玄侑宗久のレビュー一覧
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玄侑宗久『中陰の花』文春文庫。
第125回芥川賞受賞作の『中陰の花』と『朝顔の音』を併録した作品。
現役僧侶ならではの人間の生と死の狭間にある中庸の時空である『中陰』をテーマに主人公の僧侶が改めて夫婦の関係を見つめ直すという表題作の『中陰の花』。テーマには面白いが、ストーリー、描写のどれを取っても芥川賞受賞作に値するような素晴らしい作品とは思わなかった。
『朝顔の音』は、家出をして根なし草のような暮らしを送る若い女性が出産早々に失った我が子の御霊を霊媒師に下ろしてもらうという生死の世界を描いた短編。『中陰の花』よりは読み易いが、心に残るものは少ない。
先に読んだ『光の山』は非常に良かったのだが。
本体価格381円(古本100円)
★★★ -
Posted by ブクログ
般若心経の解説本ですが、もっとわかりやすい本があると思います。
1.この本を一言で表すと?
・臨済宗の僧侶にして作家の玄侑宗久氏による般若心経の現代語訳解説書。
2.よかった点を3〜5つ
・ちなみに日本では、「般若」というとあの角の生えたお面を想いだす方も多いかと思うが、あれは女性の嫉妬の究極を表したお面で智慧とは何の関係もない。ただあのお面を得意とした彫り師が般若坊という名前であったため、「般若のお面」と呼ばれたに過ぎない。ゆめゆめ混同しないでいただきたい。(p13)
→本論と関係ないが、今まで知らなかったので面白く感じた。
・我々の脳に現象した「受・想・行・識」はあくまでも主観と客観との関係性のなかの産物。私たちが感じる「ありのまま」など、けっして「本当のありのまま」ではないということなのです。(p59)
→「ありのまま」などない、というのは面白い考え方
・つまり、私は、「空」というのは「いのち」のまま、「色」というのはそれに脳が手心を加えた現象なのだと申し上げてきたつもりです。いや、脳というより、「私」と云うほうが正確ですね。(p154)
→「色」というのは主観ということで、脳つまり私が判断しているものということ
・「私」を「いのち」そのものと錯覚したり、あるいは「私」の思いで「いのち」や「からだ」を支配しようというのが、一番困った勘違いなんです。難しい言葉で云うと「?倒夢想」ですね。(p160)
→悟りの領域の感覚か?
・意味を忘れて「般若心経」を音読してください。(p194)
→意味など深く理解するよりも、音として脳に染み込ませるべき
2.参考にならなかった所(つっこみ所)
・人が成長するとは、むろん多くを知ることではありません。無始とよばれる始めなき「いのち」を支える関係性をいかに実感していくか。それ以外に人間の成長する道はないはずです。(p201)
→成長については、他にも考え方はあると思う。これしかないという言い方には違和感がある。
・意味を考えず、音で感じよ、というのはなんとなく理解できるが、この本自体を否定することにならないか?
3.実践してみようとおもうこと
・特になし
5.全体の感想・その他
・もう少し簡単に理解できるかと期待していたが、哲学的内容なため、理解が難しかった -
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・瞬間瞬間で生きる。未来や過去のことを考えて、今を生きていないと反省。
・生活習慣から自己は作られる。
・志の立て方は重要。あまり締めつけがきついと自分で自分を無意味に苦しめることになる。方便と理解したうえで立てる。人の気持ちは変わるし言葉はいつだって行きすぎてしまう。方便であることを忘れ、過剰な表現をすると自分を苦しめる。
禅的な志
「風吹けども動ぜず天辺の月、雪圧せども摧け難し礀底の松」
八風という揺らぎやすいアプローチにも動ぜず、外的な困難としての雪にも屈せずに、自分の仕事に主人公として自信をもってあたる。しかも地域に根をおろしてそこから深く滋養をいただきながら松のように淡々と生きる。
・不慣れなことを楽しみ、覚悟を決めて揺らぎを楽しむ。(ゆらがない「志」と、腰のすわった生活・仕事。しかも名利にも八風にも揺れない習慣的自己があってこそのゆらぎのこと)
→あらゆる出会いがゆらぎ、つまり風流である。 -
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僧侶である作者が、人の生と死を見つめた一冊。
表題作は、作者と同じ、僧侶が主人公であり、人が死ぬことについて、人間として、考え、どこへ行くのかと、悩む。その過程が、特殊な体質の人や、宗教と絡め、生き様と交えながら、描かれる。その道の用語が出てきたり、僧侶としての死という概念に対する考えなど、面白い要素があった。
結局僧侶も人間の一人に過ぎず、あとがきには、そのことについて書いてよかったのか、という悩みもあったようで、それが杞憂に過ぎなかったという事実、世間の反応というのは、いかに自分含め、宗教に対する意識が低いのかが現れている様に感じられた。或いは多様に寛大なのか……。
個人的には大人しかったとも思えた表題作よりも、併合されている「朝顔の音」の方が、ストーリーとしては、もの寂しく、悲しいが、とても良かった。 -
Posted by ブクログ
2015.10.15了
選考委員全員の支持を集め第125回芥川賞を受賞した作品であり、現役僧侶による生死のはざまについての言及とのことで、嫌が応にも期待は高かった。
にしても。
自分には合わなかった。
変にこ難しいかと思えば、変な感じにど直球、大阪弁も効果的でなく、ちぐはぐな感じは最後まで続き、クライマックスであるはずの紙縒のタペストリーは全く映像として喚起できない。
終始上から庶民に、笑いや共感を見込む計算の元、わかりやすく解説しようとしてくれている感じがした。
真に価値あるものへの無力な妬みに過ぎないのかもしれないが。
自分にとっては、表題作より、同時に収録されている「朝顔の音」のほうがしっくりきた。
とにかく暗くてやりきれない設定ではあるが、情景は手に取るように浮かぶし、読みながら考えることが多かった。単純にその世界に入り込めた。
顳顬草子の後に読んだから薄味に感じてしまったのかな。