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Posted by ブクログ
完璧だった家族がゆっくりと起き上がるような物語。
長男の劇的な死をきっかけに家族がちょっとづつ崩れていく。母親の飲酒によりゆっくりと。残された子供たちも、それぞれのネガティブな感情を抱えてしまうことになる。長女は親しい人が急にいなくなってしまうことへの恐怖を、次男は母親からの関心が返ってこないことの寂しさを、次女は長男の影響力に対しての怒りを。
長男が唐突に死んでしまうことはファンタジーっぽかったが、家族にじわじわと広がるネガティブな空気感は現実的で苦しい。それなのに読後は爽やかさを感じるから面白い。
これは物語後の妄想。
父親と子供たちは長男の死を受け止められるが、母親は受け止められないような気がしている。これは曾祖母の「人生よ、私を楽しませてくれてありがとう。」が呪いとなっているから。母親はそんな風に思える家族でなければならないとし、家族に尽くしてきた。しかし、長男を失ったことで家族の理想は完遂できないものとなってしまっている。それは悲しみだけでなく自身が無価値であると感じる要因となって、お酒と一緒に母親を蝕んでいくのだろうと想像してしまった。悲しみは時間が解決してくれるが、無価値観は時間で解決しない。
曾祖母の格言なんざありがたがらず、そのまま埃を被せておけばいいのにな…と思いました。
Posted by ブクログ
連れ子をつれて再婚し新しい兄弟も生まれ、絵に描いたような幸せな家族になった。しかし、兄の死をきっかけに母がアルコール依存症になり、一家の姿は激変する。
絶望から再生していく話で一見地味だけど、家族の幸せとは何かを見つけていく様子が時間をかけて丁寧に描かれている。
死は一種類の悲しみしか生み出さないのではなく、
千人いれば千通りの死の受け止め方がある。
家族の中心的存在であり、優等生だった長男が亡くなり、父、母、3人の兄弟にとってそれぞれ全く異なる種類の哀しみを生むことなる。
だけど、それぞれの種類の哀しみを時間をかけて気持ちに折り合いをつけていくことで血のつながりも関係なく家族のつながりってどこからでも作り上げていけるものなんだなって、感動した。
Posted by ブクログ
それぞれが違う形で前のパートナーをなくした男女が再婚し、お互いの連れ子合わせて三人と、新しく出来た一人の子どもで、合計六人の家族が出来上がった。
素敵な家に移り住み、家族仲も良好で、素晴らしいスタートを切る。それは幸せな人生づくりの完璧な再出発かと思われた。
しかし落雷が原因の長男の死をきっかけに、長男を溺愛していた母がアルコール依存症となり、一家の姿は激変する。
家族だからと言って何でも遠慮なしに振る舞って良いわけではなくて、むしろ家族だからこそお互いが少しずつ我慢をしたり役割を演じたりしてどうにか家族というものは形成されていく。
この本を読む以前から思っていたことが、この本を読んでますます深まったように思う。
突然不在になってしまった長男の存在が、長きに渡って家族たちに影響を与え続ける。
見える形で壊れてしまった母親はある意味では一番幸せで、あまりにも出来過ぎたヒーローのような存在だった長男の夭逝は、兄弟たちを様々な形で苦しめる。家族内でも、そして学校でも。
人間は必ずいつか死ぬのだから、死というものは全く特別なものではない。だけど幼い頃に兄をなくしてそれぞれに苦しんだ兄弟たちは、死に対して偏った思いを抱くようになっていく。
大切な人の死を、時間をかけて昇華して、自分を取り戻していくということ。
それを放棄してしまった母親に振り回され続けた家族が、長い時間の後にした選択は、けして前向きではなく切なく見えたけれど、それが長い時間をかけて流れ着いた場所なのだと思った。出来うる限りの、最良の選択。
そして最後のページで驚きが。
長女、次男、次女、そしてみんな。という視点で綴られた四章の短編連作。
長男の死や家族に対するそれぞれの思いと苦しみ。人間の黒い面や綺麗事では済まされない部分もたくさん描かれていて、山田詠美さんの小説の中に垣間見える哲学は今回も健在。
「かわいそうという言葉は、言われる側に言ってもらいたい人を選ぶ権利がある。決して自分のプライドを傷付けない、と信じている人にだけ言われたい」という次男の言葉が印象的だった。
上から目線ではなく心から人を「かわいそう」と思える人は、果たしてどれくらいいるのだろう。
Posted by ブクログ
夫に捨てられた妻(ママ)と、その息子、娘。
妻を病気で失った夫(マコパパ)と、幼い息子。
ママとマコパパが結婚し、五人の新たな家族を作る。
その時、四歳だった弟創太でさえ、家族を演じなくてはいけないことをわかっている。
アメリカン・アンティークで飾られた大きな家。
家の中を磨き、飾り、子どもたちには手作りの料理、おやつを食べさせる母親。
やがて、両親のもとに新しい子ども、千絵が生まれる。
子どもたちの必死な努力により、澄川家は美しい、完璧な家族に仕上がりつつあった。
ママの「特別な存在」であった長男澄生の死と、父の事業の不調で、一家は暗転する。
この小説は、構造的な面白さがある。
私が今書いたような、この一家の来歴は、長女真澄の視点から語られる。
そして、今まさに進行していく一家の崩壊を語る。
一家でただ一人、家族の虚構性を引き受けられない、つまり、血縁の絆を信じている「ママ」の無意識の加虐性を指摘するのは、彼女だ。
この配役の妙に唸ってしまう。
一方、創太の物語は、そこから十五年ほど時間が経ってからのこと。
成人した創太から、どん底の澄川家の状況が語られる。
家計を支えるために、お金のかかるエスカレーター式の私学で進学するのを諦める真澄。
同じく公立高校に転出し、友人を得る創太。
澄生の死により、「ママ」の愛を得られると期待したものの、決してかなわなかった彼の悲しみは切ない。
一方、姉の真澄と、血のつながりはないマコパパの間に、紛れもない愛情を見出すのも彼だ。
妹、千絵の語りになる第三章は、さらにその後のこと。
妹の目から、姉が失いたくない大事な人を作るのを怖がっていることが明かされていく。
そして、もはや苦しい治療を続ける気持ちを失っている病んだ母親の中に、自分への愛情がたしかにあることを見出すのもこの娘だ。
最終章には、不思議な緊張感が漂う。
澄生の死から解放されるために、澄生の命日ではなく、彼の誕生日を祝うことにする一家の姿が描かれる。
彼の死に囚われているのは、ママだけではないからだ。
マコパパの事業も再生し、真澄は恋人と順調に関係を深めている。
そして千絵の結婚。
澄川家の再生が感じられるこのパーティは、どこかはかなくもろいもののようにも見える。
千絵の語りの中に出てきた『アメリカン・ビューティ』の、夥しいバラの花びらが浮かんだバスタブで絶命した男の姿を思い出しながら。
物語の幕切れの見事さについては、詳しくは書かないことにする。
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小説・文芸
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