山岡荘八のレビュー一覧

  • 徳川家康(18) 関ケ原の巻

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    大権現様が勝利の空しさを堪え忍ぶ18巻。

    ついに関ヶ原の戦いが終わり、
    長い長いこの物語も終盤に差し掛かった。

    小早川秀秋を始めとする武将達の裏切りが、
    関ヶ原の戦いの東軍の勝因と言われているが、
    三成は心のなかで味方の諸将を蔑んでいたので、
    東軍の勝利は当然のものであるように描かれている。

    「勝てば官軍」の一言で切り捨ててしまうことも出来るが、
    物事は色々な面を持っているので、一理あるのかも知れない。

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    2014年09月20日
  • 徳川家康(17) 軍荼利の巻

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    大権現様が天下人としての使命を堪え忍ぶ17巻。

    直江状により上杉征伐を決意し、
    天下泰平のための戦いに臨む大権現様。
    幼少からの家臣である鳥居元忠が自ら捨石になり、
    出自のために翻弄された細川ガラシャも犠牲になってしまう。
    立場は違えど、二人の死に方はまさに殉死である。

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    2014年04月14日
  • 徳川家康(16) 日蝕月蝕の巻

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    大権現様が天才の策謀を堪え忍ぶ16巻。

    文治派と武断派の対立のはずだが、
    大権現様を取り除こうとする三成が話の中心で武断派の影は薄い。
    前巻では秀才の木の実が天才の三成に一杯食わされたが、
    今巻では苦労人のお袖が苦労知らずの三成を諭す。

    そしてこの物語の初期から登場していた
    前田利家公がついに退場してしまった。
    星空の下で少女のまつと共に秀吉に助けられて、
    逐電したシーンが脳裏に蘇り、とても感慨深い。

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    2014年04月29日
  • 小説 太平洋戦争(3)

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    「小説 太平洋戦争〔3〕 南太平洋の死闘」山岡荘八
    歴史小説。油色。
    全九巻の三。

    よくよく取り上げられる日本軍敗退への序章。読んでいて感じるのは、事実どうだったかは置いておいても、「司令部は現地のことが分かっておらんのだ!」という前線の不満と、そのうえ国のため理想のために軍規に準じて作戦行動の駒になるのが当たりまえだということ。
    死、というものに直結する恐怖もさることながら、言論思想の統制・矯正という面でも、戦争のおぞましさをみられると思う。

    3巻は、ミッドウェー海戦とガダルカナル島の戦い。
    (3)

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    やっぱり、国に殉じて人がどんどん死んでゆくんじゃないか…。
    自発的か否か。そうだった兵もいればそうでなかった兵もいるだろう、でなければ「非国民ー」「脱走兵ー」はあり得ない。
    どちらが幸せかと言えば自発的であることの方が当然幸せで、つまり自発的になり得なかった「非国民ー」の葛藤、懊悩、死の意味を考えるとなんて哀しいのだろう…。
    …だから今の日本に生かされている私達は、遺してくれた国で精一杯よりよく生きていくしかない、というなにかもやっとした義務感。。

    p68.
    歴史の上に全く無意味な「犬死ー」などは存在しない。それは後世の人々が、その意味するものを探りだそうとする努力を怠り、その過去の事実から反省の資を摂取する才能を持たない場合の、まことに不遜な片付け方ではあるまいか。

    p167.
    徹底的に戦った民族は、曖昧に革命を行う民族よりは、はるかに高い再興率を持っている。歴史ははっきりとそれを証明しているのだ。

    p293.
    これは兵隊たちの忠誠心や正義のための忍耐などとは厳重に区別されなければならない。これこそ逆に、正義への裏切りにほかならないからである。

    p319.
    ここはどうしても都合よく解釈してるとしか思えないな。

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    2013年03月05日
  • 小説 太平洋戦争(2)

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    「小説 太平洋戦争〔2〕 緒戦の攻防」山岡荘八
    歴史小説。ジャングル色。
    全九巻の二。

    日本軍はアジアの戦役において敗走を続けた、と云う誤った先入観を持っている人は多い気がする。
    かくいう自分がそうでした。
    開戦直後3カ月前後の、陸海軍快進撃を描く。

    2巻は、マレー攻略、フィリピン攻略、蘭印攻略の途中まで。(3)

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    p28.
    しかし、維新以来の国防国家的な特異性の中で育てられて来た子供たちが、白人文明のゆがみに腹を立て、眦を裂いて蹶起したとしても彼らにそれを責める資格があるであろうか。

    p95.
    一般の兵隊は、〜戦うことがより正しい世界の創造に通ずるであろうということを、疑う余地など全く与えられていなかった。
    (略)天皇と庶民とはどちらも、辞任などという言葉でその責任を回避することのできない「日本人」であったからだ…

    p102.
    これはもはや殉教的な信者に求める純粋な宗教的境地でなければならない。

    p201.
    彼は、決して正しくないのではない。が、実に、合理的であり、正しいことによってしばしば士気を損じているのである。

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    2013年02月27日
  • 小説 太平洋戦争(1)

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    「小説 太平洋戦争〔1〕 十二月八日前後」山岡荘八
    歴史小説。茶色。
    全九巻の一巻。

    中学生のとき以来、本格的な長編歴史小説を読み始めました。
    (あのとき読んだのは確か義経本だったと思うのだけど、散々ネットで探しても該当のものが出てきません。。15巻〜くらいある文庫でした。)
    案外読みやすくて、題材もメジャーなところなのですいすい読んでいます。

    1巻は、日ソ不可侵条約から真珠湾攻撃まで。
    (3)

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    以下メモ

    大義名分
    通州事件

    確かにおそらく欧米の人にとって、東洋の何を考えているかわからないような、不気味さ、不快感、みたいなものはあるのかもしれないな。

    p122.l8
    天皇は、国民にとって真・善・美の象徴であり、慈父慈母の愛の具現であった。

    p183.ll3
    したがって、戦おうと考えた者は一人もいなくとも、充分戦にはなり得るものだというこの大きな事実を、われわれは肝に刻んでおかなければならない。

    p245.l3.
    大衆はいつの時代にもインテリではない。インテリはその知識の仕入れ先次第で根こそぎ判断力を狂わせられる弱点を持っている。が、大衆はそうした知識の呪縛の外にあって、本能的に正邪を嗅ぎわけるふしぎな嗅覚を持っている。

    p271.
    男は天下を動かし、女はその男を動かす (山本五十六)

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    2013年02月23日
  • 徳川家康(1) 出生乱離の巻

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    家康生まれる前。
    知らない出来事がたくさん。
    なかなか大変そうだ。
    天海和尚もう登場か・・・?

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    2013年02月14日
  • 徳川家康(15) 難波の夢の巻

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    大権現様が主君の凋落を堪え忍ぶ15巻。

    大陸出兵が失敗し、家中の対立が起き、
    不気味な音を立てて崩壊していく豊臣政権。
    そしてパワフルだった秀吉も弱い老人になり、
    人生の空しさを漏らしながら死んでいく。

    そこで我等が大権現様は天下泰平のために
    自らがリーダーシップを取り始めるが、
    それを快く思わない三成を中心とする五奉行。
    いよいよ関ヶ原の戦いが迫ってきた。

    秀忠公の成長に嬉しくなり、
    トリックスター的存在だった才女の
    木の実が修羅場をくぐり抜けてきた
    人々に敗北していく様を見て複雑な気持ちになった。

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    2013年12月01日
  • 徳川家康(14) 明星瞬くの巻

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    大権現様が早春の寒さを堪え忍ぶ14巻。

    尾張小牧の戦いでの政治的敗北以来、
    逆境の連続だった大権現様だったが、
    江戸の街づくりが順調に進み、
    錆び付いていた歯車が回り始めた。
    だが、まだ耐えるべき時期だと諭す天海。

    一方、やることなすことうまくいっていた秀吉は、
    弟秀長の死以降、次々と凶事が訪れる。
    そしてついに大陸出兵が始まる。
    これまで秀吉の怖ろしさを見せつけられたが、
    何だか気の毒になってきた。

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    2013年12月01日
  • 徳川家康(13) 侘茶の巻

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    大権現様が支配者の仕掛ける罠を堪え忍ぶ13巻。

    小田原征伐が行われるが、
    忍城が落ちなかった事には触れない。

    代々の領地だった三河を奪われ、
    北条の旧領という僻地に飛ばされるが、
    それすらもチャンスに変える大権現様。

    一方、他の人々は大権現様のように
    忍耐と強かさを持っていないので潰され、
    遺訓の「勝事ばかり知りて~」が引用される。

    そして朝日姫の最期は泣けた。

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    2013年12月01日
  • 徳川家康(24) 戦争と平和の巻

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    大阪冬の陣。大砲によって和議に至るも、大阪城の濠埋めが牢人たちの反逆心を煽る。有楽斎も城を出てしまった。もう誰も止められない。夏の陣へ突き進む。13.1.13

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    2013年01月13日
  • 柳生石舟斎

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    やはり「バガボンド」にはまっている頃読みました
    宮本武蔵→柳生石舟斎→柳生宗矩→柳生兵庫介と読みました

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    2013年01月01日
  • 徳川家康(22) 百雷落つるの巻

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    大久保長安の急死により、、忠輝の舅伊達政宗の思惑、大久保家と本多家との確執を生み、そして切支丹、浪人の様々な妄想が世を乱し始める。泰平の世になったと思ってた家康が腰を上げずにおれなくなった。12.12.30

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    2012年12月30日
  • 徳川家康(12) 華厳の巻

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    大権現様が様々な女性の生き様を堪え忍ぶ12巻。

    秀吉との陣羽織問答の後、九州征伐が行われ、
    「王の挽歌」と「夏草の賦」のクライマックスがあったはずだが、
    我等が大権現様はほとんど関与していないので、
    島津義久は出てくるが、大友宗麟も長曾我部元親も出てこない。
    徳川から見れば彼等はその程度の存在なのだろう。

    で、代わりに茶々や細川ガラシャ、お愛の方等、
    様々な女性の生き様が中心に語られる。
    お愛の方の生き様は偉大である。流石は正一位。

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    2013年12月01日
  • 徳川家康(21) 春雷遠雷の巻

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    関ヶ原の戦いが終わり、泰平の世に進みつつある中、眼が海外に向けられる。キリスト教の新教旧教の争い、英蘭とイスパニアとの争い。淀の方が家康に理解を示す。12.12.22

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    2012年12月22日
  • 徳川家康(20) 江戸・大坂の巻

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    家康、将軍職を秀忠に譲り、秀頼を右大臣に推す。徳川家が武家の棟梁、豊家が公家の棟梁として双方がたつように手を打つが、淀の方が承服しない。家康は豊家を冷徹に見離しかけている。12.12.8

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    2012年12月08日
  • 徳川家康(19) 泰平胎動の巻

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    泰平の世の継続を願い、そのために施策を打ち出す家康。やはり常人ではない。家康、征夷大将軍に。秀忠の娘、千姫が秀頼に嫁ぐ。12.11.30

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    2012年11月30日
  • 徳川家康(17) 軍荼利の巻

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    関ヶ原前夜。石田治部少輔との駆け引きなのだが、家康については、天命に逆らわず、事を進めるように表現する。そして、事を邪魔する者から人々を守る軍荼利明王にたとえている。司馬遼太郎が狸親父にたとえているのと対象的で面白い。12.11.14

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    2012年11月14日
  • 徳川家康(11) 竜虎の巻

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    大権現様が冷戦を堪え忍ぶ11巻。
    だが、もっと苦しいのは石川数正と朝日姫だろう。

    そして北条氏政はこの小説でもやはりお馬鹿だった。
    だが、大権現様は神様なので貴重なオレンジを送り、
    「橙がそんなに珍しいのかwwwwwwwwww」
    などと橙を沢山送り返されるような真似はしない。
    そして「なめげた真似を…」などとは言わない。

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    2013年12月01日
  • 吉田松陰(2)

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    吉田松陰の生涯を描いた山岡荘八著書の2巻目(最終巻)。黒船に乗ろうとして失敗するところから、安政の大獄で斬首されるまで。
    松下村塾や野山獄の「教育者」としての描写は若干あっさりしていて、少し残念。
    『あらゆる面で「真理」の証明に応えるような人生を志して止まなかった、凄まじい彼の良心は、まさに「神」そのものといってよいほど「高貴な清純」さと底抜けの「善意」に支えられている』

    以下引用~
    ・佐久間象山と先代(真田)幸貫の関係は、薩摩の西郷隆盛と島津斉彬、水戸の藤田東湖と徳川斉昭、越前の橋本左内と松平慶永などの間に劣らぬ、切っても切れない君臣一体の関係だったが、松代藩ではそれに快からぬ老臣たちが多かったのだ。
    ・彼はできるだけ塾生の寝食は、師と共にすべきものとして、今日の全寮主義を理想とした。
    ・松陰の教育に階級的なこだわりなどは、みじんもないのがわかるであろう。
    ・教育とは、おのれの魂を教え子の中に伝え移して活かすことだ。「肉体は私、心は公」
    ・「至誠にして動かざるものいまだこれあらざるなり」

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    2012年11月03日