内田樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
思想家であり武道家である内田樹さんの考えには賛同できるものが多い。
今の日本社会は何かおかしい。
この新書は、内田さんがこれまで書いてきたコラムを集めたもので、
★「観光立国」という安全保障
★「最終学歴がアメリカ」を誇る、残念な人々
★ 加速する「新聞」の落日
★「食糧自給率」が低い――その思想的な要因
★ 第二期トランプ政権誕生の「最悪のシナリオ」
★ 民主政の「未熟なかたち」と「成熟したかたち」
★「自民党一強」の終焉
★ 100年後に残る都市は「東京」と福岡のみ
などなどが取り上げられている。
まえがきで内田さん自身が書いているが、「救うには」とは書いてあるが、
その処方箋は書いていない。内田さんもわからないという。
わからないのだ。どうしていいか。
ただ、思うのは、思考停止の人が増えている、ということ。
今必要なのは試行錯誤であって思考停止ではない。
アメリカべったりが正しいと思い込んでいる層が中心となっている限り、
日本に明日はなかろう。
若い人はどうなんだろ。どういう教育を受けているんだろ。
そう、教育しかない。それも工業化社会の、規則正しく、ミスしない、ではなく、
ミスしてもいいから自分で考える、、、そういう習慣はついているのか?
文科省がどこまでそれをやってくれるのか、、
そんなことを考えた。
第1部 冷たい国の課題
第1章 衰退国家の現在地
第2章 世界の中を彷徨う日本
第3章 温かい国への道程
第2部 冷たい国からの脱却
第4章 社会資本を豊かにするために
第5章 教育と自由 -
Posted by ブクログ
これもまた読んでよかった。
30代の刑部さんという編集者の質問に答えるという形で書かれた「老い」ということにまつわる12のエッセイ。
内田さんの話は、内田流の「こじつけ」(褒めてる)が特徴だと思うのだけど、その「こじつけ」がオリジナルで、そして、とてもいい。
もっとこじつけてください!と、説得される心地よさに身を委ねる読書(褒めてる)。
寝る前に少しずつ読んだせいで、納得できる〜という感慨だけ残って、あまり記憶に残ってないのだけど笑、11章の少子化については、記憶に新しいだけでなく、内田さんがよく書かれていることなので、ここに書き残しておこうかな。
「2022年のデータ(WBGによる)によると、出生率のV字回復に成功したと言われるフランスでさえ1.8。以下、アメリカ1.7、イギリス1.6、ドイツ1.5、イタリア1.2、日本1.3、多産の国でかつては5を超えていたインドでも、今や2.0急激な人口減に苦しむ。中国は1.2、韓国に至っては0.8と言う驚くべき数値になってい」る。
2024年のデータでは、さらにどの国も少子化は進み、日本は1.2、韓国は0.7だ。
「1つの考え方は、地球のキャリング・キャパシティ(環境保持能力)がもう限界を超えて、これ以上の人類の増殖が不可能になったからと言うものです。現在の世界人口は81億6000万人です。この後はアフリカを中心に人口が増え続け、今世紀末には100億を超えると予想されています。100億は地球環境に対して明らかに大すぎる数字だと思います。
19世紀末(1900年)の世界人口は16億5000万人でした。今のインド14億5000万人、中国14億2000万人とそれほど変わりません。」
この人口爆発に対する人類的課題の解決法が今の人口減だという。巨視的に見るといいことなのだと。
そして、この人口減がどうなるのかは、人類初めての出来事なので経験的な知識がなく、予想できないという。
そんな文明史的なスケールの出来事の中で、自分がどう生きるかは、別の時間の流れに属することなので、腹を括って生きるしかないと。
主語の大きいスケールでものを考えて硬直状態になるよりは、自分は自分で個人主義で生きるしかない。(夏目漱石もそう言ってたし、この前講演会で朝日新聞のアロハ記者も同じことを言ってたな)
この話の中で書かれた、子ども嫌いの内田さんが、娘が生まれた時のエピソードが素敵すぎる。
子どもがうまれて、「子ども好きのふりをする長い旅路が始まるのか」とゲンナリした3週間あとに、電撃に打たれるような圧倒的な「父性愛」に全身が満たされた経験。
こういうエピソードは、おそらく誰にでもあるのだろうけど、これを分節して取り出して自分の主張のエビデンスにすることができるのが、内田樹的「こじつけ」なのだなと思った。
若い世代へのエールとしてもとてもいい本でした。 -
Posted by ブクログ
とても面白い本だった。
読んでみて、内田さんが「集団としての知性をいかに高めるか」を非常に重視していることが改めてよく分かった。そのためには、個々人が“ペンディングする力”、すなわち目の前の違和感やモヤモヤを即座に解消しようとせず、抱えたまま読み進める忍耐力を身につけることが重要だと説いているように感じた。ある時ふと、そのモヤモヤがひらけるように昇華される——そのプロセスこそが学びなのだ、と。
(余談だが、内田樹さんと言えば、学生時代の現代文テストで頻出の“手強い存在”という印象が強く、何度苦しめられたか分からない。しかし大人になって改めて読むと、その思考の面白さや懐の深さにようやく気づき、かつての苦手意識が嘘のように感じられた。) -
Posted by ブクログ
10代向けにフリガナを多用した本だが、これは大人にも十分読み応えがある。
というか、ここまで考える大人はいないだろう。
表紙、タイトルの雰囲気からもっとおちゃらけた本だと思っていたが、
とんでもない。
深い。重い。そして的を射ている。
日頃の私の問題意識にぴたっと当てはまっている。
なんでこんなタイトルにしたんだろ。
最初に私が思ったような軽い感じで読み始めたら、離脱者続出だろう。
しかししっかり読み進めば、日本の病巣を抉り出すような内容。
タイトルって難しいよなあ、、、
さて本題。内容。目次はこう。
■PART 1.謎ルールに従ってしまうワケ
第1章 他人に振り回される私たち
ルールまみれの現代社会/なぜ会話はOKで社内通話はNGなの?/身近な生活に潜むルール/「泣き寝入り」で生きる私たち/歴史は繰り返さない――こうして現代人は仕事中毒になった/大人になる=大人しくなる?/謎ルールに鈍感になったツケ――生きがいの行方不明/自明を問いに付す――「当たり前」の再検討
第2章 謎ルールに服従してしまうカラクリ
群れつつも孤独な現代人/人類はいつから孤独になったのか/「昨日までの世界」の姿/孤独の原点――「定住革命」/分業の罠――他者なしでは生きていけない/協調性というルールの加速/理不尽でも服従してしまうメカニズム/「裏のカリキュラム」――無意識の刷り込み/一致団結が難しい時代/現代人を支配する正体――他人指向社会と承認欲求地獄
■PART2.ルールがもたらす功罪
第3章 謎ルールの長所――まずまずの安心とそこそこの満足
社会をつくる目的は「保護と繁栄」/ルールで高まる社会のコスパ/秩序維持装置としてのカネ/カネよりもコスパがいい統治ツール「知識」――だから国家は教育を手放さない/国家とは「教育団体」である/国家が教育を独占できるのは――「外部効果」という社会貢献/「性弱説」――社会を誰に任せるか/脱個人依存――民主主義とは荊の道/母なるルール――イノベーションとバリエーション/条件が人間の条件
第4章 謎ルールの短所――自動で増えない「善」
仏作って魂抜ける――手段の目的化/思考停止――手段目的化がもたらすもの/人はなぜ社会を築いたのか――手段目的化の起源/社会的記憶喪失――目的の再考/社会――「一時休戦」の手段/統治者――社会に尽くす公僕/「社会の趣味」とのお付き合い/社会可変説――社会は変えられるという事実/コンセプトの忘却――社会に備わる根本精神/悪の飼育――社会の初期設定に組み込まれていた双子/「決まりだから」――大人の常套句のなぜ/「落ちこぼれ」・「浮きこぼれ」・「吹きこぼれ」――「自転車カゴのゴミリレー問題」/自発の蒸発――活気のない秩序という終点/2つの「大きなお世話」
■PART3.謎ルール社会を人間的に生き抜くために
対談 内田樹×高部大問
「謎ルール」にぶつかった際の若者の反応は三つある/「近代社会はよくできたフィクションである」という前提を知る/教育が目指すべきは「市民的成熟」である/謎に対する「葛藤」が成熟を生む/定型化が空洞化を招く/複雑な人間になりなさい/自分の中に「局所的な無秩序」を抱え込め!/教育の目的は「社会化」と「解放」/「謎」や「未知の領域」との遭遇の重要性 /「戦え!」
「謎ルール」という言葉でくくっているが、その意味は深い。
以下は本の要旨ではなく、私が日ごろ思っていることに、この本で整理できたものを織り交ぜている。
人類の歴史をひもとけば、狩猟、農業、工業と、一人で活動するより、大勢で活動したほうが、成果物は大きい。
力を合わせるということ、分業するということが、生産量を増やし、結果一人の取り分も大きくなる。
力を合わせるため、分業するためには「ルール」が必要になる。
皆がてんでんばらばらに動いていては、総量は増えない。むしろ減ることすらある。
適切的確なルールが必要。
村の単位、藩の単位、そして国の単位でルール化する。日本はそれで明治維新、富国強兵を興した。
ルール化すると、それを管理するものが必要になり、身分、地位が生じる。これがややこしい。
明日の生産力である子供たちにもいち早くルールを身につけさせたい。これが「学校」になる。
最適なルールを学校で身につけ、社会に出たらそれを活かして生産力を高め国力を高める。
。。。
ここまでの理屈は良い。
むろん、この分業の過程で、一人でものを作る喜びは奪われるし、ルールに縛られ自由がなくなるという
デメリットはある。
しかしそれを補って余りある、成果物収穫物の増大があれば、そちらを選択した。
そういう前提があって人々はルールを甘受した。
しかししかし、世の中は変わる。
ルールが陳腐化する。
現行のルールの管理者は、そのルールを変えたがらない。
それはそうだ。今のルールだから管理者は上に立てる。
新しいルールではその優位性はなくなる。
そこにずれが生じるし、既得権益、地位にしがみつく、という状況が生まれる。
なぜか日本は一度できたものに執着する傾向がある。
住まいに関しては台風や地震があるからか木造で長持ちしないのが前提で、
ヨーロッパのレンガ造りの何百年持つ家とは違うのに、
ルールに関しては固執する。
大東亜戦争の敗北は、軍服も軍靴も先方も日露戦争時のままだったのが原因という。
何より今の学校の規則も、工業化時代のそれのまま。
そもそも憲法も80年変わってない。
平和憲法の是非はおいておいても、今の世に馴染まないことは多々ある。
とにかく変わらない。
えーと、10代向けの本だったから学校に戻すと、
そんな昔のルールに固執している学校だから、不登校児が出るのは当たり前。
皆が同じことをさせられるのに我慢できない子が出るのは当然。
まして、いい中学いい高校いい大学いい会社、なんていう路線を引かれるのもまっぴら。
これに素直に従う偏差値エリートが、官僚になり、大企業に入り、日本を引っ張る。
自分で考えることを放棄した人に世の中に合ったルールが作れるはずがない。
だからさらにどんどんずれる。
立法府である国会はその議員の多くが世襲になる。
地盤看板かばんをもった世襲には選挙で勝てない。
世襲議員も親の教えの通りに動く。自分で考えない。
考えない人が世にはばかる。
過去の考えに仕える奴隷だ。
今の日本はそんな状態なのだろう。
なぜヨーロッパはそうでないのか?もちろんそういう側面もあるのだろうが、
日本より変わるペースがはるかに早いように聞こえる。
天皇制が邪魔しているのか?
しかし今の天皇はむしろリベラル。
保守を名乗る人たちは男系天皇制は大事だが、今の上皇・天皇の考えを良しとは思っていない。
なんなんだ。
本に戻ると、こういったルールのおかしさを「謎ルール」とこの本では呼んでいる。
・・・わたしはてっきり、「スカート丈はどう」とか「髪は黒」とか、そういう変な校則を取り上げる本だと
思って手に取っていた。
それよりはるかに重要な内容だったが、果たして重要さを理解してこの本を手に取って読み切る人がどれだけいるのか、、
心配になる。
しかしいい本だ。 -
Posted by ブクログ
バッカ面白かった。
貨幣経済、大航海時代、映画、文学評論等に話が脱線しながらも先生はえらいという結論に持っていく手腕は見事。これらの脱線も全てコミュニケーションが本質的に誤解を含むものであるという導入になっていた。最後の文章
私たちは「あなたがそうすることによって、私に何を伝えたいのか?」という問いを発することができる相手がいる限り、私たちは学びに対して無限に開かれています。私たちの人間としての成熟と開花の可能性はそこにあり、そこにしかありません。
という金言にやられ、その文がどういう文脈で使われているのか知りたくて読んだが、想像以上に面白かったし、上記の文章の意味をよく理解できた。(完璧に理解できたと言わないことがポイント。)
行為にすぐ説明を求めてしまう今の若者に読んで欲しい。 -
Posted by ブクログ
まず、文章そのものが軽妙で(ブラック・ユーモア満載で)読みやすかったです。
かつては「聖職者」ともいわれた「教師」という仕事ですが、いまでは「生徒」や「保護者」という「お客様」に教育サービスを提供する職業になり、かつての権威は薄れ…と、何かとブラックな扱いをされることが少なくありません。
はたして、内田樹が定義する「理想的な教師像」とはどのようなものなのか、と思って読み進めましたが、目からうろこが落ちたような気がします。
冒頭の「理想の教師は存在しない」というどんでん返しから始まり、コミュニケーション論にもふれながら展開された論考を経て、「学ぶ側の主体性」の大切さに気付かされました。
なるほど、私自身が弓道で師事している先生方が、自分たちが教わっていた大先生についてそれぞれに語っているところ、その師弟関係の「不思議さ」の理由の構造が何となくわかったような気がします。
本書で幾度となく言及される、「分かり合うために行うコミュニケーションだが、完全に理解し合ってはいけない」という矛盾したようにも思える、その在り様に面白さを感じられるようになってきたのも、自分が「大人」になったからなのかもしれません。
「で、あなたは何が言いたいんですか?」と思う、その姿勢こそが学びへの開かれた扉であるとのこと、肝に銘じて日々過ごしていきたいと思います。 -
Posted by ブクログ
2008~2014年に行なわれた講演のなかから7つを収める。テーマは、教育、学びの本質、これからの大学のミッションなど。内容の重複はほとんどない。
21年間勤めた神戸女学院大学を去るにあたっての「最終講義」(2011.1.22)が印象深い。1990年、「生き馬の目を抜くような」忙しい東京の生活から、「秘密の花園のような穏やかな大学」に赴任。内田がそこで身につけたのは「寛容さ」だったという。
95年にはあの大震災。神戸女学院も、ヴォーリズが設計した建物群が損壊。復旧工事に際して、建物を見てまわるなかで、ヴォーリズの「仕掛け」に気づく。音響効果や採光の効果はもちろんだが、隠し屋上、隠し廊下や隠し扉、そして隠し部屋があることを発見する。「扉を開けてみなければ、その向こうに何があるかわからない」。建物のそこかしこがに「教育」のメタファー。