病院という施設、そこでしか起こりえない陰謀、恐怖などがスリラーのモチーフとしてこの物語を構成しているようである。
精神への打撃を受けた友と、彼を救い出しに来た幼な馴染みは、少年時代の痛烈な思い出を共有しつつ、もう再生があり得ないような悲劇と犠牲を交感する。ナチというなんとも重たい歴史的題材に、人間を心身ともに支配するという最大の悪を表現してみせた力作である。これがデビュー作とは、そしてこの本の完成に8年を費やしたとは。作家としての活躍が光る『特捜部Q』シリーズ以前にこれほどの傑作をものにしていた作者、やはり只者ではなかったのである。 -
Posted by ブクログ
「ニューヨークのとある分署の刑事班」の「ある夜の出来事」を淡々と描く様子から起こる物語…夏の終わり頃から雪が降り頻るまでの数ヶ月に及ぶ物語である…「ある夜の出来事」が不思議な繋がりを帯び始め、ニックの心境の変化、ニックとエスポとの関係の変化、ニックの周辺の人々が描かれる…
誰しも、「ある夜の出来事」で自殺らしい遺体と射殺された遺体とに一度に出くわす程に激しい状況で暮らしている訳でも無いであろうが、それでも物語を通じて描かれる「ニックの憂鬱」のようなものには、「仄かな心当たり」が在るような気がする…「手が込んでいる」という印象は薄い他方で「如何にも何処かに在りそう」という按配のリアルで渋い物語だ…