手塚治虫のレビュー一覧
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φ(❐_❐✧
日本昔ばなしも時代の象徴だが。
手塚治虫も時代の象徴でもある。
人々に多々影響を与えた書き手。
坊や~ ♪
良い子だ _o
寝んねしな~ _(_
/ /○\
_∠ス |∥○)|
/ \\\○/
|・。・ (>O⌒)~o
|――-●// U
>―― / /
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/)/)-(⌒`<_ヽ/)/)
 ̄ ̄ ̄ ̄~て_) ̄ ̄ ̄ ̄
つ つ つ つ
つ つ つ つ
つ つ つ -
ネタバレ 購入済み
・「どうしてこいつ(AI手術ロボット。《サージェリー・プロ》)は、わたしのやってほしいことがわかるんだ?」
・「そうです、ブラック・ジャックさん。《サージェリー・プロ》にはこれができるんです。
誰よりも早くあなたの思ったところへ先回りして、サポートすることができるんです。
なんといっても《サージェリー・プロ》のAIの学習には、ブラック・ジャックさん、
あなたの手術の映像をいくつも使ったんですから…!」
・「まったくおまえさんには驚かされる。未来にはこのわたしが、世界中の病院でメスをふるっているというわけか。フフフ…。
この手術代は全てひっくるめておまえさんに請求するから、そのつもりでいろよ。
そうだな、ラーメンを一杯おごってもらおう」
・「おまえさんは夢を語っている」
「もちろん夢です。まだ未来の医療です。それでも必ず未来はやって来る。誰に対しても平等に」
・「この賭けは五分五分だぞ」
「わかっています。でも最高のコンディションを用意できなければ、五分五分の勝負にもならないでしょう?」
・「先生が手術の後、すぐ眠っちゃうわけがわかったわのよさ…」
・「おまえさんの心のうちまではわたしも治せない。
だが、わたしが知るよりずっといい治療法をこの子は知っているだろうよ」
・「ピノコ、おまえの気持ちはよくわかった。おまえに何も言わずすまなかった。
まだわたしの目は殺し屋のようか?まだわたしは怖い顔をしているか?
おまえを心配させるような男に見えるか?」
「ううん、先生」
「おまえが教えてくれなかったら、わたしは気付かないところだった」
「先生」
「今日、わたしはどうしても行かなきゃならない。わたしが行かなければ、ひとりの男が死ぬんだ。
まさにいま、その男は死のうとしている。それを知っているのはわたしひとりなんだ」
「先生はお医者さんよね?」「そうだ、わたしは医者だ」
「人を殺ちたりちないわのよね?」「人を殺したりしない」
「人が嫌がゆこともちないわのよね」「ああ、嫌がることはしない」
「おくたんと約束できゆ?」「おくさんと約束する」
「先生、行ってらっちゃい、先生」「ああ、行ってくる」
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Posted by ブクログ
バイオテクノロジーをテーマにしているというので、読んでみた。
朝日ジャーナルに1987年から連載され、1989年に手塚治虫の死により未完及び絶筆となった。手塚治虫の持つ深い問題意識が表出している。手塚治虫がこんなことを考えているのだということが、伝わってくる。連続性がなく、ツギハギのような感じを受けたが、それと格闘している様がよくわかる。手塚治虫が、自ら死に向かっている中で描いている。手塚治虫の心の中の葛藤が見える。
生命とは?人間とは?お金とは?悪とは?若返りとは?
ゲーテのファウストをモチーフにしている。
時期は、1970年直前。大学紛争の最中であり、大学の不正を暴き、ベトナム戦争に反対する学生運動が起こっていた。ノーベル賞の候補にもなる一ノ関教授。徹底した研究者。生命の秘密と宇宙の神秘を解き明かそうと苦闘していた。
一ノ関は、生命の謎を解き明かすべく、悪魔の女、メフィスト(牝フィスト)と契約を交わす。「満足する快楽生活に導いた場合に、魂を譲り渡す」という内容だった。生命の謎を解き明かすでなく、快楽を追求するところに不具合がある。
一ノ関は、赤線地帯のホルモン屋で、若返るが、記憶喪失となる。傍らには常に女悪魔が存在する。暴漢に襲われている男、坂根第造を助ける。坂根第造は日本における黒幕(フィクサー)のような存在。そして、名前を坂根第一と名付けられる。第一は、記憶を呼び覚ましながら、東京湾埋め立てを思いつく。第一は学者頭脳はずなのにビジネス脳もあるようだ。そのことが坂根第造を喜ばす。坂根第造にはケチであるが巨万の貯蓄があった。東京オリンピック、新幹線、首都高速道路などの大プロジェクトに食い込み金を貪り貯める。目標は3兆円だった。政治家には賄賂を配りまくる。しかし、第造は胃潰瘍として入院した。実は胃癌で死ぬ。これは手塚治虫も胃潰瘍で入院していたが実際は胃癌だった。その胃がんを知らされていなかったが、坂根第造を胃がんで死なせる。手塚治虫の想像力なのか、知っていたのか。第造は、巨万のお金を得ても、それをどう使うか知らなかった。そして、巨万の財産を坂根第一が受け継ぐことになる。
その巨万の財産で、生命を誕生させるべく、一ノ関教授の研究を追求し、大学の研究職になる。大学もほとんど買収してしまう。
そして、自分が一ノ関教授の若返ったことを知る。パラレルに進行する。
物語では、髙田まり子に恋をすることになるが、女悪魔の嫉妬によって、まり子は、精神の病に堕ちる。
結局、二部では、実業家になっている。そして、下書きが続いて、終わる。
第一は、生命体を作れずに、終わる。生命体をつくり、創造主となって、神になろうとしたはずなのだが。相変わらず、女悪魔は傍らに存在する。
テーマが大きすぎて、物語にし得なかった感じだ。それにしても、手塚治虫はそれと格闘していた。すごい漫画家だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ手塚治虫が本当の天才、進み過ぎていた事が良く分かる。
1.精神入れ替えのアイデア
まだストアードプログラム式のコンピューターが普及していなかった時代に人間の人格をソフトウエアベースであるとして記述している点が早熟過ぎる。
脳科学の発達で性自認の問題、性同一性障害はソフトウエア=精神の病では無く、ハードウエア=脳の構造の問題=男脳と女脳の問題である事が解明されたが、それにしても凄い。
サファイヤ姫には男のOSと女のOSの両方がインストールされてしまったのだ。しかし、プラスチック王子には何方もインストールされず、ズバリ「腑抜け」であったが、サファイヤ姫からアンインストールした男のOSをインストールすると賢王となり、サファイヤに王権を移譲する前に男女同権、離婚の権利等数々の民主的改革を断行したのであった。つまりこの改革でサファイヤは女性で王位につけたのである。
最近、「女性に皇位継承権が無いのはミソジニーだ」と我が国は国連に勧告されている。
本作はサファイヤ姫を狂言回しに戦後民主主義を高らかに歌い上げた物とも思える。
2.今日LGBTの方々とその人権問題がクローズアップされ当事者である作家の作品から、単なる興味本位の勘違いまで多種発表されているが、そうした物をひっくるめてその先駆けである。
3.他作への影響
神様手塚であるから当然そういうのが多い。
1)池田理代子の「ベルサイユの薔薇」こちらは血なまぐさい歴史絵巻であるが、面白いのは後書きが本作とソックリな事である。民主主義の立場に立っているのは同じ。
2)萩尾望都の「11人いる!」人生の内1回だけ性別が変えられたらというお話し。民主主義や女性の人権の問題につながる可能性を持ちながらそういう方向に展開しなかった。
3)高橋留美子の「らんま1/2」こちらの場合、性自認は同一性を保ち瞬時に肉体の性別が変る。その点では手塚の「メトロポリス」のミッチイに近い。此方は手塚や池田とは真逆で、性別が瞬時に変わる主人公を晒しものにして女性蔑視、性的少数者蔑視の笑いを展開する、民主主義や人権とは相いれない漫画。女性の状態の「らんま」が乳房を露出させて「私、女なの」と女性の求愛者に言う件はサファイヤがウーロン侯の妹を前にして行った行為と全く同じ。但し手塚には女性蔑視の意図は無い。
4)上山道郎の「悪役令嬢転生おじさん」異世界の貴族令嬢の精神に中年の地方公務員の精神が憑依すると言う、ユニークな設定。ただ、令嬢と公務員の記憶と意識には連続性がある。心底優しく、堂々と正論を言ってのける近年希な漫画作品。完結していないので詳論は避ける。
4.キャラクターの感想
1)サファイヤ:運命に翻弄されるだけで、個性的な設定のヒロインにしては印象が薄い。
2)フランツとヘケート:私に言わせるとフランツは男の風上にも置けない。ヘケートの臨終の際、彼女は見難い姿に変る自分を愛するフランツに見せたくない一心でフランツを遠ざけるが、フランツはそれに従う。本当に立派な男なら、恋愛感情が無くても、自分を自らの命と引き換えに救ってくれた女の子にそんな事は出来る筈が無い。どんな姿に変ろうとしっかりその腕に抱きしめて看取ってあげる筈だ。これは手塚の読者への問いかけかも知れない。ヘケートは宮崎駿のモンスリーに(死なないが)影響を与えていると思える。
3)ブラッド:最初サファイヤに求愛するが、それが敵わなくても、筋を通した立派な生き方を貫き、敢え無く亡くなってしまう。男らしい海の男であり、松本零士のハーロックや宮崎駿のダイスの原型に思える。
4)ガマー:牢屋の番人であり、本当に改心しているのかと読者をヒヤリとさせる描き方を手塚はしている。
5)ヘル夫人:フランケンシュタインのポリドリの様な役柄。自ら作り出した娘のヘケートに女性らしい優しい心が欲しくてサファイヤの女の心(OS)を狙う。そんな事をしなくてもヘケートは優しい女の子の心を持っていたのに気づかない。教育ママ(古語)の反映か。
ヘケートの心は清らかで優しいばかりでなく、正義感と献身に満ちていたので、母娘共々命を落とす事になる悲劇。
優しい気持ちの読者の少女ならきっとブラッドが可哀そう、ヘケートが可哀そうと泣いたのではないだろうか。その辺まで手塚は考えていた様に思える。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ手塚治虫が本当の天才、進み過ぎていた事が良く分かる。(1)と(2)共通です。
1.精神入れ替えのアイデア
まだストアードプログラム式のコンピューターが普及していなかった時代に人間の人格をソフトウエアベースであるとして記述している点が早熟過ぎる。
脳科学の発達で性自認の問題、性同一性障害はソフトウエア=精神の病では無く、ハードウエア=脳の構造の問題=男脳と女脳の問題である事が解明されたが、それにしても凄い。
サファイヤ姫には男のOSと女のOSの両方がインストールされてしまったのだ。
しかし、プラスチック王子には何方もインストールされず、ズバリ「腑抜け」であったが、サファイヤ姫からアンインストールした男のOSをインストールすると賢王となり、サファイヤに王権を移譲する前に男女同権、離婚の権利等数々の民主的改革を断行したのであった。つまりこの改革でサファイヤは女性で王位につけたのである。
最近、「女性に皇位継承権が無いのはミソジニーだ」と我が国は国連に勧告されている。
本作はサファイヤ姫を狂言回しに戦後民主主義を高らかに歌い上げた物とも思える。
2.今日LGBTの方々とその人権問題がクローズアップされ当事者である作家の作品から、単なる興味本位の勘違いまで多種発表されているが、そうした物をひっくるめてその先駆けである。
3.他作への影響
神様手塚であるから当然そういうのが多い。
1)池田理代子の「ベルサイユの薔薇」こちらは血なまぐさい歴史絵巻であるが、面白いのは後書きが本作とソックリな事である。民主主義の立場に立っているのは同じ。
2)萩尾望都の「11人いる!」人生の内1回だけ性別が変えられたらというお話し。民主主義や女性の人権の問題につながる可能性を持ちながらそういう方向に展開しなかった。
3)高橋留美子の「らんま1/2」こちらの場合、性自認は同一性を保ち瞬時に肉体の性別が変る。その点では手塚の「メトロポリス」のミッチイに近い。此方は手塚や池田とは真逆で、性別が瞬時に変わる主人公を晒しものにして女性蔑視、性的少数者蔑視の笑いを展開する、民主主義や人権とは相いれない漫画。女性の状態の「らんま」が乳房を露出させて「私、女なの」と女性の求愛者に言う件はサファイヤがウーロン侯の妹を前にして行った行為と全く同じ。但し手塚には女性蔑視の意図は無い。
4)上山道郎の「悪役令嬢転生おじさん」異世界の貴族令嬢の精神に中年の地方公務員の精神が憑依すると言う、ユニークな設定。ただ、令嬢と公務員の記憶と意識には連続性がある。心底優しく、堂々と正論を言ってのける近年希な漫画作品。完結していないので詳論は避ける。
4.キャラクターの感想
1)サファイヤ:運命に翻弄されるだけで、個性的な設定のヒロインにしては印象が薄い。
2)フランツとヘケート:私に言わせるとフランツは男の風上にも置けない。ヘケートの臨終の際、彼女は見難い姿に変る自分を愛するフランツに見せたくない一心でフランツを遠ざけるが、フランツはそれに従う。本当に立派な男なら、恋愛感情が無くても、自分を自らの命と引き換えに救ってくれた女の子にそんな事は出来る筈が無い。どんな姿に変ろうとしっかりその腕に抱きしめて看取ってあげる筈だ。これは手塚の読者への問いかけかも知れない。ヘケートは宮崎駿のモンスリーに(死なないが)影響を与えていると思える。
3)ブラッド:最初サファイヤに求愛するが、それが敵わなくても、筋を通した立派な生き方を貫き、敢え無く亡くなってしまう。男らしい海の男であり、松本零士のハーロックや宮崎駿のダイスの原型に思える。
4)ガマー:牢屋の番人であり、本当に改心しているのかと読者をヒヤリとさせる描き方を手塚はしている。
5)ヘル夫人:フランケンシュタインのポリドリの様な役柄。自ら作り出した娘のヘケートに女性らしい優しい心が欲しくてサファイヤの女の心を狙う。
そんな事をしなくてもヘケートは優しい女の子の心を持っていたのに気づかない。教育ママ(古語)の反映か。
ヘケートの心は清らかで優しいばかりでなく、正義感と献身に満ちていたので、母娘共々命を落とす事になる悲劇。
優しい気持ちの読者の少女ならきっとブラッドが可哀そう、ヘケートが可哀そうと泣いたのではないだろうか。その辺まで手塚は考えていた様に思える。 -
Posted by ブクログ
ネタバレメタモルフォーゼ
「すべていつわりの家」が圧巻。何よりも戦争と核兵器を憎み、神仏をも恐れなない手塚の真骨頂。
手塚は平和の問題でハッキリものを言うだけでなく、収入源の漫画作品、表現領域として大切にした芸術領域のアニメーション(手塚の言う実験アニメ)、その両方で、戦争や殺人兵器を賛美する作品は作らず、それら作品で積極的に戦争、核兵器を批判し、おちょくった。「すべていつわりの家」はそのエッセンスであると思う。
全面核戦争のただ一人の生存者である少年を引き取り育てる悪魔夫妻のまだ若い奥さんの神に対する言い分「あんなものに・・・」が凄く冷めている。戦争で酷い目に逢った人でないと書けないと思う。
補遺
「ロボット、異星人、悪魔、魔女、異形、政治犯・・・そう蔑まされた、人間扱いされない、最も虐げられた人々こそ最も優しい美しい心を持っている。」これが手塚治虫の思想だと思う。
手塚は幼少時から宝塚歌劇に入り浸る程の筋金入りのお坊ちゃんの出だったが、戦後一貫して虐げられた庶民の語り部だった。
この辺はやはり筋金入りのお坊ちゃんの出、つまり世襲の大工場主であったが、虐げられた人々の側に立って奮闘した、エンゲルスに似ていると思う。
クチでは戦争反対、環境保全を言って見せるが、その作品で腹の底では戦争や殺人兵器が大好きな事を正直に表現している宮崎某とは大違いである。