白取春彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
何かヒントを求めて手に取った。
そういう意味で、とても得るものがあった。
本屋を巡ることの有用性を再確認できたし、今後読んでみたい本が見つかったし、不安に対する考え方が変わった。
今日のなるほど
読んでいる本の中にいつも一冊以上の古典を混ぜておく
更に聖書を加える
才能とは何事かを「為す」こと
自分の可能性を狭くしない
人は何にでもなれる
縛りさえしなければ、人は最高の可塑性を持った万能粘土
経験は人を創る
行為とその経験によって、人は認識と価値判断を変えていく
何事も真剣に関わってはじめて意味が見つかる
時間は自分の中にある
自分が物事にどう関わっているかで時間は変わる
「言葉」から発想力が生まれる
悩んでいるなら、書店という名の病院に行け
この世にはさまざまな考え方と価値観が溢れている。その氾濫ぶりを体感するだけでも、自分の行き詰まりがいかに微々たるものか、考え方がどれだけ偏っていたか、自然と諭される。
「問題に対処する」とは、要するに人に対処することだ
不安定を覚悟することが人生の免疫となる
安心など死ぬまでできない -
Posted by ブクログ
1作目からステップアップしたようなアドバイスが沢山詰まっていました。
現段階で共感・納得・言葉の真意の理解が出来る部分もあれば
まだ詩的で説明のない短い言葉の真意が分からない部分もあります。
けれど、これもまだまだ自分が未熟だから理解に及ばないのでしょう。
これから先、何かの折に何度も読み返してみたいと思います。
次読むときまでに理解できるものが増えているといいなっ^^
最後の「悩みの小箱から脱出せよ」は、この1冊のまとめにふさわしく、
またがニーチェ自身が「本を書くことで読者に伝えたいこと」にも通ずる
素敵な言葉でした。
ついつい忘れかけてしまう心構えを改めて正してもらえた1冊です。 -
Posted by ブクログ
実際、声に出してみたとしても、ほんの数秒で語り終えてしまいそうな程、僅かな言葉。
…なのに、心にじ~~んと響く。
響く、と言うことは、そのテーマで私は悩んでいた、と言う事か?
彼らの言葉を聞いて、心がほどけ、柔らかな気持になって行く、と言うのは、
今の自分の生き方のどこかに、不信感を持っていた、と言う事なんだろうか。
短い人生だと言うのに、小さな悩みはあれこれ尽きない。
せっかく生まれて来たと言うのに、
もやもや悩んでばかりで一生を終えたくない。
これらの言葉を語った賢者達は、
今より遥かを生きていた人達ばかりだ。
…と、いう事は
ヒトの悩みなんて、大昔からまるで変わってない。
おそらく、
その悩みの根源となるものが何か?に気付いた彼らが、
ウィルスの対処法を研究するかのごとく
考え抜いた(発見した?)言葉だからこそ、
全てのヒトに正しく効き目のある処方箋として、これまで伝わってきたのではないだろうか?
人を導くための言葉とは、
表面上は、いくつか分類されている様に見えるが、
(聖書、哲学、論語、禅、釈迦の言葉、般若心経などなど。)
良く読むと、
人の心を糧にして食い尽くそうとする悪玉ウィルスを退治しようとして、
開発された(?)言葉の成分は、皆同じだな…と、思った。 -
Posted by ブクログ
世には実に様々な哲学者がおり、多種多様な哲学がある。
しかし私たちも、それぞれ一人の人でありながら、相手や場面によって、全く異なる考えや態度を示す。
であれば、あらゆる哲学者たちの言葉を知っておくほど、臨機応変にしかし心落着いて過ごすことができるのではないだろうか。
しかしこの本は、単なる名哲学者たちの寄せ集めではない。
現代の素晴らしい哲学者、『超訳ニーチェの言葉』を生み出した白取春彦氏の、心慰める哲学である。
法的な都合で医学上の死を宣告されても、まだ身体の一部は機能しているのあれば、それは絶対的な死ではない。
ろくに考えもしないで即相手を切り捨てるのではなく、共苦の精神を持ち、辛抱強く相手を待ちづづける態度こそ愛であること。
他者に対して、言外の意をを汲み取ろうとすること、いたわりを示すこと。
物語のダイジェストを読むだけでは、本当に作者が伝えたいと思うことを読み取った事にはならず、作品そのものを読むことによってのみ、意味の把握や読み取りが可能になる。
自分の考えや欲求を客観的に把握する。
これらの教えを受けながら、本を閉じたら終わりにしたくない。
願わくば、意識せずして自らの言動となるようにと願う。なかなか難しいことだが。 -
Posted by ブクログ
こりゃあ、なかなかいい本ですわ。
全く無知の自分でも、般若心経について、よくわかりました♪
マンガの内容も、ストーリー仕立てで、日常にいそうな人が登場人物なのでいいんだろうと思います♪
他の、般若心経関連の本も、読んでみようと思います。
もしかしたら、導入に最高の本かも!?
以下、メモ。
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般若心経とは、
大般若経600巻を1万分の1に圧縮した大乗経典のエキス
約300万文字がたったの276文字に集約されているもの。
三法印・・・仏教の根本原理
?諸行無常・・・あらゆるものは移り変わるということ
?諸法無我・・・あらゆるものには実体がないということ
?涅槃寂静・・・心の安らぎこそ、真の幸福である
五蘊・・・人の中にある5つの要素。この5要素が人間の自我を作っている。
?色・・・肉体を持っていること
?受・・・すべてのものを感受する心の働きを持っているということ
?想・・・心は感受するばかりでなく、何度も思い返して、その思いにとらわれていくということ
?行・・・意志となった思い
?識・・・人間は分別したことの是非と善悪を確認する
愚かさと欲から生まれるとらわれ、これが自我。
それにとらわれている限り、一切苦厄、すなわち、苦しみ、煩悶、病い、災いから逃れられない。
空はゼロということではない。
空は「ある」のでもなく、「ない」のでもない、ということ。
「ある」と思ったり、「ない」と思うのは、心が判断している。
それこそ、心のとらわれというもの。
心にとらわれがなくなれば、あるがままの姿をあるがままに受け止めることができるようになる。
月があり、目があり、それを月と認識する感受性が働いて月は存在する。
そして同時に、月を見る自分が存在する。
このうち1つが欠けても、他のものは存在しなくなる。
この世にあるものすべて、それぞれに関係なく独立してあるのではない。
お互いがお互いの存在を支えているのだ。
空とは性質を表す言葉。
相互に依存して初めて、存在すると言う性質を現している。
自分の目で見ているものは、決して実体ではない。
自分の心のありかがわかれば、目に映るものも変わる。
自分と言う存在は、様々な因縁が仮に集まって出来上がったもの。
自分だけでなく、すべてのものがそう。
形あるものはすべて空であり、
空が様々な形あるものとなっている。
感覚、思い、分別、認識についても、
全く同様である。
形あるものは必ず壊れる。
どんなに立派な肉体だって、いつかはよぼよぼになる。
よりよく生きたいのなら、なぜはかない物質で満足を得ようとするのか。
心とても色と同じ
心は色よりももっとめまぐるしく変化する。
煩悩とは、むさぼること、いかること、愚痴ること
美醜とは空だ。
空だからこそ、相対的なもので、君が美しいと思っても、他人にはブスに見えているかもしれん。
それでもいいじゃないか。
縁の始まりのきっかけにこだわることはあるまい。
堂々と好きになりたまえ。
ただ、お付き合いをしていくうちで、彼女の中に本当のものを見出すことを忘れちゃいけない。
木が四季で見せる変化同様、
人間も、変化する。
今の自分の肉体は仮の姿。
過去は何者かであった。
死んだり生まれたりするように見えるのは、単に姿を変えたのに気付かないから。
この世という短い時間の中で見せる姿で判断して、それが実態だと思い込んでいるだけ。
地球の人口が増えて、何百年前と比べて、地球の重さが変わりましたか?
地球はずっと同じ重さですよ。
結局何も増えてはいないんですね。
現象が変化しているだけですからね。
凡夫の有する六種の欲は空しい。
色欲、顔を美しくする欲、姿をよくする欲、言葉を飾る欲、面白さを求める欲、人と集う欲
煩悩を作り出すのは自分の心と体。
般若心経では、煩悩の根源となるものも実じゃないという。
悩みと言うが、映画と同じもの。
スクリーンに映った光と影にすぎない。
『死ぬのなら、自分で自分の死体の始末ができるようになってからにしろっ!!』
心を空じる。
自我をなくして素直に生きること。
接するものすべてに対して、先入観をとりはずし、自分の欲望を加えず、ありのままに見て聞いて生活することだ。
少しずつでいいんだよ。
未定ながらも、無意識を貫けば、自我は少しずつ減っていくもんだよ。
そして、そのうちからっぽになるさ。
迷いがあり、自分の無知に気付くからこそ、
遠くのほうに悟りのかすかな光が少しずつ見えてくる。
そのためには、自我を空じて愛にも取にも有にもとらわれぬ生き方を実現していくことだね。
生きているのがつらいのは当たり前。
しんどくなきゃ人生じゃない。
つらくない人生はニセモノ。
生きていく苦しみから逃れる方法。
それは、愚かさと欲を断つこと。
八正道を実践すること。
正見
正思
正語
正業
正命
正精進
正念
正定
自分で正しいと思って行動しても誤ることがある。
人それぞれ判断が違うのがこの世というもの。
正しいというのは、人から見た正しさではない。
仏から見た正しさだ。
自分と他人を区別せずに、自己に執着せず、いかなる時でも欲と迷いの上に立たぬこと。
老病死を避けようと思ってジタバタとせん方がいい。
そのまま受け入れて、一生懸命生きなさい。
正しく、全力で生きれば、もはや老も病も死さえも、苦とは感じなくなる境地まで歩けるものだよ。
遠いと思うかもしれんが、この道を遠くするも、近くするも、この瞬間からの自分の生き方だよ。
般若心経を唱えることが1番
自己を見つめて内省してください。
自分の持っているものの中でどれが捨てられないものか、見極めてください。
そうすると、捨てきれない愚かな自分が見えてきます。
ここが大事です。
自分の愚かさと欲に早く気付いてください。
日常に追われてさざ波だっている自分の心を時間を作って月が映るほどの水面にしてみるのです。
迷いばかりでも煩悩ばかりでも、がっかりする必要はありません。
迷いがあるからこそ、目覚めがあり、やすらぎが得られるのです。
安心して生きなさい。あなたは生かされているのです。
正しさは、迷いが多い人間が判断するものではなく、常に仏が判断するものです。
仏心とはどこに住んでいますか?
あなたの心の中です。
しかし普段は、本能や欲望のためにおおわれているわけです。
そこを少しずつはがすために、自我を空じるのです。
迷ったらそのときの自分の行動に自分だけがあるいは自分さえよかったらという考えがわずかでもあるかどうかチェックしなさい。
そんな気持ちがミミズの耳垢ほどでもあったら、それは正しくないのです。
正しいことはいつも自分のためよりも、他のすべての人のためという慈悲心から生まれるのです。
相手の悲しみは、自分の悲しみとして受け止め、相手の喜びは、自分の喜びとして受け止め、そして、一体となるのです。
これを自利利他といいます。
すべてのものに感謝して生きてください。
会う全ての人の中に仏心を見出してください。
謙虚に生き、人に尽くすことに生きがいを持ってください。
どうかこの与えられた生を慈しんでください。 -
Posted by ブクログ
1つ下の勝間さんの本を読んだ後だったので、主張の違いが際立って面白かった。勝間さんは「本に線引く時間が勿体ない!」と言ってる一方でこっちの本では「線を引きながら読むとよく頭に入る」と言っている。勝間さんが「情報は全部PCに入れろ!PCは補助脳だ!」と言ってる一方でこっちの本では「PCに入れると印刷した時に紙がかさばるからノートかなんかに書いてまとめておけ!」って言っている。僕は本には線を引き、情報はPCに入れるから両者混合型といったところかな。この本は単なるハウツー本ではなくて哲学とか宗教といった見地から物を書いているのでおもしろい。本を読んで知識が増えると考え方や価値観が変わっていき、行いが変わり、人間関係が変わり、人生が変わるという。そして内側から自分を輝かせることが独学の目的だ!みたいなことを言ってます。いいこと言うね。
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Posted by ブクログ
特に印象に残ったのが、「どんな人にも一芸がある。その一芸は、その人だけのものだ」という考え方。
最近、自分の才能や強みについて考えることが増えている。人と比べて何でもできるようになることより、自分が自然と夢中になれることや、これまで積み重ねてきたものを大切にして、自分なりの「一芸」をさらに磨いていきたいと思った。
また、高みに向かって努力することは無駄ではなく、才能や技量だけでなく、時間による成熟を信じて歩き続けることが大切だという言葉も心に残った。
すぐに結果が出ないと焦ることもあるが、目に見える成果だけで成長を判断するのではなく、今日できることを積み重ねていきたい。
そして、
「今この人生を、もう一度そっくりそのままくり返してもかまわないという生き方をしてみよ」
という言葉も印象的だった。
人生には限りがある。だからこそ、将来のためだけに今を我慢するのではなく、挑戦したいことに挑戦し、大切な人との時間や好きなことを楽しみながら、「この人生でよかった」と思える時間を増やしていきたい。
人間関係についても考えさせられた。信頼は言葉で自分をよく見せることで得るものではなく、日々の行動によって築いていくもの。そして良い人間関係には、相手を尊重することや友情を育てる力も必要なのだと思った。
最後に心に残ったのが、「読む前と読んだあとでは世界がまったくちがって見えるような本を読むべき」という考え。
読書は知識を増やすだけではなく、それまでとは違った視点で自分や人生を見るためのものなのかもしれない。
これからも本を読みながら自分自身を知り、自分の一芸を磨き、人とのつながりを大切にしながら、一日一日を自分なりに充実させていきたいと思えた一冊だった。