玄侑宗久のレビュー一覧
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仏教の教義を補いながら般若心経をわかりやすく現代の言葉に書き下している。
まず、般若心経がシャーリプトラ(舎利子)という人物に「般若波羅蜜多」に至る方法を説いた説話のような体裁の経典だということを知り、堅苦しいイメージが払拭された。
「現代語訳」では、教義のみに留まらず、現代科学や近代哲学の知見をふまえながら「般若波羅蜜多」への道筋を示していて、まさに現代を生きる私たちに語りかけているようだった。
「かつ消え、かつ結ぶ」といった量子力学での粒子の振る舞いや、概念や因果律の超克という近代思想史における試みが、「般若波羅蜜多」と大いに親近性をもっていることがとても興味深い。
巻末には般若心経の全文 -
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主人公の則道と妻の圭子は、おがみやうめさんの死、そして49日を迎えるまでの中陰の期間を通し、夫婦関係を見直していく。2人は流産を経験していた。この出来事をひきずる圭子、彼女は紙縒作りに励んでいたが、これは4週間しか生きられなかった我が子への祈りであり、子を授かりたいという彼女の祈りを表すものであった。その思いを知った則道は我が子とうめさんを成仏を願うため、回向を捧げる。そこで紙縒が舞い上がり、中空に煌めく光景を見て「中陰の花」だとつぶやく。このシーンは圧巻だ。成仏とはすでに個を失った状態をいうので、それが亡くした我が子とうめさんだとは言えないが、則道と圭子にとって「中陰の花」は2人の成仏の「徴
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二点。ひとつは一元集約型の限界。もうひとつは善意や正義の押し付け。
まず復興について言及しているのは、やはり一元集約型じゃなく、分散して地域の特性に合わせること。これは一概には言えないが、大きくなりすぎた企業や組織もそうあるべきだと思う。もっと小単位でフレキシブルに自律的に動けるほうが、活動密度も濃い。「トップダウンがほしい」「上からの方針がないと」みたいに、いけしゃあしゃあと他責が簡単に許される大組織では先が思いやられる。
また、ボランティアでありがちな「自分は正しい」「良いことをしている」みたいな強すぎる思い。例えば、本来サポートに徹する立場なのに、過去の実績をこねくりまわして「こんな -
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善であり悪である神アブラクサス。それに象徴されるのは善も悪一体化した世界である。最後のライブシーン。主人公の浄念はまさにその一体化を体感する。
このライブシーンはまさに「祭」のよう。
人間は六道を漂うひげのようなもの。「あるがまま」ではなく「ないがまま」である。浄念は躁鬱、分裂病であると自認しているが、それはある意味で自然なことなのか。六道を突き抜けた恍惚の中で浄念が聞いた「おまえはそのままで正しい。」というアブラクサスの啓示。それは彼の存在を肯定するものであろう。ひげのように漂いながらも浄念は確かに生きているのだ。また妻の多恵が「六道の輪廻として浄念の変化を捉えてみよう」とし、自分を見直し、 -
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剛速球の対話が最後までゆるみなく続く。なんだろう、話されている内容を「理解する」というよりは、すごい試合を観戦しているような気分になった。
縦と横を大きなテーマに据えながら、浄土真宗、禅宗、儒教と道教、神道からさらりと西洋哲学やキリスト教にも足を伸ばし、二人の会話はどんどん広がっていくと同時に緊密になっていく。
あとがきで釈先生が「酔っぱらったような気分になった」と書かれていたが、読者もしばしば酔っぱらう。私自身、酔っぱらってしまったクチだが、あえて「この本を誰に薦めたいか?」と聞かれたら、「宗教ってなんやろう、わけわからん」と思っている人に、と応えたい。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
「あの世」はどういうところか。
「魂」は本当にあるのだろうか。
宗教的な観点をはじめ、科学的な見方も踏まえて、死とは何かをまっすぐに語りかけてくる一冊。
[ 目次 ]
第1章 死とはなにか?(死の定義;どの時点が死なのか ほか)
第2章 「あの世」って、どういうところ?(「あの世」という呼び方;さまざまな「あの世」 ほか)
第3章 魂って、あるのかな?(知性と科学の限界;全体性と私 ほか)
第4章 あらためて、死とは何か(プチまとめ;論理の限界 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆ -
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[ 内容 ]
一つの人生観に縛られていませんか?
目標の実現に向けて「頑張る」ことに囚われすぎていませんか?
苦悩した青春時代、己事究明に励んだ修行時代、禅僧であり、また、作家でもある現在―。
幾多の経験を通して、身のまわりの出来事や、世間を騒がせた事件に触れながら、息苦しい世の中を、「楽」に「安心」して生きていくきっかけを教えてくれる。
一話一話、読むほどに、心が少しずつ軽くなっていく。
[ 目次 ]
渋柿のそのまま甘しつるし柿(渋柿の甘さ;一隅を照らす;鰯の頭 ほか)
くらぶれば長し短しむつかしや(タマちゃんと、寂しい「安心」;瞑想の中だけの「恒久平和」;正統なき「東洋的正統」 ほか)
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[ 内容 ]
人はどうしたら苦しみから自由になれるのだろうか。
私たちは、生まれ落ち成長するにしたがって、世界を言語によって認識し、概念を動員して理解する。
それは、社会で生きる以上不可欠なものかもしれないが、いっぽうで迷いや苦しみの根源でもある。
『般若心経』には、そうした合理的知性を超えた、もうひとつの「知」が凝縮されている。
大いなる全体性のなかに溶け込んだ「いのち」のよろこびを取り戻すための現代語訳決定版。
[ 目次 ]
1 「般若心経」(大本)の訳
2 「般若心経」(小本)の訳
3 「般若心経」(小本)の書き下し
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ -
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[ 内容 ]
生きにくい世の中である。
不況、雇用不安などの外圧もさることながら、個人の内部に深く根差した、生きるための目標、足場の固め方までもが見えにくくなっている。
だけど、しょせん人はこの身と心で生きてゆくしかない。
それならいっそ、ものの見方をがらりと変えて、もっと楽に生きるための思考法を身につけてしまおう。
作家にして禅僧である著者が、禅語をもとにその世界観をひもときながら、「今」「ここ」を充実させるための様々な智慧を、坐禅なしに伝授してしまおうという画期的にしてフラチな人生指南&禅入門の一冊。
[ 目次 ]
1 なぜ「迷い」が生じるのか(決めつけてはいけない―無可無不可 好き嫌い -
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死んだらどうなるのだろう。主人公である僧侶は、「おがみや」である老婆が亡くなってから成仏するまでの時間、いわゆる49日までの時間の中で、その中間の世界と現世とどう折り合いをつけていくのか。僧侶の妻が紙縒でつくる網、タペストリーは、作品のキモとして美しく描写されている。
仏教でいう物質の最小単位である「極微(ごくみ)」は「こっぱ微塵」が更に7つに分かれたもので、素粒子とほぼ同じ大きさで、それ以上は物質ではなくエネルギーという話や、妻の「仏って、ほどけるっていう言葉からきてるって、まえに言うたやん」という台詞にグッときた。
「朝顔の音」という短編も重くて秀逸。