山岡荘八のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
【要約】
戦国を駆ける信長の強さは、敵味方の心理を読み解く緻密な洞察力と、時流を捉えて自発性を促す「捨身の見識と力」にある。相手を救う嘘や、あえて難題を課して部下を奮起させるなど、一見非情な合理性の裏には、驚くほど人間の機微への深い理解が隠されている。
【感想】
以前は信長を単なる冷酷な天才と思っていたが、本作の、相手の立場を徹底的に考え抜いた上での人心掌握術に深く感銘を受けた。勝って誇らず敗れて乱れず、強い理性で意地を貫く登場人物たちの生き様から、日本人としての心の機微が痛烈に伝わってきた。
【アクション】
相手の真意や感情を事前に深く洞察し、状況に応じて自発的な行動を促すアプローチを意識していきたい。上に立つ時ほど世間からの見え方を意識し、誠意と思いやりのある対話を積み重ねる。
-
Posted by ブクログ
本シリーズの主役とも言うべき楠木正成がついに亡くなってしまい、喪失感を覚える。一君のもとに公卿も武家もなく平等な万民が力を合わせて暮らす、という大きな理想を掲げ、そのために考え抜き、行動で示し、見事に役割を遂げてこの世を去った姿に感動した。また、首級を河内の国、観心寺まで届けさせた足利尊氏の心意気もさることながら、それを受けて12歳ながら長男として立派に法要を務めた正行や、畿内の守護のオファーをきっぱりと断った妻久子の気概は見事。まさにシリーズの中の白眉だった。今度地元に帰ったら、観心寺にある楠木正成公の首塚に参ろう。
あと大内山号の死と、浅茅のご懐妊もショック。。 -
Posted by ブクログ
前巻までは信長の透徹した戦略眼に人間観察力、電光石火の処断など信長の人間離れした無双ぶりが前面に打ち出されていたが、この巻からは家臣を活かす信長が見られる。滝川一益の謀略による蟹江城と桑名城乗っ取り、藤吉郎の有名な墨俣の一夜城がそれにより実現する。周辺国の要所を抑え、美濃を虎視眈々と狙う信長の下に竹中重治による稲葉山城乗っ取りの報が届く。驚喜した信長は美濃領の半分を譲渡することを条件に城の明け渡しを求めるが、重治からは拒否される。だが信長は使者の藤吉郎を責めることなく、逆に美濃をいつでも獲れることを確信するのである。
永禄4年(1561年)の斎藤義龍急死の真相から、元亀元年(1570年)の金ヶ崎の戦いまでを物語っている。この間、悲願の美濃の獲得があり、明智光秀と細川藤孝が将軍足利義昭を伴って美濃入りしたことで、ついに上洛を決意。信長の天下布武が始まる。
この小説を面白くしているのは信長の個性である。本心をうちに隠した武将が腹芸を演じるのを、信長は遠慮容赦なく暴き立てる。形式や虚礼を忌避し、あけすけに己を晒す。のべつ無理難題を押しつけ、俗識を嘲笑する。人の虚をついて心理をかき乱し、本音を引き出す。これは単なるへそ曲がりではなく、巧みな人心操縦術が潜んでいる。 -
Posted by ブクログ
この作品に登場する歴史上の人物には、山岡荘八流の解釈による性格が付されているが、特に輝きを放っているのが信長の正室・濃姫である。彼女については斎藤道三の娘ということ以外は何も分かっていない。しかしあの美濃のマムシの娘ならば、こうであったろうという個性が違和感なく発揮されている。勝気で男勝り、打てば響く機知に富んだ賢夫人。留守を任せて怠りなく、家臣や領民、側室やその子供達への気配りも忘れない。時に信長をやり込める時もある。この濃姫の存在が作品価値を高め、なる軍記物を越えたものにしている。真の主人公は濃姫なのかも知れない。
本巻は実弟信行が家臣に煽られて、信長に反逆の兵を挙げる弘治2年(1556年)の稲生の戦いから、永禄4年(1561年)の斎藤義龍の変死までを物語る。もちろんその間には信長が己の器量を賭けて挑んだ乾坤一擲の大勝負、桶狭間の戦いがあった。今川軍が迫る中、一向に動こうとしない信長。わずかに見えた光明をつかみ、一気呵成に襲撃する場面、今川義元の最期の描写は本作品の一つの山場である。木下藤吉郎が仕官に訪れるが、この愉快な男と信長との掛け合いも一風変わって面白い。 -
Posted by ブクログ
伊達政宗の人生が政宗視点で見れるのでおもしろいです。
歴史に詳しくないので知らなかった部分が多く読む度学ぶことが多くて大変でしたがそれを払拭するほどのドラマ性や人生観を学ぶことが出来ました。
まず驚いたは伊達政宗と織田信長は34歳差ということです。冒頭にも出てくる言葉に「あと20年早ければ乱世の英雄かもしれなかった。」という現実は後の政宗をも苦しませました。
伊達家は代々女に弱く子宝であり、色んな縁談を用いり繁栄させていた家系であることもはじめて知りました。
あと政宗の父輝宗は悲しいほど戦国時代に似合わない善良過ぎる人であったことです。
妻に愛されてると信じきってたり、
息子の英雄伝説にも信じ切ったり、
裏切る仲間を死ぬ最後まで信じきったりと。
その背中が政宗自身の後の人生観に多大な影響を与えました。
伊達家の家臣が父を裏切り暗殺した時、
政宗は残酷な復讐を果たしたのですが
「我々は人間の悲しさで、憎悪という感情で相対した場合、自分の感情が全てと錯覚する。
しかし、世間の目は別だ。伊達輝宗と畠山義継の死は相打ちし、伊達政宗は好んで人殺しをしたものだ。」
世間と自分の感情が同一では無いことを喪失感の中学び
「些細な戦や平和、平凡な経験がその後の政宗を変えた。これは人生でも言える。バカバカしいことが戦の人生」
この経験が戦における政宗の哲学に変わりました。
政宗の人生に影響を与えた教育係の虎哉の哲学的思考も好きです
「教育とはなんとおおそれた欲望だろうか
本来の感覚は元から人間に身につけられている
痛いという感覚も悲しいという感覚も決して避けられないように運命づけられている
それを克服できるというのが人間に許された、人が人を教えるというそもそも不自然な事が教育の本質なのだ」
また作中で一番好きな言葉があります。
「人生は客でー」
常にこの世から客が来たと思えばある程度怒りは収まり行儀作法も保ってゆけるという考えです。
その言葉通り父の死を通して感じたことです。
この悲劇から政宗は多くのものを成し遂げます。
血を流さず黒川城を占領することを成し遂げたり
「他人を疑い過ぎてはならない」という感覚をも得ます。
どんな悪人にも良心はあり、その良心に呼びかけて、これを仏心に変えてやる指導力を持つもので無ければ、人の上には立てないという反省と悟りを20代で気づいたのです。
「秀吉も政宗も冷酷な方ではない。むしろ、孤独感覚の過剰から甘さに流れた点さえあるほど」
と言われるほど母親愛に飢えていました。
後に親戚や母に命を狙われてしまいますが父同様に信じることを最後まで諦めませんでした。
解説では、著者と偉人の関係性について書かれていました。
終戦後玉砕覚悟だった著者が書いたのが史上高名な人物たちだった。
「生きたいように生きて、幸せな人生を送った」
作者にとって人生観や幸せとは何かを考えさせてくれたのが徳川家康や伊達政宗と言った歴史的偉人なのだろうと勝手に考えました。
単なる歴史や人生ドラマだけではなく戦国時代というひとつの時代の渦でどの時代でも必ず訪れる苦しみの向き合い方を教えてくれる本だと思いました。 -
Posted by ブクログ
坂本に引きこもって京の足利軍を迎え討ち、京を奪い返すために攻めかかるも連携できず名和長年も討死する。足利方の調略に乗ったふりをして後醍醐天皇は還幸したが、東宮たちを義貞に預け、義貞は北国からの再起を図った。足利直義は後醍醐天皇を幽閉する。主上を失った新田勢は兵を集めることができず、金ヶ崎城で絶望的な籠城戦を続けた。後醍醐天皇は吉野に脱出、義貞も落城前に落ちて再起を図る。東宮は脱出したものの捕まってしまった。陸奥の北畠顕家は西上を開始、鎌倉を落として雪解けを待たずに単独で美濃へ進撃したが洲俣で敗北、伊勢路へ逃れた。男山八幡に新田義興が立て篭もり、後詰めしようと北畠顕家も高師直勢と戦い敗死。越前を手にしようと戦っていた義貞も討死し、物語は終わる。