水島広子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
●BEの自信は、何をしていようと、自分についてよい感じ方をすること。DOの自信は成果によってもたらされるので、両者は根本的に違う。自分は優れた人だと感じる必要はない。心地よく一緒にいられる自分。自分はこれでよいのだと感じられる自分。
そこはかとない安心感。自分についてよ無条件の肯定。
●「今はこれでよい」と杭を打つことにより、状況に左右されない自信の土台ができる。DOの自信はその上に乗せるもの。
●空気についていつも感動し感謝はしないもの。その価値を知っているしなくては困るが、空気なんて要らないとか嫌いとは言わない。そもそも空気には価値があるのか?と問い直したりもしない。それくらい当たり前の価 -
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●他人をリスペクトすることからスタートすると、自然と自分をリスペクトできるようになる。なぜなら人は自己認識より他人についての認識を変える方が簡単だから。
●他人をリスペクトすると、寛大で温かな空気を自分も吸うことになる。
●周りへの対応が自分に返ってくる。
同じ雑草を抜くのも、邪魔だと思って力任せに抜くのと、ごめんね、都合で抜かせてもらうねと優しく抜くののでは、自分についての感じが明らかに変わる。優しく温かい存在を実感する。どちらが自己肯定感を高めるか考えてみる。自分の優しさを感じながら他人に接する。
●決めつけを手放す。評価しない。
共鳴ではなく、共存する。ありのままを受け止める。みんなそれ -
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「自分のことを好きになる」ではなく
「相手の見方を変える」とのこと。
嫌なことを言ってきたり押し付けてくる人に対し
相手に対して「この人には事情があるんだな」と思えるようになれば優しくなれる。
人に優しくなれれば自分にも優しくなれる。
自己肯定感が高まる。
神さま仏さまじゃないんだから無理じゃんって最初に疑問に思った。
読み進めていくうちになるほどと納得できることもあった。
・○○すべきを手放す
・他人に評価を下さない、押し付けない
「あの人は○○できない。直すべきだ」
と決めつけたり押し付けたりしない。
「あの人はできないなりに頑張っている」
と思うこと。
自分自身にもそう思うこ -
Posted by ブクログ
●被害者になって、現実を歪め、自分を傷つけない。
「まぁ、何か事情があったんじゃないの」と思う場合、相手を許しているようで、実は自分を傷つけない選択をしている。
●自分を傷つけふのは現実ではなく、自分がそこに乗せたストーリー。
●ストーリーを手放すには、「そう確信できる証拠が揃っているのか?」と考える習慣を。そもそも相手の領域で起こっている事について確信できることは殆どない。確信できないことを断定して怒るのは不毛。証拠が固まったら怒ろう。
●自分がこしらえた勝手な評価やストーリーを乗せて、自分の心の負担を増やす必要はない。
●正しさの綱引きに勝利はない。まな自分こそが正しいと思っている。自分 -
Posted by ブクログ
ネタバレいわゆる「自己肯定感」は大切だと再認識しておくために購入。仕事をしている人、ほかの人と比べてしまう人など、様々な身近なシチュエーションにおいて「自己肯定」をするにはどうステップを踏めばいいのかわかりやすく書いてありました。面白かったのは、成果(見た目/数字/外見など)から得る自信を<DOの自信>と名付け、自分は今こうありたいという気持ちを<BEの自信>として解説していた点です。覚えておきたいのは、<DOの自信>はより優れた人が出てきたり、もっと自分を追い込まなきゃと思ってしまったり、常に成果を上げるのには不確定な要素が多かったり、自分のやり方を重視して人に寛容的になれなかったりすることが多い。
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Posted by ブクログ
ネタバレなるほどな、と思うこと多々あり、考え方の方向としてはいいのかなと思うのですが…
著者の方も多分に感じておられたのか「自慢のように聞こえてしまうかもしれませんが」のようなことを再々書きつつ、ご自分のエピソードを多用されていましたが…うん、申し訳ないけど私にはやはり自慢にしか感じられなかった(笑)
言ってることは正しいけれども鼻につく?
著者の方を存じ上げているわけではないけれども、これを読む限りでは「この方は思うことはほぼ思うとおりに成してこられて、自分が全き納得できる人生を歩んでこられたのだろうな」という一点の曇りも感じられないような輝かしい経歴に感じられます。…何だか読んでいるうちに卑屈