山岡荘八のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「小説 太平洋戦争〔3〕 南太平洋の死闘」山岡荘八
歴史小説。油色。
全九巻の三。
よくよく取り上げられる日本軍敗退への序章。読んでいて感じるのは、事実どうだったかは置いておいても、「司令部は現地のことが分かっておらんのだ!」という前線の不満と、そのうえ国のため理想のために軍規に準じて作戦行動の駒になるのが当たりまえだということ。
死、というものに直結する恐怖もさることながら、言論思想の統制・矯正という面でも、戦争のおぞましさをみられると思う。
3巻は、ミッドウェー海戦とガダルカナル島の戦い。
(3)
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やっぱり、国に殉じて人がどんどん死んでゆくんじゃないか…。
自発的か否か。そうだった兵もいればそうでなかった兵もいるだろう、でなければ「非国民ー」「脱走兵ー」はあり得ない。
どちらが幸せかと言えば自発的であることの方が当然幸せで、つまり自発的になり得なかった「非国民ー」の葛藤、懊悩、死の意味を考えるとなんて哀しいのだろう…。
…だから今の日本に生かされている私達は、遺してくれた国で精一杯よりよく生きていくしかない、というなにかもやっとした義務感。。
p68.
歴史の上に全く無意味な「犬死ー」などは存在しない。それは後世の人々が、その意味するものを探りだそうとする努力を怠り、その過去の事実から反省の資を摂取する才能を持たない場合の、まことに不遜な片付け方ではあるまいか。
p167.
徹底的に戦った民族は、曖昧に革命を行う民族よりは、はるかに高い再興率を持っている。歴史ははっきりとそれを証明しているのだ。
p293.
これは兵隊たちの忠誠心や正義のための忍耐などとは厳重に区別されなければならない。これこそ逆に、正義への裏切りにほかならないからである。
p319.
ここはどうしても都合よく解釈してるとしか思えないな。 -
Posted by ブクログ
「小説 太平洋戦争〔2〕 緒戦の攻防」山岡荘八
歴史小説。ジャングル色。
全九巻の二。
日本軍はアジアの戦役において敗走を続けた、と云う誤った先入観を持っている人は多い気がする。
かくいう自分がそうでした。
開戦直後3カ月前後の、陸海軍快進撃を描く。
2巻は、マレー攻略、フィリピン攻略、蘭印攻略の途中まで。(3)
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p28.
しかし、維新以来の国防国家的な特異性の中で育てられて来た子供たちが、白人文明のゆがみに腹を立て、眦を裂いて蹶起したとしても彼らにそれを責める資格があるであろうか。
p95.
一般の兵隊は、〜戦うことがより正しい世界の創造に通ずるであろうということを、疑う余地など全く与えられていなかった。
(略)天皇と庶民とはどちらも、辞任などという言葉でその責任を回避することのできない「日本人」であったからだ…
p102.
これはもはや殉教的な信者に求める純粋な宗教的境地でなければならない。
p201.
彼は、決して正しくないのではない。が、実に、合理的であり、正しいことによってしばしば士気を損じているのである。 -
Posted by ブクログ
「小説 太平洋戦争〔1〕 十二月八日前後」山岡荘八
歴史小説。茶色。
全九巻の一巻。
中学生のとき以来、本格的な長編歴史小説を読み始めました。
(あのとき読んだのは確か義経本だったと思うのだけど、散々ネットで探しても該当のものが出てきません。。15巻〜くらいある文庫でした。)
案外読みやすくて、題材もメジャーなところなのですいすい読んでいます。
1巻は、日ソ不可侵条約から真珠湾攻撃まで。
(3)
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以下メモ
大義名分
通州事件
確かにおそらく欧米の人にとって、東洋の何を考えているかわからないような、不気味さ、不快感、みたいなものはあるのかもしれないな。
p122.l8
天皇は、国民にとって真・善・美の象徴であり、慈父慈母の愛の具現であった。
p183.ll3
したがって、戦おうと考えた者は一人もいなくとも、充分戦にはなり得るものだというこの大きな事実を、われわれは肝に刻んでおかなければならない。
p245.l3.
大衆はいつの時代にもインテリではない。インテリはその知識の仕入れ先次第で根こそぎ判断力を狂わせられる弱点を持っている。が、大衆はそうした知識の呪縛の外にあって、本能的に正邪を嗅ぎわけるふしぎな嗅覚を持っている。
p271.
男は天下を動かし、女はその男を動かす (山本五十六) -
Posted by ブクログ
吉田松陰の生涯を描いた山岡荘八著書の2巻目(最終巻)。黒船に乗ろうとして失敗するところから、安政の大獄で斬首されるまで。
松下村塾や野山獄の「教育者」としての描写は若干あっさりしていて、少し残念。
『あらゆる面で「真理」の証明に応えるような人生を志して止まなかった、凄まじい彼の良心は、まさに「神」そのものといってよいほど「高貴な清純」さと底抜けの「善意」に支えられている』
以下引用~
・佐久間象山と先代(真田)幸貫の関係は、薩摩の西郷隆盛と島津斉彬、水戸の藤田東湖と徳川斉昭、越前の橋本左内と松平慶永などの間に劣らぬ、切っても切れない君臣一体の関係だったが、松代藩ではそれに快からぬ老臣たちが多かったのだ。
・彼はできるだけ塾生の寝食は、師と共にすべきものとして、今日の全寮主義を理想とした。
・松陰の教育に階級的なこだわりなどは、みじんもないのがわかるであろう。
・教育とは、おのれの魂を教え子の中に伝え移して活かすことだ。「肉体は私、心は公」
・「至誠にして動かざるものいまだこれあらざるなり」