山岡荘八のレビュー一覧
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大権現様が生涯最期で最大の孤独を耐え忍ぶ25巻。
秀頼と淀殿を救おうとするも、救えなかった。
大権現様は天下泰平を維持するためにも
人情を無視してはならないと考えていたが、
自分が育ててきたはずの側近や子どもたちには、
大権現様の考え方は理解されていなかった。
やはり大権現様も人間だったのだろうか。
そして秀頼亡き後、世間の怒りの矛先は、
野心を抱いた松平忠輝や秀頼の遺児国松に及ぶ。
彼等を救えない事を嘆きつつも、
自分の努力が足りなかったからだと、
人を責めずに己を責める大権現様。
長かったこの物語もついに残り1冊となったが、
どんな結末が待っているのだろう。 -
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山岡荘八著の「徳川家康」の12巻・華厳の巻きが読み終わった。
丁度、全24巻の半分まで来た。
本巻は秀吉の妹朝日姫を正室に迎えた家康が上洛するという話。
その後、秀吉は九州征伐に向かい、家康は東国経営に乗り出す。
本巻の最後の茶屋弥四郎次郎と本多正信のやり取りを読んで、
何と正信は用心深いというか、疑り深いというかと思った。
また家康の家臣が正信を嫌っていたのは知っていたが、
茶屋までが正信のことを嫌っていたというのは知らなかった。
歴史小説を読むと、いい言葉や話がある。
本作品では、鳥居彦右衛門元忠がその祖父・伊賀守忠吉の言葉として、
息子・新太郎に度々聞かせている言葉で、次のよう -
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大権現様が人生の汚点を堪え忍ぶ23巻。
ついに方広寺鐘銘事件が起こり、大阪の陣が始まる。
徳川家康という人物を描くのには避けては通れない出来事だが、
女子供にヤ○ザな言いがかりを付けた家康はどう見ても悪である。
ドライでシビアなことを言ってしまうと、徳川家を頂点とした社会を作り、
平和を維持するには豊家の存在ははっきり言って邪魔であり、
秀吉亡き後の豊家には最早政権担当能力は無かったのだから、
家康の行為は人としては間違っているが、天下人としては正しい。
山岡先生はここでは大阪城は秀吉には相応しい居城だったが、
片桐且元と主君の秀頼には大きすぎる城だから手放すよう
謎掛けをするために大権 -
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「小説 太平洋戦争〔3〕 南太平洋の死闘」山岡荘八
歴史小説。油色。
全九巻の三。
よくよく取り上げられる日本軍敗退への序章。読んでいて感じるのは、事実どうだったかは置いておいても、「司令部は現地のことが分かっておらんのだ!」という前線の不満と、そのうえ国のため理想のために軍規に準じて作戦行動の駒になるのが当たりまえだということ。
死、というものに直結する恐怖もさることながら、言論思想の統制・矯正という面でも、戦争のおぞましさをみられると思う。
3巻は、ミッドウェー海戦とガダルカナル島の戦い。
(3)
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やっぱり、国に殉じて人がどんどん死んでゆくんじゃないか…。
自発的か否か。 -
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「小説 太平洋戦争〔2〕 緒戦の攻防」山岡荘八
歴史小説。ジャングル色。
全九巻の二。
日本軍はアジアの戦役において敗走を続けた、と云う誤った先入観を持っている人は多い気がする。
かくいう自分がそうでした。
開戦直後3カ月前後の、陸海軍快進撃を描く。
2巻は、マレー攻略、フィリピン攻略、蘭印攻略の途中まで。(3)
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p28.
しかし、維新以来の国防国家的な特異性の中で育てられて来た子供たちが、白人文明のゆがみに腹を立て、眦を裂いて蹶起したとしても彼らにそれを責める資格があるであろうか。
p95.
一般の兵隊は、〜戦うことがより正しい世界の創造に通ずるであろうということを、疑う -
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「小説 太平洋戦争〔1〕 十二月八日前後」山岡荘八
歴史小説。茶色。
全九巻の一巻。
中学生のとき以来、本格的な長編歴史小説を読み始めました。
(あのとき読んだのは確か義経本だったと思うのだけど、散々ネットで探しても該当のものが出てきません。。15巻〜くらいある文庫でした。)
案外読みやすくて、題材もメジャーなところなのですいすい読んでいます。
1巻は、日ソ不可侵条約から真珠湾攻撃まで。
(3)
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以下メモ
大義名分
通州事件
確かにおそらく欧米の人にとって、東洋の何を考えているかわからないような、不気味さ、不快感、みたいなものはあるのかもしれないな。
p122.l8
天