末永裕樹のレビュー一覧
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うらら師匠に先代の志ぐまとはなんだったんだ?と尋ねたあかね。
うらら師匠は語る。
先代志ぐま、まだ柏屋生禄だった時のこと。
ただのゴロツキだった2人は弟子入りを志願するが、断られる。その時に掛けられた言葉は、「志すのがこの仕事でいいのか」という言葉。
帰り道、イザコザを起こしたヤクザと出会い、彼が生禄に対し「落語の隊長」と言った理由を尋ねる。
それは戦時のこと。
激戦区に配置された毎日は地獄のような日々で何も見たくない、聞きたくない、そう思う日々ばかりだったけど、彼の語る落語だけは鮮明に聞こえた。
なんでこんな戦時中なのに平気なんだ、と尋ねたら
「楽しい時は笑う!悲しい時は泣く!落語家が人 -
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二ツ目に昇格が決まっているあかねは、それに備えて色々と準備を行っていく。
昇格が決まり、本当に昇格するまでは半年ほどの時間がかかるものらしく、でも休んでいる暇は無い。揃えるものも多く、やることもいっぱい。
志ぐま師匠と一緒にそれを揃えていくあかね。まるで小学生の頃師匠と一緒に色んな所を巡っていた時のようで。
懐かしい。あの時はわからなかったけど、今なら分かることがある。
師匠は言葉だけじゃなく色んな事をあかねに教えていたんだなぁと思うと、師匠の愛を感じた。
そして天神町で行われる志ぐま師匠の独演会。そこには街中の人が集まる。志ぐま師匠がどれだけ街に街の人々に愛されているのかがわかる一時である。 -
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真打。
落語家において最上位を意味する。
寄席でトリを務めることも出来るし、弟子を取ることも出来る。
そんな真打。阿良川の真打は、他の一門に比べて極端に少ない。
それは、阿良川で真打とは、「芸を極めし者」の事を言う。あかねの父、志ん太も食らった破門騒動。それによりより一層険しい道になってしまったのだ。
その真打に、あの一件以来初となる昇進を目指す者がいる、それがまいける兄さん。
審査するのは、審査する会場は、志ん太が破門された時と同じ面子で同じ場所。
それぞれの師匠が思う事はあるだろう、突き詰める一生師匠もわかる。でも、全正師匠だけは、ゲスい。ほんとゲスい。
全正師匠により作り上げられたクス -
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”守”から”破”へ。
志ぐま師匠にも言われた言葉。
あかねって落語になると途端に真面目になるよね、と友達から言われてようやく自分のやりたい落語を見つけ始めたあかね。
ちょう朝師匠は言う。
二ツ目からは、鍛えた芸に仁をどれだけ乗せられるか。
仁とは誰もが持っている噺の味?のようなものだろうか。自分らしさ。同じ噺でも噺をする人が違えば色も変わる。
その自分らしさをどれだけ集めて芸の上に乗せられるか。
そしてもう1つ、客席と一体化する気持ちよさ。
落語のことは師匠に教わる。
それが普通だが、落語のことを落語家以外から、それも一般人の友達から教えられることもあることで。
落語を知らないからこそ出てくる -
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以前、りゑんに自分の師匠を馬鹿にされ殴ってしまったことから前座見習いから修行をやり直すことになった朝がお。
同期、後輩に追い抜かれるのは勿論、「あの人が人を殴った人…」「なんか気に入らない事があったら殴られんのかな…」「関わらないのが1番」そう下の者からも囁かれるようになった。ヤンキー時代に味わった孤独とそれはどこか似ていて、しょうがないかと諦めていた時に出会ったのがあかねとからしだった。
2人とやる勉強会は4回目にして50人満席札止めとなった。2人と行う高座は楽しい。切磋琢磨し、兄さんと慕う2人と一緒にいるのは、心地好い。
そして二つ目お披露目会の開口一番を誰にするか迷っていた朝がおは、志ん -
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ちょう朝師匠の高座は、落語心中に出てくる与太郎のような落語。(褒めてます)
それはからしにもあかねにも通じるものがある。
あかねはまだ自分の落語を見つけ出せてない。でもちょう朝師匠の高座をみて私に合っている噺はちょう朝師匠だと思う。
博打愛し、高座さえ博打にかける。でもそれが客を引きつける。そんなちょう朝師匠の唯一の弟子、朝がお兄さんが二ツ目に昇進し、お披露目までの間の勉強会にて、50人満席の札止めにすること。それを手伝うこと。それが出来れば噺を教える。
さて、勉強会、どんな模様になるのか楽しみである!
その一方、あかねの負けた阿良川新風会が始まる。あかねの兄弟子である、こぐま兄さん。
彼は -
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選考会の結果が明らかになる。
勝者はーーー、阿良川ひかる。
1点差だった。配信以外の点数は全部あかねが上だった。
そう語ったのは優勝したひかるだった。
選考会も終わり、帰ろうとした時、魁生に出会うあかね。
そして魁生に言われる。
「高座は自分探しをする場所ではない」
ああ、色んな事が頭をよぎったこと。
父親の落語のこと。
父親の落語を目指していたのに自分の落語はそうではないと知ってしまったこと。
演目をやりながら余所事を考えていたことを、見抜かれた。
泣きながら帰るあかねが口ずさむ、寿限無寿限無…がなんとも切なかった。
そして話は進み、朝がお兄さんの師匠、ちょう朝師匠の登場!待ってました!! -
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選考会でやる演目をまいける兄さんから教わることになったあかね。
・客ウケのいい噺
・自分にあう噺
・父親の芸
まいけるが教えるのはこのうちの一つだけ。そしてそれを決めるのは、あかね自身だという。
あかねが選んだのは、きっとコレをやったら優勝間違いなしの客ウケが良い噺!でもなく、
自分の芸に会っている噺!でもなく、
まいけるがあかねの父、志ん太から学んだ噺をそのまま志ん太の教え通りに教えると言われた噺だった。
自分の目指す落語家とは?
ふと考えた時にパッと思いつかなかったあかね。もしかして自分には個性がないのかもしれない?
そう思うが、どの噺を教わりたいかと聞かれ、あかねはすぐに父親の芸を選ん -
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女に落語は出来ない、と昔は言われていた。
女だからと弟子入りを断ることもあった。
そんな落語界の大看板の1人である蘭彩歌うらら師匠。
そのうらら師匠の師匠、蘭彩歌しゃ楽。彼もそう言っていた1人であり、女だけでなく「弟子」をそもそも取ることがなかった。そのしゃ楽が得意とするのが遊郭の噺。自分以外に自分の噺を出来ると思わなかった。だから弟子を取らなかった。
しかしそのしゃ楽が唯一弟子にした人物、それがうらら師匠だった。
そんなうらら師匠に噺を教えて欲しいと頼むあかね。
あかねの演じる花魁とは。
”お茶くみ”を演じることの真の意味。
キッパリと噺を教えることを断った八正師匠はあかねの噺を聴いて何を思 -
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しっかりと新しい茶葉に変えてお茶を出したというのに、でがらしの茶葉でお茶を入れられたと難癖を付けられたあかね。それを前座頭である朝がお兄さんも謝るが新人潰しこと今昔亭りゑんは以前朝がお兄さんの師匠を馬鹿にした時の話を持ち出し、更に嫌味を重ねる。
朝がおも師匠が馬鹿にされ相手を殴ってしまったことから昇進が伸びてしまったのである。
朝がおは師匠が。あかねは前座頭である朝がおが。それぞれお世話になった人を馬鹿にされ、「お世話になった人馬鹿にされて怒らない人居ないでしょ!」と意気投合する。
そして次の日の公演にて、開口一番の高座に望むあかね。
そこで行ったことは、良い事なのか、悪い事なのか。
確かに -
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二度目の「寿限無」を見事話し終えたあかね。
いつも感じる可楽杯特有の熱気はどこへ。
技術を競い合う場から、客席はもはや話を聞く場へと変わっていた。
最初にこぐま兄さんに披露した寿限無が如何に空っぽだったかがよくわかる話だった。
あかねの語る二度目の寿限無。寿限無という噺の始まりを知って、そしてそれに込められた登場人物の気持ちを知って、だからこそ演じ切ることが出来る。あかねの噺ではない。寿限無という子供の事を思って名付けた親と子の愛情話に客席は大拍手を送る。
そして審査員である、阿良川一生の一言。
今までの出演者にはよそ行きの笑顔で、よそ行きの気を使った褒め言葉をはなっていた彼からは、本当に