ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
初ドストエフスキーで,たまたま以前何かの講義で「悪霊」の話が出てきていたので読んでみた。
なんかとてつもなく深いな,ということは感じられた。前半~中盤はまったりとした流れで,登場人物の名前が覚えられず苦労した。本の最初に登場人物一覧みたいなのがあればよいのにと思った。
中盤以降は差し迫った場面が増えてどんどん読み進められたが,如何せん個々の登場人物のことをよく理解できていないためか,それで何なのか?という感じだった。
総じて,書かれた当時のロシアについての背景知識がないと本質的な部分は分からないのかな,と思う。そういう意味では,ロシアに興味を持ったし,またいずれこの深そうな作品に挑戦してちゃんと読み込みたいとも思う。
あと翻訳のせいか,文章として普通に飲み込むには頭の中で一種の線形変換みたいな処理を働かせることになり,結構疲れるように思う。 -
Posted by ブクログ
ぺトラシェフスキー事件で逮捕され、死刑宣告を受けたのち、刑の執行直前に恩赦によってシベリア流刑を言い渡されたドストエフスキーの、獄中体験をもとにした記録。「死の家」とは監獄のことである。
ドストエフスキーは、それぞれに強烈な個性をもった数々の囚人や刑吏の言動を克明に記録し、その心理状態に透徹たる観察眼を向ける。人間が非人間的になる様を剔抉する描写は、流石だ。
囚人は、過酷な監獄生活の中で、粗暴であったり狡猾であったりと野獣的な存在に陥っている。然し、その描写は必ずしも常に陰鬱な調子を帯びているわけではなく、獄中に生きる者たちのしたたかな生活力、ときには明るさや人間味さえ感じさせるところがある。それは一重に、ドストエフスキーが彼ら≪不幸な人々≫に向ける人間的な愛情ゆえだろう。彼は、民衆たる囚人と知識層たる己との階層の懸隔に悩みながらも、民衆に対する愛惜を失わなかった。
他方、当時の非人道的な刑罰制度に対しては、筆鋒鋭く批判を向ける。
この作品には、或る意味で実に率直なヒューマニストとしてのドストエフスキーの姿を見ることができるように思う。
"何かの目的がなく、そしてその目的を目ざす意欲がなくては、人間は生きていられるものではない。目的と希望を失えば、人間はさびしさのあまりけだものと化してしまうことが珍しくない・・・・・・" -
Posted by ブクログ
うーん、先に他の傑作を読んでいたせいか、どうも退屈というか、凡庸というか、そういう感は否めなかったような気がする。
個人的にはヒューマニズムってあんまり好きじゃない。
ある哲学者が「ドストエフスキーは哲学的にあまり掘り下げたものでもないから、今では読む気がしない」というようなことを述べていたが、そういう部分は如実に感じた。
この作品は思想という面ではあっさりしたものなのだが、作中の哲学批判なんかは自分も普通すぎて面白くも何ともなかった。
ドストエフスキー的・ロシア的なものを平均化して分冊せずに1冊にまとめたような作品だとは思った。
当時は相当受けが良かったそうだが、それには納得。
ただ今読むと悪い意味でのまとまっている感は確実にある。 -
Posted by ブクログ
老婆を殺害するという犯罪を犯してしまったラスコーリニコフ。彼は自らを愛する者たちに対しても警戒と不信を抱き、愛すべき母と妹を悩ませる。
そして妹に結婚を申し込んだルージンとの争い──そんな中で、「事件」の衝撃から立ち直れないラスコーリニコフは、心清らかなソーニャとの交流を次第に深めていく。
人を殺すということは、紛れもなく大きな罪である。たとえ一時の激情に任せたとはいえ、老婆を殺害したラスコーリニコフの心の苦しみと家族への葛藤、そして苛立ち。
様々な人間模様が交錯する中で、ラスコーリニコフの行動を不審がる者たちの心の動きまでを、作者は巧みな筆さばきで描き出している。