カンバンファのレビュー一覧
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前作『わたしたちが光の速さで進めないなら』が大変良かったのでこちらも。旅立つ者と、見送る者の7つの短編集。
広大な宇宙にある無数の星々、多様な外見、テクノロジー、死生観、多数派と少数派…それぞれの理解と無理解。家族であれ恋人であれ友人であれ、お互い譲らない(譲れない)一線があり、愛していても理解、許容できないこともある。
互いに分かり合えなくても相手を愛すること、相手を思いやることはできる。
どの話も良いのだけど個人的なお気に入りは「キャビン方程式」
文字を追いながら静かに揺さぶられるような感覚。繊細な翻訳も素晴らしい。
寂しさの中に一滴の優しさがふわりと溶け込んだような読後感の一冊。 -
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ネタバレハン・ユジンの悪の種はこうして育っていった。よく練られた、サイコミステリ。
重い軽いはあっても心に善と悪のふたつを持っているのが人間だろう。物心ついた時にはそれが混然一体になった人間性が出来上がっている。生きるために。
それは一面、他人を理解し人生の深みを感じ取る大きな要素になっていると思う。
その二つがよりよく折り合っているなら人としてなんの不具合もない。
主人公のハン・ユジンの中では病的に偏った悪の芽が育っていった、残虐に。自分に都合が悪い人間を消していく。本来なら愛情に包まれ暖かい暮らしを作り上げるつながりが、冷めたまま、自己保身の殺人に向かう。
仲のいい聡明な兄弟のいる家庭。だがストーリーの始まりですでに父と兄は事故死している。
弟のユジンは寡黙で伯母の心理医師が処方した薬を服用している。持病があり常に激しい頭痛や幻覚に悩まされている。
母は残ったユジンを見守り世話を焼く。ユジンはそれを締め付けだと感じ解放されたいと思っている。
試しに薬をやめてみると、新しい幻覚を見るが、一方で解放された自由な時間を生きていることを発見する。
母から薬から、宿業からの解放は、ユジンに新しい世界を見せた。
ただ副作用でその時間の記憶が無くなる時がある。
物語はそういったユジンの開放感が悪の泥沼に沈んでいく様子が生々しく、それにかかわる母や叔母や兄の代わりに養子になったヘジンを邪魔にして消していく様子が緊迫感を増す、ユジンの病的な心はどこに行くのか。
作者の組み立てたストーリーの流れが徐々に危険をはらんで進んでいく。
なにか雰囲気の違う朝、ドアを開けた途端、血だまりを見て目を覚ます、残酷極まりない幕開けから、ユジンの消えた記憶を徐々に掘り起こしていく。母を殺したのは自分なのか。
かすかに震える母の声が聞こえてきた。
(おまえは……)
(ユジン、おまえは……)
(この世に生きていてはならない人間よ)
途方に暮れた。何に、どこから手を付けていいのかさっぱりだった。何かをすること自体、とてつもなく恐ろしかった。
この世には、目をそらしたり拒んだりしてもどうしようもないものがある。この世に生まれたことがそれであり、誰かの子であることがそれであり、すでに起きてしまったことがそれだ。
そうかといって、自分の最後の主権だけは取り戻したい。このふざけた状況がどんな終わり方になろうと、自分の人生は自分で決定したい。そのためには、どんな手を使ってでも、闇の中に閉じ込められた二時間半をぼくの前にひっぱりだすのだ。
彼は自分を肯定する。恵まれた家庭だったはずが自分を監視する母の檻だったと。
時間と共に明らかになるユジンの病的な精神は、母の日記から過去の出来事を知り、真実の自分の心に踏み込んでいく。
物語の構成が面白い。恵まれた暖かい家庭が崩壊し、残った母子の関係が緊迫度を増していく。ユジンが過去を知る手掛かりになる母のノートが効果的に挿入され、冷たく縛り付けていた母の愛も、既に手遅れの形で少しずつ過去が拓けていくのも興味深い。
まだ事件も事故も起こらない長閑な家庭の風景の中で、悪と罪が芽ぐみつつあった出来事も効果的で、そう来たかとただのミステリでない種明かしもよくできていた。
韓国女性作家、素晴らしい、恐るべし。 -
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だいすきなSF作家キム・チョヨプさんのお仕事エッセイ。独特の抒情性とやわらかな筆致から、文系で感性派の方かと勝手に思っていたら、バリバリの理系(化学科卒)でとてつもない勉強家だった!
とにかく「ここまで手の内をさらしていいの!?」というほど、ことこまかに創作の過程を明かしてくれている。アイデアの泉などないから、とにかく自分の外にある材料を集め、世界を拡張する、と。
影響を受けた本についても、作法書や現行韓国SFまで挙げていて、すごくまじめで正直な方だなぁとますます好きになった。最初はオンラインギルドやボードゲームサークルの仲間と書き始めた、というサブカル文脈もすごくいい。 -
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ネタバレ所属している読者会の「ゾンビ回」で紹介された作品のひとつ。
短編集のうち、ゾンビテーマの表題作を取り上げてくださり、大層盛り上がりました。
初読みの作家さんですが、面白かった〜。他の作品も読みたいです。
表題作は、「結末は本編でお確かめください!」みたいなご紹介でしたが、こうきたか!と思いました。ウイルスでなく、呪い。韓流サスペンスで韓国の祭祀については想像できるので、あれか…と思うなどしました。
社会派な作品でとっても良かった。
他の、「インビテーション」「湿地の愛」「オーバーラップナイフ、ナイフ」も根底にあるのは愛な気がします。
それが悲劇的な結末になったものもありますが。
オーバーラップ〜は、昨今の流行「死に戻りでやり直し」も結局は…というところがダークで好きでした。
歴史修正ものも、こういうやり直しものも、結局前と同じ結末になったり、余計に酷いことになるのでこちら派。
「愛するものが害されようとしたら全力で怒る」ところが、韓国は際立ってるなと思います。小説読んでても、韓流映画やドラマ観てても。
他の国にはここまでのレベルな人いないな -
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ネタバレ『罰と罪(下)』を読み終えて、まず残った感覚は「しまった!」という悔しさだった。物語の中盤、ある証言の食い違いを前にして、私は何も引っかからずに読み進めていた。伏線回収がすでに始まっていたことに、気づかなかったのだ。
ミステリーを読んでいるとき、私はたいてい何かしらの引っかかりを持ちながら読み進めている。違和感や伏線らしきものを、完全に言語化できなくても、感覚としては掴んでいるつもりでいる。ところがこの作品では、それがすっぽり抜け落ちていた。
奇数章では犯人キム・サンウンの独白が続き、そこでは啓蒙主義やドストエフスキーといった、いかにも「考えている」ように見える言葉が大量に投下される。私はそれを、上巻の時点では「ただの屁理屈だ」と感じていたし、その評価自体は下巻を読み終えても変わっていない。
それでも、せっかくここまで小難しいことを語るのだから、ちゃんと理解しよう、寄り添って読もうと、どこかで思ってしまった。その結果がこれかよ、というのが正直な感想だ。
p.401で描かれる、証言の食い違いにジへが気づく場面、
『ささいなことではあるが、意味深な不一致だった。』
この一文を読んだとき、私は何も引っかからずに読み進めていた。そして伏線回収がすでに始まっていたことに気づかされ、軽いショックを受けた。
読み飛ばしていたわけではない。注意力が落ちていたとも思わない。ただ、犯人の言葉を「理解しよう」とすることに思考のリソースを割きすぎて、事実のズレを見る視線が鈍っていたのだと思う。読者が「見えなくなる体験」そのものが、この小説の仕掛けだったのでは?と思わされる。
興味深いのは、物語の終盤で、サンウン自身の書いた独白が作中で評価される場面だ。
『内容のほとんどは冗長な言い訳だった。
啓蒙主義だの、ドストエフスキーだのといった、たいそうな単語が並んではいた。
とはいえ、頭の悪い未決囚が毎日のように拘置所で書いている反省文と、本質的にはなんら変わりない。』(p.467)
ここで語られている評価は、私が抱いていた感覚とほとんど同じだった。自分の読みが間違っていたわけではないと分かって、少し安堵すると同時に、それでも「してやられた」と思わずにはいられなかった。
読者である私が「見えなくなった」のと同じように、作中の人物たちもまた、無意識のうちに見えなくなっている。上下巻を通して考えさせられたのは、人が無意識に他者に貼ってしまうラベル、いわゆるアンコンシャス・バイアスについて。上巻で、ジへがある証言者に対して負の感情を抱いていたものの、その人物が障害を持つ子どもの親だと知った瞬間、認識を改める場面がある。自分の観察眼に自信を持っているからこそ、人は知らず知らずのうちに判断を早めてしまう。その構造は、決して他人事ではないと感じた。
また、ミン・ソリム殺害の引き金となったのが、決定的な悪意ではなく、人との距離感の掛け違いだったことも印象に残る。被害者は親しみを込めて距離を詰めたつもりだったかもしれない。一方で、その距離の詰め方に、犯人は殺意を抱くほどの嫌悪感を覚えた。コミュニケーションとは、善意だけでは成立しない。その当たり前すぎる事実が、嫌なかたちで突きつけられる。
読書サークルのメンバーであるイ・ギオンやチュ・ミドゥムが、金儲けや成功に心を奪われていく姿も、どこか滑稽だ。何者かになりたいという焦りはあるのに、「何者の、何の部分」を掘ろうとはしない。表層的な評価や分かりやすい成功に踊らされている姿は、犯人の屁理屈とも地続きであり、同時に読者自身にも跳ね返ってくる。
人は他人を、そして自分自身を、分かったつもりになるのが早すぎる。この小説は、その危うさを読者自身の体験として突きつけてくる。だから私はもう一度、最初から読み返してみたいと思う。今度は、自分の「見えているつもり」を確かめながら。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本を手に取ったきっかけは、正直に言えば軽いものだった。タイトルがドストエフスキーの『罪と罰』を思わせ、ページをぱらぱらとめくると、作中にもドストエフスキー作品への言及が散りばめられている。殺人事件とドストエフスキー。少しひねったエンタメミステリーとして楽しめそうだ、という期待があった。
けど、読み進めるにつれて、その期待は良い意味で裏切られる。これは、気軽に消費できるタイプのエンタメじゃない!むしろ「ちゃんと本と向き合え」と要求してくる、負荷の高い読書…。
物語は、22年前に起きた未解決の女子学生殺害事件を軸に進む。現在パートでは、女性警察官ジヘが、被害者の同級生たちに話を聞きながら事件を再調査していく。一方で章を交互に挟み込む形で、犯人と思しき人物の内面、やれ啓蒙主義だ、新啓蒙主義だ、功利主義やら、トロッコ問題といった哲学的思考が、執拗なまでに語られる。
犯人側の思考は正直、小難しい。でも、読んでいて苦痛かというと、そうでもない。
だってそれらの思想が、真理の探究なんかじゃなく、自分が刑務所に行きたくない、その一点のための自己正当化として積み上げられていることが、あまりに透けて見えるんだもん。どれほど高尚な言葉を使っても、どれほど複雑な倫理を持ち出しても、所詮はへりくつ。その必死さが、かえって滑稽。
現実世界でも、失敗した人間ほど理屈をこね、言葉を難解にし、思想を盾にする。そう思いながら読むと、この哲学パートは「難しい」のではなく、「人間観察」として読めてしまう。
対照的なのが、捜査側のジヘ。彼女は冷めている。しかし、仕事への誇りがないわけではない。感情を排した職業的距離を保ちつつ、現実の中で生きている人物として描かれている。
印象的なのは、被害者の同級生たちとの会話だ。彼らは延世大学に進学できるだけの学力を持ったエリートだったが、夢を追い続け、40代になっても独身のまま過去を引きずっている。一方のジヘは、特別な成功者ではないかもしれないが、現実に地に足をつけて生きている。
この対比は、単なる世代間ギャップじゃない。能力と人生の着地点のズレ。理想を手放せなかった人間と、現実と折り合いをつけた人間の差が、静かに浮かび上がっているかのよう。だからなのか、物語は私にとって一段階深い場所に踏み込んできたように感じた。
正直に言えば、私はどちらかというと、被害者の同級生たちに近い人生を歩んできた側だ。だから読み進めるうちに、血を流しているような感覚になる。一歩引いて俯瞰すれば、その姿が滑稽であることも分かる。だがそれは、自虐ネタとしてヘラヘラ笑えるラインをとうに超えている。この小説は、容赦なく、しかし冷静に、人生の処理しきれなかった部分を突きつけてくる。
上巻を読み終えた今、はっきり言えるのは、これは期待していたエンタメではなかった、ということ。そして同時に、しんどくても、読んでよかったとしか言えない本だった、ということ。
下巻で何が明かされ、何が回収されるのかは分からない。この抉られた感覚を抱えたまま読み続けてみたい。 -
Posted by ブクログ
とても新鮮な読後感だった。ここには、まだ知らなかった価値観と日常が描かれている。
全部で十四の短編が収録されているが、それらは大きく二つのカテゴリに分けられていた。
『互いに触れないよう気を付けながら』と銘打ったものが八つ。『ほかの生き方もあることを』と冠されたものが六つである。
最初のカテゴリにはさまざまな存在同士のコミュニケーションが描かれていた。人とロボットの時もあるし、隣の次元の人間同士の場合もある。
表題の「惑星語書店」はすべての言語が翻訳できるモジュールが当たり前に使われている宇宙の話。そこでは人々は別の星の言葉を何の苦労もなく読めるし、話せるし、理解できる。ただ一軒、翻訳モジュールに対応していない書店があって、そこは観光客に「読めないことで感じる異国情緒」を提供していることで成り立っていた。宇宙のあちこちから、それを感じるために観光客がたくさん来る。
後半のカテゴリはそれぞれ別の主人公の話だが、同じ世界線のものが多い。遠い未来、地球外植物による侵略(「大侵攻」と呼ばれる)が進行しつつある世界の話だ。その過酷な環境で自分たちが生きる道を模索する姿が描かれる。少しぞっとするが、不思議に静かな空気に包まれた話が多かった。彼らにとっては、これも日常だからだろう。
一番好きな話は「サボテンを抱く」という接触症候群の女性の話だが、人々の未来に対する願いがその姿を決定づける疑似人格の話「願いコレクター」も捨てがたい。
ほとんどの物語で当たり前のように女性が主人公だった。星新一や藤子不二雄のSFマンガで当然のように男性が主人公のものばかり読んできた身にすると、窮屈な服を脱ぎ捨てたような気分。こんな本がもっと読めますように。 -
Posted by ブクログ
本屋に並ぶ背表紙にこのタイトルを見つけたとき、すぐにキム・チョヨプさんの作品だとわかった。棚から抜取りレジに向かう。タイトルの勝利だ。
今回の作品は差別的に分断された集団同士でも、個人の単位で向き合えば、わかりあえる、愛することができると言えば大きく括りすぎだろうか。
建付けはSFだが、描かれているのは人の心だ。星間ロケットが飛ぼうが、脳の外に記憶装置を持とうが、他の惑星で亜種に進化していようが、寿命ある生物である限り、切なさはなくならない。社会を形成する動物である限り他者を想う心はなくならないと信じたい。本作品を読めばそれが良くわかる。対立する集団同士でも、身近で会話をすれば信じあえているではないか。 -
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韓国人著者のSFを読むと独特な気分になる。その世界の中に入り込むような没入感がありつつも、描かれる世界とは距離を少し置くような感じ。世界観には引き込まれるが、その中の当事者になる事はない。幽霊みたいにプカプカしている。この感じが好きだ。
これまで読んできたものは短編が多く、世界を移ろうさすらいの幽霊感があったが、こちらは長編。ひとつの世界に長く留まる地縛霊の気分になった。
読んでいてヒントや手がかりは散りばめられているのに、この本が提示する謎が解けない。幽霊でも分からないことがあるんだな。
ありそうでなさそうでありそうな世界の傍観者、として楽しむことが出来た