玄侑宗久のレビュー一覧
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僧侶である則道(そくどう)は、妻の圭子と二人暮らし。所謂"おがみや"として様々な予言をし、自分の死をも予知して最期を迎えたウメさん。鉱泉を開き、妻と共に自らの宗教体験を語る石屋の徳さん。流産のために産まれる前に亡くなった我が子と、圭子が「成仏してない」と主張するウメさんとを弔うため、圭子が作った紙縒(かみより)に包まれながらお経をあげる則道。そこで二人は紙縒に不思議な動きを認め、そして圭子は呟くのだ―「成仏やなあ」と。
タイトルにもなっている「中陰」とは、この世とあの世の中間、という意味らしい。ネットで霊体験を検索する則道は、次のように考える。「多くは真剣に自分の信じる世界を描いているようだ。それは間違いない。しかしそれぞれの描く世界を総合しようとしても、そこには全くと言っていいほど整合性がなかった(p67)。」つまり中陰の花って、自分の信じる世界への入り口みたいなもの、だからみんなバラバラで、圭子がいう「成仏は成仏だ」というのも、この世の人の視点からではなく、死んだまさにその人にとってのものなのではないか。つまり、それぞれのやり方で「ほどけた状態」になることこそ成仏なのではないか、と。
旅行をするとき旅先のことについて、全く知らないなんてことはないはずなのに、現代人の多くは旅先不明(行き先は勿論「死」だ)の旅をしていると、河合隼雄氏は解説でこう記している。あまりにも現実的・物質的な世界にだけどっぷり浸かるのはなんだか恐いと自分は思う。「死ぬ」という事実は極めて現実的なのに、死後の世界はある意味でとっても非現実的。どれだけ現実を生きようと、いつかは自分たちが認識している現実の外に放り出されてしまう。だから、時に「死」という非現実について思いを巡らせることは、人間の行き着く先を見つめる行為だという意味で大切であり、それが「生きる」という極めて現実的なことにも繋がっていくのではないかと思う。 -
Posted by ブクログ
親鸞が思想的に逝ってしまっているという指摘と、法華経と良寛がともに論旨不明という指摘は非常に共感した。
般若心経でクマラジーヴァも玄奘三蔵も漢訳せずに音訳した『panya paramita』『anuttara samyak sambodhi』『gate, gate, para gate, parasan gate, bodhi, svaha』を中村元が逐語和訳したことへの批判はしばしば聞くが、サンスクリットの音ではなく、音読みで『ギャーテー…』って品無く読むだけなら、別に気にしなくても良いのでは?と思っていた(今もそう思っている。)。
が、本書では特に、『bodhi』を完了形で訳した点を批判していた。
この批判は至極真っ当で、たとえサンスクリット原文が完了形だったとしても、般若系経典の趣旨からして適切だと思う。
全力で壁にぶつかった経験の有無を、人物を判断する基準の一つとして使うことにしたい。 -
Posted by ブクログ
「般若」とは理知によらないもう一つの体験的な「知」の様式である。「般若」の捉える「全体性」は、無情に変化しつつ無限の関係性の中にあり、いつだって絶えざる創造の場である。
「般若波羅蜜多」は「知恵の完成」と訳される事が多いが、実践的叡智であることを忘れてないけないだろう。
「般若波羅蜜多」というのは実は特別な呪文なのです。この呪文を唱えるといつのまにか「私」が消え、「いのち」の本体になりきってしまうということですね。
以上、抜き出しでした。
たった262文字の般若心経の解説に本が一冊とは多いのではないか、と思われるだろうが、私には足りないぐらいだった。
「自分」というのは錯覚、とまで感じさせる。すべてが「空(くう)」で物事は「縁起」でつながり単独では存在しない。
結局は自分の感じている苦悩なんて存在しないものだ、と言われると確かにそうなんだけど、と思うのはある。
最後は呪文として覚えましょう。声の響きと一体になって宇宙とつながるのです。
本書を読むとわかるのは玄侑宗久氏の哲学から物理学までに広がる豊富な知識。宗教とは世界観なんだろう。世界観、宇宙から見ると人間なんてちっぽけなものだ。そのちっぽけな自分の苦悩なんて、宇宙から見たら「無」に違いない。と、そこで悩まない自分なれれば「解脱」できた、ということか。
そうそう、先々週はお寺て祈祷をお願いした。私のためだけに、お上人さんに1時間お願いした。さすがに正座をしたが、普通ならあり得ないのに、お経でかつお寺の中にあって正座は出来た。
最後に玄侑宗久氏は高校の先輩であること、しかし私の入学した年に卒業をされていたのですが。 -
Posted by ブクログ
「べらぼうな生活」以来、この方のエッセイは大好き。
最近、本を出すお坊様も増えましたが、こっちのほうが人生の修行積んでると思うのに、若僧の(失礼!)人生論なぞ読む気にはなれないのですが、玄侑宗久氏の砕けたお話は面白い。
禁煙を強いられる話などで、突然、大人気ないとも思われるエキサイトも面白いし。
南極料理人の西村さんに通じるものもあるかなあ~
京都エッセイの入江さんとか・・・
ちょっと毒舌な文章も、悪気はなくて、「きっと、ご本人、面白い人なんだろうな」と思えるようなものは読んでいて楽しい。
いろはかるたをネタに書かれていて、それぞれの文の頭にかるたのイラスト(カット)が入っているのですが、宗久氏とだるまさんをSD化したキャラが描かれていて、ゆるさ加減が良かったです。