鈴木恵のレビュー一覧

  • 失墜の王国

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    主人公ロイの住む山間の村。彼の弟カールは、新妻シャノンとともに村をリゾート地へする計画を携えて帰ってきた。リゾート化計画は、村を豊かにするためだとカールは言う。だがロイは、弟の本心は村を支配することにあると察していた。そこに殺人事件が起こり……。

    著者の作品を読むのは、「コマドリの賭け」以来、2作目。厚さも値段も物語も圧倒的。

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    2025年02月03日
  • 失墜の王国

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    ネタバレ

    非常に遅くなったが、2025年一作目。
    ノルウェーの作家、ジョー・ネスボのノワール大作。

    弟カールが故郷である山間の村に帰ってきた。
    外国人の妻と、故郷の村をリゾート地へと発展させるホテル計画とともに。
    兄のロイは不安ながらも弟の計画に乗るが、奇しくも兄弟が過去に関わった事件の再捜査が始まり。。。

    上下段の500ページ越えと、非常に重厚な作品。サクサク読めるのだが、読み終えるのに流石に日数がかかってしまった。

    兄弟、特に兄をメインに据えたノワール。少しずつ歯車が狂い、堕ちていく様が見事。家族小説、サスペンス、恋愛小説など、様々なジャンルを内包しており、飽きさせない。
    弟カールが本当にお調子者というか、口だけというか、いつも見積もりが甘いダメ男だけど、周りがなんとかしてくれるので上手く行っているという。兄のロイが気の毒すぎて。。。
    全編に漂う暗さが北欧小説らしい。

    そしてなんと、まさかの続編があるという。。。えぇ、あの最後からどう繋げるのよ、と思わなくもないが、邦訳を楽しみに待ちたい。

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    2025年01月16日
  • 失墜の王国

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    ★5 ノルウェーの深い谷に囲まれた田舎町… 人間の愛情と業が深々と描かれるノワール #失墜の王国

    ■あらすじ
    ノルウェーの深い谷に囲まれた田舎町オス、その村の農場でロイは暮らしていた。彼はガソリンスタンドの店長として生計を立てていた。

    ある日、アメリカで暮らしていたはずの弟カールが、妻シャノンと一緒にオスに戻ってくる。カールは農場にリゾートホテルを建設する詐欺まがいの計画を持ち掛けてくる。さらにこの兄弟は重大な秘密があり…

    ■きっと読みたくなるレビュー
    ★5 北欧の重厚なノワールミステリー、重いっ

    最初から最後まで、寒々しく、じとっーとした雰囲気に包まれます。さらに舞台は田舎町のスモールタウン、登場人物もほとんどが知った仲で人間関係も粘り気が強いの。描かれる物語も、おもいっきり犯罪小説です。じっくりと腰をすえて読みましょう。

    こんなにも人間の愛情と業を深々と描いている物語を私は知りません。金、性欲、暴力、虐待、脅迫、詐欺、殺人… これら関連する犯罪が堅実に行われていく。決して派手ではなく、さも当然そこにあったかのように淡々と人間の醜さが描かれるんです。

    どんな犯罪小説であっても、悪事の背景には少なからず同情の余地があったりするんですが、本作はそんなものはありません。何故そうなってしまったのかのではなく、何故そんな選択をしてしまったのかと腹が立って仕方がない。自分の愛情だの欲望だのに正直なだけで、身勝手な愛がそこにあるだけなんです。

    しかしながら、このまっすぐな愛、歪みまくった欲望を、緻密に厳粛に描かれるんですよ。人間が最も求める本能と、人間が最もやってはいけない行動の対比が強烈すぎる。

    物語は後半になると展開がスピードアップし、自分勝手な欲望に拍車がかかってくる。マジでそんなことになんの?って、ひっくり返りそうになりました。さすがにそれはありえないよ~

    そして終盤に描かれる兄ロイの犯罪行動はあまりにも残忍… そして弟カールの犯罪行動はあまりにも幼稚… 彼らの生きてきた環境がどれだけしんどかったのかは同情するけど、その結果がこれですかって感じで憐れすぎて泣ける。

    こういうのを見てると、同じ暮らし、同じ環境、同じ人間関係でいることは、大きな失敗に繋がりますね。脱皮しない蛇は滅びるといいますが、自分の殻に閉じこもっていては、成長なんてできないんです。

    ちなみに続編もあるようで、こんなひどい話の続きなんて読みたくないんだけど、めっちゃ読みたい。ぜひ翻訳お願いします。

    ■ぜっさん推しポイント
    この兄弟は様々な犯罪に手を染めるんですが、何も悪いのはこの二人だけではありません。むしろ背景にいる多くの女性たちの行動によって、犯罪が推し進められていくんです。

    弟カールの妻シャノン、理容師グレーテ、リタたちのやってることをみてると、関わっている男はこうやって追い込まれていくというのがよくわかります。

    またガソリンスタンドの従業員ユーリエ17歳の行動や価値観を見ていると、根はいい子だと思うんだけど、やっぱり育つ環境って大事なんだなーと思っちゃうなぁ。高校生の子どもをもつ親としては、なんか胸が苦しくなりました。

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    2025年01月10日
  • ロビンソン・クルーソー(新潮文庫)

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    ロビンソン・クルーソー › 初版発行
    1719年4月25日

    ロビンソン・クルーソー (光文社古典新訳文庫)
    by デフォー、唐戸 信嘉
     私は一六三二年にヨークで生まれた。家庭は裕福であったが、土地の者ではなく、父はブレーメン生まれのドイツ人で、英国にやってきた当初はハル(1) に居を構えていた。父は商いで財を成し、それから商売を辞めてヨークへとやって来た。そこで私の母と結婚した。母の実家はその土地では大変な金持ちで、ロビンソン家といった。そうした事情で、私はロビンソン・クロイツナーという名前になった(2)。けれども、クロイツナーといういかにもドイツ風の名前はいつしか英国式にクルーソーと呼ばれるようになり、私たち家族も自らそう名乗るようになった。以来、私はクルーソーで通っている。

    家に帰るという選択肢については、羞恥心がそれを許さなかった。近所の人々に笑われるだろうし、父や母、その他の人々に合わせる顔がなかった。人の心、とりわけ若者の心というのは、理性の導きに逆らい、馬鹿げた行動をとらせるものである。当時を振り返るとき私は常々そう思う。罪を犯すことは恥じないが、悔いることは恥じる。愚か者と呼ばれるようなことをしても恥ずかしくはないが、反省して引き返し、利口者と呼ばれることを恥ずかしく思う。そういうものらしい。

    そのままの暮らしを続けていれば、私にはどんな幸せも手に入ったはずである。私の父が熱心に、静かで控えめな生活を推奨したのも道理で、父がいう中間の身分の暮らしにこそ多くの幸せがあるのだった。けれども私は別のことに心を奪われていて、再び悲惨な境遇へと自ら飛びこんで行こうとしていた。やがて自責の念に苛まれることも知らず、過ちをくり返し、恥の上塗りを重ねようとしていたのである。そうした失敗の数々は、どれも私の愚かな放浪癖によるものであるが、私はその悪癖を捨てられなかったばかりか、むしろ好んでそれに身を任せた。自然や神は私に別の生き方をし、別の道を歩むように説いた。その声に忠実に耳を傾けていれば、私は間違いなく真っ当な人間になっていただろう。しかし、不幸にして私は正反対の道を歩んだのである。

    しかし、そうして落ちこんでいるとき、不意にこのように思った。私は最大の苦しみから救われることばかり考えて、これまで幾度となく救われてきたことを忘れている。私は次のように自問せざるをえなかった。「私は病気から救われたではないか? これまでで一番辛い、恐ろしい病から救われたではないか? 私はそのことをよく考えてもみない。私は自分の務めを果たしたであろうか? 神は私を救ったが、私は神を讃えていない。私は神によって病から救われたことを認めず、それに感謝してもいない。ならば、神からさらなる救いをどうして期待できようか?」

    しかし同時に、かつてアフリカのバーバリー地方に上陸した際、イギリス人奴隷がぶどうを食べて赤痢と高熱で死んだことを思い出した。食べ過ぎには注意が必要だったのである。そこで私は格好の利用法を思いついた。ぶどうを太陽の下で干して乾燥させ、レーズンにして保存するのである。こうすれば、ぶどうが実をつけない時期にも美味しく食べることができ、しかも衛生的なのだった。

    そうして八月に小屋が完成すると、私の生活はいよいよ充実した。八月三日、木に吊るしたぶどうが完全に乾き、素晴らしいレーズンになっているのを見て、さっそくぶどうの収穫をはじめた。このタイミングで収穫できたのは幸運だった。もう少し遅ければ雨にやられて冬の食料の大半を失うはめになるところだった。ぶどうは大きな房のものが二百以上もあった。ぶどうの収穫が終わり、その大半を洞窟に運び終えた頃、雨が降り出した。その日は八月の十四日であったが、その日以降はずっと雨模様となり、これが十月の中旬まで続いた。ときおり激しく降ることもあり、何日間も洞窟から出られないこともあった。

    雨に降られて外に出られない場合でも、やることはたくさんあった。気晴らしのつもりで、私は仕事をしている間中オウムに話しかけていた。言葉を覚えさせようと思ったのである。オウムはすぐに自分の名前を覚え、とうとう大声で「ポル」といった。これは私がこの島で耳にした、自分以外の口から発せられた最初の言葉であった。だがこれはもちろん仕事ではなく息抜きに過ぎない。私はこのとき別の大仕事に取り組んでいた。それは土器の製作で、土器は是非とも手に入れたい道具であった。このために長い間研究をしていたのだが、どのように作ればよいのか私にはわからなかった。ただ気温は非常に高くなるので、粘土を手に入れ、それらしいかたちに整えて天日に干しさえすれば、硬く頑丈な壺ができるはずであった。そんな壺があれば、乾燥したものを何でもそれに入れて、湿気らせることなく保存できるのだ。穀物やその挽き割り粉を作るに当たり、この道具はどうしても必要と思われた。そこで、できるだけ大きな容器をいくつか作ることにした。保存できればいいだけなので、甕のようなもので十分だった。

    そして、とうとうこんなことを思いついた。カヌー、つまりは丸木舟なら私でも作れるのではないか。丸木舟は巨木の幹をくりぬいて作るが、熱帯に住む人間は大した道具も人手もなしにこれをやってのける。それなら私一人でも作れそうだし、作業も簡単だと思った。カヌーを作るというアイデアに私はすっかり魅せられた。何といっても黒人やインディオにはない工作道具が私にはあるのだ。そう思うと嬉しくてたまらなかった。だが彼らと比べて、こちらにはとりわけ不利な点があることを完全に忘れていた。カヌーができたとしても、私にはそれを水際まで運ぶ人手がないのである。これは大きな不都合であった。私のこの条件と比べれば、彼らに道具がないことは何でもなかった。森で大きな木を見つけてさんざん苦労して切り倒し、道具を用いて外側を削り、内側を焼くなりくりぬくなりしてカヌーを作ったとしても、カヌーをそこから動かせず、海に浮かべることができないとすれば何の役にも立たない。

    ウミガメもたくさんいたが、ときどき一匹捕まえれば食料としては十分だった。木材もふんだんにあり、船をいくつも建造して船隊を作れるほどあった。ぶどうもワインやレーズンを作るのに困らないほどあった。船をたくさん建造していたとしたら、そのすべてをいっぱいにできるくらいあっただろう。

    けれども価値というものは、利用できる分にしか存在しない。私には食べるものが十分にあったし、必要なものがあれば作ることができた。それ以上のものは要らなかった。食べられる以上に獲物を得れば、犬や獣にくれてやる他はない。食べる以上の大麦を蒔いても、腐らせてしまうだけだ。現に、私が切り倒した木々は、地面に転がって朽ち果てており、もはや火にくべる以外に使いみちがなく、それも煮炊き以外に使う機会がなかった。

    こう考えると、神の慈悲が痛感され、苦難や不幸もいろいろあったが、こうして無事に暮らせていることに感謝せずにはいられなかった。世の中には不幸な目に遭うとすぐに「私は誰よりも苦しんでいる」と考える人々がいるが、彼らには是非このことをよく考えてもらいたい。もっとひどい目に遭っている人々もこの世にはいるのだということを。そして、神の思惑次第では、もっとひどい不幸が、いくらでも用意されているのだということを。

    それから私はこんなことも考えて心の慰めとし、そこに希望の光を見ていた。自分にふさわしい境遇――神の裁きにより私が当然陥るべき不幸――を想像し、それを現在の境遇と比べてみたのである。私はこれまでひどい生き方をしてきた。神について何も知らず、神を畏れることなく生きてきた。しかし私が幼かった頃、父と母は教育熱心だった。二人は私に神への畏怖を教え、私の義務が何であり、私という存在の本質と目的にふさわしい生き方とは何かを説いたものである。しかし何の因果か、私は若くして船乗りの生活に身を投じた。

    私は善とは無縁な人間となった。自分が何者であり、どう生きるべきか、一切考えなくなった。サレの海賊から逃れたり、海でポルトガル人の船長に助けられたり、ブラジルで農園が上手くいったり、イギリスからの荷を無事受け取ったりと、幾度も幸運に救われて来たが、一度たりとも「神よ、感謝します」と口にせず、心の中で呟くことさえなかった。絶体絶命の状況でも「神よ、ご慈悲を」と祈ったりせず、そもそもそんな文句を思いつきもしなかった。神の名についても同様で、口汚く罵倒したり冒瀆したりするときしか使ったことはなかった。

    つまり、この島での生活は不幸ではあったが、見方によっては幸運に恵まれた生活であったのだ。足りないものは何もなく、安楽な生活が約束されていた。私に対する神の慈悲と思いやりをよく理解すれば、それが日々の慰めとなった。こうして心を改めた後では、悲哀を感じることもなくなった。

    以後五年間、特別なことは何も起こらなかった。私は同じ場所で、同じ心持ちで、これまで通りの単調な生活を送った。大麦と稲の栽培とレーズン作りは毎年行い、絶えず一年分の食料を蓄えるように心がけた。

    私は島に戻りたくて仕方がなかった。われわれはまったく異なる環境へと連れ出されるまで、自分の境遇がどれほど幸福だったかに気づかない。失って初めて、自分が享受していたものの価値を知ることになるのだ。

    われわれの生活はかくも不安定なものである。最初の衝撃がいくらかおさまり、落ち着いていろいろ考える余裕も出てきた私は、これは全能にして恵み深い神の計らいなのだと考えた。このような状況を用意した神の意図は、むろん私には分からない。ただ、私を作ったのは神である。神は思うままに私を扱い、支配する権利を持つ。その神の力に逆らおうとしても無駄である。それに私は神の怒りを買った人間である。神には私を裁く権利もある。神が私にふさわしいと判断した罰を、私は逃れることはできない。私は神に対して罪を犯したのだから、神の怒りを耐え忍ぶことこそ私の務めであるのだ。

     島に幽閉されて二十七年目を迎えた。もっとも、フライデーと暮らしたそのうちの三年間は、幽閉と呼ぶにはふさわしくないだろう。私の暮らしはかつてとはうって変わり、別種のものになっていたからである。上陸記念日には、最初のときと同様、神の慈悲に感謝を捧げて過ごした。最初の記念日にも神に感謝すべきことがあったが、今はあのとき以上に神に感謝すべきことがあった。神の恩恵を受けているというさらなる証拠があり、まもなくこの島から救い出されるという大きな希望が湧いていたからである。救出の日は近い、それも一年も先のことではない、という打ち消しがたい予感が私にはあった。しかし、こうした予感を覚えつつも、私は普段通りに暮らした。土を掘り、種を蒔き、囲いを作った。ぶどうを収穫し、乾燥させ、必要なことはすべて欠かさずに行った。

    しかも噂では、その地に故意か偶然か入りこんだイギリス人は、例外なくひどい目に遭っている。血も涙もない司祭に引き裂かれ、異端審問にかけられるくらいなら、野蛮人に生きたまま食われるほうがましである。しかしその一方で――私はつけ加えた――もし彼らが全員ここに来れば、人手があるから、全員が乗りこむことのできる大きな帆船だって建造できる。そしてそれに乗って南方のブラジルや、北方の島々あるいはスペイン領の海岸まで行くこともできよう。だが私が彼らに武器を預けた際、彼らが手のひらを返して私を捕らえ、同国人に引き渡したとしたら、恩を仇で返されたことになる。その場合、私は今以上の不幸に陥ることになろう。

     これを聞くと、スペイン人は腹蔵なく率直に答えた。彼らの今の生活は非常に惨めなものである。彼らはすっかり参っている。だから救いの手を差しのべてくれる人を裏切るなど、思いもよらないことであろう。もしあなたが望むなら、自分が野蛮人の老人と向こうへ行き、他の白人たちと話し合ってもよい。

     イギリス文学史でダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』は最初の小説のひとつに位置づけられる。出版は一七一九年。デフォーの親の世代を代表する文人というと、『失楽園』を書いたジョン・ミルトンとかジョン・ドライデンのような詩人、あるいは『当世風の男』で名を馳せたジョージ・エサリッジのような劇作家が有名だが、十八世紀に入る頃には重々しくも華麗でもない、もっと明快でわかりやすい散文の物語、小説という新しいジャンルが人気を博すようになる。そして『ロビンソン・クルーソー』こそ、その先駆けをなす作品だといわれている。

     ダニエル・デフォーは一六六〇年、ジェームズ・フォーとその妻アリスの息子としてロンドンに生まれた。姓はもともと「フォー」であって「デフォー」ではない。彼はのちに「デフォー」と名乗るようになったが、その理由ははっきりしない。祖先がフランス系プロテスタントだったという説もあるので、よりフランス的な響きの「デフォー」を好んだのかもしれない。

     この時代、本格的な産業革命や資本主義の到来はまだ先のことだが、イギリス社会は空前の成長期にあった。デフォーはのちに『イギリス通商案――植民地拡充の政策』(泉谷治訳、法政大学出版局、二〇一〇年)で「女王の保護の下で通商が拡大し、取引が前進し、イギリス国家が帝国へと膨張し、イギリスの貿易商が世界のあらゆる地方で全面的に商交渉を展開した」と書いている。ヨーロッパの国々を牽引する超大国イギリスが、まさにこの時代に誕生しようとしていた。

    デフォーは後年ジャーナリストとして活躍し、さらに小説家にもなるわけだが、きびきびとして明快な彼の文体に恩師の影響は色濃く現れている。『ロビンソン・クルーソー』でも随所に出てくるように、彼は細かい数字を挙げるのを好んだが、そうしたところにも具体的な叙述を奨励したモートンの影響が見てとれる。十七世紀は「科学革命」の時代であり、アイザック・ニュートンが『プリンキピア』を出版し、万有引力を含む自然界の運動法則を明らかにしたのは一六八七年、デフォーが二十七歳のときのことである。デフォーはモートンの教育を通じ、科学的な思想をいち早く吸収したのだった。

    家庭生活も仕事もそれなりに順調だったが、カルヴァン派に属する非国教徒であった彼は、社会のなかで自分がマイノリティであることを強く意識しており、政治の情勢にはきわめて敏感だった。だから、カトリック信者であるジェームズ二世が即位すると、非国教徒の立場が危うくなると考え、モンマス公が起こした反乱にただちに加わっている。これを契機として、デフォーは政治の問題に首をつっこむ活動家となり、臆することなく自説を発信してゆく論客となる。

     デフォーの人生の転機となったのは、「どうすれば速やかに非国教徒を撲滅できるか」(一七〇二年)と題された匿名による政治パンフレットの執筆である。非国教徒であるデフォーがこのような文章をものしたのは奇妙に見えるが、彼はあえて非国教徒を差別する側の視点に立つことで、差別者たちの非人道さを伝えようとしたのだった。だがこの諧謔は世間に理解されなかった。

     ではあらためて、出版後三百年を経てなお読者を惹きつけてやまない『ロビンソン・クルーソー』の魅力とは何なのだろうか。冒険活劇としての魅力はあらためて解説する必要はないと思う。子供の頃に翻案で読んだ読者は、ロビンソンがフライデーとともに「野蛮人」や海賊たちと戦う場面を強く記憶しているのではないだろうか。少なくとも私はそうだった。だが大人になってオリジナルの物語を読んだときには、まったく別の部分に魅力を感じた。それは、ロビンソンという主人公の性格と、彼のサバイバルへ向けた取り組みの部分である。

     古い共同体が終わりを迎えつつある時代に生まれた主人公が、流浪の民であることはむしろ当然であろうか。彼は放浪について、「人類共通の普遍的な病――人間の不幸の大半がそこに起因する病、つまりは神や自然が定めた場所にじっとしていられないという病」だといい、それを私たちはみな患っているのだといっている。もちろん、仕事を求めて移動を余儀なくされるという場合も多い。

    しかしロビンソンのように、今いる場所に退屈し、あるいは違和感を覚えて、移動をくり返すということもある。ロビンソンの旅は、イギリスからアフリカ、ブラジル、南米の無人島、そしてヨーロッパへの帰還を経て、再び西インド再訪というようにとどまるところがない。彼がなぜ一カ所に満足できないのか、その理由ははっきり書かれていないが、想像はできる。彼が求めているのは、彼の孤独を癒やしてくれるような、古い共同体が担っていたような居心地のよい社会、つまりは故郷のような場所ではないか。

    ロビンソンに故郷はない。彼の父親がドイツ人で、イギリスでは異邦人であった事実も暗示的だが、何より古い共同体そのものがこの世から姿を消しつつあったのである。ロビンソンが、放浪に憑かれているのは自分だけでなく、「人類共通の普遍的な病」だといっているのは至言というべきだろう。共同体という故郷の喪失、孤独な人間の誕生、孤独を癒やしてくれる故郷の探求は、連鎖的に発生した近代の病なのである。そしてこうした一連の問題は今も未解決で、私たち読者が抱える問題でもある。良…

     無人島でのサバイバルも、同じように興味深い。住まいの建設、狩りや採集、農業による食料の確保、衣服や道具の製作は、フィクションということを忘れてしまうほどに、実に具体的に、生き生きと描かれている。土を掘り返すシャベルや鍬や鋤、食料を調理し保存するための容器、ものを運ぶためのカゴ、夜を過ごすためのロウソクが、生きるためにどれほど必要であるか、それらなしには生活がどれほど大変であるか、ロビンソンは痛感する。彼はたまたまもの作りに長じていたわけではない。彼は、読者と変わらぬ…

     そんな訳で私は仕事に取りかかったが、まず述べておきたいことがある。それは、理性こそが数学の本質であり根底であるので、理性の導くままに測り計算し、合理的な判断を積み重ねていくことで、もの作りに熟練することは誰にでも可能だということである。何より私はそうした道具を使うのはこのときが初めてだった。けれどもとりあえずやってみて…

    最後に、日本でどのように『ロビンソン・クルーソー』が紹介され、読まれてきたか、その歴史についても簡単にふり返っておこう。この小説の日本語訳は数多く、主なものをざっと数えただけでも四十は下らない。児童向けの翻案なども含めるならば、この数は優に百を上回る。

    それによく読めば、彼は祖国のために生きるのでもないし、さらにいえば家族のために生きるのでもない。ロビンソンが生きる理由は自己完結している。そこがこの作品の一筋縄ではいかないところであり、奥深さなのだ。

    一七〇三年 四三歳 前述パンフレットの内容の過激さから、政治犯として逮捕され、さらし台に上げられる。その後、ニューゲート監獄に収監されるが、当時下院議長だった政治家ロバート・ハーリーの根回しにより一一月、釈放。以後、ハーリーの密偵として働く。

    本文中に、北西アフリカ一帯について「文字通りの野蛮地帯」、その先住民について「野蛮人」「蛮人のように私を食い殺そうとする」、また、カリブ海沿岸の先住民について「野蛮人」「カリブ海沿岸の連中は人食いだという話を私は聞いていた」「世界でもっとも無知蒙昧とおぼしき異教徒の社会」などの表現が出てきます。今日の観点からすると、特定の地域や先住民に対する差別的な表現ですが、これらは本作が書かれた一七一九年当時のイギリス社会における、植民地やまだ見ぬ異境についての見方に基づくものです。編集部では、物語の根幹に関わる設定と、当時の時代背景、および三百年前に上梓された本作の、歴史的価値および文学的価値を考慮した上で、原文に忠実に翻訳することを心がけました。差別の助長を意図するものではないということをご理解ください。

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    2024年10月23日
  • 終わりなき夜に少女は

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    重厚だったー!
    基本は行方不明の姉を探す話なんだけども、その捜索過程がいろんな目線で書かれていて、物語として進行しながら、姉が行方不明になるまでの過去も本人語りで書かれていて…
    自分の思いや洞察が、あちこちに散り散りしながらも、最後に向かって物語と共に進む感じが、尊い。
    後半はもうすごいスピード感で、読後なんだか呆けてしまいます。
    登場人物たちに言いたいことは多々あるんだけど、それを割り引いても、私は好きです。

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    2024年09月27日
  • 終わりなき夜に少女は

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    ありきたりの題材なのに何故かページを捲る手を止められなかった。
    悪魔崇拝や教会が密接に関わるアラバマの小さな町。優等生の双子姉妹の姉が失踪した事で数年前の少女連続誘拐事件が蒸し返される。父親が犯罪者なので警察は捜査してくれないのだ、と憤慨した妹レインと同級生の男子2人が独自に姉探しを始める。
    町の人々が持つ思いやしがらみ、子供達の関係性がどんよりとした天気と同じ様に陰を落とす。全てのキャラが鮮やかだが、最後は哀しかった。

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    2024年09月06日
  • 終わりなき夜に少女は

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    ネタバレ

    解説、酒井さんが「この物語は、登場人物の背景や来歴、思い、物語が始まる前に起きていた出来事や物事の経緯などが、後出しで少しずつ言及されていく形式をとる。(省略)読者である私達の内面に浮かぶ波紋、染み込む情緒、徐々に変化する印象。そういった繊細なことが、とても大切されている小説である。(省略)だから、できるだけ何も知らない状態で接して欲しいのだ」と仰っている。
    まさに同感。
    最初はやや、いやむしろかなりとっつき難いのだが、徐々に与えられる情報でどんどんと物語世界に浸されていくのが実感できる。
    なので、これから読もうと思われている方は以下、読み飛ばし頂きたい。
    意外性が損なわれるからネタバレ気を付けてねとかそういうことではなく、物語の積み上げられ方、剥がされ方、ひとつひとつを生のまま堪能すべしという類の物語。


    時は1995年、悪魔崇拝の影が残るアラバマ州グレイスでは、少し前に「鳥男」なる通称で知られた犯人が引き起こしたとされる連続少女失踪事件があった。
    暫くの間なりを潜めていたと思っているところに、新たな少女失踪の話が持ち上がる。
    少女の名はサマー。
    父のジョーはかつて8年の刑で服役している前科持ち。
    父の荒くれ加減に反して、読書をこよなく好み、教会通いにいそしみ、そこで牧師の妻からチェロの演奏を教わるいわゆる穏やかな優等生。
    一方、妹のレインは未成年飲酒の常習、粗い言葉遣い、男遊びに明け暮れると奔放。
    だが、姉のサマーとの絆は何よりも強く、姉の発見を誰よりも強く望む。
    独自の捜索を進めようとする過程で、警官である父を早くに失った体つきは軟弱だが心意気だけは勇猛果敢なノアとその友人、父親からの家庭内暴力を抱えるパーヴに出会い、半ば手下のように扱う形で姉の発見に奔走する。

    衝撃をもたらした『われら闇より天を見る』後初の邦訳作品。
    ただ、原著の出版順としては『消えた子供』に次ぐ第2作目。
    トーンとしてはまさに、この2作を足して割ったような感じ。

    ノアとパーヴの少年コンビがもたらすユーモア交じりの成長譚と、メインの事件を取り巻くグレイスの町に生きる人々の擦り傷だらけの痛々しき人生。
    そこに挟まるサマーの独白パート。
    この事件の真相はどこにあるのか、「鳥男」は濡れ衣で別の事情があるのではと思わせるような、町の人々の疑わしき言動。

    エピソード自体は決して目新しいものではないのだが、その描き方、場面、ワードセンスがとにかく秀逸で、不遇の少年達が自らの人生に立ち向かう心意気や、一見すれた少女レインの姉を思う心持ち、捜査を率いる町の警察署長ブラックが抱える後悔など、ことごとく感情が沸き立つ。
    ほんと凄い作家さんだわ。
    翻訳もいいんだろうな。
    これまでの3作品、いつか絶対再読したいし、本棚に置いて置きたい。

    心配なのは新作が出ていないこと。
    でも英語でググルと今年『All the Colours of the Dark』という作品が出版されている。
    早く邦訳されないかな。
    さらなる高みに達していると期待したいな。

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    2024年08月24日
  • 終わりなき夜に少女は

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    ★5 双子の姉が行方不明になってしまい… 人間の弱さと支え合いを描いた物語 #終わりなき夜に少女は

    ■あらすじ
    アメリカの田舎にある小さな街で、双子の少女のひとり、サマーが行方不明になった。この街では少女の連続誘拐事件が続いており、新たな犠牲者と目されていた。書置きが残されていたことから、警察は家出だと判断され本格的な捜索がされない状況。しかし双子の残された少女はレインは、友人たちと独自に捜索を開始するのだった。

    ■きっと読みたくなるレビュー
    人間って弱い生き物ですよね…

    大人たちですら支え合って生きている世界なのに、まだ経験の浅い少女たちが懸命に生き抜こうとする物語。つらっ

    本作一番の読みどころは、双子の少女たち。姉サマーと妹レイン。レインは行方不明になったサマーを見つけ出すため、日頃から手名付けている男友達と一緒に奔走する。ちょっぴり不良で粋がってる彼女だけど、ホントはいつも不安だし、誰よりも寂しがり屋さん。必死に捜査を続けるレイン、自らを犠牲にしたり、リスクをとった行動もし続けてゆく。

    家族に対する感情もわかり身が過ぎるし、特に男友達や街の不良たちとのやりとりを見てると、自分が年ごろの娘を持ったみたいな気持ちになり、守ってあげたくなっちゃう。でも実際に声をかけようものなら、キモいと言われちゃうんだろうなぁ。

    姉のサマーはおしとやかで清楚な女の子。でも少女から女性へ変化していく時期でもあり、揺れ動く憂わしげな心情があまりにも危うい。ちなみに彼女目線のストーリーは行方不明になる前の時系列で書かれており、なぜ行方不明になっているのか、徐々に景色が見えてくる仕組みになっています。

    さらに他の登場人物たちも、読者の胸を突いてきます。警察署長であるブラックは、連続誘拐事件を捜査しつつも、既に諦めや自身を憂いでいる。凶悪事件も自分自身も迷走している中年男性の悲しさを背中で感じ取ることができました。ただ彼は誰よりも優しい心の持ち主なんですよね…

    レインの男友達であるノアは、警察の手伝いをしている高校生。自分が何者でもなく、弱い部分は隠したい。そしてとにかく一人前の男だと思われたい。はー…わかるよ、うん。まだまだ大人には遠いけど、きっと10年後くらいには頼りがいのある男性になってると思うよ。

    物語の終盤、ついに誘拐事件の顛末が語られる。めっちゃまっすぐな展開。弱く頼りない人間がぶつかっていく覚悟が眩しくて、カッコ良かったです。『我は闇より天を見る』で少女の心情をつぶさに描いたクリス・ウィタカー、本作も胸に沁みる人間ドラマを描いてくれました。

    ■ぜっさん推しポイント
    聞こえてくるんですよ… この物語にでてくる登場人物たちは、みんなが助けを求めている。

    犠牲者も加害者も関わる人々、すべての人が救されたいと叫んでいるんです。彼らは根はいい人ばかりなんですが、圧倒的に弱いんです。生きる力がなさすぎるの。

    ただ脆弱ながらも手を取り合おうとしているところに弱い光があてられ、鬱々たるお話のなかにも少しだけ希望が見えてくるんですよね。みんな今回は辛いことがあったけど、このまま素直に懸命に生きて、ぜったいに幸せになって欲しい。

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    2024年06月14日
  • 終わりなき夜に少女は

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    ネタバレ

    クリス・ウィタカーの翻訳3作目。原著は2017年の作品で、一昨年話題になった「われら闇より天を見る」より前の作品。

    1995年のアメリカアラバマ州が舞台。隣の地区で未解決の少女連続失踪事件がある中、双子の姉サマーが失踪する。姉を探すレインは、ひょんなことから殉職した父を持つノアと暴力的な父を持つパーヴと出会う。一方、地元警察署の署長ブラックは、サマーの失踪と連続失踪事件が関連しているのか決断を下せずにおり。。。

    「われら闇より天を見る」よりミステリ感は薄く、青春小説の色を強くした作品。現代パートはレイン、ノア、パーヴ、ブラックの視点で進み、過去パートはサマーの視点で進む。

    何よりも、ノアとパーヴの会話が非常に良く。そして打ちひしがれた中年のブラックが、ゆっくりと立ち直る様も良い。
    登場人物が多く、また序盤にある程度まとまって情報が入ってくるため、なかなか読み進め難いかもしれない。ただそこさえ乗り切れば、徐々にわかってくる人間関係や新事実を楽しめると思う。良作でした。

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    2024年06月03日
  • 宝島

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    子供の頃から大好きな本。何度読んでもワクワクさせてくれる。
    この本がきっかけで読書の世界に引き込まれた。

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    2025年12月01日
  • 拳銃使いの娘

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    最後まで読んで拳銃使いの娘というタイトルに得心がいった 何か一つのものを守りたいという憧れにつながる
    物騒で苦手な話だったが読みやすくてページ数が少ないせいかサラサラ読めた とても良い

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    2023年10月27日
  • 深夜プラス1〔新訳版〕

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    「顧客がブルターニュからリヒテンシュタインに行きたがっているんだが。それを望まない連中がいる。ドンパチもありうる。連れていってやってくれないか?」SOEの元工作員ルイス・ケイン(キャントン)が、パリの弁護士アンリ・メルランから依頼を受けるところから物語は始まる。アル中(dips)のボディガードのハーヴィー・ラヴェルとのコンビで富豪の顧客マガンハルトを守りリヒテンシュタインへのドライブ中、行く手を阻もうとする敵が幾重にも待ち構える。二人はそれぞれに過去の心の傷を抱えているが、プロフェッショナルとして命懸けで使命感を果たそうとする。ドライユーモアを含むテンポのいい会話や、名車、銃などのスペックも楽しめ、映画を見ているような一冊でした。

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    2023年10月24日
  • 宝島

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    子どもの頃に読んだときには、想像が追いついていなかったのがわかった。いま読み返すと、細かい人間関係や駆け引きもわかるし、夜の船の中でのランプの灯に照らされた海賊たちもリアルにみえてくる!とにかくおもしろい!100年を超えてもなお愛される作品にはワケがある!

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    2023年09月07日
  • ザ・チェーン 連鎖誘拐 下

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    誘拐された我が子を取り戻すには、誰かの子どもを誘拐し、その親にまた別の子どもを誘拐させなければならない。
    この〈チェーン〉に巻き込まれたのは、癌患者でシングルマザーのレイチェル。彼女の凄絶な奮闘劇と、謎のチェーン・システムの核心に迫るプロットが熱い!

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    2023年08月15日
  • ザ・チェーン 連鎖誘拐 上

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    ネタバレ

    「チェーン」は終わらない。

    レビュー
     プロットが素晴らしいの一言に尽きる。
     誘拐犯の子どもは別の誘拐犯に攫われていて、その誘拐犯のもまた別の誘拐犯に攫われ、という、無数に繋がるチェーンという設定自体が秀逸だ。そして、そのシステムの性質上、自分の誘拐だけでなく、繋いだ先の誘拐の成否すら責任を負わなければならない。(会社で人事部のあなたが誰かを採用して、その採用した誰かが採用した人が問題を起こしたら、あなたまでその責任を追及されるということだ。)
     この鎖は単なる誘拐連鎖ではなく、システムに組み込まれた時点で、その当事者の身体、そして精神を縛る鎖だ。我が子への愛を担保に繋がっていく。
     レイチェルの決断力、カイリーの勇敢な脱出未遂、ピートの協力、誘拐した子どものアレルギー反応など、どれもが予想外であり興奮する要素になっていて、ページをめくる手が止まらなかった。
     そして、カイリーとの邂逅も束の間、次のミッションも難儀を極めそうで、非常に楽しみだ。

    余談
     チェーンといえば、作中にも出てくる「暗号通貨」の技術である「ブロックチェーン」。これは分散システムであり、中央集権的なシステムでないからこそ、改竄を防ぎ、確実な追跡を可能にするものだ。この物語はきっと、この技術の特性を理解して、そこから着想を広げたのではないだろうか。

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    2023年07月16日
  • ロビンソン・クルーソー(新潮文庫)

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    冒険家、男として憧れないことはないだろう。この勇敢でいて、無鉄砲、でも弱さもある男の一生を知ることができ、良かった。幾度となく、大きな壁にぶち当たり、その度、諦めてもおかしくない中、活路を見出していく姿に、心から勇気をもらえた。何を信じて、何に向かっていけば分からなくなる事や、理不尽の波にへこたれそうになる事があっても、この物語に戻ってくれば、きっとまだやれると気付けるはず。

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    2023年05月13日
  • ロビンソン・クルーソー(新潮文庫)

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    そこで銃が撃たれたのは天地創造以来初めてだったのだろう

    描写つまり心情描写、風景描写などとても繊細かつ鮮明で、読者である私たちがその場にいるような疑似体験をさせられるリアル感がある
    デフォーはこのような冒険に出たことあるのかと思うくらい生き生きと表現するので、300年近く金字塔であるのは疑うまでもない

    理性的な精神を持つことに意識をしたり
    置かれた環境に感情的ときには感傷的になりつつも
    一人で気持ちを持ち直している

    ーわたしはこの点の配剤を受け容れた。いっさいは最善となるように定められていると考えを認め、信じるようになっていたからである。とにかくそう考えて心を沈め、あそこへ行けたらという無益な思いで自分を悩ますのはやめた

    ー足跡を発見する
     驚愕のあまりわたしは雷にでも打たれたか、はたまた幽霊でも見たかのように、その場に立ちすくんだ。

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    2023年05月07日
  • 拳銃使いの娘

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    ★5 ギャングからの逃避行、愛する娘を守るため、命を懸ける父親の熱い想いと行動… #拳銃使いの娘

    ■きっと読みたくなるレビュー
    熱く、素敵な話やった… ★5

    少女ポリーが可愛すぎて尊い。
    金星生まれの設定やぬいぐるみに自分に投影したりするなどして、いつも微妙な精神バランスをはかって、自らの境遇を受けいれている。それでも彼女には、生き物として生死の覚悟をしなければならない場面が次々と迫ってくる。
    決して多くを語らず、ぐっと歯を食いしばんで強い意思をもって勇気のある決断していく。読めば読むほど胸が苦しくなっていくよ…

    読んでいる最中は、なぜこんな父親と一緒にいるのか、どうしても理解できなかった。しかし読み進めていくうちに、その理由と正体がだんだんわかってくる。

    それは父親ネイトの娘を想う気持ち。
    娘のためにすべてを投げ売り、自分がもつすべて技術や能力を分け与え、どんな犠牲を払ってでも娘の命だけは守る。彼は最初から最後まで、一切ぶれない。これは子どもをもつ親としては熱すぎる。

    本書はとにかくこの二人の絆、会話、行動、成長に尽きる。

    何度も襲い掛かる絶体絶命の危機。いつも父親が娘をひっぱり、時には体をはって守る。娘は父の安否を気遣い、やったことのないことに挑んでいく。それがたとえ汚れた仕事や暴力であっても、二人とも覚悟をもって突き進む。

    決して強くはない、むしろ何も持っていない二人であるが、彼らの命を懸けた行動のひとつひとつが、読者の魂を揺さぶってくるのです。

    なお本作はプロットが上手で、文章も読みやすく、それでいて文芸的で綺麗。エンタメとしても優れ、そのまま映画になっちゃう。
    しかもページ数もそれほど多くなく、バランスも抜群。海外ミステリーに読みなれてない人でも手軽に楽しめる優秀な作品でした。

    ■ぜっさん推しポイント
    良い作品には記憶に刻まれる名シーンがある。

    終盤にポリーが躍動する場面があるんですが、これが超痺れるんですよ…
    緊張感とリアルさ、そしてポリーが自信の弱さを乗り越えていく心の叫び。

    これは歴史に残る名シーンです。これを堪能するだけでも、読む価値がありますので、ぜひぜひ体験してみてください。

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    2023年04月08日
  • 拳銃使いの娘

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    ネタバレ

    海外ドラマ「メンタリスト」の脚本家であるジョーダンハーパーの初作品。「メンタリスト」好きだったなぁ。。。

    で、本作はミステリというより冒険小説。主人公は父親ネイトと、娘のポリーと熊(ぬいぐるみ)。
    ネイトが牢獄内でギャングのボスの弟を殺してしまったため、自分だけでなく元妻と娘ポリーまで処刑対象に。出所後すでに元妻が殺されていたため、誘拐のようにポリーと逃げることに。逃避行の道すがら、成長していくポリーと父親との関係。
    短い小説ながら、とんでもなく良かった。

    あと、熊のぬいぐるみ、キャラが濃すぎる笑
    他の作品も読みたいけど、書いてなさそう?
    ポケミスって一品物の良作が多いから一度集め始めると止まらないんだよなぁ。。。

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    2023年02月22日
  • 第八の探偵

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    ネタバレ

    これは面白い試み。唯一無二。

    ”作中作が7つ"という触れ込みばかりが耳に残っており、どんな話なのだろうと思っていたら、まさかのミステリ談義もの。

    形式的には、地中海の小島にひっそりと住むグラント・マカリスターが過去一作のみ私家版として出版した『ホワイトの殺人事件集』を、正式に出版したいと一人の編集者ジュリア・ハートがグラントのもとを訪れ、そこに編纂された7つの短編を読み返しながら、1作ごとにその作品の意義を対話していくというもの。

    その対話で繰り広げられるミステリ論が、グラントの言うところの”殺人ミステリ”の構成条件とでも言うべきもので大変に興味深い。
    登場人物を被害者、容疑者、探偵、犯人のグループに定義し、集合論を用いて数学的に分解する。
    作中作として提示されるのは、その構成が極端な例を主としており、登場人物=容疑者が2人で犯人が1人の場合(どちらかが犯人。お互いはどちらが犯人かわかっている。知らぬは読者ばかり。)、容疑者グループと犯人が完全に重なる場合(そう、あの急行列車パターン!)、容疑者グループと被害者が完全に重なる場合(こちらはあの島の事件パターン)、などなど。

    そして、ミステリ構成談義が縦糸ならば横糸としてあるのが、グラントとジュリアの現実世界で起きたとされる”ホワイト殺人事件”。
    タイトルまでも似通っている『ホワイトの殺人事件集』に編纂されている7作にはこの事件を想起させる、偶然とは思えない記述が散りばめられている。
    グラントは”ホワイト殺人事件”と関わりがあるのか!?

    この作品は2022年度、このミス海外部門10位。
    1位は『ヨルガオ殺人事件』、8位に『木曜殺人クラブ』のクラシックミステリオマージュ作品が。
    また、2位に『自由研究には向かない殺人』、7位には『彼と彼女の衝撃の衝撃の瞬間』と豊作の年の年度ゆえ、このポジションに甘んじているが、ポテンシャルはもっと上。

    クリスティーオマージュを含みながらも、リバイバルのベクトルとは一線を画す試みにただただ脱帽の一冊。

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    2023年02月19日