井原忠政のレビュー一覧
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感想
家中の事情と国外の事情が分かりやすく描いてあり、秀吉和睦か強硬かは読んでいて面白い。
あらすじ
徳川方では茂兵衛が死んだものとして、乙部は跡取りをどうするか検討していた。一方、茂兵衛は真田の土牢で捕えられていた。
茂兵衛は幸村に逃され、命からガラ徳川領へ帰る。石川数正は、大坂方の内情を探るため、秀吉方に降る。茂兵衛は、信州の大久保党での居場所がなくなり、浜松へ帰る。
浜松では家康は茂兵衛を側近として据える。方針としては秀吉と和睦であったが、平八郎などの旗本衆が秀吉強硬論であったため、すぐに和睦出来なかったことと、自分を高く売りつけるために和睦を先延ばしにする。
家康に、秀吉の妹との縁談が持ち上がり、北条との関係を気にした家康は、氏政に主旨を説明するという名目で和睦に向かう。茂兵衛も同行する。
秀吉から母親を人質として差し出された家康はとうとう折れ、大坂へ上洛する。その後、家康は居城を駿府へ移し、軍政改革と称して、直属兵の強化にあたる。茂兵衛は侍大将に任ぜられる。 -
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感想
寡兵で大軍を叩く、真田の鮮やかな計略が見えた。実直な徳川兵とは噛み合わせが悪い。
あらすじ
秀吉が、家康に和睦の条件を出してきた。それは家康の息子の於義丸を養子にしたいというものだった。家康はこれを受けることにし、於義丸を大坂に送るのに、石川数正と茂兵衛を指名する。
茂兵衛は無事に於義丸を大坂へ送る。秀吉と会い、家康への伝言を頼まれる。
家康は秀吉への対抗措置として北条との仲を深めるため、真田がおさえる沼田を北条に渡すように真田昌幸を説得しにいく。茂兵衛はこの隊に同行する。
徳川勢は鳥居を主将として上田城に攻め込むも、昌幸の計略に翻弄されて敗走する。茂兵衛は殿軍を任され、奮戦するも気を失う。 -
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感想
茂兵衛の首を取らない、出世に執着しているわけではない農民的感覚が現代とマッチする。
あらすじ
姉川の戦いが終わってすぐ、信玄が南下して攻めてきた。足軽小頭となった茂兵衛は平八郎隊に従い、信玄のクビをあげようとうって出るが武田勢にやられる。
命からガラ初日を終えた茂兵衛は、平八郎より初陣の松平善四郎の補佐を命ぜられる。茂兵衛たちは二俣城で武田家からの攻勢に耐えるが、水攻めに合い、降伏するが、無傷開放される。
浜松城に戻り、武田家との決戦に備える。浜松城を素通りした武田勢は三方ヶ原で待ち受けていたところを徳川勢が誘い込まれて、蹂躙される。
茂兵衛は命からガラ、浜松城に帰る。帰路で夏目次郎に会い、夏目は家康の代わりに討死する。重臣を多く失った家康は若者を取り立てる。善四郎を足軽大将とし、茂兵衛を寄騎とする。 -
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感想
戦のシーンがリアルで、自陣の内情なども詳しく述べられているため緊張感が伝わる。
あらすじ
茂兵衛は本多忠勝に仕えて4年が経ったが、目立った武功を上げられずにいた。そんな折、今川は弱体化し、武田が勢いを増してきた。家康との協定を破り、大井川を渡って、秋山隊が侵攻してくる。
家康は武田を牽制しつつも、今川氏真が籠る掛川城を攻める。茂兵衛は掛川城攻めで敵の大将の朝比奈の狙撃とその指揮をするが、自分も鉄砲に打たれて、後方で養生する。しかし、戦での功が認められて、徒侍に認められる。
茂兵衛は姉川の戦いに呼び出された家康勢で、一番厳しい浅倉勢の担当となる。徳川勢の活躍もあり、姉川の戦いで勝利する。一方、父親を茂兵衛に殺された横山左馬助は茂兵衛を仇討ちしようと狙っていたが、茂兵衛が10年後に千石取りになれなかったら殺してもよいと約束する。
侍となった茂兵衛は綾女に求婚するも断られる。 -
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感想
当時の足軽の泥臭い戦いの様子がわかるした茂兵衛も立志伝に期待が持てる。
あらすじ
茂兵衛は村ではかなうものが居ない乱暴者。弟が舐められたとして倉蔵を殺してしまい、村を出て、夏目次郎に拾われる。
茂兵衛は本願寺門徒の一揆衆として、松平家康側と戦う。茂兵衛は夏目の指示で、榊原の下で松平又八郎勢と戦う。
茂兵衛は、横山軍兵衛という重臣の兜首を上げる。戦も長引き、最初に因縁があった乙部という侍が又八郎側に内通していることが分かる。
戦は結局負けたが、夏目は茂兵衛に家康に仕えることを進める。茂兵衛は夏目から名字をもらい、植田茂兵衛と改めて、岡崎を目指す。 -
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ライフワークとはこれを指すんだろうな、と思わずはにいられない予定調和で楽しめました。
40代の茂兵衛が暴れ回ります。
さて、大河ドラマ『麒麟がくる』をはじめ秀吉の人物像といえば総じて不気味。この作品も全開で理解不可能な傑物として描かれています。しかしそれは、天下人までなったのに「下賤のもの」が付きまとう一生涯を送ったことと、どこか表裏一体ではないかなと感じました。
とことんまで他人を出し抜くには、とことんまで奇手奇策を用いるほかない。
プーチン大統領しかり、トランプ大統領しかり、キム総書記しかり。
石破さんも、なにかできそうな雰囲気はありますが。。 -
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感想
馬鹿息子の信雄に振り回される時期。たまったもんじゃないなぁ。
あらすじ
茂兵衛は、伊賀越えで知り合った家柄だけが取り柄の花井を平八郎から押しつけられる。他の寄騎は反対したものの、四番目の寄騎として預かることに。
茂兵衛は、大久保忠世のいる小諸へ行く。東信濃を抑える役目だ。そこで真田昌幸と会う。
その後、信雄と秀吉が対立するにあたって、家康陣営では主戦論が強くなるが、家康は慎重な姿勢であった。
信雄の軽挙な行動で戦端を開くことになった。小牧長久手の戦いでは、初戦は家康軍が森・池田を打ち破る大勝であったが、その後は膠着し、信雄が秀吉と勝手に講和したことで戦は終わる。
その後、家康は大阪に上洛するように秀吉に請われる。 -
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感想
1巻に1回は茂兵衛が死を覚悟する時があるな。
ここまで命を賭けないと出世できないんだろうな。
茂兵衛の農民出の忠義を尽くすがイマイチ理解できないという感覚が現代に通じるものがあって親しみを持って読める。
あらすじ
本能寺で起こったことを家康に伝え、家康は伊賀越えを決意する。穴山梅雪は殿軍をかって出、茂兵衛は家康に帰される。
夜間行軍の折、穴山は光秀に寝返ろうと北を目指すも落武者狩りに会い、命を落とす。茂兵衛は、梅雪の家老の有馬を助ける。
その後、甲賀党の落武者狩りと戦闘を経て、平八郎に追いつく。その後は伊賀に入り、信長を恨む落武者狩りと戦う。一行はなんとか柘植まで行き、家康と合流して伊賀越えを果たす。
家康はその後、甲斐と信濃をモノにするべく慎重にことを運ぶ。茂兵衛は穴山衆と有馬、武田の残党将と甲斐に入り、河尻を退け、北条勢を退けて甲斐を治める。
家康は5カ国の太守となる。 -
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感想
歴史を具に語るために、茂兵衛の階級や従える武将がよく考えられている。まさかの本能寺まで出くわすとは。
あらすじ
高根城でのお役目を終えて、茂兵衛は浜松城へ戻る。禄高も250貫と加増された。それに伴い、父の仇で自分を恨んでいる横山左馬之助を二番寄騎に、辰蔵を三番寄騎に任命する。
家康の高天神城攻めに同行する。高天神城を兵糧攻めにして、敵を炙り出し、陥落させる。小山城も落として遠江を制圧する。
家康は武田を討つべく、駿河の攻略に乗り出す。茂兵衛は家康の命で、穴山梅雪付きとなり、奥方の奪還を手伝う。穴山の正室の侍女として、ずっと想いを馳せていた綾女に合う。
信長からの要請で、急遽、武田攻めに加わることになった。梅雪の叔父の一条を討ち、すぐさま躑躅ヶ崎の戦いに駆けつける。茂兵衛はそこで信忠に出会う。
その後、信長から家康が京見学に誘われ、茂兵衛は穴山付きとして同行することに。信忠に気に入られ、仕官を打診されるも断る。そんな折、本能寺の変が起こり、茂兵衛は急ぎ、堺にいる家康に知らせる。 -
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感想
信康の下りをどう処理するか気になっていたが、以前から西三河衆との不和を匂わせ、王道の通り氏真と武田に通づるとして処理された。
やっぱりどうする家康の筋書きが無理筋だったかな。
あらすじ
長篠設楽原の戦いから10日、家康は遠江を制圧しようと二俣城の攻略に狙いを定める。まず、北側にある城を落とすため、本多と榊原を派兵する。茂兵衛たちもこれを共にする。
二俣城を攻めつつも、家康には西三河の松平の不平分子が気掛かりだった。家康は善四郎を西三河とのつなぎ役にするために松平真乗の妹を娶らせる。また、石川数正からの進言で西三河勢に諏訪原城を攻めさせることにする。諏訪原城をなんとか落とし、牧之原城と改める。
高天神城への補給を断つために、茂兵衛は小荷駄隊の襲撃を命ぜられる。この働きが認められ、足軽大将に抜擢される。120貫に禄高が加増される。
その後、善四郎と共に大久保忠世付きとなり、武田との国境の高根城を任される。それから三年、信康と築山殿に謀叛の疑いがかかり、家康に粛清される。信康は切腹して果てる。