山岡荘八のレビュー一覧

  • 徳川慶喜(2)

    Posted by ブクログ

    微妙に執筆当時の政治にモノ申す的な説教臭が漂っちょる。これで嫌気がさしてしまったのかもしれない、青二才の当方は。って今もテンションが微妙に下がってるんですが。
    まぁともかく作家の立ち位置というか、今となっては珍しくて新鮮かも。とにかく統治者たる徳川の目線からのお話ですからなぁ。

    0
    2016年08月02日
  • 徳川家康(2) 獅子の座の巻

    購入済み

    重要なところだけ書いて欲しかっ

    松平広忠が安城の城を攻める場面のように小気味良く文章を進めて欲しかった。例えば片目八弥がお春を手に書けるまで何ページ費やしたのだろうか。

    0
    2016年04月13日
  • 徳川家光(1) 三代の風の巻

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    人間の生長には転機がある。この本の主人公 家光の転機と言えば、家康の17回忌を済ますまでは、名君の名に値するほどの際立った人物ではなかった。というよりも、むしろ暴君に近く、慌てるとどもりの癖が出るなど、悪い方の存在であったろう。祖父を慕い、祖父の実力を認めてはいたものの、その功績の偉大さを十分に後世に活かすほどの卓抜した才能はまだなかった。

    将軍の器量がどうであろうと、天下は天下のために治まる。その道理がちゃんと機構になっていなければならない。将軍家に適材がいなければ、適材を他に求めよと、求める範囲を決めて他界した家康は、尾張と紀州はその適材の範囲となった。

    寛永11年は家光の治世というよりも、徳川幕府そのものの存在を確立した年となった。朝廷と幕府の間も筋の通った関係となり、大任を委任された幕府と諸大名の関係も、この家光の上洛によって軌道に乗ることになる。それは家光個人の器量が抜群であったからだけではなく、家光の許に集まった譜代大名などは家光を中心に次第に組織力を固めだしたのだ。奔放不羈な家光の上には酒井雅樂守忠世があり、土井大炊頭利勝があり、さらにその両者の下には松平伊豆守信綱、酒井讃岐守忠勝、堀田加賀守正盛、阿部豊後守忠秋、阿部対馬守重次、永井信濃守尚政、松平和泉守乗寿、三浦志摩守正次らの他に、板倉周防守重宗、林羅山、天海、沢庵という学者、宗教家までが揃ったので、少々の智恵者には手も足も出なくなった。その上、武道家には柳生但馬守宗矩があり、軍学者では法上安房守氏長と手が揃って、将軍家光の側近はいよいよ固まるばかりであった。むろんそれらの譜代大名だけではなく、外様の中にも、奥州には伊達政宗、上杉定勝、佐竹義隆らの重鎮があり、伊勢には藤堂が控えていた。その家光が、30万7千の総勢を従えて上洛したので、世間は粛然とするほかなかった。

    ただ、家光のすごさは、その発想力豊かなことだろう。徳川家の財物などはみな民からの預かり物として、時々それをきれいに払わぬと、罪がたまって不幸になると言い、京の住民をはじめ、奈良や大阪、江戸にまで散財したのである。家光の良心は潔癖などと言うものではなかった。筋を通す。ということがすなわち家光の生きがいだと割り切っている。それ以上に、筋を外れて生きても意味がないものと決めてかかっている。また、日光の建て替えが100万両かかると言われるが、それも、大抵なら何か取り立てるようなことをするものだが、全くをもって自費で建ててのけた。使用人にも金を払い、食事も支給し、適当なことはしなかった。適当と言えば、適当に威張り散らし、適当に温かく、適当に法螺で、適当に涙もろい、そして一番身近に感じられるのは、無計算といってよいほど善意で親切な思いやりを持っているということだた。これは、豊太閤が幾分、計算高くやっていたのとは違い、根っからの親切だったと言われている。

    家光の本質は、決して大胆不敵でもなければ、いわゆる放胆というのでもなかった。むしろ神経質な細心さを、勝気で包もうとする型であった。あるいは、人情などは人一倍厚いのだと言った方がよいかもしれない。
    全4巻

    0
    2016年01月13日
  • 高杉晋作(3)

    Posted by ブクログ

    吉田松陰が非常に面白かったので続けて読んでみたがこちらはイマイチ。見所は軍艦での破天荒な交渉か。
    吉田松陰が深い思考と信念の人として書かれているのに対して、高杉晋作はどうも単なる暴れ者という印象を受ける。もっと坂本竜馬との接点も描けたはずなのに、本書を通して竜馬の名が出てきたのは1度だけ(私の読み飛ばしがなければ)。あえて避けたのか?

    0
    2015年10月03日
  • 徳川家康(26) 立命往生の巻

    Posted by ブクログ

    全26巻、よく読んだ。大変というわけではないが、これだけの長編は始めてだなぁ。
    家康のすごさばかりが目立ち、時にはほんとかよ、とも思いながら読んだが、江戸太平の世の礎を築いたという点においては日本史上唯一無二の人物であることは間違いない。
    忍耐強く、頑張っていこう。

    0
    2015年04月07日
  • 吉田松陰(2)

    Posted by ブクログ

    吉田松陰が今の日本の政治を担えば間違いなく日本は大きく変わるな。いや松蔭に着いていける日本人が今はおらんだろうな。

    0
    2014年12月30日
  • 毛利元就(1)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    毛利元就の半生を描いた歴史小説。1964年と古い作品なだけあって分かりやすい人物設定でサクサク読める。周りの者が虫の眼状態のときに一人だけ鳥の眼で俯瞰できる英雄。勧善懲悪で、驕れる者は久しからずの展開。もちろん「三本の矢の教え」も出てくる。中国地方の武将を改めて認識できて面白かった。そういえば「信長の野望」の開始直後に、陶晴敬が大内義隆を倒す謀反イベントがあったなあ。。

    0
    2014年12月17日
  • 徳川家康(22) 百雷落つるの巻

    Posted by ブクログ

    大久保長安、急死。
    太平の世の綻びが大きくなりそうな気配。いつの世も、争いというものはなくならない。

    0
    2014年12月01日
  • 徳川家康(21) 春雷遠雷の巻

    Posted by ブクログ

    人が死にまくる戦争から、頭脳戦の闘争へ。いくらトップが太平の世を目指していても野心というものは次から次へと湧いて出てくる。
    それをどうさばいていくかが、トップの力量であり、家康の大きさなのであろう。
    宗教がらみは日本人には理解しにくい面もあるが、この時代もよくわからなかったのだろうな。

    0
    2014年11月07日
  • 徳川家康(20) 江戸・大坂の巻

    Posted by ブクログ

    太平の世の礎を作り上げようとする家康。しかし、まだまだ戦国の思想から抜け出せな人々多数。
    出てくる登場人物も戦の人は出てこなくなった。政治、経済、外交。太平の世を作り上げるのはなかなか難しい。
    しかし、豊臣家。実際はどうなのかはわからないが、どんどん破滅へ向かって行っている。家康の腐心も届かないか。

    0
    2014年10月24日
  • 徳川家康(14) 明星瞬くの巻

    Posted by ブクログ

    秀吉の凋落が始まる。
    こう見ると、秀吉のそばにはあまり人材がいなかったのね、と。強いて言うと、大河を見ているからかもしれないけど、黒田だけだったのか。
    大して取り上げられていなかったが、弟秀長の死が痛かったように思う。
    天下とはどんな人でも狂わせるわけね。
    さて家康、今後どう展開していくか。

    0
    2014年08月12日
  • 徳川家康(25) 孤城落月の巻

    Posted by ブクログ

    大権現様が生涯最期で最大の孤独を耐え忍ぶ25巻。

    秀頼と淀殿を救おうとするも、救えなかった。
    大権現様は天下泰平を維持するためにも
    人情を無視してはならないと考えていたが、
    自分が育ててきたはずの側近や子どもたちには、
    大権現様の考え方は理解されていなかった。
    やはり大権現様も人間だったのだろうか。

    そして秀頼亡き後、世間の怒りの矛先は、
    野心を抱いた松平忠輝や秀頼の遺児国松に及ぶ。
    彼等を救えない事を嘆きつつも、
    自分の努力が足りなかったからだと、
    人を責めずに己を責める大権現様。

    長かったこの物語もついに残り1冊となったが、
    どんな結末が待っているのだろう。

    0
    2014年03月16日
  • 徳川家康(12) 華厳の巻

    Posted by ブクログ

    山岡荘八著の「徳川家康」の12巻・華厳の巻きが読み終わった。
    丁度、全24巻の半分まで来た。

    本巻は秀吉の妹朝日姫を正室に迎えた家康が上洛するという話。
    その後、秀吉は九州征伐に向かい、家康は東国経営に乗り出す。

    本巻の最後の茶屋弥四郎次郎と本多正信のやり取りを読んで、
    何と正信は用心深いというか、疑り深いというかと思った。

    また家康の家臣が正信を嫌っていたのは知っていたが、
    茶屋までが正信のことを嫌っていたというのは知らなかった。

    歴史小説を読むと、いい言葉や話がある。

    本作品では、鳥居彦右衛門元忠がその祖父・伊賀守忠吉の言葉として、
    息子・新太郎に度々聞かせている言葉で、次のようなものがあった。

    「武人の勝負はその時々よりも平素にある。平素に油断がないのが一番の心構え。」
    「家風というのは一代にして成らぬもの。厳しく普段に培えよ。」

    また、家康が亡き築山殿とのことを回想して、次のよう言葉がある。

    「相手の申し分が正しければ正しいほどに怒りを掻き立てられる。正しいことは、
     時には少しも人間を幸せにはせぬものであった。」

    なかなか感慨深い言葉である。

    0
    2014年03月01日
  • 徳川家康(24) 戦争と平和の巻

    Posted by ブクログ

    大権現様が使命と情との間での葛藤を耐え忍ぶ24巻。

    冬の陣が終わり、束の間の平和が訪れるが、
    大権現様の平和への祈りと努力も空しく、
    戦乱を望む牢人達により時勢は夏の陣へ向かう。
    そして秀頼と淀殿も戦いを決意する。

    何とかして秀頼と淀殿を助けたいと願う大権現様。
    この辺は案外フィクションでは無いかも知れない。
    秀頼に居なくなって欲しいと打算で考える一方、
    感情では助けたいと願っていた…と、思いたい。

    0
    2014年02月16日
  • 徳川家康(23) 蕭風城の巻

    Posted by ブクログ

    大権現様が人生の汚点を堪え忍ぶ23巻。

    ついに方広寺鐘銘事件が起こり、大阪の陣が始まる。
    徳川家康という人物を描くのには避けては通れない出来事だが、
    女子供にヤ○ザな言いがかりを付けた家康はどう見ても悪である。

    ドライでシビアなことを言ってしまうと、徳川家を頂点とした社会を作り、
    平和を維持するには豊家の存在ははっきり言って邪魔であり、
    秀吉亡き後の豊家には最早政権担当能力は無かったのだから、
    家康の行為は人としては間違っているが、天下人としては正しい。

    山岡先生はここでは大阪城は秀吉には相応しい居城だったが、
    片桐且元と主君の秀頼には大きすぎる城だから手放すよう
    謎掛けをするために大権現様が行ったこととしている。
    家康贔屓の私から見てもこれはかなり苦しい解釈である。
    山岡先生もここを書くのはかなり苦しかったのではないだろうか。

    武田信玄のあとがきで新田次郎先生は、
    嫡子義信の死は自害説と病死説があるが、自害説を取ると、
    私の描いた信玄像は根本からひっくり返ってしまうと書いていた。
    結局のところどう思って行動していていたかは当人しか分からないのだし、
    これは小説なのだから、「俺の家康はそんなことはしない」で良いのだろう。

    0
    2013年12月28日
  • 徳川家康(22) 百雷落つるの巻

    Posted by ブクログ

    大権現様が泰平を乱す綻びを堪え忍ぶ22巻。

    将来が危ぶまれた秀頼も立派な青年に成長し、
    戦乱続きのヨーロッパを尻目に泰平を謳歌する日本。
    目を閉じると平和な江戸時代の光景と共に執筆当時の
    新幹線が走り、オリンピックの開催に湧く東京の光景が思い浮かぶ。
    だが、その平和も大久保長安の野心に様々な要因が絡み、綻び始める。

    志を果たし、日課念仏に勤しむ大権現様だったが、
    まだまだ休ませてはもらえなかった。

    0
    2014年04月14日
  • 徳川家康(21) 春雷遠雷の巻

    Posted by ブクログ

    大権現様が海外の問題を堪え忍ぶ21巻。

    カトリックとプロテスタントの対立に
    大久保長安が絡んでくるが、
    海千山千の大権現様には
    そんな企みは通用しなかった。
    あっさり露と消える長安の野心。

    ここに来て少し丸くなる淀殿と、
    その淀殿の妹だけあって、
    勝ち気だったが、大権現様の影響で、
    堪え忍ぶことの素晴らしさを知るお江の方。
    於大の方から伝えられた堪忍が、
    連綿と受け継がれているようで感動した。

    0
    2013年12月01日
  • 徳川家康(3) 朝露の巻

    Posted by ブクログ

    朝露の巻。平手政秀自殺。竹千代元服で元信に。雪斎死す。岡崎に帰省。鶴姫と結婚。元康に改名。初陣。木下藤吉郎登場。嫡子竹千代誕生。桶狭間の合戦。

    0
    2013年08月11日
  • 徳川家康(7) 颶風の巻

    Posted by ブクログ

    長篠の戦い。
    卓抜した戦術で武田騎馬隊撃破。
    信長、覇王への道を突き進む。
    信康、築山御前。家康は女が多過ぎて、家庭を築く事ができなかったか・・・。

    0
    2013年07月29日
  • 小説 太平洋戦争(4)

    Posted by ブクログ

    おじいちゃんの話を聞いているような(笑)

    小説って言うかなんていうか。
    たまに思いが突っ走っちゃってる。
    冷静ではないなぁと。

    0
    2013年06月19日