徳川家康(3) 朝露の巻

徳川家康(3) 朝露の巻

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作品内容

駿府の人質となっている三河の竹千代は、元服して松平次郎三郎元信と名乗った。やがて恋が芽ばえ、今川義元の姪瀬名姫と結婚、名も元康と改める。だがこの結婚、元康生涯の幸せを約束するものであったか? 永禄3年(1560)5月、義元上洛戦を開始。運命の桶狭間に向かって戦雲はなびく。

ジャンル
出版社
講談社
掲載誌・レーベル
山岡荘八歴史文庫
ページ数
510ページ
電子版発売日
2011年01月31日
紙の本の発売
1987年11月
コンテンツ形式
EPUB
サイズ(目安)
1MB

徳川家康(3) 朝露の巻 のユーザーレビュー

    Posted by ブクログ 2019年04月27日

    この巻では、子供から大人に成長する家康が楽しめる。
    妻帯し、初陣も飾る。
    だんだんと、武将としての貫禄が付いてくる。
    一方の信長は、岐路に立たされる。
    約四万の兵、率いる今川義元に千の兵で挑む。
    その時の、信長の武将ぶりが大変、凛々しい。

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    Posted by ブクログ 2011年05月04日

    いつか読もうと思っていた作品。「豊臣秀吉」、「織田信長」はある程度知った気でいたので、戦国時代の三大英雄、最後の一人を知るためにと思い読み始める。
    結果、非常に感動した。司馬遼太郎作品や池波正太郎作品、世の中の一般的な「家康像」を覆す作品であった。家康がなぜ天下を取り、そして江戸幕府260年の平和な...続きを読む

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    Posted by ブクログ 2011年01月08日

    3巻は桶狭間で今川義元が討たれところで終わる。
    家康の瀬名姫に対する覚めた感情は、やはり瀬名姫(と信康)自刃事件の伏線なのだろうか。
    信長と家康の衝突を避けるために知恵をめぐらす於大の方の聡明な描写が心打たれる。

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    Posted by ブクログ 2018年11月20日

    この巻は、冒頭の平手政秀の諫死のシーンが至高だった。
    平手政秀の信長へのメッセージを込めた情景も良かったし、織田信長の心情の描き方も感動的だった。
    一方で、そこから後ろの桶狭間までの描かれ方は単調に思えた。
    冒頭の情景描写に星4つ、後半は星2つ。

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    Posted by ブクログ 2017年08月12日

    この巻からようやく「徳川家康」というタイトルらしくなってきた。また、木下藤吉郎(秀吉)が目立つようになってきた。秀吉も家康という人物を描写する上で当然、重要な人物であるからだろう。後の巻では家康と秀吉は絡みが当然増えてくるであろうと思われる。

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    Posted by ブクログ 2011年01月24日

    桶狭間で今川義元が死ぬ辺り。
    岡崎衆の苦労とか、頑張ってる信長とか、それに比べて元康自重しろ
    氏真も自重しろ

    瀬名はお色気担当なのかな、と思いました

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    Posted by ブクログ 2013年12月01日

    桶狭間の戦いまでの話。

    信長が急死した父親の家督を継ぎ、
    竹千代が元服して松平元康を名乗る。
    そして桶狭間での信長の奇跡的な勝利。
    プロローグが終了と言ったところか。

    ここまで読んで思ったのは、
    この家康は聖人君子すぎると言うこと。

    山岡荘八は説教臭いと言われているが、
    英雄豪傑や聖人君子に「...続きを読む

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    Posted by ブクログ 2010年05月20日

    織田信長の守役の平手政秀が自害してから桶狭間まで。
    竹千代が元服して成長するまでの部分が描かれている。
    これぞ、ノーブレスオブリージュ。

    桶狭間の部分の描写は少ないが、そこでは主役でないし、あっという間を表現する文章量なんだろう。

    余談だが、Wikipediaで徳川家康を読んでしまい、本当はあと...続きを読む

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    Posted by ブクログ 2013年08月11日

    朝露の巻。平手政秀自殺。竹千代元服で元信に。雪斎死す。岡崎に帰省。鶴姫と結婚。元康に改名。初陣。木下藤吉郎登場。嫡子竹千代誕生。桶狭間の合戦。

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    Posted by ブクログ 2011年10月23日

    「悲しいときも、うれしいときにも、有頂天のときにも同じ呼吸

    で宇宙の霊気を摂取する。そんな人物に仕立てようとして御苦心

    されている。」



    精神のバランスをいつでもたもているように、リーダーとなる人間を

    教育していく。冷静さを失うと、判断を間違えることがあるからだ。



    どんな時も同じ呼吸...続きを読む

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徳川家康 のシリーズ作品 1~26巻配信中

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1~26件目 / 26件
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  • 徳川家康(3) 朝露の巻
    駿府の人質となっている三河の竹千代は、元服して松平次郎三郎元信と名乗った。やがて恋が芽ばえ、今川義元の姪瀬名姫と結婚、名も元康と改める。だがこの結婚、元康生涯の幸せを約束するものであったか? 永禄3年(1560)5月、義元上洛戦を開始。運命の桶狭間に向かって戦雲はなびく。
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  • 徳川家康(16) 日蝕月蝕の巻
    太閤秀吉の死後には難題が山積していた。朝鮮からの撤兵用船舶の不足、日ましにつのる武断派武将と文治派吏将の対立、そして秀頼の母公淀君の頑迷と我執……。秀吉に後事を托された家康の使命は重い。と、そこに降ってわく“家康に異心あり!”の噂。はたして噂を流す石田三成の敵意はなにゆえか?
  • 徳川家康(17) 軍荼利の巻
    石田三成の家康に対する敵意はますますつのった。だが皮肉にも彼は、秀吉子飼いの七将の襲撃を避けるため家康の庇護を受ける羽目に。いったん三成を近江へ帰した家康は、上杉討伐を名目に出兵を決行。と、その留守を狙って三成挙兵、家康はただちに軍を西へ返す。関ケ原前夜、虚々実々の駆け引きが続く!
  • 徳川家康(18) 関ケ原の巻
    慶長5年9月15日、運命の関ヶ原で戦いの火ぶたは切られた。東軍7万5000対西軍10万8000。世にいう天下分け目の合戦である。しかし、歴史のめざす方向は、すでにその前から定まっていたのかもしれない。戦は東軍のあっけない大勝利に終わり、三成は京の六条河原の露と消えた。新時代の幕明けである……。
  • 徳川家康(19) 泰平胎動の巻
    慶長8年2月、家康は征夷大将軍に就任し、いよいよ天下人として、理想の国家づくりに着手した。徳川・豊臣両家の和合のため、孫の千姫を秀頼に嫁がせ、「斬り取り勝手」の戦国の常識を根底から改革しようとする。しかし淀君をはじめとする反徳川の執念は根深く、泰平の道はいまだ遠し……である。
  • 徳川家康(20) 江戸・大坂の巻
    江戸に幕府を開いた家康の封建政治はようやく人々の理解を得て根づくかに見えた。日本は世界一の進歩国家として世界に知られ、国内では秀忠に嫡子竹千代が生まれて徳川の基礎も固まった、と思われた。が、次期政権を望む淀君と秀頼にとっては竹千代出生は大きな不安の種となり、再び乱世のきざしが……。
  • 徳川家康(21) 春雷遠雷の巻
    着々と国内統治を進める一方で、家康は海外貿易に情熱を見せる。と、ここにもまたひとつの矛盾が生じた。紅毛人対南蛮人の確執。それは世界の海に野望を燃やす大久保長安の奇怪な夢を煽り、伊達政宗、松平忠輝をもふしぎな野心の渦に捲きこんだ。さらに切支丹勢力の画策! 家康の理想は危機に瀕する。
  • 徳川家康(22) 百雷落つるの巻
    大久保長安の“貿易日本”建設の野心は、松平忠輝と伊達政宗の心を大きく揺さぶった。しかし野心は時として無謀を呼ぶ。はたして長安の動きは、旧教宣教師や関ケ原牢人の、徳川覆滅の夢を煽る導火線となった。大坂へ大坂へ……と、諸国の牢人の激情が集約されてゆく。“大坂の陣”はすでにその兆しを見せた!
  • 徳川家康(23) 蕭風城の巻
    大久保長安の遺した不思議な連判状は何を意味するのか。やはり大坂は討たねばならないのか。しかし家康の願いは豊臣家存続にある。そのためには戦(いくさ)の回避と大坂開城が必要絶対条件だった。家康と片桐且元(かつもと)の和平交渉が始まる。家康は方広寺の鐘銘事件に名をかりて、淀君、秀頼母子に、大坂城無血明け渡しの謎をかけた。だが……。
  • 徳川家康(24) 戦争と平和の巻
    大坂冬の陣! 籠城を決定した大坂方は河内出口村の堤を破壊し、枚方(ひらかた)付近の道を閉ざした。しかし家康は容易に二条城を動かず、東海道を大軍で西上する秀忠にも、「急ぐな」との命を発する。はたして家康は、胸中に何を秘めているのか? 紆余曲折ののち和議成立。が、それも束の間、時の勢いは夏の陣へ……。
  • 徳川家康(25) 孤城落月の巻
    大坂夏の陣! 濠を埋められ、籠城できなくなった大坂方は城外に打って出た。名ある猛将も相次いで倒れ、太閤以来の名城も紅蓮の焔に包まれる。そして、家康の最後の悲願淀君・秀頼母子の救出も水泡に帰した。やんぬるかな、秀頼母子ご自害! こうして豊臣家は地上から永遠に消え去った。
  • 徳川家康(26) 立命往生の巻
    豊臣家滅亡後の家康に残された仕事は幕府永続の礎石固め、すなわち確乎とした泰平の世づくりであった。「人間はみな永遠に続く大樹の枝葉なのだ」という万民の愛と安らぎをめざす世を! その理想を果たし、巨樹はついに波乱にみちた75年の生涯を終える。時代を超えて生きる壮大なロマン完結編。

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