山田詠美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大人だけに許される不慮の事故というなの恋を描いた短編集。
山田詠美氏の文章の美しさ、妖艶さ、純粋さによって登場人物達の生き様は眩しく目に映る。男達を虜にできる自陣に漲っているようで底知れぬ欲望と純粋な心を感じられる表現と物語にいつも心が動かされる。
恋の一場面、一つの事象を表す言葉がとても好きだ。誰も寄せ付けないような、でもとても魅せられる言葉にしばしばノックアウトしてしまう。
ただ官能的なだけではなく、高貴なような、粗野なような、そんなところへと連れていってくれる作品だ。
「彼との囁き合いで空気を揺らす、私は、タヒチのこの島に来て以来、そんなことだけで毎日を過ごしている。(甘い砂。)」
「何故なら、口と手の愛には終わりがない。結末のない欲望は、人をとりこにしてしまうのだ。そして、口と手はつながり、やがて、欲望は、二人を貫く円になる。(口と手)」 -
Posted by ブクログ
再読。ハードカバーの時、一回読んでた。
何度読んでも、父親の愛人の子として高見沢家に引き取られ、みなしごとして憐れみをかけられながら、成長するリキの魅力的なことといったら、そりゃあ家中の女性たち、母、長女の麗子、次女の咲也、三女の薫子、お手伝いのタカさんまでも、それぞれのアプローチの仕方で近づき、振り回されていく。
リキは憐れみよりも憎しみ罵倒されたほうがまだ良かったんだね。
それが高見沢家では唯一、母のだったんね。
ラストは犬同士の薫子との結ばれる感じで終わる。
中年に近い歳になってるふたりだけど、それだけに年月が必要だったんだね。
ファースト・クラッシュは初恋の意。
初恋は砕けるものだから? -
Posted by ブクログ
職場への電車通勤中に気軽に読める本が欲しくて買ったんだけど、これが大当たり。
詠美さんの小説はたぶん数冊しか読んでないんだけど、周りに囚われず自由に生きていくことを作品の中でとても意識的に表現されている方だと認識している。
このエッセイ集でも、食べ物や料理の話を中心に、まるで自由気ままな彼女が本の中なら飛び出してきそうな小気味よい日常風景、世間を騒がせた出来事に対する切れ味鋭い意見表明など、厳選された100篇が収録されている。
一篇一篇は短いんだけど、時折はっとさせられる一文もあって、それがまた印象に残るんだよな。例えば冷凍食品より手作りのお弁当でしょ、みたいな世間の風潮に対しては、
「手をかける イコール 全部手作り。本当にそうでしょうか。もちろん、母親がそうしてくれたことに感謝出来るのは素敵なことです。でも、完璧な手作りだけが愛情の証明ではない、と知って行くのも子供の大事な学びだと思います。」
と書き、近年よく聞かれる「未来につなぐ」的な言い回しに関してもこう苦言を呈している。
「未来に思いを馳せる前に、考えるべきことは数多くあるような気がします。未来は現在の積み重ねの先にしかないのです。今現在ある美しいものを見ないで育った子供が、未来の美を感じ取って、認識できるでしょうか。」
いやあ、カッコいいなあ。熱血ポンちゃんシリーズも読んでみたくなっちゃったよ。 -
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すっきりと完結、読後感がいい。
その立場にならないと分からない心理描写なんだろうなと思う。
以下、気に入ったフレーズ。
•大人の女なんかじゃない。一浩が大人の男じゃないように。演技する必要のない密室の中で、大人たちは、いつだって子供に戻る。問題は、その密室を用意してくれる人間が側にいてくれるかどうかだ。一浩は、もう私にそれを与えてくれない。そして、私も彼に与えてあげることが出来ない。その方法が解らない。何故なら、お互いのみっともなさを、私たちは、もう、いとおしがれないからだ。その姿に出会うのが、特別の機会ではなくなった時、私たちは、共有していた密室を失ったのだ。
•会いたい優先順位は彼女が一番だったけど、失いたくない優先順位は、いつもナツだった。
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久しぶりの著者のエッセイ。
コロナ禍下(正しくはね)旦那さんと吉祥寺界隈を仲良く散歩したり、ランチしてるそーな。
でも、相変わらず間違った言葉使いにはひと言物申す姿勢は作家故かいや、著者の美意識の高さ故だろう。
いい年した大人が”お父さん””お母さん”、自分の仕事をお仕事、おうち、お魚、”させて頂く”の違和感。まさに我が意を得たり。
それにしても、著者も還暦を過ぎたとは…。
でもかっこよさは健在。
超似てると本人も書いてた”浅川マキ”ググってみたらそくっりで笑った。
どんな辛い状況下でも、やはり人間は”言葉”に救われるのね。(自筆の可愛い字!のあとがきを読んでしみじみ思ったよ) -
Posted by ブクログ
「吉祥寺デイズ」に続いて、週刊誌に連載した身辺雑記をまとめたもの。パートナーの「ヒロちゃん」(以前読んだ本でこう呼んでた。いろいろ衝撃的だったから覚えてるのだ)とは変わらず仲睦まじく、ほのぼのとした生活の様子が伝わってくる。うーん、「ほのぼの」…エイミーにこんな形容をする日が来るとは!「ベッドタイムアイズ」は遠くなりにけり。
とは言え、エイミーの姐御ぶりは健在で、納得いかないことにむける舌鋒は鋭い。政治や世の中のあり方について、自分が経験したり目にしたりした具体的なことを取り上げて怒っている。繰り返し使われるのが「想像力がない」という言葉。自分とは違う境遇にいる人がどう感じるか、考えようともしない姿勢に著者は憤る。小説というものの役割の大事な一つが、その想像力を喚起することだという揺るぎない信念を感じる。
また、世に氾濫するヘンな言葉について再三怒っていて、ここにはすごーく共感した。著者は「間違っている」と指摘するのではなく「その言葉は嫌いだ」と言う。そう!そうなんだよねー。「大丈夫」とか「○○(しばしば「感謝」)しかない」とか、背中がむずむずする。あと、「他人に話すときに自分の親を『お父さんお母さん』と呼ぶヤツは大人とは認めん」というのにも大賛成。
うんうんと読んだ箇所をいくつか。
・「古き良き時代」という言い方は大嫌いだとある。「アメリカではある種の白人がよく使いますよね」「しかしね、その頃、黒人は奴隷だったんです。そして、日本では、ある種の女たちが、しいたげられていた。マッチョきわまりないワードだと思っています」ほんと、その通り。これも想像力の欠如だな。
・ちょっとテレビをつけると誰かが必ず言っていて辟易する「させていただく」。ここまで使われるには理由があるという、辞書編集者の指摘が紹介されている。敬語の基礎は動詞の尊敬形と謙譲形を使い分けることだけど、謙譲形がない動詞が大量にあり、そこで「させていただく」が大活躍することになるんだと。なるほどね~。それでも、「感動させていただいた」とかはやっぱりないわ。著者は「芸能人の『おつきあいさせていただいてます』は許さんよ」と言っているが、あれって最初に使ったのはダルビッシュだと思う(私調べ)。あんまり気持ち悪かったので忘れられないのだった。ちなみにお相手は紗栄子さん。
・世はコロナ。「ウイルスも恐ろしいけど、私は、そこから生まれる差別も同じように恐ろしいんです」とあって、ほんとにねと思う。著者は、エイズが世間に知られるようになった頃、差別された経験があると言う。「ベッドタイムアイズ」をもじって「ベッドタイムエイズ」と揶揄した知識人もいたそうな(誰だ?)。「人間は愚かで、それ故にいとおしいという意見もありますが、愚かさにも許せるものとそうでないものがあるのです」おっしゃるとおり。
・本書一番の啖呵は、ステイホームを呼びかけるため当時の安倍首相が優雅にご自宅でくつろぐ動画をアップしたことについてふれたくだり。
「泣く泣く店じまいを告げる紙をドアに張っている人たちの気持ちを想像出来ない国のトップって……私、あの動画を上げるのを提案した人の顔と名前を知りたいです。あと、緊急経済対策として『お肉券』や『お魚券』の交付というアイディアを出した人、誰なんだか教えて~~!!顔見せろや、こら」