内田樹のレビュー一覧
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もしかして、そうかな、と思ってたけど、やっぱりそうだったのか。
「今私たちが直面しているのは『近代の限界』というより、『前近代への退行』である、ということは、論理的に言えば、今必要なのは『近代の復興』、『近代への回帰』だということになる」
「『近代市民社会』などというものはまだ歴史上一度も実現したことのなかった幻想なのかもしれない」
じゃないかと私でも感じていたのだけど、そんなことを言うと、歴史家からバカにされそうだったから、口に出したことはなかったのだけど。
内田さんがキッパリ言うので、これからは胸を張って言える。ポストモダンなんてまだ早い!まずは近代化だ!
最後の講演が、少子化社会をど -
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現代社会の閉塞感、違和感の正体を鮮やかに敷衍してくれて、自分が何に気をつけて、何を日々のできる範囲で護り育てなくてはならないのか、気づかせて頂いた。
成熟するには、良識を持つには。
同質性を基準とするのではなく、広い視野を持って、長いタイムスパンの中で物事を観察すること。
自分自身を含む光景を上空から俯瞰する。
そんな視点を持って生きていくことが、大事なことだと学ぶ。
そして、そうした態度で示される氏の数々の見解から、多くの金言が得られる。
読んでいて思ったことは、次の三つ。
1.自由と教育について
自得するものこそが、真に自分のものとなる
だからこそ、教えるのではなく、自得できる環境 -
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これでもかというくらい、今の日本の危うさを語る二人。
対談のはずなのだが、一人の話、として読んでいる自分がいた。
全く違和感がない。
第二次安倍政権で底が抜けた日本社会、、、
倫理のタガがはずれたのだ
以前別のコラムでも書いたが、
官僚主義を打破しようとしてた青年政治家安倍晋三には私は期待していた。
その志で首相の座を勝ち得たが、お友達内閣はわずか一年で崩壊。
民主党政権が自滅した後奇跡の再登板。
アベノミクスで縮む日本経済を打破する救世主になったかに見えたが、
選挙で勝つことがすべてと統一教会に魂を売り渡し、
国会では醜いヤジを飛ばし、
さらにはモリカケサクラを筆頭に仲間と思しき人に公金 -
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2025/04/12
p.5
私が「お部屋をきちんとしておく方がいい」と申し上げているのは、要するに、いつでも「お客さん」を迎え入れることができるようにしておくことがたいせつだと思っているからです。<中略>本書は「お客さん」を家に迎え入れるために「お掃除」するということを目的とした本です。
お掃除ですから、それほど組織的に行わるわけではありません。というか、お掃除というのはもともと組織的にやるものではないんです。組織的かつ徹底的にやろうと思うと、思っただけでうんざりして、いつ先延ばしにしてしまいますから。お掃除の要諦は「徹底的にやってはいけない」ということです。「足元のゴミを拾う」ことで満 -
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安倍政治から、最近の東京都知事選、兵庫県知事選にかけての政治の凋落と、メディアでの議論のあり方、ネットの荒れ方、そして職場での無謀な上位下達について、モヤモヤとした違和感や閉塞感を感じていたことの正体が、この書を読んでクリアになった。
こういう世の中の流れに乗りたく無いが、中々、抗えず、どうやって良識ある大人になれるかと考えていたがよくわからなかった。しかし、自身が受け入れられない人々の言動が損なっているものが、この書を読んでわかったことで、それら蔑ろにされているものを大切にしていけば、目指す良識が得られるのでは無いかと思った。
思考停止の受け身でなく自律を
データなどの客観性のみに絞らずに身 -
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形にとらわれないということ。
居着かないということ。
現代の人は目標に向かって努力するが、
修行において目的は見えない。
見えないけれど、その先にある何かを信じ極める。そしてはじめの自分では想像もしない境地までたどり着く。
見えるもの把握できるものだけに、縛られないということ。
天下無敵とは、どんな相手と対峙しても勝てる、ということでは無い。
むしろ全ての敵を自分の一部にするということである。包含し、融合する。境界線は曖昧である。
自分という枠組みに、とらわれないということ。
イエスが海を歩く伝説を信じるか。
信仰とは、自分では理解できない現象が存在しうることを認めることである。起こりう -
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「構造」とは?の私的例え
ジャンケンの構造は世界中にある。三つどもえである事が超重要であり、ニつや四つではダメ。
人間が、できるだけ平和的に解決したい生き物である以上、この構造は各地で愛用される。
物事を争いだけで解決する生き物や、意思疎通が完璧な生き物(アリとか)なら、無用の長物。
もし、もう一度、人類史を繰り返しても、人間である限り、ジャンケンの構造は生み出されるだろう。そのくらい、「構造」は強力。
第一章
前提の話が、極めておもしろい。
「構造主義の思考方法があまりに深く私たちのものの考え方や感じ方に浸透してしまったために…
その発想方法そのものが私たちにとって自明なものになってしま -
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内田樹さんが、昔の自分が解読するのに大変苦労した「構造主義」をそのときにあったらいいなと願った読みやすい「構造主義についての入門」を記した本。
その名の通り、ちょこちょこ寝ながらだったが、「構造主義」を学ぶことができた笑
現代人がもはやその主義に染まっているとも意識できないくらいに普遍化した思考方式である「構造主義」を、構造主義以前の世界観から、ソシュールの言語論へ、そして、構造主義の4銃士、ミシェル・フーコー、ロラン・バルト、レヴィ・ストロース、ジャック・ラカンへと暗闇にゆっくりと光が指すように構造主義のベールを剥がしていく。
「あらゆる知の営みは、それが世界の成り立ちや人間のあり方について -
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あえて言いますが「また同じことが書いてあります」。
基本的に内田さんも岩田さんも以前どこかでおっしゃっていたことを繰り返し語られています。
違うのは取り上げられている事象の方。
でもそれは当たり前のことではないでしょうか。
ある人の考えは様々にバージョンアップされたり、改変されたり、脇道へそれたりとするでしょうが、その本質的な部分で大きく変わることは(あまり)ないと思います(むしろ本質的な部分がころころ変わる人は信用できないでしょう、きっと)。
一方で現実は目まぐるしく変化する。今回主要なテーマである「コロナ禍」は、現実がいとも容易く一変するということを残酷なほど分かりやすく僕らに突きつける -
Posted by ブクログ
内田樹の社会観というか政治的立場が明示されている。基本的にはコミュニタリアンなんだな。
懇親会で隣にいた保険医の方から,「医療と市場原理はどうしてもなじまないのですけれども,どうしたらいいでしょうか」と訊かれた。その質問には「苦しんでください」と答えました。にベのない答えだったとは思いますけれど,仕方がないのです。医療と市場原理は並立しないからです。並立しないものを並立させようとしているのだから,苦しむ以外にない。
これは医療を司法とか法曹とかに置き換えてもそのまま当てはまるのではないか。
「市場原理に委ねるとある種の領域で制度は限りなく劣化するという平明な事実を直視すべきなんです。」